|
**********
'Merry Christmas! What right have you to be merry? What reason have you to be merry? You're poor enough.'
---Charles Dickens; "A CHRISTMAS CAROL"
あいつなんだな、と思った。
□■□■□■□■
街は、慌ただしい喧噪に包まれていた。街路樹すら色とりどりの小さな電飾で飾られ始め、街頭には様々な飾りの付いたツリーが美しさを競い合うように存在を主張していた。ショーウィンドウにはプレゼントに喜ばれそうなものがずらりと並び、誰かが大切な人のために、手に取っていくのを待っているばかりで。
そんな感想を抱きながら、変わらず、どこか宇宙よりは雑然としている地球の片隅の街で、アムロ・レイはクリスマスマーケットをヴァン・ショー片手に冷やかしていた。
アムロ自身にはクリスマスに取り立てて予定はなかった。昔馴染みの上官がホームパーティに誘ってくれていたが、久々に地球に降りて、家族水入らずで過ごして居るであろう不器用な父親を、同じく昔馴染みのその妻や子供達の手から取り上げられるのは躊躇われ、アムロは俺は恋人と、などといい加減なことを言ってその誘いを断った。
長く続いた金髪の恋人とは昨年別れてしまっていたので当てはなかったが、そもそも自分は一人で過ごすクリスマスを長く重ねてきていた筈だったのだ。
それでも、艦長の心遣いで休暇を貰った身としては、何かせめてその家族に贈り物の一つでもしようと、ふと見つけたクリスマスマーケットを覗いてみる気になったのだった。
ワインの香りの中に僅かに混じる柑橘やスパイスの香りを楽しみながらちびちびと熱い飲み物をすすっていると、一軒の店で可愛らしい木造の玩具を見つけ、アムロはその店頭へと足を向けた。天使や、羊飼いなどが勢揃いする、掌ほどの人形が厩舎の中に納められたその玩具は、子供のものとは一瞬思えないほどの値段だったが、アムロは迷わずそれを注文して、店主と掛け合って配送の手配まで頼むことに成功した。
ミライ・ノアとチェーミンがあれを見たらきっと喜んでくれるだろう、と僅かに微笑みながら、相変わらずクリスマスの買い物でごった返す広場をもう二、三回行き来して、ブライトやハサウェイにもなんとか同じようにプレゼントの段取りを整えると、アムロはようやく一息ついて、遅めの昼食でも取りに行こうかと、人混みの中を抜け出そうとして。
すっと、剣呑に目を細めた。幾ら通行人が多く、油断があったとはいえ、この気配に気付かなかったとは、と臍を噛みながら、背中に押し当てられた固いもの(恐らくは、銃身)に意識を集中する。言うとおりに歩け、と言わんばかりにぐいと押され、周囲の人々を巻き込むのを危ぶんだアムロは、素直にその指示に従って歩き出した。
案内されてきたのは、町中の広場でのクリスマスマーケットの喧噪が嘘のような一本入った裏路地で、そこに停めてあった車の助手席から運転席に乗るように促され、アムロは挑発するように、背後の帽子を目深に被った誘拐犯を振り向く。
「俺が運転するのか?撃たれるの覚悟で、連邦軍の基地に突っ込むかもしれないぜ?」
誘拐犯は、何も言わずに銃口をアムロに向けたまま微動だにしなかったので、アムロは分かったよと大袈裟に溜息をついて、その車に乗り込んだ。
□■□■□■□■
いつしか、冬の灰色雲が垂れ込めた低い曇り空からは、雪がちらほらと遠慮がちに降り始めていた。
車は同じくクリスマスシーズンで帰省したり旅立ったりする人々で混雑する空港に向かい、巨大な駐車場の一角で、アムロは男に促されるまま簡単な変装をした。縁なしの眼鏡をかけたアムロが、誘拐犯をじっと見て、静かに口を開く。
