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青年は泣いていた。
ただ、泣くことしかできなかった。
止めどなく流れ落ち続ける涙は重力からも解放され、星々のように散ってその辺りの光を乱反射し、きらきらと輝いている。
慟哭を噛み殺す青年の背中に、後ろからそっと年嵩の男の手が触れた。
堪らず、その胸に縋って堰を切ったように泣き出す。
「……アムロさんがっ!!!」
男もまた、静かに泣いていた。
+:+*+:+
そのコロニーはもう燃え尽きようとしていた。
ロンド・ベル隊からこのコロニーに来たままで取り残されていた人間は三人。
シャアを追い掛けて地球に落とされようとするこのコロニーを止めに来たアムロと、そのアムロを心配して追い掛けてきたカミーユ。そして、牽制のために誰あらぬシャア自身に捕縛され、人質としてこのコロニーに留め置かれていたブライト。
最も、ブライトは殆ど同情からシャアに着いてきていたような所も在ったようだが。此処に来る途中でも、馬鹿なんだから艦長は、とカミーユが酷く憤っていた。
カミーユの乗っていたモビルスーツは、アムロのνガンダムをシャアのサザビーから護る盾となってエンジンが大破している。サザビーも同じくらい壊してやったから構いません、とカミーユは強がっていたが。
動けるのは、νガンダム一機。そして、乗り込めるのはパイロットの他には…後、一人。
如何にパイロットに技量が在ろうと残り燃料と乗り込む人間の重量から計算しても、それが限界だとアムロは冷静に弾き出していた。
そしてなおかつ、この場には後もう一人の人間。
誰在らぬシャアその人も、今は静かに壁にもたれて三人から少し離れた位置にいる。
「とにかく、誰かは助かるんだから、帰らないと。」
アムロが口を開いた。
「ラー・カイラムだって、ブライトもカミーユも俺も居ないんじゃ難破船状態だよ。誰かが必要だ。」
その後、静かに言葉を紡ぐ。決意の籠もった強い声が、唇から押し出される。
「だから…カミーユがνガンダムに乗って、ブライトを連れてここから脱出すれば良いんだ。」
青い髪の毛の青年が弾かれたように顔を上げた。
「できませんよ!νガンダムはアムロさん専用機ですよ?!」
「違うよ。」
アムロが苦笑して訂正する。あれはニュータイプ専用機だよ、と。
「シャア。」
アムロがちらりと男を見上げる。金髪の男はその視線を受けると僅かに眉を顰めて、腰にまだ下げていたホルスターから銃を引き抜くと躊躇いなくアムロの肩を撃ち抜いた。
「アムロ!!」
「アムロさんっっ!!!」
ブライトとカミーユの悲鳴のような声が挙がる前で、アムロが崩れ落ちる。その身体をシャアが抱き留めた。
初めて、口を開く。別人としか思えないほどの穏やかな表情と口調で。
「これで、アムロは操縦できない。行きたまえ。」
カミーユが青白く燃える怒りを体中にまとわりつかせ、シャアに向かって一歩踏み寄る。
「元はと言えばみんな大尉の所為じゃないですかっ!!!あんたって人は…何処まで身勝手なんだ!!!」
シャアはアムロから目を離さない。
「行け、カミーユ。それがアムロの望みだ。」
「あんたがそれしか選べなくしたんだろう!!!!」
言いながら、収まらないように地面を蹴り付けた。シャアがアムロを抱えていなければ、青年は殴りかかっていたことだろう。
事態は一刻を争う、とシャアが幾人もの人間を率いる指導者の顔で言い放つ。もう一人の、指導者に向けて。
「ブライト、その聞き分けのない小僧を連れてここから脱出しろ!!」
ブライトは全ての棘を一人で呑み込んだような苦い顔で頷き、カミーユの肩を掴んだ。
「行くぞ、カミーユ。」
カミーユが愕然としたような表情になった。嘘でしょう、と裏切られた瞳でブライトを見上げる。
「ブライト艦長!!アムロさんを連れて行きましょう、アムロさんだけでも…!!!」
カミーユは半狂乱だ。ブライトはその胸倉を掴み、いきなり青年の頬を殴りつけた。
「…っ?!」
「時間が無駄だ。俺はニュータイプ専用機なんか操れないから、パイロットは貰っていくぞ。」
うっすらと、意識を失っていたのかと思われたアムロが目を開いた。力無く見上げ、微笑む。
「うん。…ブライト、頼むよ。」
「誰が頼まれてなど。…この期に及んで馬に蹴られたくはないからな、俺も。」
言いながらカミーユの腕を強引に引きずって歩き出す。血が出るほど唇を噛んで。
ブライトには、護らなければならないものが多過ぎた。今此処で、弟とも息子とも思う青年を切り捨てなければならないほど。
生き残らなければ、俺が。例えそれが選べる選択肢の中で一番厳しく辛いものであっても。
決断は一瞬で下すもの、覚悟は瞬時につけるもの。数え切れない修羅の戦場に身を置いた彼等は皆皮膚感覚レベルでそれを知っている。
それは、戦場のただ中にモビルスーツで居ても、旗艦のブリッジで居ても差はない感覚だ。
出来ない人間は、迷った者達は此処に来るまでの何処かで既に散っている。
もしくは、混沌の世界に一度彷徨い込んだカミーユのように、耐え切れなくなってしまうか。
