雨待ち風




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VOI.2『君に告げる』



 ブリーフィングルームの扉を何気なく開けたジュドー・アーシタは、部屋の中を見た瞬間そのままドアを閉めて出ていこうとしたが、それより早く上官に勝るとも劣らぬ三倍速で近付いてきた先輩格のカミーユ・ビダンにガッ!と両腕でドアを止められて逃亡を阻まれた。

「見た瞬間に逃げ出そうとするなんて、随分仲間想いだな、ジュドー?」
「あはは、カミーユさん、俺ちょっと急用思い出して」
「ほう、そうか。じゃあまずここでの超重要案件を果たしてから行け」

 言いながらがっちり着ているジャケットの奥襟を掴まれ、足下を払われて蹌踉めいたところを部屋に引きずり込まれ(カミーユは空手は使えても柔道が使えるなんて聞いたことがない、反則だ!と暴れたがどうしようもなかった)、ジュドー・アーシタはきりきりとニュータイプの揃う奥のテーブルの一角まで連行され、強引に空いた席に座らされる。
 途端、テーブルの真ん中に座っていた人間から、白銀に輝くプレッシャーのブリザードが吹いてきた。

「やぁ、ジュドー。人生楽しく過ごしてる?」
「ええ、ついさっきまでは」

 にっこり微笑むアムロの笑顔になかなか冷たいものを感じつつもジュドーが引きつり気味の笑顔を浮かべると、隣に腰を下ろしたカミーユが、えー、と言いながらその場を仕切った。

「それじゃ、ロンド・ベル内有志による、『アムロ大尉の恋愛成就大作戦スペシャルチーム』の打ち合わせを再開したいと思います」
「ちょっと待てカミーユ、そんなもの一体いつできたんだ?!」

 すかさずついたブライトの物言いに、カミーユはついさっきです、とさらっと言い流してから、新たな獲物のジュドーの方を向いて状況の説明を始めた。

「実は、ジュドー」
「皆まで言わなくていい、カミーユさん。……俺、実に可哀想なことにニュータイプだし」

 アムロさんの好きな人くらい見てれば分かる、バリバリ分かる、とやや項垂れ気味にカミーユの話を遮るジュドーに、初めはただのコイバナだったんですけどね、とシーブックが苦笑した。

「その内にちょっとアムロさんの状況があんまりだ、なんてロランが素敵に優等生な発言をしてくれて」

 些かそのことを恨みに思っているらしい、基本的にはアムロの恋愛事情には関わりたくない(常に一番の被害者なので)カミーユが褐色の肌の少年をじろりと横目で睨むと、人の良い褐色の肌の少年は、そんな、ただ僕はアムロさんが可哀想だと思って、と銀色の長い髪を揺らして慌てて手を振った。

「ロランはいい子だね。そのへんの薄情なニュータイプ連中と違ってさ」

 アムロが溜息をつきながらカミーユとジュドーを睨み、カミーユは済ました顔でジュドー、お前アムロさんに謝れ、と隣の少年をつついた。勿論、少年は焦って反論を試みる。

「え、ええっ?! ちょっと待って、カミーユさん横暴! なんで俺のせい?!」
「やかましいな。元はといえばお前が逃げようとするからだろう。アムロさんの恋が巧く行かないのもロランが口を滑らしたのもブライト艦長の眉間の皺が深いのもクワトロ大尉がてっぺん鈍いのも全部まとめてお前が悪い!」
「そんな! 俺全然無実じゃん!」
「ついでいうならきっと宇宙が平和じゃないのもお前の所為だ。お前、責任取ってクワトロ大尉に一服盛れば?」
「カミーユさん、酷いや……」
「もしくはZZでサザビー後ろからドサマギに不意打ちしてみるとか。負傷したクワトロ大尉をアムロさんが優しく看病! 戦場ロマンスの王道だよな」
「ヤだよ、サザビーってνガンダムがべっとり貼り付いてるじゃないか! 絶対アムロさんのフィン・ファンネルで返り討ちだし、それ!」
「墜とさなきゃ平気だって。軽くハイメガキャノンで撃ってみな?」
「カミーユさんこそ、ウェイブライダーで突っ込んだらいいじゃないか!」

