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※世界はSRW設定です。
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"Quod me nutrit me destruit"
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+XII+
ラー・カイラムが自給自足艦で無い以上、どうしても補給は必要になってくる。
連邦の圏内ならばともかく、自給率が高い中立コロニーなどでは連邦はおろかネオ・ジオンの存在をも煙たく思っている自治領も多く、そういう所では普段なるべくなら補給はしないのだが、先の不意の戦闘で消耗の激しかったラー・カイラム一行は、不本意な補給を受けざるを得なかった。
当然、その様な場所では地球連邦籍で挙げ句にネオ・ジオン総帥まで連れている艦が歓迎される訳もない。
今回も、コロニーを中心に勢力を拡大している資源エネルギー公社の代表を顔を合わせながら、ブライトは引きつりそうな笑顔をなんとか支えていた。副艦長代理として同席しているアムロもげんなりした表情だ。普段はこの手の交渉ごとは得意中の得意とするクワトロ大尉が一手に引き受けてくれるのだが、生憎と彼はまだ子供の姿のままであった。
いくらキャスバルが非凡な子供だとはいえ、交渉事に引き出すわけにも行かない。なので港貿易事務所の一角で、ブライトとアムロは引きつり切った笑顔を揃って晒す事態に陥っていた。
責任者だと名乗る初老を過ぎたと思われる喰えない表情の男は、先程から年若い二人に対し、慇懃無礼な態度を取り続けている。お仕事だと思えば、ラー・カイラムに帰ればちびっ子達が彼等を待っていると思うからこそ出来る苦労だよな、とアムロは腹の中でぼやいた。
「いやはや、戦闘が続きまして最近はエネルギー資源も稀少になってきましてな、私共と致しましても宇宙に名前の轟くロンド・ベル隊に是非とも安価でお分けしたいところなのですが、お勉強致しましてもこれが精一杯というところで…」
先程から押し問答の対象になっている見積もりは、普段の価格より一割ほど割高になっていて、明らかに此処で補給を受けておきたい彼等の足下を見ている価格である。ブライトが引きつるこめかみを押さえた。
「ですけれども、これはコロニー間の適正価格よりも更に高くありませんか?」
「いやぁ、ノア大佐、ここは貧乏コロニーでして」
相手も引く気はなさそうだ。買いたくないなら買わなくて良いぞとの態度が見え隠れする相手に業腹を覚えつつも、背に腹は代えられぬ、と最低限度の補給物資を仕入れようとブライトが書類にサインをしかけた時だった。
「艦長、連邦軍の司令室から緊急の連絡が入った。至急、艦橋の方へお越し願えないか」
ドアがノックされ、凛とした高い声と共に、キャスバルが会議室に入ってきた。ブライトが立ち上がって少年を迎える。
「閣下」
「すまない、大事な交渉中だとは聞いていたが、緊急だというもので」
言いながら、少年はブライト達が交渉をしている相手を見て、ちらりと表情を変えた。
「お前は」
顔つきからして、既知の人物だったらしい。しかし、男の方は少年の正体には気付いていないようでもあった。
「はて、何処かでお会いしましたかな」
「ああ、交易の交渉のテーブルで何度か見かけたことがあるよ、私のことは知らないかもしれないが」
その後で、ブライトの目の前に置かれた価格表の書類を見て眉を顰める。
「高価すぎないか」
「先程そちらの艦長には申しあげましたが、この辺りでは適正価格です」
「サイド3でももっと安価だ。艦の補修用のCFRPもふざけた価格だな。利益の上乗せにしても少々やり過ぎではないのか」
「…失礼ですが、お子様にはお分かりにならないのです。大人の仕事に口を出さないで頂きましょうか」
男の台詞を効いて、キャスバルが小さく舌打ちをする。なんのかんのと言いつつも世慣れているシャアと違って、まだ真っ直ぐな少年の正義感が舌鋒を鋭くさせているのだろう。
「…コロニーにたかる寄生虫かハイエナだな。お前達のような輩が内側から虫食いの穴を開けるからいつまで経ってもコロニーが豊かになることがないのだ!!」
少年の激した言葉を聞いて、男が眉を顰めた。
