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それでもあの出来事が君を苦しめるんだろ?
だからこそサヨナラなんだ
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「相席、いいですか」
ふらりと入ったチェーン展開のコーヒーショップの片隅の席で声を掛けられて、金髪の男が愕然としたように読んでいた本から顔を上げるのを見て、相席を申し出た青年が笑った。
「久しぶりだな、シャア」
「アムロ…!!」
どうして、と名前の次に呟かれ。その後に続く言葉は、青年の予測の範疇内だった。
「どうしてここが分かった?」
「蛇の道は蛇っていうだろう」
「どこの毒蛇だか」
「ジオン産じゃないのは確かだね」
あわせて軽口を応酬したが、それだけでは相手が納得しなさそうなのを見て、アムロが苦笑する。
下手に隠し立てするよりは手の内を見せたがマシか、とさらりと札を公開した。
「…実は、カイさんに調べて貰った」
「カイ・シデンか」
得心したように頷くシャアに、あ、でもね、とアムロが念を押す。
「言っておくけど、俺が無理押しに頼んだんだ。迷惑をかけるようなことは…」
その言葉に、シャアが軽く片手を上げた。
「しないよ、約束しよう」
「なら良かった」
ホッとしたように椅子にもたれ掛かり、アムロはコーヒーのカップの乗ったトレイを置く。休暇中なのか、未だ軍属に居るはずの赤味がかった鳶色の髪の青年の方もラフな私服姿だった。
シャアは度の入っていない伊達眼鏡を直しながら、そんな青年の様子をするとでもなく観察する。すると、不意にアムロが顔を上げて口を開いた。
「あなたもこういう所に入るんだ、意外だな」
言いながら、コーヒーと一緒に注文したらしいチョコレートのたっぷりかかったドーナツを割る青年の手を、相変わらず甘党なんだなと思いながらシャアが見つめ、口先だけで返事をした。
「いかんのかね」
「ううん。好感度高いんじゃない、『総帥』」
さらりと言い放たれた言葉に、ぴくっとシャアの眉が吊り上がった。返事をする声が知らず硬質なものに変化する。
「…何のことだ」
しかし、青年はくすくす笑いながらカフェラテと思しき甘そうなコーヒーに更にシロップを投下している。
見ているシャアの方が胸焼けしそうだった。
「隠すの下手だね。そのセルフレームの似合ってない眼鏡止めて、いつかみたいなスクリーングラスにしたら?」
からかうように言いながら、アムロがドーナツの欠片を口に運ぶ。
そして、上目遣いに男の青い瞳を覗き込んだ。
「遂に担ぎ出されたダイクン家の末裔のこと、もう情報筋じゃ常識だぜ?」
「君は、随分とあちこちにコネを持っていそうだな」
「まぁ、そうでなくちゃうちの大将はサポート出来ないでしょ」
アムロが苦笑し、シャアは旧知でもあるアムロの生真面目な上官を思い浮かべたのか、違いない、と苦笑した。
「外郭部隊だったか。…ロンド・ベル隊正式配属だったな、アムロ・レイ大尉」
「ん、そう」
アムロは頷き、指に着いたチョコレートをぺろりと舐めた。
子供みたいだなと思いながらシャアは自分の分のコーヒーを一口飲み下す。甘味の全く感じられない苦味に、少しホッとした。
どうも、アムロ・レイと一緒に居るだけで当てられて歯が疼きそうな気分を抑えることが出来なかったので。
しばらくの間シャアは黙ってコーヒーを飲み、アムロはドーナツの消費に勤めていたが、やがて沈黙に耐えかねたようにシャアが会話の口火を切る。
「で」
「で?」
きょとんと首を傾げるアムロに、シャアがじろりと僅かに棘を含んだ視線を送った。
「君はただ、私とコーヒーを飲みにここに来たのじゃないだろう?」
水を向けるように単刀直入に切り出すと、アムロは何を思ったのかぷっと膨れた。
そしてすぐ、あなたそんな駆け引きなしじゃ外交とか出来ないんじゃない、と厭な顔をされる。
やれやれ、と子供じみたアムロの言動に、シャアが肩をすくめた。
「君に言われたくはないな」
「そう?俺は外交に来たんだけど」
言い、琥珀色の瞳を煌めかせながらにっこりと微笑む。
「あなたと話し合いをしに」