 俺の人権とかどこに行ったわけ、ニュータイプ虐待反対!と喚くジュドーを余所に、後輩を一頻りイジメ倒して幾分気が晴れたのか、カミーユがサッパリした口調で、でも本当にクワトロ大尉はニュータイプ云々差し引いても自分の色恋事に関する洞察力は底辺以下ですからね、下手するとガロード辺りの方がマシかも、となかなか酷いことをいった。

「なんか、もう三ヶ月……半年かな? くらい前に、忘れもしないこの部屋でブライト艦長と二人、アムロさんからクワトロ大尉と付き合いだしたとか付き合いだしてないとか、聞きたくもない報告を受けたような記憶が朧気にあるんですけど」

 宇宙にいると時間の感覚鈍るからなぁ、と呟く少年に、お前本音が漏れているぞと苦笑してからブライトが後を引き取った。

「それから全く何の進展もない、というのは流石の俺でも同情するな。アムロ、お前そもそも付き合いだしたという話自体が思い過ごしじゃないのか?」
「うわ、ブライト酷い」

 遠慮なく人の胸抉るよね、と胸元を押さえたアムロが、だけど俺だって何もしてなかった訳じゃないよ、と反論を試みた。

「とりあえず、交換日記もどきができるまでには持ち込んだ! 朝晩メールに返事くれるし」
「お前、俺からのメールや着信にはロクに返事も返さない癖に……」

 ブライトが小言の一つも落とそうかとしたときに、横合いからあっけらかんとした声が挟み込まれた。

「つまり、俺とあんまり変わらない訳ですね、アムロ大尉」

 さらっと言ってのけたコウの足下を、バカ!と言いながら向かいのシローが蹴り飛ばす。途端、アムロがそうだよねぇ、と机に突っ伏した。

「コウが三日で持ち込んだ交換日記に、俺は三ヶ月……」
「あ、でも、俺最初この隊に合流したときに、クワトロ大尉に指導してもらってましたから」

 アムロ大尉とはきっと交換してる日記の内容が違いますよ、と慰めにもならないような事を必死で言うオールドタイプの青年に、ジュドーがいや、俺が思うにあんまり変わりないんじゃねーの、とボソッと呟いた。
 アムロが、本当だったら俺のスケジュールとしては、今頃同じ部屋に帰るくらいの間柄になる予定だったんだけど、とぼやく。

「なまじっか先に合い鍵とか貰っちゃったからさ、タイミングが計れないんだよね」
「アムロ、お前その合い鍵、どうやってクワトロ大尉に貰ったんだ?」

 初耳だぞ、と目を丸くするブライトに、俺だってただ遊んでた訳じゃないといっただろう、とアムロが胸を張った。

「打ち合わせにかこつけて部屋に行ったら、あの人の仕事が長引いて待ちぼうけちゃってさ、そのまま部屋の前で待ってて、そのうち眠くなってきたから丸くなって廊下で寝てたら、合い鍵くれた」
「……お前、そもそも俺を脅してクワトロ大尉の隣の部屋を確保した筈だよな?」

 その上に合い鍵だと? 自分の部屋で待て自分の部屋で、とブライトがげんなりした声で言うのに、アムロはそれじゃ作戦にならないじゃない、とあっけらかんと言い切った。

「階級も立場も似てるから、打ち合わせすること多いからね。数少ないチャンスを逃しちゃいけないだろう。流石に三回目に毛布にくるまってドアの前で寝てたら、外聞が悪いから部屋で待っていてくれって合い鍵渡されたんだよね」

 嬉しかったなぁ、と目をきらきらさせるアムロに向けて、俺は心底お前の躾方を間違えたと思うよ、と声に出さずに視線で訴えかける艦長を余所に、形振り構わない作戦に出てますねアムロさん、とやや痛む頭を抑えながら、カミーユが問いかけた。

「言っておきますけど、僕達が例え協力しても、進展できるのは精々『手を繋ぐ』くらいですからね!」
「分かってるよ、何も俺だってモノにするの手伝えとか言ってないじゃないか。なぁ、ブライト」
「アムロ、頼むから未成年を巻き込まんでくれ……」

 ブライトが深く深く溜息をついたとき、ブリーフィングルームの扉が軽い音を立てて開く。

「おや、こんな所に居たのか、皆」
「げ、クワトロ大尉」

 カミーユが眉を顰め、クワトロは手厚い歓迎だな、と苦笑すると、真っ直ぐにスクリーングラス越しの視線を中央のテーブルに向けた。アムロがさっと嬉しそうな顔になるのを、現金だなと思いながらブライトがなにかご用ですか、とクワトロに声をかける。
 まぁ、クワトロが用があるのは大抵がアムロかブライト、精々カミーユくらいなのだが、とブライトは思ったのだが、クワトロは真っ先に別の人間の名前を呼んだ。