「ブライト艦長、この子供は誰ですか?貴艦隊が拾い上げていらっしゃるという噂の、子供達の一人ですかな?失礼ですが、交渉の場に子供を連れてくるなど…」
男の言葉を、キャスバルが途中で遮った。
「私の事が知りたいか?私はジオン・ズム・ダイクンの息子、キャスバル・レム・ダイクンだ」
男が眉を顰め、キャスバルの名前を繰り返した。だがしかし、相手は未だ半信半疑のようであった。当然だろう。シャアの本名は宇宙圏では広く知れ渡っている。
「キャスバル閣下が生きていたのなら、もう三十歳位の年齢の筈ですが?」
偽物だろうとの仄めかしに、キャスバルが鼻でふんと嗤う。
「噂というのはあてにならないものだからな。それよりも、その不等価な価格を改正して貰おうか」
少年の言葉を、男は何を言う、とばかりに鼻先で笑い飛ばした。
「おや、ジオンの後継者様がコミュニストとは知りませんでしたが?」
「共和国の理想を持つ人間なら当然だろう!!」
「まぁ、あなたが本物のキャスバル・レム・ダイクンならば私だって聞く耳を持ってもいいのですがね」
全く信用していない口調で言った後、男は少年をじろじろと不作法に眺め回し、面白そうに口を開いた。
「それとも、噂に聞いていた、クローニング計画って奴が本当に実行されたのですか?」
個人の記憶をクローンに埋め込んで甦らせる、いわゆるメモリー・クローンという技術だ、と続けた男に、そんな噂があるとは露も知らなかったブライトとアムロが唖然とした表情になる。キャスバルは眉一つ動かしはしなかったが。男は下品な興味を隠そうともしない顔になり、更に続けた。
「なんでも、生まれる前に予言者が言ったそうですな、今腹の中に宿るのは、ジオンを完全に滅ぼす子供だと。そして生まれてきたキャスバル殿下は非常に美しい子供だったそうで」
デッラ・ポルタの『自然魔術』という本に載っているそうですが、と男は面白そうに言った。
「産まれる子供は懐妊中の母親が心に抱いているのと同じ形を真似て生まれてくると。目も心も美しい大理石の少年像に心を奪われていた母親はその像そっくりの子供を産んだと。…そんなお伽噺のような事が、本当に起こるとでも?」
暗に含んだものがありそうな男の言い草に、キャスバルがうんざりしたような表情で聞いた。
「つまりは、何がいいたい?」
男が我が意を得たりという表情で勢い込んで語り出す。
「産まれてきた子供の異能は度を超えていた、っていう話ですよ、キャスバル・ダイクン閣下のね。普通なら死産で産まれるような状況で生まれてきたですって?確かに、死ねば良かったんだ。…生まれて直ぐに。本当の息子は死産で、病院ですり替えられたとかいう噂もありましたなぁ。そんな噂に包まれて生きて行くのなど、さぞやかしお辛い事だったでしょうに」
一見同情しているようで、その実は毒気に満ち満ちた言葉が続く。
「未だに根強く流れている噂ですよ、ジオンの御曹司は本当は、『本物の人間』じゃなくてダイクンの記憶を埋め込んだ人造のクローンだというね!でなきゃ、完璧な人間が出来るはずなどないでしょう!!もしも本当に天然で完璧な人間が生まれるなんて事があったら、それは神が殺し損ねたに違いないんだ!!」
―――あれは、神が殺し損ねた子供。
その場の人間が一様に息を飲む。しかしながら、異能だの天才だのと言われる子供の死亡率は高いのに、と一向に意に介されることもなく男の悪意にまみれた言葉は続いた。
「後継者として推された後も、何度もその地位を降ろされそうになったそうじゃないですか?議会でさえ、妹君の方に婿を取って跡を継がせることを真剣に検討していた、と聞きますが?」
ジオン共和国が滅ぼされた時、その直前までキャスバル・ダイクンは留学と称して地球にやられていたんだそうですね、と男が呵々大笑した。
「地球連邦の最高学府に研究員として派遣、ね。…体よく敵陣に追いやられたんでしょう?でなきゃ大事な虎の子の跡取り息子を連邦の息が掛かった場所になんかやるものですかよ!!」
男の得意満面の顔でスキャンダラスな暴露話にも似た長口上が終わる。場が、水を打ったように静まりかえったように見えた。―――が、凛、とした高音の声が静寂を断ち切って響く。
「言いたい、ことはそれだけか」
「なんですって?」
キャスバルが些か呆れたような表情で、視線に侮蔑の色を浮かべて男の方を真っ直ぐに見ていた。
