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※世界はSRW設定です。
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"Cras amet qui numquam amavit quique amavit cras amet."
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+X+
あの日以来、アムロはすっかりキャスバルに懐かれてしまっていた。
どうやら『モビルスーツに乗せてあげる』発言が相当効いたらしい。
ブライト達のお説教から庇ってくれた一件以来キャスバル株が高騰しているらしいカミーユに、また大尉はアムロさんの後ばっかり着いて歩いて!一体アムロさんはいつもどうやって大尉を誑かすんですか!と詰め寄られ、アムロはもう苦笑するしかなかった。
「別に誑かしてる訳じゃ。」
その言葉に、並んでコーヒーをすすりながら短い休憩を取っていたカミーユが頬を膨らませる。子供みたいだな、とアムロは思わず微笑んでしまった。
「ええー、そんなことないです。狡いですよいつもいつも。ただでさえ大尉はアムロさん好きなんですから。クワトロ大尉独占禁止法案を知らないんですか?」
「おい。いつできたんだよそんな法案。」
カミーユと軽口を叩き合っていると、そこに当のキャスバルが通りかかる。アムロとカミーユの姿を見かけると、微笑みながら近寄ってきた。
「ああ、居た、アムロ大尉。…探していたんだ。」
カミーユが横目でアムロを睨んでほらね、と言い、アムロが頭を掻いた。一歩出てキャスバルに問いかける。
「…なんでしょう、閣下。」
「うん、実はその…。」
彼にしては珍しく歯切れの悪い物言いに、アムロが首を傾げる。
「その?」
「その、少しアムロ大尉に頼みたいことが…あって。」
言いながらキャスバルはちらりとカミーユの方に視線を送った。それで察した少年が肩をすくめる。
「アムロさん、今度ペナルティでZの最終調整、見てくださいね。」
「…なんで俺が!」
「公正取引委員会に訴えますよ?独占禁止法違反だって。」
言いながらじゃ、僕はこれでと微笑んでその場を後にする青い髪の少年の背に、キャスバルがすまないなと声をかける。カミーユは軽く片手を上げて微笑むと、今度僕とも一緒にモビルスーツの話しましょうね、アムロさんのν程じゃなくてもZも良い機体ですよ、と振り向いて言い残して立ち去った。
「あいつ…相手によって態度全然違うよな、いつも思うけど。」
呆れ気味にアムロが呟く。クワトロ大尉に対する態度とも全然違うじゃんと思いながら、改めてキャスバルの方を向いた。
「で、俺に用事ってなんなんです?」
「うん……」
それでも暫く言い辛そうにしていたキャスバルだが、やがて決意をしたように顔を上げた。
「私の妹のアルテイシアの事なのだが、ブライト艦長にアムロ大尉がアルテイシアの行方を知っていると聞いた。…連絡を取って貰えないだろうか。」
少年の申し出は意外すぎて、アムロが一瞬呆気にとられる。
「それは構いませんが…。」
セイラさんは構うかなぁと思いながら、アムロはキャスバルに尋ねた。
「…びっくりしません?」
「今更、だろう?」
苦笑するその表情がどこか驚くくらいシャアを思わせて、アムロは一瞬息を詰めた。キャスバルが胸の支えがおりたように、ようやっと本来の煌めく笑顔を見せる。
「何があっても多少のことではもう動じないよ、私は。ここに来てから信じられない、などと思うことも止めてしまったし。ならば、アルテイシアの様子を確かめて帰るのも一興だと思って。お手数だが、手配願えないだろうか、アムロ大尉。」
キャスバルに言われ、アムロがくすぐったそうな顔をした。
「…あの、そんな…敬語を使わなくても構いませんよ、俺に。」
「?先も言ったと思うが、あなたはずっと年上で皆に頼りにされている存在だし…敬意を払うのは当然だと思うが。」
「ほら、また。」
不思議そうな顔で少年は首を傾げるが、アムロの方は一時でも少年と自分の良く知る金髪の男を重ねてしまうともう駄目だった。
首の辺りに手をやりながら笑い出したいような困ったような複雑な表情で少年に向かって首を振る。
「キャスバル閣下に『あなた』なんて呼ばれるとなんだかむずむずするんです。居心地が悪いっていうか。」
その言葉に、キャスバルが何かを思いだしたように表情を崩した。納得したように大きく頷く。
「ああ、私は、あなたと仲が良かったらしいからな。」
「……『君』、とかにしていただけます?せめて。」
あっさり言われ、アムロが呼び名を訂正しながらもだから誰がそういう情報をリークするんだ、と愕然とした。情報源の出所はジュドー辺りだろうか。
