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※世界はSRW設定です。
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"Carpe diem, quam minimum credula postero"
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+VIII+
戦闘は或る程度手こずったものの、ロンド・ベル隊は流石に宇宙最強の称号に恥じず、殆どの機体が落とされもせずに戦闘から帰投して、ラー・カイラムは無事に敵大群の待ち受けていた空域から離脱することが出来た。
離脱できると同時に全速前進に転じて一刻も早く罠から逃れようと行動に移る。勿論、その間もパイロット達は何時でも戦闘にかかれるようにデッキで己の機体に乗って待機したままだ。
息づくような緊張の時間が過ぎ、もう安全、という空域まで辿り着いて戦闘配備が解除された後。
やっと一息ついたブリッジで戦闘開始からこっちずっと立ちっぱなしのキャスバルに、ブライトがホットココアを持って近づいていく。カップを差し出しながら今回最大の功労者に労いの声を掛けた。
「閣下、お疲れさまです。…どうぞ。インスタントですが。」
「…艦長か。有り難い、頂こう。」
ブライトの声に我に返ったようにキャスバルが微笑み、同時に哨戒を続けていた艦橋クルーの面々にももう大丈夫だと言い渡す。
「警戒だけは引き続き怠らないようにして貰いたいが、根を詰める必要はないだろう。各自交代で休息を取るように。」
幾つか指示も出し、事後フォローまできちんと入れる辺りやっぱり艦長代行やって貰おうかなと自分はコーヒーを啜りながらそれを見ていたブライトの所に、キャスバルがココアの入ったカップを手に近づいて来る。
まずブライトがゆっくり紙コップを掲げると、キャスバルも微かに照れながら返してきた。
「艦長もご苦労だった。」
その言葉を聞いて流石にブライトが苦笑した。
「いえ、何を仰います。私は何もしていませんよ。」
しかし、少年は首を振った。
「いや、私の勝手な行動を容認してくれたではないか。…貴君が何も言わず私の行動を制限もしなかったからクルーも動いたのだ。…ありがとう。」
微笑むキャスバルに、別段そんなつもりもなかったブライトは焦った。クルー達の信頼の先が自分もそうだが、何よりもこの少年の未来の姿…己も知らない『クワトロ大尉』とやらにも向けられているのは幾ら鈍いブライトでも百も承知だ。
更に彼はジオンの赤い彗星だと言うではないか。…ブライトは覚えている記憶の中では散々彼に悩まされたものだが、戦場にこの人有りと唱われた赤い彗星が味方なら、こんなに心強いことはなかった。
「ところで、閣下は随分指揮慣れされていらしたようですが、もしや戦場の経験がお有りで?」
「いや、まさか。」
流石にキャスバルが笑い出した。
「私はまだ十歳だぞ、艦長。…戦場になど出して貰えるはずがない。シュミレーションでなら経験したこともあるし閲兵式を覗いたこともあるがね。…前線の空気は全く未経験だ。残念ながら。」
こんな人間に指揮を任せたことを後悔し始めただろうか、と逆に尋ねられてブライトが目を見開く。
「とても初陣とは思えませんでしたが。」
「何事にだって初めてということはあるだろう。…たまたま私の場合、思ったより上手く行っただけに過ぎないさ。」
「……普通は思ったようにさえ行かないものですが。」
自身がホワイトベースの舵取りをしているときとは随分違うなぁとブライトはちょっぴり情けなくなった。
「艦長、緊急事態に必要なのははったりと度胸だ。気に病むことはない。」
「……。」
若干十歳足らずではったりと度胸を身に付けているのもどうなんだろう、とはブライトも流石に口にはしなかった。
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そのうちに出撃チームが報告に来るだろう、とそのままメインブリッジで並んで他愛ない雑談を交わしていたキャスバルとブライトだったが、ふとキャスバルが思いついたように顔を上げた。
「そういえば、お聞きしようと思っていたことがある。」
ブライトが戸惑ったような青の瞳に不審気な表情をした。何かキャスバルが困惑するような会話でもしただろうか。
「なんですか?」
問い返されて、キャスバルは暫く口ごもっていたが、思い切った様に顔を上げる。
「私と一緒に、私より…少し年下くらいの金髪の少女は見かけなかっただろうか。」
無論だが、ブライトにはこの質問の意図も目的も意味も理解できなかった。