「言いたいことはそれだけか、と聞いている。生憎だが、そんなことで私が尻尾を巻いて逃げるとでも思ったら大間違いだ」
「な、噂を否定なさらないのですか!」
「否定?」
キャスバルが溜息をつき、そんなことが私の本質に何の関係がある?といっそ哀れむような口振りで男に向かって言い放つ。
「愚かな。貴様達が言う程度のことは私にとって日常茶飯事だ。王室ゴシップを鵜呑みにして楽しいか?」
覇気に満ちた声でキャスバルが一喝する。
「第一、私如きに滅ぼされる程の国ならば滅びてしまえばいいのだ、ジオン共和国など!!デギンがそんなに国が欲しかったのなら、いつでもくれてやったのに!!」
なりは小さくても獅子の子は獅子の子、と誰かが呟いたのをアムロは聞いた。
「私としても相続で権力を掴もうなどと思わない。第一、私はたまたまジオン共和国の跡継ぎとして生まれたが、別に国など欲しくはないのだ。国が欲しければ己の手で掴み取るくらいの気概は持っているつもりだ」
そこまでは淡々と言葉を紡いでいたキャスバルが、次の瞬間怒りで小さな身体を燃え上がらせる。
「……だが、私は両親の子だ。ジオン・ダイクンとアストライアの間に生まれた子供であることだけは確かだ。不義の子だと?クローニング?貴様達の中傷など聞き飽きた!それが一体何ほどの事か!私は両親を愛しているし、両親も私を愛してくれている。それを愚弄し、あまつさえ疑うことだけは絶対に許さない!!」
小さな手の平の握り拳が微かに震えているのにアムロは気付いてしまった。あれではきっと手の平は真っ赤だろう。
感覚を向けると、怒りとか悲しみとか哀れみとか…ごちゃごちゃになった雑多な感情が少年の周りを渦巻いている。…見事なくらいに面には顕していないが。
まだ十歳だ、とアムロは思った。…まだ十やそこらなんだぞ、この人は。
指摘することは出来ないし同情も慰めも逆効果であるのをアムロは本能的に感知した。
独りで傷ついて、何度も絶望してその度立ち直って。
そうやってキャスバルはあの笑顔を益々秀麗に美しくしていったのだ。…一人で。
高々十年足らずの短い人生の間だけでも。
シャア・アズナブルは強くて当たり前だったんだと今更ながらアムロは得心がいった。
自分が可哀想だ、と泣けたアムロは幸せだ。
キャスバルには泣くことさえ許されない。人として生きて行くことさえ。大体、予言者などという胡乱な存在に人生を左右される人間がこの世にいていいものだろうか。
しかし、彼が生きてきた世界はそういう場所なのだ。
美しくも歪んだ華麗なる世界。
―――硝子の水槽に入れられた美しい赤い金魚。
今でも金魚鉢の中に優雅に在り続けるシャア・アズナブルの孤独の果ては、アムロには理解できない類のものであった。
国は欲しくない、とキャスバルは言った。そして両親を愛していると。
それはどちらも本当のことなのだろう。
シャア自身、危険を冒してジオン公国に食い込んでまで成し遂げたかったことはまず両親の仇討ちであった。
その後残ったジオン公国自身の行く末には、生まれから生ずるノーブレス・オブリッジ以上の興味はなさそうに思えた。成り行きでネオ・ジオンの総帥などに手を染めたものの、それとて彼には重い枷以上の何物でもなさそうであった。
―――彼は他人を愛することで己の存在を確立させようとした。
キャスバルには沢山の愛している人が居る。
妹や、両親や公国の臣民や、まだ見知らぬ友人であった『アムロ・レイ』に至るまで。
でも。
彼等の誰一人にとってもキャスバルは一番の存在ではない。
―――それじゃあ、一体誰が彼を愛してあげるんだろう。
余りに多くのものを持ちすぎていて与えることだけに慣れて行くなんて、それはどんなに寂しいことなんだろう。
誰にも気付かれないほど微かに震える小さな背中を直向きに見つめ、アムロはキャスバルがたじろいだ男に畳みかけるように交渉をして、きちんとした適正価格で品物の取引が行われるように交渉を纏め上げて、しっかりした足取りで部屋を出ていくまで、その場を一歩も動かなかった。
胸の奥が苦しくて、自由に呼吸をすることことさえ、できなかった。
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+++To be Continued.
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