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※世界はSRW設定です。
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"Domine, quo vadis?"
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+IX+
νガンダムの整備が一通り終了した。
先日、二十二歳の自分が己専用に多少設定をいじくった跡があったので、七年後のアムロには当時の自分の嗜好をトレースしながら元に戻すという微調整の作業が必要になっていたのだ。変な置き土産だよな全く、とぼやきながら最終セッティングを行い、異常がないことを確認する。
ガンダムの機嫌は頗る良さそうだった。
アムロは自室に引き上げようと工具を集め始め、ふと自分の愛機の隣りに佇む機体に視線をやる。途端手に持った部品の一つを落として転がしてしまい、小さく悪態を吐いた。
転がった部品が止まったのは、丁度深紅の機体の正面で。拾いに近づいたアムロは、そのまま赤いモビルスーツに視線を捕らわれる。
デッキで赤くそびえ立つサザビーを見上げ、アムロは深々と溜息をついた。
もうどの位このモビルスーツは主不在で居るのだろう。一応アムロが責任を持ってきちんと定期的に点検はしているのだが。…エンジンに火が入る音すら長らく聞いていない気もする。ましてや出撃など。大体、個人専用機に他の誰が乗るというのだ。
その時、アムロの鋭い感覚がこの機体のパイロットの近づく気配を感じた。
こつんこつんと軽い足音が近づいてくる。少年はアムロの隣で立ち止まり、にこりと微笑んだ。
「アムロ大尉、熱心だな。」
「…キャスバル殿下。」
心の中でシャア、と付け加えながらアムロが頭を上げた。
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「どうしてこんな所に?」
尋ねられ、そうなんだとキャスバルが軽く声を上げる。
「うん?…ああ、ブライト艦長にアムロ大尉宛の書類を届けるように言付かったものだから探していたんだ。皆に聞くと絶対にここだと教えてくれたものだから。」
暇さえあればここで愛機をいじっているとね、等と言いながら片手に持っていた書類を差し出す。受け取ってざっと目を通し、至急のものではないことをアムロが確認している間、キャスバルは物珍しそうにデッキのキャットウォークの上を歩いてモビルスーツに近づいていく。νガンダムとサザビーを交互に見上げながら感心したように軽い声を上げた。
アムロが丁度最後の一枚を読み終えるかどうかのタイミングで、キャスバルが目を輝かせながら彼の方を振り向く。
「なぁ、…聞いてもいいか?」
「あ、はい。」
読み終えた書類をくるりと丸めてズボンの尻ポケットに突っ込みながらアムロが返事をする。やってしまった後でいつもシャアに口やかましく止めろと言われていた癖だったなと思い出して少し身構えたが、キャスバルは取り立てて何も言わなかった。
「アムロ大尉はこの艦のモビルスーツ隊の隊長だそうだな。…ずっと気になって居たのだが、あの白い機体は何というのだ?」
―――随分と綺麗なモビルスーツだな。
キャスバルの指さす先にあるのはアムロ自身の愛機。自分の分身を誉められたようで、アムロが僅かに微笑んで返事をした。
「…νガンダム、です。ガンダム、と呼ばれるシリーズの一機ですよ。他にもハンガーの中に似たような機体があるでしょう?」
「νガンダムというのか。他に似た機体など有ったか?」
アムロの告げた名前を口中で繰り返し、そこで興味深そうにぐるりと周囲を見回す。キャスバルは此処に来るのは初めてなのだろうか、とアムロはふと思った。
―――そうか、ずっとブライトとブリッジに詰めているんだものな。
先日の戦闘以来ブライトは少年を脇から離さない。ガトー少佐を初めとする面々も脇を固めているし、キャスバルには自由時間などあまり無かったはずだ。
ハンガーの中を見回してZやZZ、フルバーニアンなどの機影を見つけ、キャスバルはアムロの言葉に納得したようだった。
「…ああ、言われてみればそうだな。けれど、この一機は特に綺麗だ。」
「ありがとうございます。」
アムロが言うとキャスバルが顔を上げる。
「もしかして、アムロ大尉のモビルスーツなのか?」
「ええ、俺…自分が設計図から引いたモビルスーツですから。」
「へぇ、設計まで出来るのか!…流石だな。」
感じ入ったような感想を付け加えつつも、キャスバルは今度は隣の機体に興味を移す。
「…じゃ、あれは?」
キャスバルが差した機体に、アムロはうっかり泣きそうになって。
おかしいだろう、と自分を叱咤した。なにも泣く事じゃないはずだ。
深紅に燃える機体の名前を口に出し、少年に伝える。
「あちらは…サザビー、と言います。」
―――あなたの愛機です、とは言えなかった。
