海の王国
-The indefinables of great Happiness-

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 ※世界はSRW設定です。



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"Iacta alea est!"


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+XIII+



―――姿が変化してからきっちり十日後、キャスバル・レム・ダイクンは元のクワトロ・バジーナの姿を取り戻すことに成功した。

 朝、食堂に現れた懐かしい金髪の美丈夫に一斉に周囲から拍手が沸き起こる。クワトロは皆の反応に微かに照れていたようだったが、己が幼かった頃の記憶があるのかないのか、その十日間に関しては一切ノーコメントを貫いた。

 但し、影で一分の隙もない美少年だった『キャスバル・レム・ダイクンファンクラブ』を結成していた一部の女性陣が酷く嘆いていたのは言うまでもない。


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 それはともかく、やっと戻ってきた日常の中で、アムロは今日の昼食もクワトロと一緒になり、トレイの上にピーマン入りのサラダを乗せるか乗せないかで一揉めした挙げ句、向かい合った席に腰を下ろしていた。パイロットの編成の打ち合わせや代わり映えのしない軽い世間話の合間で、アムロがそういえば、と思い出したように話を持ち出す。

「可愛かったよな、キャスバル閣下。…どっかの誰かさんと違って素直で」
 アムロのからかうような言い草に、がくり、と珍しくクワトロが頭を項垂れた。
「聞き飽きたよ、それは…大体あの後、女の子達に見合いでもなんでも良いからとにかく結婚しろと迫られて辟易している」

 クワトロの言葉にアムロが目を丸くした。
「え?なんで?」
「私の子供が見たいのだそうだ。…全く」
 憮然とするクワトロに、ついアムロが笑いだした。
「そりゃ、傑作だ」
「笑い事ではない」

 言いながらアムロのトレイの上に意趣返しにサラダに入っていたピーマンを大量に投下した後、悲鳴を上げてピーマンの選り分け作業に取りかかるアムロを見ながら、クワトロがぽつりと呟いた。

「第一、『海の王国』に住んでいた頃の私と今の私では、天と地ほどに違うからな…。今更、あの頃の自分になど戻れんよ、その気もないし」
「海の王国?」

 聞き慣れない文学的な言葉にアムロが首を傾げると、クワトロがああ、と説明を付け加えてくれた。

「人が生まれる前に暮らしていた楽園のことを『海の王国』だと評した詩があったのだよ」

 確か、モーリス・メーテルリンクの書いた『青い鳥』にもそんな王国の話があったのだったかな、と更に博識な金髪の男は続ける。

「私はかつて海の王国に住んでいた。…そしてそこを出て、生まれ変わって今の私になった」

 アムロが僅かに表情を曇らせた。クワトロは口にこそしていないが、シャア・アズナブルに傷を刻み、その完璧な楽園から彼を追い落としたのは他ならぬ自分だ。アムロは、ふと思いついたことを男に尋ねてみた。

「シャア、…もしかして、人生やり直したいと思ってる?」

 それを聞いて、意外なことにクワトロはやや不機嫌な顔になる。

「アムロ、それ以上言うと怒るぞ?」

 例え宇宙全てと引き替えにしてくれると言われても御免被る、とクワトロ…シャアはきっぱりと言い放つ。

「私はね、今の傷だらけの失敗して悩んで苦しむ自分の方が好きだ。…何よりも生きていると思えるから、ね」

 今の自分を愛しているから。…齢を重ねるごとに私は自分が好きになっていくよ、とさらりと笑われ、アムロはその言葉に胸を衝かれて黙り込んだ。そんなアムロを前に、静かに、シャアは言葉を続ける。

「捨てられないものも増えたし、愛するものも増えたと思う。…片方からするときっと私は弱くなったし、益々不完全になっていくのだろう。だけれど、私はそんな私を何にも代え難い程に愛している…それでいいのではないかな」

 愛するものなど何もなかったあの頃に比べればね、とシャアが幼かった自分を懐古するように呟く。

「私は完全な人間で有った故に不完全だった。…こんなもの言ったって、嫌味になるだけだろう?」

 シャアのあっさりした言葉にアムロが苦笑する。確かに、あの子供時代のシャアをただ語ろうとしてもそれに相応しい言葉をアムロは持っていない。

 完璧だった、としか評しようもない。

 今のシャアにもやろうと思えば容易い事なのだろう。完璧であることは。

 しかし、そうであるよりもまずシャアは己のことを好きであろうとしているのだ。

…その事だけは、アムロには何故かとても嬉しいことのように感じられた。

 完璧になんか、いつだってなれる。それよりも。


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 話し込んでいる内に昼食を食べ終え、そのまま二人して話を続けるために場所を移した先の自室で、シャアが改めてアムロを向き直った。そうだ、君に言っておかなければいけない言葉がある、と真剣な表情で言われて、アムロは何となく落ち着かない気分になる。

