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nostalgic

astronomical

observations



「そろそろランデブーの時間だ。」

 夜空を見上げ、男が呟いた。先程から何度も夜光の腕時計をチェックしている。意外に神経質らしい。

「クワトロ大尉、寒くないか。」
「アムロ大尉こそ。冷えるだろう。」

 言って何気なく手を伸ばして隣に立つ男の手をどちらからともなく握ろうとして、失速した。『だって、なんのために?』凍えないか相手を心配してやる理由など、なにひとつないというのに。モビルスーツを駆る時に、操縦桿を握り込む手の平がかじかまないかどうかということくらいで。あ、そういえば、と若い方の男が呟く。思い出したように。取って付けたように。

「今夜、作戦の時間くらいにさ。流星群が見えるんじゃないかって、ここ来る前にベルに言われたよ。」
「ベルトーチカ君かね。彼女の言いそうなことだ。」
 年嵩の男の方の含蓄にはこの非常時に、という非難の棘が僅かに含まれていたが、若い方の男は敢えてそれを無視する。

「いいじゃないか。綺麗なものを嫌いな人は、いない。」

 言った後で、何処かで聞いた台詞だと僅かに嫌な顔になったが、そちらには年嵩の男は気付かなかった。

「そうだな。」

 言いながら、境界線も見えない輝ける山の果てを睨む。『我々は、かなた国境に輝くキリマンジャロ山頂に、灯火をかかげよう。絶望あるところに希望を、憎悪のあるところに尊厳を与えるために』というのがこの山に捧げられた碑文だったかとふと思い出す。この地に自由と独立の精神を再びもたらす為に自分達は招集されたというのか。そんなことを考えかけて、男は首を振った。遠い話だ。少なくとも、今の彼には。

「そうだな、いつか軍務抜きで見てみたいものだな、君の言う流星群とやらを。」
「望遠鏡、要るぜ。地球からなら。その時は俺も誘ってよ。俺もまだ、見たことはないんだ。」

 揶揄するように若い方の男が続ける。はぁ、と分厚い不凍布の手袋越しに通り抜けもしない白い息を手の平に吹きかける。お約束通りのその行動が子供じみていて、年嵩の男が微笑した。ぽん、と背中を叩いてやる。

「行くぞ、アムロ大尉。」
「了解。」

 短く返して、アムロと呼ばれた男はもう一度未練がましく天を仰いだ。けれどとうとう、その夜の空には一度もほうき星は見つけられなかった。



□■□



キリマンジャロは、高さ19,710フィートの雪におおわれた山で、アフリカ第一の高峰だといわれる。
その西の頂きはマサイ語で「ヌガイエ・ヌガイ(神の家)」と呼ばれ、
その西の山頂のすぐそばには、ひからびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。
そんな高い所まで、その豹が何を求めてきたか、今まで誰も説明したものはない。

―――A・ヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」




□■□



「大佐、何を先程からそんなに熱心に見ていらっしゃいますの?」

 濡れた髪の毛をタオルで拭いながら、女は熱心に部屋に備え付けた天体望遠鏡を覗き込む男に声をかける。男は、彼にしては些か悪戯が見つかったような、バツの悪そうな顔になった。

「いや、今夜、確か流星群が見えたと思うのだが…。」
 女がくすくすと小さく笑う。
「それで、急に天体望遠鏡をお部屋に運ばせろなどと仰ったのですか?」
「まぁ、そうだな。」

 言いながら、男は望遠鏡の微調整をする。しばらく弄りながら覗き込んでいたが、やがて諦めたようにレンズから顔を上げた。

「宇宙なら、雨は降らないから帚星も見えると思ったのだが。」

 その言葉を聞きながら、交代するように女も望遠鏡を覗き込む。見えるのは、白銀の星々の輝く漆黒の絨毯。しかしそこに流れ落ちる光は見えない。

「流星群ですか、この時期ならGEMくらいでしょうか、見えるのは。」
「さぁ、詳しいことは知らないのだけれど。」

 呟くと、男は放って置いて済まなかったと苦笑して、女の細い手を握り込んだ。そして、低く甘い閨房向けの声音で囁く。

「天体観測は、もうおしまい。」



□■□



「な、天体観測行かないか?」

 同居人に誘われて、男はふと懐かしそうに目を瞬かせた。
 今宵は中秋の名月とかで、部屋の明かりを全て消して二人、ほぼ真円の乳白色のライムライトを浴びていた所だった。

