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VOI.4『目が覚めて』
―――目が覚めたら、隣に眠っていたのはいわゆる宿命のライバルでした。
なかなか笑えない状況に、クワトロ・バジーナは一瞬以上呆気に取られ、次にどうしてこんな状況に陥ったのか考えた。
答えは案外直ぐに出た。昨夜、一緒に飲んでいて酔っぱらったアムロがソファで撃沈したので、シャアは彼を置いて自分はベッドで寝た……筈であったのだが。
どうやら、夜中に起きたアムロは寝惚けて自室と間違え、クワトロのベッドに潜り込んできたようだ。得心がいったクワトロは、とりあえず寝台に不法侵入した青年を起こそうとアムロの名前を呼んでみるが、アムロはぴくりとも動かない。
「アムロ大尉、……アムロ、起きて自分のベッドで寝たまえ、アムロ」
しょうことなしに肩を揺さぶってみるが、アムロは起きる気配もない。そんなになるまで飲ませただろうかと思いつつ、今日のアムロのシフトは昼からだと思い起こしたクワトロは、溜息をついて仕方がないと身体を起こした。
「ベッドは提供するが、目覚ましは知らないからな?」
子供のような闖入者の寝顔にそう呟いてふくよかな頬を押してやると、ううん、と小さい声が漏れて眉間に皺が寄る。その様子をくすりと笑って眺めてから、クワトロは目を覚まして身支度を整えるためにシャワールームに消えていった。
途端にベッドに横たわっていた青年の目がぱちりと開き、口元から深い溜息が漏れる。
「今日も失敗したか……」
クワトロに自分の意志で「泊まって行け」と勧められるようになるまでには、遙かに険しい道のりが横たわっているようでもあった。そもそも、アルコールの力を借りなくては泊まり込む事さえできないというのが情けない。
しかも、折角一つの床で就寝するところまでは漕ぎ着けたというのに、散々躊躇した末に起こさないように気配を殺して布団の中に潜り込むことでいい加減精根尽き果てて、そのまま眠ってしまったのは更に頂けない。
そっとクワトロのトワレの匂いの染みついたシーツを引き寄せて顔を埋めながら、アムロは自分自身の後一歩が踏み出せない臆病さを呪った。
「目が覚めたら、一番に「おはよう」って言って欲しいだけなんだけどな」
いや、そこに到達するまでの諸々の恋愛のステップの諸段階はそれは勿論クリアしたいのだが。軽い溜息と共にそんなことを考えていたら、シャワールームの扉が開く音がしたので、アムロは再び慌てて目を閉じることになった。
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ブリーフィングルームに一歩足を踏み入れた瞬間、先日のジュドー宜しく回れ右をしようとした少年を、背後から不機嫌な声が引き留める。
「何で逃げるんだよ、カミーユ。用事があったんだろう?」
「あ、いや、それより急な用事を思い出したんですが……」
青い髪の毛の少年は口の中でそれだけモゴモゴ言いかけたが、余りに子供っぽいとでも思い直したのか、覚悟を決めたように部屋の中に入ってきた。
「今度は一体なんの集会ですか」
呆れたようにブリーフィングルームの机に座る面々の顔を眺め渡したカミーユが言うと、はい、とウッソが手を挙げる。
「ロンド・ベル内、『アムロ大尉の恋愛成就大作戦スペシャルチーム・リターンズ』です」
「……って、この前のチームもミッション成功してなかったじゃないですか」
大々的なメンバーの入れ替えとかメス入れしましょうよ、とがっくり項垂れるカミーユを余所に、アムロがいいやと首を振る。
「少しは進展したよ! 俺、一応同じベッドで朝を迎える仲にまで発展したかな」
「どうせ添い寝とか酔って潜り込んだとかなんだろう?」
「ブライト、容赦ない……」
最早引っかかってすらくれずにさっぱり言い落とす上官にアムロはしおしおと机の上に項垂れて、指先でのの字を書き始めた。
「もう、駄目な俺、とか思ったね、あの朝はちょっと」