 もしかして、と思っていた想像は、そして当たっていた。アムロも今となっては、シャアの自分に対する些か行き過ぎていると感じられていた言動の根底にあるものの正体に気付かざるを得なかった。

 自分でも、嫌になるくらいに鈍いと思う。自分の方も同じ気持ちになるまで、気付かないなんて。

 与えられたものを受け取る気になったアムロの顔を見ながら、二人きりになった途端にシャアははっきりとこう告げた。

「アムロ、私は君が好きだよ。…きっと多分、初めて君にこの眉間に傷を刻み込まれた、あの日から。あの瞬間、私は初めてキャスバル・ダイクンからシャア・アズナブルという人間に生まれ変わることが出来たのだ、本当の意味で。」

―――ダイクンの呪縛から逃れて。

「まだ、言うつもりはなかったのだが。…この戦役が終わるまでは」

 その言葉を聞いて、この人はやっぱり覚えて居るんだとアムロは唐突に理解した。アムロに知られてしまったから、想いを告げることにしたに違いない。そうでなければまだ、この気持ちは黙ったままだっただろう。

…そしてアムロも、彼が自分を想う本当の理由は理解できないままだっただろう。

 男が少し笑いながら続ける。よしんばアムロが、キャスバルだったときの記憶を持っているのだろう、と聞いても恐らくは教えてくれずにはぐらかすであろう、「大人」の表情で。

「けれど、明日がどうなるか分からないからといって、出来ることをしないのは確かに私らしくないと思ってな」

 だから伝えておくことにした、という些か色気のない終わり方の告白を静かに噛み締めて、アムロは顔を上げた。

「…それで」

 アムロの呟きにシャアがうん?と首を傾げる。

「それで。…俺のことが好きで、あなたは俺にどうしてほしいんだ?」

 男と女なら此処で話は終わりだけれども、生憎と自分達はここから新しく始めなければならないようだ。いっそどちらか片方が女だったら良かったな、とアムロは益体もないことを考える。

(もし俺が女だったら、間違いなく腕の中に飛び込んでいくシーン、なのにな)

 逆だったらアムロは躊躇い無く両腕を広げ、ここにおいでと言っただろう。…きっと。

「そうだな…」

 シャアが微かに照れたように笑う。

「もし君が許してくれるのなら……恋でもしてみないか」

 珍しく自信のなさげな様子にアムロが吹き出した。そのまま、笑いながら言葉を続ける。

「結婚できないぜ」
「そうだな」
「あなたみたいな綺麗なブロンドじゃないし」
「君の赤味がかった髪の毛の色が好きだな」
「モビルスーツいじり以外に大した趣味も話題もないし」
「君と一緒ならば退屈も幸福という名前に変わるのだよ」
「恥ずかしいことを言うなよ。…だらしないし、部屋は散らかっているし」
「私が二人分頑張れば済むことさ」
「子供も産めないし?」
「子供は必要ない。もしどうしても欲しくなったら養子でも貰うさ」

 なんだかどっかで聞いたような会話だな、とプロポーズのような応酬にアムロが苦笑する。

「それよりなによりさ、いいのか?俺、男だぜ?」

 完全な人間なんていないよ、とまるで古い映画の様にシャアが冗談めかして答える。その後で、表情を僅かに真剣なものに変えて、言った。

「知っているか。…運命の相手の見分け方を」
「?」
「例えば…私が考えていることについて、全く違う意見を君が持っていたとしよう」
「…うん」

 突然何を言い出すのだと不審な顔のアムロに微笑んで見せ、シャアは続けた。

「普通、人は己と違った考え方の人間に出くわすと『何を考えて居るんだこいつは』と思う。…しかし、運命の相手に出会ったときは、その違いさえも『ああ、そういう考え方もあるのだ』と気付くことに変わるのだよ。違っていても構わない、そう思える相手と一生に一体何人出会えると思うね?……断言してもいい。一人、居れば良い方だろう」

 ここまで言わないと君には伝わらないか?と締め括られ、アムロは益々居心地が悪い気分を味わいながら、男の名前を呼んだ。

「…シャア?」

 名を呼ばれ、金の髪の男は柔らかく微笑む。

「君と私が男同士であるどころか、考え方も育ちも、所属する組織でさえ根本から違うことまで、とうの昔に承知している。…だがしかし、君以上に居心地の良い相手を見つけられなかったのだから仕方があるまい。アムロ、私はもう諦めたよ」

