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「マチルダさんは、どうして…戦っているのですか?」
そう尋ねたことがあった。
年端もいかない子供の、しかも正規の軍属ではない自分に、あの美貌の女性はとても真摯に、きちんと答えを返してくれた。
だから。
会うたびに胸の中が熱くなるのも、認めて貰いたくて頑張るのも、当然湧き起こるべき感情であった。
アムロにとっては。
それは紛れもなくきっぱりはっきり正真正銘ぴっかぴかの、『初恋』だった。
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「マチルダさん!!」
うきうきと手を振って駆け寄る。補給船から降りて一通りの仕事をこなしたマチルダは見知った少年の笑顔にあらと自分も表情を崩した。
「いらっしゃるって知りませんでした。…僕今、ブライトに聞いて…。」
嬉しそうに笑顔満面で頬を紅潮させるアムロにマチルダはこれが本当に『連邦の白い悪魔』かしら?と思うのだが、彼女はそもそもアムロの年相応の少年らしい笑顔と憧れが彼女に向けてしか発揮されないことを知らない。多分ブライトやホワイトベースの他のクルー辺りが今のアムロを見たら別人かと目を擦るのは確実だろう。
「今回は本当にホワイトベースの補給に立ち寄っただけですもの。直ぐに帰投します。」
「…ええ?!ゆっくりしていけないんですか?」
とは言ってもホワイトベースは軍艦だから何も出来ませんですけど、と言った後から照れたように続けるアムロにマチルダは苦笑する。
「ありがとう。でもね、アムロ・レイ。オフィシャルの仕事はきちんとこなしたいの。…プライベートでならそのうち誘いに乗ってもいいですよ?」
「本当ですか?!」
「ええ、ホワイトベースがきちんとジャブローに着いたらね。非番の日を確かめておくわ。」
「はい!!」
アムロがぴょこんと飛び上がりそうな勢いで敬礼する。その様子を微笑ましく見守っていたマチルダだが、少し表情を引き締めてでもやるべき事は終わらせてからですよ、とアムロにやんわり釘を刺す。
「分かっています。…マチルダさん程完璧に仕事はできませんけど。」
アムロのお世辞混じりの言葉にそんなことは、ところころ笑いながら、マチルダはふと本音を洩らした。
「ああ、でもね。私は求められている以上に完璧にしなくては。只でさえ女だというだけで点が辛くなるのだから。」
途端にマチルダ至上主義のアムロが反論する。
「そういう考え、馬鹿げていると僕は思いますよ?…女の人だって立派に職務はこなせます!」
うちのミライさんとかセイラさんとか、フラウ・ボウだって彼女なりに…と女性擁護に回るエースパイロットに、マチルダは笑う。
「軍で生きている女にとって、固定観念は敵なのよ?」
言われ、アムロはきょとんと瞳を丸く見開いた。
「固定観念…ですか。」
「ええ、そう。…男と同じであるべきだけれどもそうではない。軍隊が男社会である以上仕方がないとはしても、その中に属することを決めた私達は新しい価値観を作ることもその存在の中には含まれているはずだわ。女はね、アムロ君。生み出す存在なの。それが例えどんなに穢れて悲惨な物事でも、私達女性が抱えて新しく生まれ変わらせるの。人類も、戦争も。少なくとも私はそう信じて戦っているわ。」
期せずして現れた初めて目にする彼女の厳しく、激しい一面にアムロが息を呑む。
「…マチルダさん……。」
そこで、初めてマチルダはアムロを見る。…この少年はニュータイプだという。だったら、自分の誤解されかねない尽きせぬこの思いも正確に受け取ってくれるだろう。
「…"Ten Years After"、十年後の貴方を見てみたいわ。そして、十年後の貴方の側に誰が居るのかも。貴方はまだまだ、これからの人間よ。青春にすら掛かって居ないじゃない。沢山出会って別れて傷ついて癒されなさい。…そうして、十年後の『アムロ・レイ』はまた十年後の自分を夢見て歩き出すの。そうやって人は生きていくのよ。」
そこまで言うと、君にはまだ難しい話だったかしらね、とマチルダは苦笑した。年端もいかない少年相手に語りすぎたと思ったらしい。かつかつと靴音を立てて近寄り、とんと人差し指でアムロの左胸をつつく。
「アムロ・レイ。あなたの地図は此処にあるわ。自分の足で歩きなさい。自分の力で生き抜きなさい。自分の目で見て、自分の手で触れて自分の舌で感じるの。それは本当はとても難しいことだけれど、大丈夫。あなたになら出来るわ。」
じゃあ、私はこれで、と去ってゆく補給部隊の女性士官、戦火の中の一輪の花に。…始めて恋を覚えた女性をアムロは呼び止める。
「マチルダさん、僕…僕は、十年経っても二十年経っても、マチルダさんのこと、……!!」
しかし。僅か学志の年の少年にとって、そこまでが精一杯であった。
茹で上げた蛸より赤くなり、迷惑ですか、という言葉とともに尻窄みにしゅんとなっていくアムロの告白を、マチルダは大人の女性として柔らかく受け止める。
「あら。…そんなことない、嬉しいわ。ガンダムの天才パイロット、アムロ・レイを振り向かせるなんて女冥利に尽きるわね。」
―――じゃあ、また会いましょう。
微笑むと、赤毛の美貌の女性士官は再びアムロに近づくと、アムロの癖毛の頭をくしゃりとかき混ぜて出ていった。
「…なんだよ、子供扱いして……。」
一人取り残され、唇を尖らせてそう零したアムロは、程なくしてその行動自体が「子供っぽい」ことに気付き、また不機嫌になるのだった。
「見てろ、僕だって、次に会うときまでには。」
アムロの誓いが果たされるかどうかは、ガンダムも転戦を続けるホワイトベースも与り知らない未来の話であった。
『沢山出会って別れて傷ついて癒されなさい。』
―――皮肉にも、彼女のその言葉が予言となってアムロの前に現れることも。
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+++END.
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