「駄目で結構。俺は寝込みを襲うような人間に育てた覚えはない」
「いや、襲われようとしてたんだけど」
「だったら相手を見る目を養え! 女と同衾するなら据え膳というかもしれないが、男と同じ布団に入って寝るのは世間様では雑魚寝と言うんだ!」
ざくざくと弟分を切り捨てて完全に沈黙させてから、白い悪魔を轟沈させた艦長は周囲の尊敬の視線を一身に浴びながら更に追い打ちをかけた。
「第一、クワトロ大尉が相手だぞ? お前、まさか自分がちょっとでも色っぽいとか思って居るんじゃないだろうな」
「い、いや、こう、演出次第ではひょっとしてよろめくかもしれないかなぁ、って」
「お前、自分の才能は機械工学分野以外のものはあまり信じない方がいいぞ?」
「ブライト、容赦なさ過ぎ……」
胸を抑えてアムロは呟き、聞き入っていたジュドーが、艦長シイタゲラレテいるうちにすっかり強くなっちゃって、とぱちぱち拍手をしながら言う。
「白い悪魔に勝てるってことは、ブライト艦長ってもしやエクソシスト?」
「いらんことを言ってないで、お前達もこいつに夢ばっかり見ていないでそもそも現実を見ろと言ってやれ」
「……現実? なにそれ」
聞き捨てならない台詞があったような気をして些か青い顔を上げるアムロに、ブライトは渋い顔で口を開く。
「言い辛いことではあるが、他ならぬお前に対してのことだから、俺が引導を渡してやる。なぁ、お前本当にクワトロ大尉とつきあっているのか?」
「なんだよ、それ、俺が妄想を語っているだけだとでも言いたいのか!?」
流石に激したように言うアムロに、周囲の面々は思わず頷きそうになるのを抑えながらまぁまぁ、と青年をいなす。
ブライトはしかしなぁ、と眉間の皺を深くしながらアムロをどこか哀れむような視線で見た。
「外野でもそうも思いたくなるだろう。幾ら男同士でも、惚れている相手が隣で眠っていたら、多少は落ち着かないものなんじゃないか」
「いや、あの人はちょっとばかり特殊なんだよ……」
堅物王者選手権に出たらブライトとは別の部門で受賞できる気がする、と眉をアムロが顰めたところで、呼ぶより誹れの諺通り、軽いノックの音と共に部屋の中に当のクワトロが入ってきた。
「ここに皆揃っていたのか」
「クワトロ大尉」
この人本当はタイミングを見ているんじゃないかという主役の登場にブライトは眉を顰めたが、折角だからこれが好機とばかりに口を開いた。
「クワトロ大尉、何かご用ですか」
「ああ、カミーユを探しに来たんだ。打ち合わせの約束の時間に来ないから」
それを聞いて、驚いたようにジュドーが少年を見る。
「……カミーユさん、急用ってマジだったの」
「お前と一緒にするなよ、オオカミ少年」
「うっわ、俺生まれてこの方嘘なんかいっぺんもついたことないのにヒドイ!」
「お前は存在自体がそもそもデタラメなんだ!」
青い髪の少年が黒褐色の髪の少年と非常に非友好的な会話を繰り広げる手前で、ブライトがクワトロに空いている席を勧める。
「そうですか、それはそれとして、今日は私の方からも少々お話があるのですが、宜しいですか」
「それは、構わないが……。何かあったのかね?」
「ええ、当人達の問題に口出しは極力しないでいようと思っていたのですがね、ここにいるアムロの保護者代わりとして、個人的にお話が」
「アムロの?」
驚いたようにスクリーングラスの下の目を丸くしながらアムロを見るクワトロに、アムロは慌ててブライトの腕を掴んで押し留めようとする。
「ちょ、ブライト、いきなり何を言い出すんだよ!」
「やかましい! 大体俺はこういうのは苦手なんだ、引導は俺が渡してやるからすっぱり振られて来い!」
「な、振られるのが前提なのか?」
ひそひそと小声で囁き交わすアムロとブライトを不審そうに見ているクワトロの背中を、居たたまれなくなったギャラリー全員の視線を浴びたカミーユが仕方無しにつつく。
「あの、大尉」
「カミーユ、私はアムロに何か悪いことでもしたのだろうか」