ガトー少佐からそんな話は聞いたかな、と思いながら差し当たり心当たりのないブライトはただ首を振る。
「女の子、ですか…。いいえ?見かけていませんね。閣下のお連れでしょうか。」
キャスバルがそうか、と呟いて目を伏せた。
「そんな…ものなのだが。」
ハサウェイが一緒にいるクェスとかいう子はちょっと年嵩だし、女の子、女の子…と得たばかりのこの艦のクルーについての乏しい知識を総動員しながらブライトが再度キャスバルに問う。
「それがどうかなさいましたか?」
キャスバルがいや…と微かにまた言葉を濁す。
その後できちんとさせておこうとでも思ったのか、凛とした表情で顔を上げて改めてブライトに尋ねた。
「いや…私の居るところには大抵妹のアルテイシアも一緒に居るのだが…。そういえば妹はどうしただろう、と思って。」
その台詞を。
丁度ノーマルスーツから着替えて報告のために艦橋に入ってきたばかりのアムロが耳にした。
「…!」
思わず言葉を無くして立ち止まる青年の前で、ここに居ないのならば仕方がないが、突然私が姿を消してさぞ寂しがっているだろうな、とキャスバルが少し辛そうな微笑みを浮かべる。
「この世でたった二人きりの兄妹だから…心配なのだよ。彼女のことだけは。」
ブライトが少年の様子に流石に同情的な表情をした。
「妹君の事であらせられましたか…それはご心配でしょう。」
キャスバルが苦笑する。
「うん、心配しても始まりはしないのだがね。…やはり不安だよ。あちらの世界に本当に大人の私が居るのなら、きっと彼女を庇ってもくれるのだろうが。」
セイラさんだ、とアムロは感づいた。…彼はセイラさんのことを心配して居るんだ。
―――この世でたった二人きりの兄妹だ、と。
遙か昔に同じ事を言った男が居たような気がする。
ブライトがそこで入り口で足を止めたままの青年に気付いた。
「おや、帰ってきたかアムロ。どうだった?」
はっとアムロも我に返る。
「あ、ああ…報告に来たよ、ブライト。もうみんな待機は解いてある。…ええと、今回の戦闘だけれど。」
「アムロ大尉、ご苦労だったな。素晴らしい働きだった。」
キャスバルの表情も直ぐに指導者のものに返ってしまい。アムロは苦笑してどうも、と少年からの労いの言葉に応えた。
しかし。
全員無事に帰ってきました、と戦闘終了の報告と戦闘後のブリーフィングの準備を打ち合わせながら、アムロはどことなく物足りないものを感じ始めていた。
何が違うとかいけないという感じではないのだが、どうにもこうにもすっきりも釈然ともしない。
話を続けながら未だ年若いアムロは、その違和感を己の年齢が若返っている所為だと原因を押し付け、無理矢理に自分を納得させたのだった。
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幸いにしてというかなんというか、アムロとブライトの薬の効果は早い内に消えた。
カミーユがそれぞれの飲み物に盛った薬の量には相当ばらつきがあったらしく、最も若返った年数が少なかったアムロの薬の効果が当然ながら一番先に切れることになった。
翌日には元に戻っていたアムロより一日遅れて本来の姿に戻ったブライトは、戻って早々にカミーユとジュドーに仏頂面で罰当番を言いつけていたが。
カミーユはぶうぶう文句を言っていたが、一応自分が悪かったとは認めているのか大人しくモップとバケツと雑巾を握って艦長室を出ていく姿が見受けられたのだった。
しかしながらアムロもブライトも残念ながら二人ともタイムリープ能力者だった頃の記憶はないようで、不在だった時間の空白と仕事を埋めるのに暫くは必死にならざるを得ず。
特に相棒も不在になっているアムロにはクワトロ大尉の分まで肩に仕事が乗って来て、それこそ目の回るような忙しさに巻き込まれてしまっていた。
しかし、キャスバル…シャアが元の姿に戻る気配は、一向に感じられなかった。
それどころか、ロンド・ベルの面々の方が寧ろキャスバルの存在に慣れ始めてしまったくらいで。
元々突発事項と緊急事態に強いメンバーである。クワトロと違って戦闘面では全く役に立たないが、クワトロの不在を補えるほどの少年の存在感は明らかに周囲が浮き足立つのを抑制していた。
そんな中、アムロだけは自分だけ元に戻ってもなにか釈然としない想いを胸の中に抱えていた。
その違和感の正体が一体なんなのか迄は、アムロに分かることでは無かったが。
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+++To be Continued.
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