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※世界はSRW設定です。
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"Amor caecus"
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+XI+
「アムロ大尉、落ち着いたか?…吃驚したじゃないか。」
「はい…すいません。」
椅子に腰を下ろし、キャスバルが手に入れてきたホットのカフェ・オ・レをすすると、アムロも流石に人心地着いた。
アムロの引き起こしたニュータイプの共鳴はクワトロならともかくキャスバルにはまだ感じ取れない類のものだったので、少年の目にはただアムロが立ち眩みか引きつけを起こして倒れたように見えたに違いない。アムロにしても、こんな意識さえ飛びそうなきつい共鳴は久々のものであった。
そのまましばらく向かい合って、アムロはカフェ・オ・レを飲みながら黙っていたが、やがて沈黙に耐えきれなくなったようにアムロが口を開き、そういえば、とずっと気に掛かっていたことを尋ねる。
「ところで…キャスバル閣下が居なくて今頃ジオン共和国は大騒ぎじゃないんですか?」
「さぁ、どうだろうなぁ。一週間や十日なら、向こうにいるだろう『私』次第だな。私はジオン共和国には居なかったから。」
「え?」
アムロが思わず聞き返す。キャスバルが苦笑しながらそんなアムロを振り返った。
「地球連邦の最高学府に研究員として派遣されていたんだ、私は。」
「…へ?」
「ジオンはまだまだ後進の国だからね。少しでも知識を才能がある人間は何かを吸収して帰らないと。」
あっさりと言うキャスバルに、相変わらずなんでも出来るんだなとアムロが呆然とする。
最高学府って、ステップとか飛び級のレベルの話じゃ有りませんけど。IQ幾らですかあなた。
そーいやシャアも突然飛び込んだジオンの士官学校をトップで云々言ってたなぁ…はは。力無く笑うアムロを余所に、少年はまた僅かに遠い目をした。
「少しでも、共和国の役にたてれば、と…。」
キャスバルがそこで何か思いだしたらしく小さく笑う。
「そういえば…そこで面白い学者と出会ったよ。」
アムロが首を傾げる。少年が続けた。
「君達が乗っている機体のガンダムシリーズだが…あれはもしかして名前の由来はガンダリウム合金からなんだろう?」
「え?ええ、そうです。ガンダム、というのは通称で、本当はRXシリーズと呼ばれる機体なんですが。」
やっぱり、とキャスバルが笑い、その後でアムロに対しては核爆発ほどの威力を誇る爆弾をさらりと落とした。
「その合金を研究している学者でね、テム・レイと言ったか…学会で一緒になってね。意気投合したのだが。」
他ならぬ身内の名前の登場に、アムロが息を飲む。
「…!!!」
キャスバルの方はそんなアムロの変調には気付きもしていないようであった。
「コロニーの技術技師だと言っていたのでいくつか話をしたよ。丁度ルナチタニウム…"Generic on Universal Neutraly Different Alloy"、通称ガンダリウム合金という理論が出てきたところでね。超小型核融合炉用の新素材だったのだが、コロニーの外壁と隔壁に使えばよりよいものになるだろうと…。」
「ガンダ…リウム?」
「そうだ。…卓越した精錬技術だったな。宇宙空間の無重力を最大限に生かして金属精錬を行うことは地球世紀から始められていたが…ジオン共和国にはコストが掛かりすぎるのと、地球でしか取れないチタニウム系列の資源を使っているのがネックになってあの時代には持ち込めなかったが…。」
連邦がそれを使って新造コロニーを建設すれば話は同じだろう、とキャスバルは微笑む。
「戦争が早く終わればいいと言っていた。そうしたら安定した自分の作ったコロニーに地球に残っている妻を迎えて、息子と三人で暮らすのが夢だと。」
「…あ、…。」
「息子は私より年下だと言っていたな。…もしももう一度会えたら今度は紹介すると言っていた。…友達になってやってくれと言われたよ。一人っ子で兄弟も居なくて淋しいだろうから、と……何と言ったかな、テムの息子の名前は。」
「………れ、です。」
「きっと本当に出会えていれば私達はいい友人に成れていただろうが。…なんだ?アムロ大尉。」
其処でやっと、キャスバルはアムロの様子がおかしいことに気付いたようであった。
「それは、俺、です…テム・レイの息子です、俺は……俺が……アムロ・レイです……。」
「…あなたが。」
流石に驚いたらしい。キャスバルは大きな瞳をもっとまん丸くしてしげしげとアムロを見る。
「…育ったなぁ。」
あまりにも暢気な感想にアムロががっくんと肩を落とす。
「どういう意味ですか。」
「いや、私より五つも下だと言うからイメージとしては五歳くらいの少年だろう?君に言われると自分が年を取っているのだと実感するな。」
「そう…ですね。」
アムロ自身の反応は鈍く、歯切れは悪い。だって、アムロは知ってしまっている。既に。
キャスバルが今思い描いていた未来は来ない。コロニー技術者だったはずのテム・レイはガンダリウム合金を結局は連邦の新しいモビルスーツに使い、その機体には彼が平和に暮らさせたいと願ったはずの息子が搭乗した。
息子はその機体を駆り、『連邦の白い悪魔』と呼ばれる無敵のモビルスーツのパイロットに成長し。…目の前の少年の未来、『ジオンの赤い彗星』と激突した。