仲が良かったって。
……いやそうかもしれないけど。
でもどこが。
色々と脳内を疑問が回転するアムロのセルフボケツッコミ一人自問自答などには気付かず、キャスバルが重ねてどうだろう、と問いかけた。
「これからアムロ大尉のことを『君』と呼ぶようにしたら、アルテイシアと連絡を取ってくれるか?」
「そんなことしなくても、セイラさんと連絡は取りますよ。」
「セイラ?」
再び首を傾げる少年に、アムロがああそうか、と説明を付け加える。
「セイラ…セイラ・マス、というのが今の閣下の妹君のお名前です。ええと、まずゆっくりお話しした方が良さそうですね?」
シャア自身の過去や確執まで語る気は無かったが、現在のセイラに関するエトセトラくらいは説明しておいた方が良さそうだ。キャスバルが生真面目に頷いた。
「…よろしく頼む。」
「いや、頼まれるほどの事じゃ。」
言いながら、アムロはキャスバルを伴ってとりあえずブリーフィングルームに移動した。
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「閣下、何か飲み物でも持ってきましょうか?」
「いや、いい。それよりもアムロ大尉こそ私に敬語など使い慣れていないのではないか?」
普段の口調で良いぞ、と軽く先程の発言を揶揄するように返され、言葉に詰まるアムロにキャスバルが微笑んだ。
「冗談だよ。」
「閣下が言うと冗談に聞こえませんけど。」
流石に普段シャアに軽口を叩く口調に戻すのも躊躇われ、アムロは十九も年下の少年に振り回されている自分にかなり情けない思いを味わった。
キャスバルの最終形態であるシャア・アズナブルにも随分振り回されたものだが、彼は確か自分より五歳は年長だったはずだ。
これってもしかして俺、シャアには一生勝てないっていうことなんだろうか…などと気弱なことも考えつつ、アムロが行儀悪く机の端に腰を下ろす。
「ええと。…どこから話せばいいのかな。」
「アムロ大尉の好きなところからでいい。分からないことは質問するから。」
苦笑するような口調で言うキャスバルに、だからどっちが年長さんやら…と思いつつも、筋道だった説明があまり得意ではないアムロはその言葉に甘えるように口を開いた。
「まずは…ジオン共和国が既にないことはガトー少佐からお聞きになっていらっしゃいますよね?」
少年は黙って頷いた。どうせいずれは分かることだから、とあの実直な軍人は、初めに会ったときに一通りのことはキャスバルに語って聞かせたらしい。後でコウにはガトーにしては配慮が足りない、と責められていたようだったが、彼は彼なりにキャスバルならば受け止めても平気だろうと判断した上での行動であったらしい。
「では、ジオン公国ももう既にないことは?」
「聞いている。アムロ大尉、私に対する気づかいならば無用だ。」
苦笑するキャスバルに、アムロは分かっていても一瞬言葉を失った。…両親のことも、恐らくは聞き及んでいるのだろう。なのでアムロは敢えてそちらへの言及を伏せ、話を進める。
「あなたとセイラ…妹さんは、地球で二人で暮らしていて、そしてあなただけが宇宙に上がったんです。ご両親の敵をとるために。」
「そうか。…まあ、私ならそうするだろうな。」
苦笑ともつかない表情でキャスバルが笑う。その何かを卓越したかのような表情に、アムロがしみじみと呟いた。
「お強いですね、閣下は。」
意外そうに、キャスバルが瞳を開く。
「そうか?…私は自分が強いなどと思ったことは、一度もないぞ?」
そりゃあ、とアムロが苦笑混じりに少年を諭すように続ける。
「閣下ほどなにもかもに恵まれていらっしゃったら、分からないかもしれないですけど。」
「…恵まれているかね?」
「恵まれているでしょう。」
そのアムロの言葉に、ふっとキャスバルが表情を翳らせた。
「恵まれて……いるのだろうな、確かに。」
「閣下?」
キャスバルが顔を上げ、アムロをひたと見つめる。その表情にはなんの感情の動きも現れておらず、凪いだ湖面のような静けさに、アムロは知らず身を震わせた。
知っている、これはクワトロも時折見せる表情だ、と頭の隅でアムロの記憶回路が告げていた。
少年が、静かに口を開く。
「私は欲しいもの…というのが欲しい。」
「…え?」
分かって貰えないかな、アムロ大尉になら理解できるかと思ったのだが、と少年が呟いた。ニュータイプのあなたになら、言葉を誤解せずにその真意を汲み取って貰えると思ったのだが、と言い訳めいた言葉を添えながら、胸の内を訥々と告げる。
「私はね、完全な球体なんだ。…そうだな、いつか私に傷を付けてくれる人が現れたら、その時私はその人のことを好きになってしまうかも…いや、愛してしまうかもしれない。」