「か、艦長、酷い…酷いですよ!!」
カミーユには理解できないらしい。混乱したように狼狽の声を上げる。
「こんなの、こんなの間違っています!!」
ああそうさ、間違っている。だけれど、それをいうなら正しいものとはなんだ。この世の中に間違っていないものなど一体どれ程在るというのだ。
自分達に出来る唯一の自由、それは選ぶこと。
それだけだ。
カミーユ以外の三人は一様に同じ事を思ったが、皆大人なので誰もその事を口にはしなかった。
真理など知らないものが新しい宇宙を創ればいい。
一番年若いアムロだけが微かに溜息をつく。指先に、僅かに気遣うように温かいものが触れた。シャアの指だと見なくても分かっていたから、黙ってつつき返す。
「アムロさん、…アムロさん、…大尉、クワトロ大尉ーーーっ!!!」
カミーユは泣いていた。明らかに泣いていた。例え幾ら非道を働いたとて、その行動や思想に共鳴できなかったとはいえ。
それとこれと、個人の好悪の感情は別問題だ。カミーユは二人共に死んで欲しくなど無かった。失いたくはなかった。だったら、僕は誰を殴ればいいんですか、あなたが居なくなったら!!大尉!!叫ぶ言葉が意味不明なのを無理矢理にブライトがνガンダムのコックピットに押し込める。
カミーユが往生際悪く頭を出そうとした。
「た、大尉!!アムロさ……!!!!!」
カミーユの最後の視界。アムロが力無く、確かに微笑んで腕を振る。何か言おうとしたその耳に、力強い叱咤の声が響いた。
「貴様の命が私達からの形見だ、一生大事にして生きて行け!!」
なにを偉そうに、と言おうとした瞬間。上から思いきりコックピットに押しつけられた。シートに深く腰が沈む。
「起動しろ、カミーユ!!」
言いつけながら、ブライトは最後に二人の方を見やる。口の中だけで呟いた。
「全く…俺の人生をいいように振り回してくれたよ、お前達は。」
言いながら、ゆっくりと腕を上げて、敬礼する。
アムロは相変わらず苦笑したような微笑みのまま、カミーユに向けて振った腕を敬礼に変えた。気付いたシャアが顔を上げ、こちらもゆっくりと敬礼をする。
そのまま、ブライトは身体をνガンダムのコックピットに滑り込ませたので、それが最後の光景になった。
カミーユが必死になって慣れないガンダムに命を与える。
「ブライト艦長、ヘルメット被って下さい、行きますよ…!!!」
言いながら、全天周モニターに視線を送る。ただ、一点に向けて。
アムロは、シャアの胸に頭を預けていた。邪魔物は早く去れ、と言われているようだった。
ぎゅっと拳を握り、唇を噛み、カミーユは諦めの入り交じった声を張り上げる。
「νガンダム、カミーユ行きます!!!」
純白の機体を二人を巻き込まないところまで移動させ、シャアが扉を閉鎖するのを確認してからデッキを突き破り、宇宙に浮き上がる。
扉が完全に閉ざされる瞬間、シャアの唇が一瞬だけ何かを呟いた気がしたが、ただの気のせいか見間違いのような気もした。
ましてや謝罪だったなど、思いたくもなかった。
カミーユにとっては、シャアもアムロも酷く間違っている様に思えて仕方がなかった。
なにもかもが間違いだらけだった。
けれど、彼等は選んでしまった。選ぶことの方が正しいことよりも強いなんて、そんな事って、とカミーユが呟く。
お互いの最期を見届けることが出来れば、確かに彼等の間のあの強すぎた執着も消えるだろう。
もしかしたら、愛にさえ似た。
カミーユは呟く。だけれど、愛ってなんなんだろう。
その答えを彼に教えてくれる人は、まだいない。
「……アムロさん、クワトロ大尉………。」
あちらこちらから炎を吹き上げ始めたコロニーの残骸を切なく見つめ、カミーユはあそこであの二人を自分の手で殺してこなかったことを。
悲しみの連鎖を自分で断ち切らなかったことを。
既に、後悔し始めていた。
それも愛情だと青年が知るのは、まだ遙か遠く未来のこと。
+:+*+:+
「シャア。」
「うん?」
「…俺、いっぺん、あなたの故郷が見てみたかったな。」
「サイド3かね?」
「うん。…どんなところ?」
「なにもないところだよ。寒くてね。」
「…でもいいや。連れて行ってよ。」
「ああ、……だけれどその前に。」
「なに?」
「キスをしてもいいかね、アムロ。」
「……ん、いいよ。」
軽く唇が触れる音がする。
「やっと二人きりだな。」
「そうだね…長かったなぁ。」
「これからは二人だけだな。」
「……もう置いていかないでよ。」
「分かっているさ。君こそ、迷わずに着いてくるんだろうな?」
アムロがくすくすと笑って琥珀の瞳で男を見上げる。
「信用無いなぁ…だったら、手でも繋ぐ?」
もう二度と一人で泣かないで済むように。
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世界の中心で、愛をさけぶ。
届かなくても、あのひとに向けて。
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+++END
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