「いや、悪いことをしていないのが問題っていうかそんなことはどうでもよくて、クワトロ大尉、この間アムロさんを部屋に泊めたでしょう?」
あれが、と言いかけるカミーユに、心外そうな顔でクワトロが反論する。
「確かにアムロは随分酔っていたから部屋に泊めたが、それがなんだというのだね? 君だってよく泊まって行くじゃないか、カミーユ・ビダン」
「あ、いや、それはっ……!」
話の風向きが違う方向に転がり始めたのを感じたカミーユが慌ててクワトロを黙らせようとしたが、時既に遅く、部屋中の人間だけでなく、向こうで舌戦をしていた筈のアムロの視線までもがクワトロとカミーユに注がれていた。
「よく、泊まっていく?」
「あ、いやアムロさん、誤解です! 作戦のシュミレーションとか教わる内に遅くなっちゃっただけで!」
「泊まるほど?」
「それは、……クワトロ大尉が教えるの熱心なの、アムロさんだって知ってるじゃないですか!」
「そうだけど、カミーユだけ泊めるなんて」
「だから、それは僕が教わっているのがたまたまクワトロ大尉だからであって……!」
アムロの口調に剣呑なものが混じるのを耳ざとく聞きつけたカミーユが焦ってやや支離滅裂な反論をするのに、クワトロが些か不愉快そうに言う。
「どうして言い繕う必要があるのかね、カミーユ。カミーユには将来、小隊の指揮官クラスの仕事を任せようとしているのだ、作戦シュミレーションの組み方を教えたり、指揮系統の立て方を教えたりするのは当然だろう」
クワトロの言葉を聞いて、そういうことじゃない、と拗ねたような口調で呟き、アムロがクワトロを睨んだ。
「へえ、そうか、あなたそんなにカミーユが好きだったのか」
「好きか嫌いかなどという話ではないよ、私は上官だ。カミーユの行動に関して責任がある。彼を教え導くのは当然の仕事だ。何故それを咎められなければならないのかが分からない」
「そんなもの、俺だって同じだ! 第一、俺はそんなことを咎めている訳じゃない!」
カッとして言い募るアムロの向こうでカミーユが、だから、俺を巻き込まないでくださいよ、と半分涙目で大きく首を横に振っている。
「変な言いがかりは止めてください、俺はファと普通に結婚して野球チーム作れるくらい子供作って、畳の上で死ぬのが夢なんです!!」
平凡でささやかな俺の未来の幸せを壊さないでください!とかなり本気で叫んでいるカミーユに、何故か外野でブライトが大きく頷く。
「クワトロ大尉はアムロさんのものです、のしつけて差し上げます!」
「へええ、くれるって、もしかして君のものだったの? カミーユ?」
「違います! もう、揚げ足取らないでくださいよ!」
八つ当たりだとカミーユが喚く向こうで、流石に事態のややこしさに気付いたらしいクワトロが僅かに眉を顰めて話に割り込んできた。
「待ちたまえ、一体何の話だね?」
「クワトロ大尉の所有権の話だそうですよ」
「私の? ……私は別に販売はしていないが」
「まぁ、妥当なお返事でしょうな」
珍しく熱くなっているアムロと、そのプレッシャーに圧され気味のカミーユに代わってクワトロの問いにはブライトが答える。その後で、ブライトは深々と溜息をついた。
「はっきり言いますが、クワトロ大尉の恋人の位置が空いているか否かのお話なのですが」
「……私の?」
再び同じ腑に落ちない口調で繰り返してから、金髪の男はやや困惑した口調でブライトに向かって口を開く。
「どうも話が今ひとつ見えないが、空いているか否かというのならば私は生憎売約済みだが」
「嘘!」
途端、思わぬ方向からあがった声に、クワトロは目を見開いてそちらに視線を向けた。
「何故、君がそんなに驚くのだね、アムロ大尉」
「だって、……え、だって、あなた今までに俺に向かってそんなこと一言も言わなかった……!」
レコア・ロンドとかいう女性ともハマーン・カーンとももう切れていると思ったのに、他に未だ誰か居たのかとショックで硬直しそうな頭を必死で巡らせるアムロに向かって、クワトロはやや困惑したようにそうだろうか、と呟いた。