少年の夢見た未来は来ない。既に「過去」になってしまっている確定事項だ。取り返すことすら不可能で。
こない、のに。…自分だけがそのことを知っているなんて、反則だ。
流石に思い詰めた表情になりかけていると、キャスバルはそんなアムロの様子を知ってか知らずか、どこかのんびりと問いかけてくる。
「…なぁ、アムロ・レイ君。私達は今からでも、いい友人になれるだろうか?」
あなたを大事に思うご両親に君のことを託されているし。そのキャスバルの続く台詞に。
殆ど反射的に、アムロは即答していた。
「だめです。」
そう、駄目だ。
例えもう一度出会っても、今からでも友人になんて決してなれない、絶対なれはしない、とアムロは思った。
唐突に分かってしまったからだ。
冗談めかしてシャアが常に彼に告げていた言葉。……友情なんて無理だ。
今やはっきりと、アムロも悟ってしまった。
「…俺は、あなたが好きなんです。」
けれども。少年にそれが届くはずもない。
「私も君が好きだが?」
「そうじゃ…!!!」
にこにこと子供らしい無邪気な表情で微笑むキャスバルに、アムロが首を振る。
―――やっと気付いた。
クワトロの方からこちらに向けられる気持ちが心地よかったのは。
消えてしまって、どうしてあんなに落ち着かなくて寂しい思いをしたのか。
そこから感じられる愛情という存在自体に、アムロが酷く怯えていたのだ。
アムロは盛大に首を振った。全てを否定するように。
「嘘だ、嘘だ…!そうやって俺を試さないでください、俺を…追い込まないでください。」
「アムロ大尉?」
流石に少年が眉を顰める。しかしアムロはそんなことには構ってはいられなかった。余裕を持つには、とても認められないことを聞き過ぎていた。
「俺は親父になんか愛されていなかった、母さんにも…!あなたのように愛情に満ちあふれて育った人間には分からないんだ!!」
突然の聞き分けのない子供のようなアムロの反応に、キャスバルがきょとんとする。青い瞳をまん丸く見開いたまましばらくアムロを眺めていたが、やがてふっと表情を柔らかいものに変える。
それには気付かず、アムロが拗ねた子供のような口調で、俯いたままぽつりと呟いた。
「もしも本当に愛されていたのなら…。俺は俺のことが知りたい。その資格があるのかどうか。」
俺みたいなどこか出来損ないの人間なんかに、愛し愛されるなんて事が、本当に出来るのかどうか。
「……君ね。」
そこで、遂にキャスバルが耐えきれなくなったように口を出した。
「君という青年は、本当に…おかしな事を考えるんだな、アムロ大尉。」
「な、なっ?!」
アムロががばっと顔を上げた。いつの間にか「あなた」が「君」に変わっている。その事をアムロが咎めるよりも先に、キャスバルが笑いだした。アムロがちょっと、何も笑わなくても、と益々気を悪くする。
キャスバルが悪い、と言いながらもくくっと尚も悪戯っぽく笑う。
「アムロ大尉、君の名前だが…。」
「?」
「スペルを並べてみたまえ。」
言われて不審そうに思いながらアムロが己の名前を目の前のホワイトボードに綴る。
その"AMURO"と記された単語をしばし見やって、徐にキャスバルが背伸びをしてその下に文字を綴った。子供の癖に綺麗な文字を書く奴、とアムロが己の癖字を少し恥ずかしく思っていると、キャスバルが出来たぞと言う。
アムロは視線を少年が書いた文字に向けた。
―――A,M,U,R,O………"AMOUR"
名前をバラバラにして再構築され、アムロがきょとんと目を丸くする。
「なに?」
「"amour"。…アモール、でいいかな。フランス語だよ。『愛』という意味だ。君の中には愛が隠されている。」
言って、息を飲むアムロに向かってキャスバルが晴れやかに笑う。
「愛してもいない息子に『愛』の名前を与えるものかね。君は皆に愛されて当然だ。なにせ、君自身が『愛』そのものなのだから。」
言葉もないアムロに向かって、更に少年は続ける。
「…"俺は俺のことが知りたい"、その答えはもう出たはずだ、アムロ・レイ。…君はご両親に愛され、皆に愛され、宇宙に愛されるただのどこにでもいるありふれた青年だよ。…素敵な。」
最も、ちょっと人より神経質らしいが。
戯けてキャスバルが付け加える。アムロは息を飲んだ。…詭弁でもなんでも良かった。彼は、許されたのだ。
「…閣下」
ちょっとだけ、少年が照れ臭そうに微笑んだ。
「私は君の兄代わり、なんだろう?何なら保証しても良いよ。」
君の兄貴として。
言うと、今度は晴れ晴れしく笑いながらキャスバルがアムロに近づく。
ああ、とアムロは思った。
ああ、セイラさん。兄貴が居るというのは、兄妹っていうのはこんなに良いものなんでしょうか。
この期に及んでも僅かに逃げ腰になる、俯くアムロの頭を少年がゆったりと抱え込んで、柔らかく撫でてくれた。
大丈夫だよ、と。
アムロの、今まで生きてきた人生全てを赦すように。天使のような少年は、ただアムロに優しくしてくれる。
十九も年下の子供の前でまさか泣くわけにも行かないから、アムロは唇を噛んで必死に耐え続けていたのだけれど。
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誰かを愛することを許されて、アムロはその日自室に一人で帰ってから。
初めて、声をあげて泣いたのだった。
幸せで。
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+++To be Continued.
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