「天体観測?」
 こんなに月が綺麗だと、星は見えないかもしれないぞ。やや意地悪く返してきた男に、青年が僅かに照れたように頭を掻く。
「ん、このまま月見でもいいけど。なんか、昔さ、流星群一緒に見ようって約束したじゃん、あなたと俺。」
「ああ。」

 くしゃりと、男の表情が瞬時泣きそうな風に潰れる。絞り出された声は、ほんの少し嗄れていた。
「覚えていたのかい」
「当たり前だろう?」
 青年がそちらを見ないように窓の外に視線を逸らす。

「あなたとの約束で、忘れたものなんてひとつもないよ。」

 こんなに煌々と月が輝いていては、星なんか見えないかもしれないけれど。

「探しに行かないか、ほうき星。」

 青年が男の方を振り向いて手を差し伸べたので、男は腰を下ろしていた革張りのソファから腰を上げる。

「ああ、行こう。」

 差し伸べられた手をきつく握り返し、望遠鏡は有っただろうか、と男が首を傾げる。思考を読んだように、青年が微笑んだ。

「買ってあるよ、いつかあなたと見られたらと思って。」

 ああ、全くいつだってこの青年は自分だけのことを考えていてくれるのだ、と男はまた涙腺を緩めそうになって慌てて咳払いで誤魔化す。



□■□



 ぶるり、と吹き寄せる冷気に身を竦ませ、青年が自分の身体を両腕で抱え込みながら零す。

「うー、さぶい!さすがに日が落ちてくると冷えるよな。」
「君が薄着で出て来過ぎなんだ。慌てなくてもいいと言ったのに。」

 善は急げと望遠鏡を抱えて家を出て、一番近くの公園の、外灯のなるべく少ない方へ暗がりの方へ、と連れだってやって来た二人である。苦笑しながら男は首にマフラー代わりに引っかけていた薄手のストールをシャツ一枚の青年に差し出す。

「ほら。ないよりマシだろう。」
「さんきゅ!うー、寒いよー!」

 ガタガタ震えながら青年は受け取り、ぐるぐると身体に巻き付けてやっと人心地付く。
「ああ、さぶかった。」
「全く…ちょっと待っていろ。」
 言いながら男はアムロを残してその場を去り、しばらくして温かい缶飲料を二本手にして帰ってくる。自動販売機も漸くホット飲料に切り替わり始めた頃合いだ。

「飲まなくてもいいから、持っていろ。」
「あ、俺、コーヒーの方ちょうだい。」
 ぽん、と片方が放り投げられ、青年は器用にキャッチして、「うー、暖ったけー!」とそのまま冷え切った頬に押し当てる。

「君がコーヒーが好きなのは知っているよ。」
 缶入りの甘ったるいミルクティーのプルタブを引き起こしながら、シャアが苦笑した。舌に不快なほどの人工的な甘味も味気ないほどの香りの無さも、何よりもその熱を欲している今は気にならない。アムロも同じようにして、ずずっとミルク入りのコーヒーを一口すすった。

 アムロはやがて観測活動を再開し、セットした望遠鏡をいそいそと覗き込みながらいじり回す。器用な指が焦点を合わせているのだろう、小さく小刻みに動くのにシャアがミルクティーを飲みながら目を細めて見とれた。
 しばらくして、青年が溜息が多分に混じった諦めの声をあげる。
「ああー、やっぱり見えるのお月さんだけかなぁ。」
 その言い方に、シャアは笑いを禁じ得ない。その側に近寄り、子供をあやすように優しく背中を叩く。

