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(だって、無理だよ。俺達、似ても似つかないじゃないか)
溜息をつきながら、アムロは机に行儀悪く座って、さっき貰ったばかりの赤い綺麗な林檎を指でつついた。
歯を立てて食べるには勿体ないほど艶やかで甘い匂いを放つその果実は、つい先程この林檎の色に負けないほど赤い鮮やかな服を纏った現在は同僚、昔は敵、というなかなか微妙な関係の人間から貰った物だ。
どこから手に入れたのか、いっぱいに赤い実の入った袋を腕に抱えていた男は、すれ違い様にアムロの掌に、ぽとりとその一つを落としてくれたのだ。
思いがけないギフトを貰ったアムロがびっくりしていると、笑いを含んだ声が直ぐに説明を添える。
(君に、お裾分けだよ)
(ありがとう。珍しいな、すごくいい匂いがする。露地物かい?)
(当たりだよ。たまたま外に出る用事があったので、頼んで買ってきて貰ったんだ)
宇宙には天然や生の果実は珍しいからと子供のように嬉しそうにしている男になんとなく微笑みを誘われ、アムロは手渡された林檎を受け取ると、香りを確かめ、くるりと手の中で回しながら嬉しそうに礼を述べた。
(好きなんだ、林檎って。悪いな、あなたが手に入れたものなのに)
(なに、君にだけだよ)
くすりとスクリーングラスの下の薄い唇で笑った後、金髪の男は、すっとアムロの耳元に唇を寄せて睦言のように囁く。
(林檎は、愛の果実だからね。君以外の誰に渡すものか)
(ん、…っなっ?!)
同時にフッと耳元に息を吹きかけられ、咄嗟に鳥肌を立てて三メートルほど飛び退いたアムロは、冗談を言うなと男に向かってわめき立てた。
(質が悪いだろう、冗談にしても、俺、男だし、そんな…!)
(本気にするかどうかは、君に任せるさ)
くすりと微笑むと、クワトロ・バジーナは残りの赤い林檎の入った袋を腕に抱えて、では、と言ってさっさと歩き去ってしまった。
後にはひとりその場に取り残されて、掌に真っ赤な完熟の林檎を乗せて、百面相大会で悩むアムロが残っただけだった。
(だけど、いつまでもただ逃げているわけにもいかないし)
廊下を歩いていたクワトロは、背後から呼び止められると振り向いて笑顔を見せた。
「どうした、アムロ」
「シャア」
「うん?」
低い声でもう一度呼びかけられて、クワトロは首を傾げた。アムロは暫く躊躇った後、思い切ったように言葉を発する。
「さっきの林檎、まだ残ってるか?」
「ああ、…どうした、足りなかったのかい?」
「違う」
部屋に戻って取ってこようか、と言われてアムロは首を振り、ポケットから件の果実を取り出すと、クワトロの前に翳して見せた。
まさか返してくる気なのだろうかと、少々からかい過ぎた自覚のあるクワトロが眉を顰める。アムロは、ゆっくりと口を開いた。
「あなた、一番いいのを俺にくれただろう?」
「…ああ、それが?」
不審そうに頷くクワトロに、アムロは羽織っているジャンパーのポケットから取りだした先程の林檎をごしごしと服で擦って、一口だけ囓ると、金髪の男に向かって差し出した。
「半分こしよう。…俺だって、一番良いのはあなたにあげたい」
シャアは差し出された林檎をアムロの手ごと包み込むように受け取り、林檎を捧げ持ったままのアムロとちょうど反対側を囓って、随分甘かったなと呟いてから、アムロの方を見て笑った。
「知っているのかね、アムロ」
「なにを?」
「地球のある地域では、結婚式に一つの林檎を両側から囓るそうだよ」
「へぇ、そうっ…って!!あのな、これは別にそんなんでもなんでも…!!」
途端、焦ったように真っ赤になって反論を試みるアムロを牽制するように、クワトロがにぃっと意味ありげに微笑む。
「君の気持ちは確かにしっかりと、受け取らせていただいたよ」
「いや、待て、返せ!」
「返却不可だな」
アムロの伸ばす腕から囓りかけの林檎をさっと取り上げたクワトロから、代わりにこれをと差し出されたキスを強請る唇を、調子に乗るなと押し返す。クワトロが往生際が悪い男だな君は、と言いながら、とん、とアムロの右肩を指先でつつく。
「いいか、…本気にしたからな、覚悟していたまえよ?」
「なっ…、やっぱり本気じゃなかったのかよ?」
だったら尚更やれるか、戻せ、と躍起になって林檎を取り返そうとするアムロの腕から笑いながら逃げるクワトロを、たまたまその場を通りかかった青い髪の毛の少年が、幽霊か何かでも見かけたような不審な(そして些かげんなりした)眼差しで見つめる。
「………結局、似てますよね、大尉とアムロさんて」
子供っぽくて意地っ張りで駆け引きが好きで、大事なことは相手に言わせようとするところがそっくり。
少年の呟きは、幸いなのかなんなのか、どちらが最終的に手にするかという、痴話喧嘩にも等しい赤い林檎争奪戦に明け暮れる男二人の耳には届かなかったようであった。
(無理なんだよ、絶対。そう言い聞かせていないと、なんか、とんでもないことになっちゃいそうだろう?)
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+++END
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