「私と駆け引きをする、そんな余地が連邦軍にあるのか?」
皮肉げにシャアが言い放つと、地球連邦軍としてじゃないとアムロが首を振る。
「俺個人として来たんだけれど。…あ、ブライトは知ってるかな」
「個人?」
不審そうに呟くシャアに、そうだよと笑ってみせながら、アムロもいきなりシャアの前で自分の持ち札をひっくり返してみせる。
「いつか、あなたに言われた言葉を返しに来た」
「何?」
すぅ、と呼吸をした後で、アムロは思い切りよく最後のカードをオープンにする。
「一緒に来ないか、シャア」
「……馬、鹿な」
呆気に取られた表情で、金髪の男は文字通りその場で硬直した。
尤も暫くして、からかっているのか、と不機嫌そうに言う。
アムロは苦笑して、違うよ、本当にあなたをロンド・ベルに誘いに来たんだと手を振った。
当然の事ながら、シャアは渋い顔をする。
「しかし、私は」
「あなたの事情なんか、こっちは先般承知だ。それでも、一時は反連邦組織に一緒に居た仲じゃないか」
「あれは、だね……」
言い募ろうとするシャアを、まぁまずこちらの話を聞け、とアムロが制する。
「条件は最初に提示しないと、フェアじゃないからね。そうだね、給料も待遇も大して良くはないかもしれないけど……」
というか、あなたが欲しがるようなものなんて、地球連邦軍はたった一つしか用意できないけれども。
そう早口で呟いたアムロの言葉の真意を、最初シャアは測りかねた。アムロが次なる言葉を告げるまで。
アムロはにっこりと微笑んで、ひょいとシャアの顔を覗き込む。
「別手当で、アムロ・レイの現物支給で手を打たない?」
言いながら、モビルスーツ乗りとは思えない柔らかな手の平がそっとシャアの手に重ねられた。
その、台詞に。またも呆気に取られていたシャアが、堪えきれなくなったのか遂に笑い出す。
「君、…君という男は、つくづく愉快な人間だな」
その台詞にも、アムロはスカウトに来た人間とは思えないほどに戯けたような言葉を返す。
「十五の時から世間の荒波に揉まれておりますもので。すっかり擦れちゃってイヤんなるよね」
「いや、気に入ったよ」
目尻に僅かに浮かんだ涙を拭いながら、シャアが言う。
「それに実にタイミングがいい」
「そう?」
「ああ、私は今日、ここでコーヒーを飲んだら、そのままシャア・アズナブルの人生に再び戻るところだった」
その言葉に、うわぁ、とアムロが口の中で呟く。
「それじゃ俺、ホントにギリギリに来た?」
ナイスタイミング?と問われ、金髪の男がゆったりと首を振る。
「ナイスタイミングなのかどうかは知らないがね」
笑いながら、シャアは立ち上がって自分のコーヒーの紙コップをゴミ箱に放り込んだ。
「…前向きに検討させて貰ってもいいかな」
「待っているよ、【クワトロ大尉】。あなたのことを」
「懐かしい名前だ」
口唇の端を上げて笑い、小さく片手を上げ、ついでのようにアムロの肩をぽんと叩いてシャアは先に店を出ていった。
いつの間にか、アムロが先程彼の手を取った時に、さっと手品のように手の平に滑り込ませた名刺を持って。
「さて、と」
よいしょ、とアムロも立ち上がり、トレイを片付けると続いて店を出た。
周囲を見回しても、当然のようにもう金彩の男の姿は人波のどこにも見受けられなかったが。
しかし。
アムロは晴天を見上げてやんわり微笑む。
間違いなく、近い内に赤い服を着た嘗ての仲間に巡り会えると。
予感でも直感でもなく、アムロはただ、そう信じて。
まぁいいか、と気にも留めずに係留中のラー・カイラムに帰るべく歩き出したのだった。
とりあえずは、まだ一人だけで。
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このままなにも残らずにあなたと分かち合うだけ
やがて僕等はそれが全てだと気がついて
悲しみは頬を伝って涙の河になるだけ
揺れる想いは強い渦になって溶け合うのよ
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+++END.
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