 どうする、と言われ、回答を丸投げされた形のアムロは、決めるのは俺なのか?と思いつつも眉を顰めて腕組みをした。

「そうだなぁ……」

 もし俺が女だったら…でも、俺は残念ながら正真正銘どこをどうしても男でしかないので。
 心を決め、アムロは顔を上げて金髪の男の青い双眸をじっと見返す。

「もう一回確認。…子供が欲しいんじゃなかった?」
「…アムロ、泣くぞ?」

 揶揄するように言うと些かうんざりしたように返され、ゴメンとアムロが微笑む。

―――うん、俺が女じゃなくても。

 いいか、と脳裏にキャスバルを思い浮かべながらアムロが決める。

「まぁ、俺の名前は愛情たっぷりだし、俺は愛の使者だし?しばらくはあなたに俺の溢れる愛情を分け与えるのもいいかもしれないな」

 シャアが軽く目を見開き、その後嬉しそうに笑いながらも軽口を叩く。
「調子に乗るな、と言ってもいいかね。…何処の誰が愛の使者だ、図々しい」
「うわ。…なんだよその言い草…」

 自分が言い出しっぺの癖にさ、と少しむくれて見せながら、でも視線は逸らさないで。はっきりと、返事を告げる。

「始めてみようか、恋愛」

 言いながら手を伸ばすと、シャアは初めて。あのキャスバルが浮かべていたような晴れ晴れとした綺麗な笑顔を浮かべ、腕を伸ばすと固く、アムロの手を握り返した。ふんわりと微笑まれて、手の甲に形通りの口付けを落とされて、思わずアムロの方が赤面してしまう。

「宜しく頼む」
「こちらこそ」

 視線が合うと、流石に少し腰が引けてしまうが、きっとおいおい治って行くに違いない、とアムロは思い、そういう風に変わって行くであろう自分を受け容れることを良しとした。

 美しい海の王国で夢を見ていたあの頃にはもう戻れないけれど。

 それでも。

 生きてきた日々を、歩いてきた道を消したいとは思わないから。
 誰にも渡せない、今の自分は生きてきた軌跡全てを引っくるめて何より愛しい。

 繋いだ手を握り返して、アムロは顔を上げて男の名前を呼んだ。振り返る男の眼差しに、確信を新たにしながら伝えるに相応しい言葉を探す。

「シャア、俺もあなたに言っておきたいことがある」
「なんだ?」

 口下手なアムロでも、首を傾げるこの男に、感じているものが、言いたいことがきちんと伝わるように。

「俺もさ、今まで生きてきた中で、今日の自分が一番大好きだよ」



 その言葉に、シャアは本当に本当に嬉しそうに微笑んだのだった。



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時の流れに身をまかせ
あなたの色に染められ
一度の人生それさえ捨てることもかまわない
だからお願いそばに置いてね
いまはあなたしか愛せない


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+++End.

 

 

トップのラテン語シリーズは「賽は投げられた!」という意味です。

結論。

「理屈が多い野郎二人を恋愛などという非日常に蹴り込もうと思ったら
時間と空間くらいをねじ曲げる覚悟はいるかもしれない(笑)」
だーもう!(爆)やっと分かりましたよ!
うちのシャアもアムロも理屈が多くて頭脳とか理性偏重なんで、自分が納得しなきゃ進まないんですよ!(爆笑)

ラストのアムロとシャアの応酬はマリリン・モンローの『お熱いのがお好き』から。
大富豪を女装で騙しておりまして、ですね。プロポーズがこうなんですよ。↓

「実は私たち、結婚できないのよ」
「なぜ?」
「だって私はブロンドじゃないし……」
「かまわん」
「うんとタバコも吸うし……」
「いいよ」
「サックス奏者と暮らしているし……」
「許すよ」
「子供も産めないし……」
「養子をもらうさ」
「わかってないのね。(被っていたかつらを脱いで)俺は男なんだ!」
「完全な人間なんていないよ」

なんでアムロがキャスバルじゃ駄目だったかとか、
シャアがアムロを選んだかとかいううちリミテッド版の理屈も付けられたのでまずは満足(笑)
後、私の考えていた「シャア・アズナブル」という人の像についても或る程度書けたので。
20→27→34と、どんどん人間くさくなっていくシャアが大好きですよ、私は。
アムロなんかからしてみたら、すごくその時間の経過も愛しく感じてくれたらいいなー、と。
そういう感じのお話です。

これでとりあえず数ある選択肢から「レンアイ」を選んで始めてみたアムロさんですが、
この後なかなか上手く行かないのはまぁ、
「また会いましょう」とか「帰還」を読んでいただければ分かる通り(笑)

後はもうこの直後の話を一本書くだけで大体本編は繋がるんじゃないかと(何の本編だ)
タイトルは「黄昏サラウンド」と言います。
「また会いましょう」をまとめたオフライン本用の書き下ろしです。

えー、海の王国、というかその辺は全然このお話の主旨とはずれているんですが、ポーの詩だったかな?のイメージです。

 

+++ back +++