深紅の機体の腰に刻まれたパーソナルマークは誰あろう「キャスバル・ダイクン」の印章だ。
最も、サザビー、と同じように名前を口の中で転がす少年は知りもしないだろうが。思い出すどころか、知りさえしない未来に巡り会う彼専用の愛機だ。
当然、キャスバルの興味もサザビーの名前などにいつまでも留まっては居なかった。
「νガンダムにサザビーか…な、あのνガンダムの後ろに付いている羽根のような装備は?」
聞かれてアムロが訥々と解説を始める。
「あれは…フィンファンネルと言って…。」
「うん。」
「あの、サイコミュ…『サイコ・コミュニケーター』っていう装置があって…。それを基盤を金属チップに組み込んでより小型化したサイコフレームが…。」
「サイコ・コミュニケーターとは?」
「えーと…。ですね。ニュータイプ理論をご存じですか?」
「うん、当然だ。私の父が唱えた理論だから。」
「その、ニュータイプの力を……。」
「そうだ、アムロ大尉はニュータイプだそうだな。」
「え?ええ、はい。」
「それで?ニュータイプの力が何なのだ?」
「あ……ニュータイプの脳から検出される感応波をC言語に翻訳する一種の脳波制御装置のようなものとでも言いますか、ですね。……。」
―――子供相手にこういう解説とかするの、慣れてないんだよなぁ。…エンジニアならともかく。
冷や汗をかきながらアムロが彼に出来る範囲でなるべく平易に噛み砕き、言葉を選びながら説明をする。
最も、サイコフレームがモビルスーツの駆動系に直接操縦者の意思の伝達を可能にしたことによる機体操縦の比類無い円滑性の向上など何処まで理解して貰えたのか心許ない限りではあるが。
しかし、とアムロは話をしながら目元を緩める。
楽しそうに相づちを打ちながらアムロの解説に聞き入るキャスバルが初めて年相応の少年に思えた。
ふと思いついて聞いてみる。
「お好きなんですか、モビルスーツ。」
「…ああ、実は大好きだ。」
ばつが悪そうにキャスバルが笑う。
その後でこの事は内緒にしておいてくれよ、と釘を刺されてアムロはつい笑ってしまった。正直な感想を口にする。
「あれで宇宙を駆ける感覚は特別ですからね。」
思わずアムロが微笑みながら言うと、キャスバルが心底羨ましそうな表情になった。
はぁ、と軽く溜息をつく。
「羨ましいな。いつか乗ってみたいが、尽く止められるのだよ、立場を弁えろとな。」
その言葉にそうか、とアムロが気付く。キャスバルはモビルスーツに乗ったことがないのだ。…『赤い彗星』ではないのだから。
「……殿下なら、仕方がないでしょう。」
アムロが僅かに沈んだ表情で言うと、それだ、とキャスバルが苦笑する。
「だから、アムロ大尉は連邦士官だろう?私を殿下などと呼ぶ必要はないよ。」
それはジオンの人間だけが使う称号だ、と言われてアムロはさっと赤くなった。
「すいません、無知で…。」
思わず謝ってしまうアムロを、いやそこまでは、とキャスバルが手で抑える。気楽に呼んで欲しいだけだから、と。
「あぁ、気にしないでくれ。いっそファーストネームで呼ばれる方が気楽でいいな。気取らなくても良いよ、アムロ大尉。」
呼べるか、とアムロが心の中で絶叫する。
そんなアムロを余所に、キャスバルが腕を伸ばし、うっとりしたようにνガンダムの表を撫でた。
「私がモビルスーツに乗れるかな。」
アムロが首を振る。…乗れないわけがないだろう、『彼』が。
「乗れるでしょう、あなたなら。人並み以上に乗りこなせますよ。」
言われ、少年の口から憧れともなんともつかない溜息が漏れた。
「…乗ってみたいな、いつか。」
「キャスバル…閣下さえよければ、いつだってブライト艦長に許可を取ってあげますよ、俺が。」
その言葉を聞いてキャスバルがアムロを振り仰ぐ。
「その時はあなたが教えてくれるか。」
あまりにも不意打ちだった。困惑する。…期待に満ちた瞳で見上げられて。
「構わないだろう?アムロ大尉は宇宙で一番優れたモビルスーツのパイロットだと聞いた。…どうせならあなたに教えて貰いたい、アムロ大尉。」
キャスバルはアムロの動揺に気付いているのか居ないのか、そんな言葉を繰り返す。
なんなら設計もあなたにして貰えれば最高だろうな、と。
アムロは完全に言葉を失っていた。キャスバルに教える?自分がモビルスーツの操縦を?
「ええ。」
やっと、アムロはそれだけを口にした。とりあえずはそこまで言うので精一杯だった。
「ええ、必ず俺が教えて、あなたを宇宙に連れて行きます、一緒に。」
その言葉を聞いて、キャスバルがありがとうと微笑んだ。
それはとてもとても綺麗な笑顔で、アムロは胸を打たれながら見惚れるしかなかった。
泣きそうなのを何故か必死で堪えていた。
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+++To be Continued.
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