「贅沢を言うものではない。今夜は雲もないし、ここからの月見だって相当に素晴らしいものだよ?」

 嫣然一笑する男に顔を上げたアムロは暫時見惚れてしまって、その後慌てて取って付けたように言う。

「いや、でもさ、折角望遠鏡持ってきてるのに、ほうき星見たくねぇ?」
「それは。」

 当然ここまで来たからには、流星群等という贅沢は望みはしないが。アムロがそんなシャアの内面を推し量ったかのように、諦め悪く望遠鏡と夜空に再チャレンジする。

「やっぱり見えないかなぁ、ほうき星。」
「そりゃ君、月光が明るすぎるんだ。月齢も十五だろう?フルムーンに星を見ようなんて言い出すのは君くらいだ、アムロ。」

 街のネオンの明かりでも見えなくなるのに、と呆れたようにシャアが言う。けれどもアムロは真剣に望遠鏡を覗いている。

「だけど、だから見つけたいんだ。満月の輝きにも消されない流星を。」

 シャアは口を開いて、「そんな不可能なこと」とまで言いかけて、口を噤んだ。代わりにアムロの傍らに近づき、望遠鏡の位置を調整する。「そちら向きでは見つかり難いよ。こちらにしよう。」「おっ、本気入ってきたねぇ。」「君が本気だからな。」短い会話を交わしながら、ちょっと退いてみたまえとシャアがアムロを脇に押しやる。

「一晩に流れ星は無数に落ちて居るんだぞ、ひとつくらい酔狂なのが引っかかるだろう。」

 その言い方に、アムロが微笑んだ。そっと金髪の男の肩に手をかけ、他には誰も聞いていないのに内緒話をするように低く耳元で囁く。
「今、ほうき星が流れたら、あなたなんて願うんだ?」
「そりゃあ勿論、」
 言って男は望遠鏡から顔を上げ、にやりと微笑む。慌てて青年が修正を加えた。「待て、俺といつまでも幸せに、なんてのなしな!」「ほう、そうかね。」実に愉快そうに、男は笑う。

「ということは、君は私が今一番願っていることは君と幸せに暮らすことだと思っているわけだ。ふむ。」
「ば、ばかっ!!例えばの話だよ!!」
 瞬く間に耳まで赤くなって喚き立てる青年に満足そうに頷き、男は天体観測に戻った。誰に言うとでもなく独り言めいた呟きを発した。

「しかし、現実問題として流れ落ちるまでに三回唱えなければならないそうだから、なかなかに骨が折れるな、願い事というのも。」

 相槌を求められているわけではなかったが、律儀にアムロが肩をすくめる。

「そりゃあね、あんたはほうき星に願うより自分で何とかした方が早いって思うようなタイプだけどさ。」

「何を言うのかね。」
 シャアが片目をレンズに固定したままで低い笑い声を洩らす。
「運命の女神という名前の僥倖に巡り会えていなければ、今私はきっと此処にこうして君と二人でほうき星を探したりする事はできていないよ。」
 アムロは照れ笑いを浮かべる代わりに揶揄する口調で聞き返す。
「どこまで本気?それ。」
「そりゃあ、徹頭徹尾…あっ」

 更に何か言い返してやろうとしたシャアが突如声をあげたので、アムロが驚く。「見つけたのか?!」「と、思ったが錯覚のようだ。」名残惜しげに言い、シャアは望遠鏡から目を離して疲れた目を眉間ごと揉みほぐす。

「少し代わってくれ。」
「いいよ。でも、残念だったな。願い事するチャンスだったのに。」
 言って望遠鏡を覗こうとして、アムロはふとシャアを振り返る。

「そういや、あなたの願い事って。」
 ああ、とシャアが苦笑して、些か温くなってきた手に持ったままのミルクティーを思い出したようにすする。

「そりゃぁもちろん、"dona nobis pacem."とでもいうつもりだったさ。締めくくりの言葉だからね。」
 アムロが器用に片眉だけを吊り上げて、その返事を咎めた。
「”われらに平和を与え給え”?嘘臭い。本心を隠すんじゃないよ、ミスター・ムーンライト?」
「ひどいな。」
「あなたが酷くしてるんだ。」
 ふぅ、とシャアがわざとらしい大きな溜息をつく。君という人間は、一時も甘い空気には浸らせてくれないのだからという恨み言も添えて。

「君のことは天上の和音の破壊とでも呼べばいいのだろうか。」
 詩的と言うには皮肉に過ぎる評価に、アムロが小さく舌を出して応酬する。
「言ってろ、馬鹿シャア。」
「馬鹿とはなんだね、馬鹿とは…ところで、本気で冷えないか、アムロ。」
「だから、俺がさっきっからそうやって言っているだろ?」