―――そうしてこんな退屈で完璧なバイオスフィアから、出ていってしまいたい。
それは、「シャア」も「クワトロ」も決して語ることの無かった、彼の魂の根幹の部分の飢えだ、と。アムロの意識の中で、キャスバルの言葉が鈴を鳴らすように響き渡った。
りん、と鈴を振る音がする。…何故だか、アムロは不意にララァを思い出していた。ララァ、白鳥になったララァ。
やばい、と本能的に警戒が働いたが、もう遅いようであった。精神の感応共鳴が始まる手応えがある。緩やかな波動が身体の隅々まで行き渡って細胞を振動させる。
後は、起爆剤だけ。スイッチを押されるだけに成っている再生機器の様な状態のアムロの身体に、触れて貰うだけ。
「アムロ大尉?」
ぐらり、と身体を揺らして壁に手をついたアムロを気にするように、キャスバルが彼に近づいた。心配げにそっとアムロの腕に、少年の手が触れてくる。
ああ、とアムロは目を瞑った。…手遅れだ。
激烈な反応を引き起こす触媒が目の前の存在なのは、遙か昔からアムロにとっては馴染みのある現実だ。だからただ、アムロは大人しく少年が触れるのを待っていた。
キャスバルの指先が触れた瞬間、アムロの脳内には幾億の光が瞬く漆黒の海が出現して。……其処にどぼん、と墜ちた。
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暗い海の色はすぐに乳白色の泡立つ海面のイメージにすり替わり、同じく星の砂でも敷き詰めたような真っ白な海岸に、半べその少年がぽつねんと佇んでいる光景に取って代わられていった。
アムロ自身の、原風景とも言えるイメージだ。
赤味がかった癖のある髪の毛の子供は、大事そうに金色の卵を抱えていた。こんこん、と中の雛鳥に問いかけるようにノックをしている。
やめろ、と大人のアムロが叫んで近寄ろうとした。けれど、子供のアムロとの相対距離は変わらない。
やめろ、やめるんだ、と走りながらアムロは叫ぶ。
その卵は、そのままでそっとしておけば何時かは不死鳥となって孵化する運命なんだ、手を出すな、干渉するんじゃない!
けれど、足は砂に取られて一歩も先に進まない。
更に声を涸らして叫ぶアムロの肩を、誰かが強い力で掴んで引き戻す。
―――なぜ、止めるのかね?
アムロは振り返って、当然のようにそこに在る金髪の男に向かって言い立てた。何故って、あの卵が壊れてしまう!構わないじゃないか。馬鹿野郎、そんな悠長なことを言うな、あれはこの宇宙の宝物なんだぞ。そんなことが何故言える。言えるさ、俺は知っている。何を知っていると言うんだね?うるさいな、手を離せ、いいか、あれは、あれは……!!
「あれは、あなたの…!!!!!」
その途端、子供のアムロが悲鳴を上げた。驚いて振り向くと、金色の卵に盛大な罅が入っている。アムロは頭を抱えた。やってしまった。
―――やってくれたな。ありがとう。
非常に嬉しそうな、耳に馴染んだ低い声がした。…瞬間、アムロの脳内でも閃光が弾けた。
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ゆっくりと目を開けると、先程の男からするとあどけなさ過ぎる程の少年の心配顔が視界に飛び込んできた。
「アムロ大尉、大丈夫か?…ドクターを呼ぼうか。」
「いえ…いいです。」
呟いて、まるで酩酊したか長い夢を見た後のような頭をひとつ振ると身体を起こす。キャスバルは今のイメージを見なかったのか、とふと思ったが、そういえばシャア自体、まだニュータイプ能力に目覚めていない時代だろうと思い直す。
感応で訪れたイメージをゆるゆると反芻して。
アムロは息を飲んだ。…シャアに唯一傷を付けた人間。それは、自分だ。
…シャアの額に消えない傷を刻み込んだのは。心にも、きっと。
完璧だったシャアを壊してしまったのは…アムロなのだ。
―――君が好きだ。
冗談めかして何度も告げられた言葉が蘇る。
もしもシャアが本当にアムロに決めたのだとしたら、それはアムロがシャアに唯一傷を与えられる存在だったからなのだろう。
アムロはぎゅっと服の胸元を握りしめた。
頭と言わず胸と言わず意識と言わず、体中のあちらこちら、それこそ細胞の隅々まで行き渡って振るわせるように、鈴が鳴る音がする。
共鳴の余韻がこんなに残るのは初めてだな、とぼんやりした頭でアムロは考えていた。
……新しい何かが始まる予兆であるかのように。
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+++To be Continued.
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