「ところで、長くなるなら上司に電話をしてもいいかな?ブライト・ノア大佐に戻ったんでね、心配すると思うんだ。いいだろう?―――シャア」
誘拐犯はそれでも返事をせず、ただぐっと押し当てる銃口の力を強めただけだったので、アムロは肩をすくめて、携帯電話をポケットから取りだして電源を切り、車の後部座席に放り投げた。
「休日だからね、他のものは持っていない」
言いながら両手を上げて肩をすくめると、ようやく誘拐犯の男が被っていた帽子を脱いだ。滝のように流れるプラチナブロンドが視界を掠め、青いサファイアの輝きを持つ双眸が露わになる。アムロに突きつけていた布を被せた固いものの上からその布を取り外すと、そこにあったのは有名な銘柄のシャンパーニュのボトルだった。
「君と飲もうと思ってね」
「クリュッグか。…何年?」
「79年だよ。悪くはないだろう?」
やっと笑顔を浮かべて言い、後部座席に置いてあった箱に手を伸ばしつつ、シャアがしかし君も大概無鉄砲だな、と呆れたような声を出した。
「自分で言うのもなんだが、隠密行動中でもこんな怪しい人間についてくるとは、私は君が心配で仕方ないよ」
「本当に、自分でいうなよ。呆れた男だな」
言いながら、アムロはまるで男が手品のように箱の中から取りだしたフルート型のグラスを二つ両手に取る。シャアは静かにコルクを抜くと、グラスの中に淡い黄金の発泡酒をそれぞれ注いだ。甘いワインの果実臭を少し楽しんで、アムロは片方のグラスをシャアに差し出す。
「で、どうしたんだ?」
「クリスマスは、家族と過ごすものだろう?」
「あんたの家族は、こんな所にいないだろうに」
「妹はもう、私のような男とは関わらない方がいいのさ」
「なんだ、じゃあ俺はセイラさんの代わりか?」
くすりと笑いながら、アムロはカチンと澄んだ音をさせて、グラスを合わせた。シャンパンに口をつけると、舌先で弾ける泡の感触が胸をすっとさせる。そのまま、暫く二人は取り留めもない話をしながら、ゆっくりと酒を酌み交わした。
「プレゼントはトランクに積んである」
シャアは自分のグラスを干してしまうと、僅かに微笑んでそう言った。
「キーは残していくから、この車で帰るといい。適当に処分してくれて構わない。盗品でも足が着く品でもないから、心配はしなくていいよ」
「太っ腹だな、車ごと中身までプレゼントなんて」
「どうせ、プレゼントはその場で開封する口だろう?君は」
いいじゃないかと言い置いて、シャアはそれでは、と言って車のドアノブに手をかけた。アムロがもう行く気なのか、と驚いて声を上げる。
「ああ、…五分でも一緒に居られれば良かったからね、私には」
「これだけ用意周到に手配して、俺とのたった半時間がクリスマスプレゼントなんて、無欲すぎるぞ、あなた」
言いながら苦笑して、アムロはドアのロックをかけると、シャアが何かリアクションを起こすより先に、いきなりエンジンをかけてギアを入れ替え、車を発進させてしまう。シャアが咎めるような声を出した。
「アムロ、…君」
「俺だってバカじゃない。あんたについてきてるの、あれ…ガードか?」
巻いてやるから任せろよ、と軽やかに請け負って、アムロはアクセルを思いきり踏み込んだ。がくん、と車がノックして、シャアが息を詰まらせる。
「無茶をするっ…!!」
「喋るな、シートベルトしてろ、舌噛むぞ!」
ぴしゃりと言われたシャアは眉間に皺を寄せたまま、深い溜息をついてシートベルトをロックする。
「アムロ」
「黙っていろって言っただろう?」
「この辺には、昔来たことがあって、土地勘があるんだ。次の角を右に曲がれ、蜘蛛の巣みたいな旧市街に入る」
アムロは一瞬目をぱちくりさせて、くすりと愉快そうに笑うと、了解、と短く言ってハンドルを右に切った。
