|
**********
VOI.3:『かけらほのか』
一ヶ月間のアナハイム出張が決まってから数日、出張前の処理に追われ、帰宅時間が遅くなってしまったアムロは、へとへとになりながら公邸の玄関を開けた。
「ただいま…」
「おかえり」
途端に帰ってきた出迎えの挨拶に、青年はびっくりして顔を上げる。そこには、多忙なはずの金髪のこの館の主が佇んでいた。
「帰ってたのか」
「当たり前だ、今が何時だと思っているのかね。使用人には先に休んで貰ったが、君、食事は?」
「帰る前にサンドイッチ食って来た」
「それだけでは足りないだろう? 夜食を用意して貰ってある、着替えたら居間に来たまえ」
「ん、ありがとう」
実際の所本当にそれほど空腹でもなかったが、シャアの心遣いが嬉しくて、アムロはうきうきと私服に着替えるとリビングに向かった。後は焼くだけにして貰っていたから、というオニオングラタンスープを乗せたトレイを手にシャアがキッチンからやって来て、アムロの前にスープの器を置く。
「熱いから、火傷をしないようにな」
「ありがとう、美味そうだな」
「君の好物だろう? 全く、いつの間に公邸の使用人達を味方に付けたのかは知らないが、君を働かせ過ぎだと執事に小言を言われたよ」
苦笑しながら向かいに座ったシャアが勧めるスープの器を受け取り、蓋を開けて美味しそうな匂いに引き込まれるように頂きますとスプーンを手に取ったアムロは、シャアの笑顔に見惚れるままに熱々のスープを無防備に口に運んで、当然のように飛び上がる羽目になった。
「熱っ!!」
「アムロ、大丈夫か!」
オニオングラタンの焼けたチーズとパン、普通のスープよりも熱くなっているスープで舌を焼いてしまったアムロは、シャアが急いで差し出した水を口に含み、涙目で男を見上げた。
「……火傷した」
「冷まさないで食べるからだ。少し待っていたまえ」
流石に呆れた声で言ったシャアが、立ち上がって居間の隅のバーカウンターに近付くと、備え付けの冷蔵庫のフリーザーからアイスを取りだしてグラスに入れ、アムロの所まで帰ってくる。
「ほら、氷だよ。水よりはましな筈だから、口に含んで」
アムロの隣に腰を下ろして、一つを摘んでアムロの口元に差し出す男に、青年が些か決まり悪げな表情になりながら、いいよと恥じたように手で氷を受け取ろうとする。
「遠慮など無用だ。口を開けて」
言いながら、シャアは有無を言わせずアムロの口の中に氷を押し込むと、優美な指先でそのままアムロの口元を押さえた。冷たい、と無言で抗議の目を向けてくるアムロに苦笑しながら、シャアがそっとその耳元で囁く。
「火傷の手当は早いほうがいい」
「……っ」
柔らかな気遣う声音に、アムロはこの胸にできた火傷のような想いはそれでは一体どうすれば収まるのかと束の間男に問いかけて、思い止まった。もごもごと黙って口の中で氷の固まりを飴玉のように動かす童顔の青年を微笑ましい目で見守り、シャアはふいと口唇を抑えた指を離して、アムロが放り出したスプーンを手に取った。
「全く、今時子供でも焼けたスープが熱いこと位は知っていると思ったがね」
軽く揶揄するように言いながら、シャアが指を離した瞬間にごりごりと氷を噛み砕いて呑み込んでしまう青年に効果がないぞと苦笑し、皿からスープをひと掬いすくって暫く冷ますと、自分の口唇にスプーンを当てて温度を確かめ、アムロの口元に差し出した。
「ほら」
「え、いいよ、子供じゃないんだから」
「まだ暫く熱いのだから、もう一度火傷をされては困る。……食べたまえ」
言いながら有無を言わせぬ調子で差し出されるスプーンにアムロは渋々口を開け、舌の火傷が僅かに痺れるくらいの温度に冷まされたスープを口にする。
「滲みるか?」
「少し。我慢できないくらいじゃない」
「まぁ、口の中の火傷は薬を塗る訳にもいかないからな」
苦笑しながら、シャアは再びスープをすくって、雛鳥に餌を運ぶ親鳥宜しくアムロの口元へと運ぶ。居心地の悪い思いを味わいつつ夜食を食べさせて貰いながら、アムロはふと、この人は自分が家族だと認めた人間にはみんなこの位甘いのだろうか、と考えた。
そういえば、会いに行ったことはないらしいがセイラのことは常に気遣っているし、停戦協定が結ばれた後はブライトや元の仲間達との連絡も下手をしたらその手のことには無精なアムロ以上にまめかもしれない。
俺だけに、じゃ、ないのかな。
そんな風に考えてしまうと自然に眉間に皺が寄り、自分の思考に陥ってしまったアムロは、シャアの呼ぶ声で我に返った。
「アムロ?」
「あ、ああ、すまない。なんだ?」
「いや、難しい顔をしているから、火傷が滲みたのかと思って」
アムロの頬に手を伸ばして、心配そうに聞いてくるシャアの気遣いのレベルが、いつまで経っても弟か何かのようなレベルを超えないことに業を煮やしていたアムロが、その言葉で枷が外れたように伸びてきた腕を掴むと、自らの頬に当てた。
「ああ、火傷な。……滲みているよ、痛い」
「それは」
酷いようなら医者に、と続けたシャアに、外傷ではなく心の中のことを告げたつもりであったアムロが、今度こそ速やかに切れた。
「……っ?!」
腕を取ったまま間合いに入ったアムロに、もう片手でシャツの胸元を掴まれて二人で腰掛けていたソファの上に押し倒されて、シャアはぱちぱちと忙しなく目を瞬かせた。
「あむ、ろ……?」
「あなたが、……っ、あなたがそんなだから……!!」
言いながらシャアの上に馬乗りになってシャツのボタンを外そうと躍起になっていたアムロは、二つほど外れたボタンの下から白磁のような色の素肌が露わになると、急に落ち着きを無くした。
(俺、……俺、今、何をしようと……した?)
折角ゆっくり側に居られるようになったのだから、この想いも二人でゆっくり育てていけばいいとそう考えていたのに、あまりに片恋のような状況の続くこの頃の生活に、思った以上に焦れったい餓えが募っていたのだと自覚して、アムロは顔色を青ざめさせた。
「……っ、くそっ!」
舌打ちをして立ち上がると、アムロは何も言わず、シャアに視線さえ向けずに、頭を冷やそうと早足で部屋を出ていってしまった。ばたん、とアムロにしては手荒くドアを閉める音に、我に返ったシャアがゆっくりと身体を起こす。
青年の豹変に、先程までは楽しそうにしていたのに、一体何がアムロの気に障ったのだろうか、と首を捻った。
「……このシャツを洗濯でも、したかったのだろうか?」
帰ってきたままシャツは着替えずにアムロの出迎えに出たことがばれたのだろうか、それともスープを用意したりする甲斐甲斐しさがあまりにイメージからかけ離れていて気に入らなかったのか、と眉を顰めるシャアがアムロの行動に込められた真実の欠片に気付くには、やはりまだもう少しの時間が必要なようであった。
―――オハナシハツヅク。
**********
+++END
|