「ジュドー・アーシタ、先日頼まれていたジェネレーターの消耗部品だが、今日届いたとアナハイムから連絡があった」
「あ、さっきアストナージさんから聞いて、今から行こうとしていたところです」

 クワトロのかけた声に、ジュドーがひくりと引きつりながら返事を返す。クワトロがスクリーングラス越しに微かに微笑んだ。

「ZZは他の機体より戦闘時の消耗が著しいからな。アストナージに泣きつかれて、私が直接アナハイムと話をして特別仕様で耐久性に優れたものを用意させたのだよ。ちょっと一緒に見に来てくれないか」

 手間はとらせないから、と微笑むクワトロの前で、ジュドーの顔が引きつる。

「……へぇ、やけに急いでいると思ったら、ZZの新しいパーツ、シャアが用意してたんだ」

 ゆらり、と立ち上がる背中越しの気配から素晴らしく重苦しい重圧を感じて、思わずジュドーは前のめりに倒れそうになった。勿論、他のニュータイプ達は机に突っ伏している。
 部屋の中の空気に気付いているのかいないのか、クワトロがああ、できればアムロも来てくれるかい、と気軽に青年も誘った。

「きっと君にも興味深いと思ってね。もしもZZで試用して、使い勝手がいいようなら他の機体にもどうかと思うのだが」
「まぁ、見てからかな。次の戦闘はジュドーが先鋒で決まりだな、そうなると。新しいパーツのデータも取りたいし」

 言いながらクワトロの所まで歩いていくついでに、石化同然に金縛りに遭っているジュドーの肩をぽむ、と必要以上の力で叩いて、アムロはにっこりと少年に真っ白な微笑みを向ける。

「……がんばろうな、ジュドー。骨は拾ってやるから」
「…………ハイ」

 コクコクと首振り人形宜しく頷くジュドーをその場に置き去りにして、黒褐色の髪のニュータイプの少年を同行させたげな金髪の男を急き立ててアムロが去った後で、やっと呪縛から解放されたジュドーが安堵の息をつく間もなく、隣から地獄の底から響くような不機嫌な声が少年の名前を呼ぶ。

「ジュドー」
「……なんだよ、カミーユさん」

 思わず後退る少年を剣呑な表情で睨んで、青い髪の毛の少年はやっぱりあの人達はまとまってくれなきゃ、俺達が迷惑だ!と拳を握り締めた。

「お前、さっきの作戦実行な。次の戦闘で後ろからダブルビームライフルでサザビーやれ」

 言われて、ジュドーがとんでもない!と手を振る。

「やだよ! カミーユさん、大体さっきから聞いてたらクワトロ大尉暗殺計画みたいなのばっかりじゃないか! もっと穏便なのないわけ!」
「それで大尉に一服盛って医務室で既成事実作ってもらうしかないだろう! 艦の平和のためにもお前一肌脱げ! 生き残るにはそれしかない!」

 カミーユの発言に、同じく呪縛の解けた他のパイロット達も口を出す。

「いや、カミーユ、一服って大体薬はどこから手に入れるんだよ?」
「そうだよ、それくらいなら、二人が部屋にいるときに居住ブロックをわざと停電にするとか!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ少年達を横目で見て、益々深くなる眉間の皺と溜息を持て余した常識人の艦長は、この後結構な時間を費やしてやっと収まるところに収まった二人が、今度は目も当てられないバカップルぶりで新たな悩みのタネを捻出し続けてくれる事など、この時は未だ知る由もなかった。



―――オハナシハツヅク。










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+++END

 

 

全然前回と関係なく続いてしまいました……(笑)
なんですか、奥手シャアと焦れアムロですか!
とりあえず、シャアは両思いというだけで幸せなようです。
アムロ、襲っていいよ(笑)
そして、最初の内は照れて言い出さなかったものの、
その内あまりの焦れったさに愚痴混じりで
「ちょっと聞いてくれよ!」の世界になるコイバナに巻き込まれる人達はとても哀れ。
うちのクワトロはなにげにジュドー大好きですよ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

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