□■□■□■□■
「ほんとうに、突拍子もないことをする」
はぁ、と隣でわざとらしい溜息を漏らしたシャアに、アムロがくすくす笑いながら楽しかっただろう?と返した。今現在、二人は先程まで乗っていた車ではなく、途中で見かけた若者グループと交換した古い車に乗っている。控えめだった雪はここへ来て勢いを増し始め、この分では明日の朝は銀世界になっているであろうことが容易に想像できた。
アムロは微調整の効かないヒーターの所為で逆上せたのか赤い顔をしており、首に巻いていたマフラーを緩めてぽいとシャアに投げて寄越す。
「好きに処分しろって言ったの、あなたじゃないか」
「そういう話ではないよ。知らないぞ、見つかって撃たれても」
「撃たれるようなへまはしないさ」
「…私と通じていると、」
言いかけたシャアに、アムロの無言の肘打ちがヒットする。なにをするのだと言いたげなシャアに、アムロは肩をすくめた。
「通じてるだろ、―――お互い、ニュータイプなんだし」
そういう意味では、と言いかけたシャアが、途中で口を噤み、どこに行くつもりだとアムロに問いかけた。
「うーん、俺んち来る?」
「やめたまえ、張り込まれているに決まっているだろう。…仕方がない、次の角を左だな」
「隠れアジトでもあるのか?」
「アジトではないが、私個人の隠れ家なら」
不機嫌そうに言いながらも、シャアは衛星探知を恐れてかさっさと電源を落としていた携帯電話を取り出してアムロのと二つ合わせて後部座席に積み上げていた荷物の上に更に放り投げる。
「さて、雪の山道を走るのは得意か?」
「まぁ、ガンタンクでクランクを外れないで走れなんて無茶を言われない限りは、楽勝だね」
「言ったな。では行こうか」
言うと、シャアは今度こそ切り替えたようにさっぱりした表情で、アムロに行く先の指示を出し始めた。
□■□■□■□■
シャアがアムロを案内したのは、山奥にひっそりと建てられた山荘だった。実直そうな管理人と思しき老人と二言、三言会話を交わした後、シャアがアムロを山荘の中へと案内する。近くの森番小屋へと帰っていく老人を窓から見送りながら、アムロはクラシカルな暖炉の火を熾すシャアの背中に声をかけた。
「なぁ、平気なのか?」
「何が?」
「その、…俺と一緒にいること、見られて」
「ああ、彼は私個人に好意を持ってこの山荘の管理を引き受けてくれている、心配は要らないよ」
明日までに、あの趣味の悪い車を片付けて、もう少しましなのに変えておいてくれるそうだとシャアが苦笑しながら続けたので、アムロもそりゃ良かった、と肩をすくめてそれ以上の追求は避けた。シャアがその気になってしまえば、彼の思うとおりに事は動くのだ、大抵のことが。そんなことより、とアムロは思っていたことを口に出して尋ねる。
「ところであんた、どうやって俺に近付いたんだ?」
「簡単な話だよ、君を手元に引き抜きたいから、直々にスカウトすると言った」
単純明快なシャアの返答を聞いて、アムロが笑いだした。
「クッ…、スカウトか、そりゃいい」
「誰も不思議に思わなかったようだぞ?実に協力的でね。君の支度金のための特別予算まで組んでくれたくらいだ」
「支度金!すごいジョークだな」
一頻り腹をかかえて笑い転げたアムロが、目元に浮かんだ涙を指で拭いながら言う。
「スカウトじゃなくて逢い引きだって知れたら、どうするつもりだったんだ」
「だから遠慮していたのに。私を攫ったのは君だろうが」
全く、思い切りが良いというかなんというか、と暖炉に火を熾し終えたシャアが体を起こし、何か飲み物でも用意しよう、と言って部屋の隅にあるバーカウンターの冷蔵庫を覗いた。ビールでいいか、と問われてアムロは十分だよと返事をする。グラスを用意しようとするシャアに、そのままで良いからと手を伸ばしたら、行儀が悪いと嫌な顔をされた。