「しかし、聞きたくないといったのは君だぞ」
「だけど、恋人がいるかどうかくらい、教えてくれたって良かったんじゃないのか、妙な期待なんか抱かせずに!」
言ってしまうと今までのクワトロの対して想いが通じたとも思えない言動の全てに理屈がついてしまう気がして、アムロは唇を噛んだ。
やはり、あの時自分の想いを受け止めてくれたと思ったのはアムロの勝手な幻想だったのだろうか。男同士とはいえ、一般的な好意を遙かに超えたそれを理解して、なおかつ自分も同じだと微笑んでくれたことに、特別な意味はなかったのか。
考えるほどそれが正解だった気が急にしてきて、アムロは白くなるほど握り締めた拳で、白々しく酷い告白を自分に向けて言い放ったままそこに立っている男を殴ってやろうかと思ったが、それも躊躇われた。
しかも、こんな公衆の面前で振られるなんて、なんて恰好の悪い。
暫くは部屋から出られないかも、等と早くも後ろ向き思考の中に入ろうとしたアムロの腕が、急にクワトロによって強く引かれた。
「期待とは何のことだ?」
「だから、……俺が、あなたと付き合ってるって、いう……」
「待ちたまえ、君は私の恋人ではなかったのかね、アムロ・レイ」
「……そっ……!?」
突如言われた言葉に、アムロはたっぷり三十秒ほど言葉を失って硬直した後、絞り出すような声で言った。
「あなた今、なんて言った!?」
「だから、君は私の恋人ではなかったのか……と」
何を分かり切ったことを、とあくまで普段通りの顔色で聞いてくる男に、こういう場合ってもうちょっと赤くなったり青くなったりして欲しい、とやや脱力しながら、アムロがぎゅっとその腕を掴んで問い質す。
「ばっ……!? 自覚あったのか!?」
「自覚もなにも、人前で恋人同士と言うなとか、触るなとかベタベタするなとか言ったのはそもそも君だろう」
忘れたとは言わせないぞ、とやや抑えた口調で言うクワトロに、アムロが目を丸くする。
「え?……そうだっけ」
「言ったとも! 付き合っていることを公言したら戦場で後ろからフィン・ファンネルで撃ち抜くとまで言ったぞ、君は!」
まさか本当に忘れたのか、と流石に怒ったように言ったクワトロに、アムロがそうだっけ、とまだ信じ切れていない口調で繰り返す。
「だ、だけど、俺と二人だけの時にも態度全然変わらないし……」
「いや、私は別に、君が側にいればそれだけで結構満たされるから。……なんだ、変えて欲しかったのか?」
それならそうと最初から素直に言いたまえ、と溜息をついたクワトロが、アムロの頭を軽くくしゃりと掻き混ぜた後で優しく撫でる。
「寂しい思いをさせていたのなら、済まなかったな」
「べ、別に、寂しくなんか……」
「お詫びに、これからはもっと人前でも優しくすると約束しよう」
「いらないよ、そんなもの」
拗ねたように唇を尖らせているアムロが先程のクワトロの発言を喜んでいるのは誰が見ても見え見えで、結局はやはりこういうことになるのだと、常日頃から甚大な被害を被っているカミーユが真っ先に深い溜息をつく。
「あーあ、口元緩んじゃってるよ」
「なぁ、あの二人って結局バカッ……」
「言うな、ジュドー」
皆まで言うな、と少年を押し留め、これ以上巻き込まれる前にと早々に逃げ支度を始めた少年の向こうで、同じくやってられるか、馬鹿馬鹿しいと呟く艦長に、ジュドーがこれ以上ない同情の視線を送る。
「ブライト艦長」
「……なんだ」
「あんた、背中が煤けてるぜ?」
「…………」
とりあえずジュドーにはデッキ掃除を言いつけるとしても、本気で厄払いかエクソシストの修行でもしてやろうかとつい考えてしまったブライト・ノアの手元には、明るい未来への航海図は未だ存在していないようであった。
―――オハナシハツヅク。
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+++END
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