 そう言った後のアムロの行動は素早かった。上着半分貸せよ、ストール返すからと、シャアの胸の中に背中向きに収まって自分から抱き込まれながら、アムロは男の輝く金髪越しに月光を見上げる。

「なぁ」
「うん?」

 綺麗だな、とは言わない。「寒いだろ。」ぎゅっと強く上着の裾を掴んで引き寄せて、体温を益々近くに感じるようにしながら。

「だから、手。だして。」

 言いながら青年は既にごそごそと男の手を探り、自分の手で掴む。その後で思い出したようにぽつりと呟く。

「なんかさ、ノーマルスーツとか、色々防寒着を沢山着込んでいた筈なのに、あの時の方が今よりずっと寒かった気がするよな。」

 手を繋ぐことも出来なかったな。その呟きを聞いて、男も夜空を見上げながら、ああそうだなと言った後で付け加えた。

「けれど、今よりもずうっと、君との距離は遠かった。」

 アムロがやめろよそういうの、とくすぐったそうに首を竦めて苦笑する。

「ほんっと、あなたは気障なやつだよ。」

 そのまま、二人はほうき星を探して夜空を見上げた。望遠鏡はなしで。そして、色々なことを考えた。あの時握り損なった手のこと、背中越しに感じている温かさのこと、胸の中の相手の体温、広げられたストール、二人でくるまるには少し窮屈な上着、洗いたてのシャンプーの匂い、見下ろすと意外に長い赤味がかった暗赤色の睫毛、とくとくと規則正しい心音、微かな残り香になっている朝つけた香水、きっと今キスをしたら舌に残る缶コーヒーと缶入りミルクティーの人工的な味のこと。そして暴力的なまでに神々しい満月と、その陰に隠れて目には見えない沢山のほうき星達のこと。


 それはまるで、広い広い思念の夜空を長く尾を棚引いて流れ落ちる数多の流星のように。



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+++END.

 

 

ゆうさんへの250,000HITキリリクです。
「お月見」とか秋の季節ネタでらぶらぶなシャアムということで、月見は結構ネタで書いたので、
月から天体観測にスライドしてみました。そろそろ、台風とかも切れて空が綺麗なシーズンですね。
けれど月光の燦然と輝く夜空では、そこに沢山有るはずの星達も、数多流れ落ちているはずの流星も視認できない。
勿論、アムロにとっての「満月」は金色のヒトです。で、シャアが探している「ほうき星」はアムロ。
お互いがお互いを見えるようになればいいのにな、まぁ…そんな風なお話です。
お粗末様でした〜。ゆうさん、こんなもので宜しけれがご笑納下さいませv

午前二時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい

二分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た
始めようか 天体観測 ほうき星を探して

深い闇に飲まれないように 精一杯だった
君の震える手を 握ろうとした あの日は

見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗き込んだ
静寂を切り裂いて いくつも声が生まれたよ
明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった
“イマ”という ほうき星 君と二人追いかけていた Oh Yeah Ah

気が付けばいつだって ひたすら何か探している
幸せの定義とか 哀しみの置き場とか

生まれたら死ぬまで ずっと探している
さぁ 始めようか 天体観測 ほうき星を探して

今まで見つけたモノは 全部覚えている
君の震える手を 握れなかった痛みも

知らないモノを知ろうとして 望遠鏡を覗き込んだ
暗闇を照らす様な 微かな光 探したよ
そうして知った痛みを 未だに僕は覚えている
“イマ”という ほうき星 今も一人追いかけている Oh Yeah Ah

背が伸びるにつれて 伝えたい事も増えてった
宛名の無い手紙も 崩れる程重なった

僕は元気でいるよ 心配事も少ないよ
ただひとつ 今も思い出すよ

予報外れの雨に打たれて 泣きだしそうな
君の震える手を 握れなかった あの日を

見えてるモノを 見落として 望遠鏡をまた担いで
静寂と暗闇の帰り道を 駆け抜けた
そうして知った痛みが 未だに僕を支えている
“イマ”という ほうき星 今も一人追いかけている

もう一度君に逢おうとして 望遠鏡をまた担いで
前と同じ 午前二時 フミキリまで駆けてくよ
始めようか 天体観測 二分後に 君が来なくとも
“イマ”という ほうき星 君と二人追いかけている
Oh Yeah Ah Ah Ah Yeah


【天体観測】

+++ back +++