「君は変わらないな」
「自分のことを棚に上げてよく言う」
くすりとくすぐったそうにその不機嫌を受け止めて、アムロはプルタブを引きながらそれで、とシャアの顔を覗き込んだ。
「帰ったらなんて言い訳するんだ?」
「そりゃ、勿論”二人きりで腹を割って話をしたが、上手くいかなかった”と首尾を報告するさ」
言いながら自分は勝手に棚に並んだウィスキーやブランデーの瓶を物色するシャアに、アムロはそのまんまだな、と首を振った。
「十年以上前に決着がついてる話を手品の種にするなんて、阿漕なことをする」
「よく思いついたと誉めて貰って良いぐらいだと思うが」
言いながらシャアはグラスに氷を入れて、ウィスキーの瓶を棚から下ろす。乾杯しようか?というアムロの誘いはすげなく断られ、微かな氷の音をさせながら、シャアは琥珀色の液体の入ったグラスを傾けながら、じっと爆ぜる暖炉の中のオレンジ色の炎に見入った。アムロも視線を変えて、そちらを見つめる。
「…十年以上、か」
ぽつりとシャアが呟き、返事のしようがなかったアムロは、黙ってビールを飲み、舌の上に残った苦みに眉を顰めた。ぱちり、という音と共に一際高く火の粉が跳ねて、まるでそれを引き金にしたように、アムロがカウンターの上にビールの缶を置き、一歩、二歩とシャアの方に近付く。
シャアも、気付いたように手にしていたグラスを置いた。
それを契機に、三歩目で殆ど飛び込むように勢いをつけ、アムロは金髪の男の首筋にかじりつくようにして、抱き付いた。
□■□■□■□■
翌朝、目が覚めたのはアムロの方が先だった。
ベッドから降りると部屋の温度は朝の冷え込みで下がり始めているようで、暖炉の火は、消えかかっているように見えた。中に火種を残しているので、薪を足して熾せばまた燃え上がると知ってはいたが、アムロは生憎その方法をしらないので、灰の中に残っているであろう赤く暖かな火種を透かして見るように、じっとこんもり盛り上がった表面を見つめる。
その後でひとつ小さく息を吐き、諦めたように首を振ると、俺には無理だなと低い声で呟いた。
カーテンに近付いて、部屋の中に光を射し込ませないようにそっと外を窺う。昨日の暮れ頃から降り出した雪はすっかり地面や木々の梢を白く覆い隠してしまい、一瞬これならば自分達が逃げてきた跡も分からないのではないかと思ったけれど、直ぐにそんなことは馬鹿な想像だと思い直す。
カーテンを元通りにして、再び暗い部屋の中で何度か瞬きして、目を闇に慣らす。
服を着る前にシャワーを浴びようと裸足のままで絨毯の上を歩き、適当に落ちていた服を拾うと、それはシャアが昨日羽織っていたジャケットだったので、いくらなんでもこれはないだろうとそのまま手近な椅子に引っかけようとして、ふと胸元の内ポケットに入れられた、嵩張る白い封筒に気付いた。見えた文字の端から自分宛であることが想像できたので、シャアの気配を伺いながら、そっと取りだしてみた。
真っ白な封筒を開封すると、ロンデニオン経由スィートウォーター行きのシャトルのチケットが入っていた。一瞬、これは自分の物だからと手に取ろうとしたが、直ぐに趣味が悪いと気付いてそのまま封をして元に戻す。シャアはこれを自分に渡さずに別れようとした、それはつまり―――そういうことだ。
アムロはベッドにとって返すと、未だ眠りの翼の下にある恋人の金の前髪を少し手でかきあげてやって、額の傷痕に柔らかい目覚めの口付けを落とした。
「おはよう、シンデレラ。魔法が解ける時間だよ」
金髪の男はベッドの中で、君が本当に王子だったらとかなんとか、聞かせないように呟いたらしかった。
**********
+++END
|