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VOI.1:『全力少年』
予告付きっていうのもなかなかスリリングな恋愛だな、とアムロはふぅと甘い溜息をついた。
ネオ・ジオンに遙々やって来て早数ヶ月、初めてこいつと一緒に生きてやると誓ってより後、生活すら共にし始めて、段々に心の距離が近付いていって、だから、とアムロは思った。だから、恋も始まりかけているんじゃないか、っていう、錯覚を起こすのは、決しておかしな事じゃ無かったと思う。
思った……の。だが。
「やぁ、先に帰っていたのか、アムロ」
ソファに座って雑誌を広げていると軽快な声がして、屋敷の主が居間に入ってきた。
「あれ、お帰り。今日なんか早くないか?」
「うん、たまには君と夕食でも食べようと思って」
言いながらシャアは着替えてくるよと声をかけて自室へ姿を消す。アムロは一瞬その後を追おうとしたが、それもシャアのテリトリーに踏み込み過ぎているような気がして、躊躇って止めた。雑誌記事をぼんやり眺めていると、再びシャアの声が掛かる。
「アムロ? 食事にしないか、君もまだなんだろう?」
「あ、ああ」
呼ばれて慌てて腰を上げる。食事の度に食堂に移動したり、専属の料理人に食事を用意される生活には幸か不幸か慣れているため、今の生活に対する戸惑いはないが、それでも一人での食事は味気ないので、アムロよりも圧倒的に忙しいシャアが帰ってこないときは適当に済ませることが多かった。すると、シャアはいつそれを聞きつけたのか、帰ってこられるときも来られないときも、なるべくアムロと一緒に食事を取ろうとしてくれる。そんな細やかな気遣いが面映ゆくて、そして困るんだよな、とアムロは小さな声で呟いた。
第一、なにも心配はいらないからその身一つで私の所に来ればいいなどと、ブライトに相談したらそれはプロポーズか?と真剣に聞き返されるような言葉で人を口説いておいて、一体この男は何がしたいのだろう、と現状を顧みて、アムロは些か理解に苦しむ。確かにアムロ一人がシャアの生活には加わったかもしれないが、でも、それだけ。
「なんか、中途半端なんだよなぁ」
「なにがだ? 味付けが気に入らなかったか?」
ぼそりと呟いた独り言に返事が返ってきて、アムロは慌てて手を振った。
「いや、違う。ちょっと考え事してて」
「そうか、ならば良いのだが。今日は君が好きだからとわざわざ魚を仕入れに行ってくれたようだよ」
「本当? ありがとう、美味しいっていっといて」
皿を下げに来た使用人に伝えると、アムロはコーヒーは居間で飲まないか、とシャアを誘う。シャアが頷いて立ち上がったので、アムロはコーヒーを頼むと、先程後にしたリビングへと足を向けた。
「えーと、あのさ、シャア」
「うん?」
「その……」
隣のソファに腰を下ろした男に何か話しかけようとして、アムロは気の利いた話題一つ見つけられずに開きかけた口を噤んでしまう。コミュニケーション下手がなかなか解消されない青年に小さく笑いながら、シャアがそういえば、と自分の方から話題を持ちかけた。
「来月からのアナハイムへの研修は、行って貰えそうかね。今日君の元に資料を届けるように手配したが」
「あ、うん、勿論喜んで! ていうか、本当に俺が行っちゃっていいの、あれ。凄く興味深くはあるんだけど」
「興味深い分野だからこそ、エキスパートを送り込むのさ。適材適所というだろう。それで?資料を見てどうだった?」
「あ、あのさ、工業的ナノ粒子のサンプル見たけどさ、……」
それから暫く延々と試料の話と技術の話を熱く語り続けたアムロは、粒度分布測定法の話まで始めた辺りでふと我に返った。シャアはにこやかな表情で相槌を打っているし、時々アムロがたじろぐような質問をしてくるが、これではまるきり仕事の延長ではないか。
そうじゃない、たまには普通の会話ってやつを成立させたいんだ、という密やかな野望を胸に抱いていたアムロは、このままではいけないと慌てて話題を変更した。
「あ、それで、……俺、一ヶ月は留守にするんだけど」
「分かっている、こちらに関しては心配いらないよ。既に手配は済んでいるから、君は心おきなく行ってくればいい」
「あ、うん。ありがとう。……でもさ」
アムロはごくりと唾を飲み込み、震える足を叱咤しながら、自らを奮い立たせる。
―――聞けよ、俺。聞いてしまえ、『それであなたは淋しくはないのか』って、一言!!
頑張れアムロ・レイ、ファーストニュータイプの称号は伊達じゃない筈だ!! そんなことを思いながら、もう一度あのさ、と繰り返して、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「それで、……その、し、……仕事とか、滞らないかな、って」
言いかけた言葉を結局失速させ、語尾をもごもごと消え入らせながらそう発言して、アムロは内心で意気地のない己を罵った。シャアは軽く微笑み、心配ならば毎日状況を報告させようと請け負う。
「いや、そうじゃなくて」
「君向きの仕事だ、見た瞬間に君に行って貰おうと思った。ここの所、実に忙しそうにしていたからな、私からの休暇のプレゼントだと思ってくれたまえよ」
綺麗な微笑みと共にそう言われてしまえば、アムロはもうありがとうと言うしかなくなる。確かに非常に魅力的な仕事ではあるし、行きたいとも思うのだが、それでも喉元まで出かかったそれって、お暇を出すってことか?という棘のある言葉をなんとか押し留め、アムロはちょっと、と言って席を立った。
用を足してリビングに帰ろうとすると、使用人の女の子達が廊下の隅でアムロを手招きしている。アムロは軽い溜息をつくと、そちらに近付いていって、軽く腕で「×」マークを出した。途端、彼女たちの間から不満の声が上がる。
「ええー?!」
「アムロ様……駄目じゃないですか」
「いやその、ごめん」
「せっかく、リビングにお花も生けて、BGMもばっちりムーディなのにして、私達がお膳立てしてるのに〜!」
「だけど、シャアって固いから、その、俺としてもなかなかタイミングがね?」
もごもご言い訳をするアムロを、使用人達がじろりと横目で睨む。
「そんなこと言って、この間も私達が流星群の日をお教えして、ベランダまで行って、あのロマンティックな雰囲気で仕事の話だけで帰ってきたのはどこのどなたですか!」
「痛いトコ突くね……」
アムロはがっくりと項垂れた。
そもそも、人当たりのいい(シャア以外には)アムロは、この公邸にやって来てすぐから、本人もなるべく早く新しい環境に溶け込もうとしていたことも功を奏して、シャアと暮らす総帥公邸の使用人達とも割合早い時期に親しくなった。
使用人達はどうも、シャア総帥の未来の伴侶となる人間が来ると聞かされていたらしく(そんなこと言いやがったのはどこのどいつだ、とアムロは憤慨したが、結局はシャアの浮かれた言い方が語弊を招いたのだと知って文句も言えなくなった)、初め頃は男性の、しかも連邦軍から派遣されてきた特務士官であるアムロが来たことに随分驚いていたようだが、今では執事もコックもメイドさんともそれなりに良好な関係を築いている。一旦アムロの気質が好ましく思われると、そこは公邸使用人、皆シャア贔屓の人間ばかりであるので、焦れったいばかりの主と、その終生のライバルとの仲を陰に日向にさり気なく応援してくれている(好きでやっているだけの気もしないでもないが)のであった。
アムロ自身、最初の内はそれもどうかと思っていたが、元々憎からず想う相手だからこそ遙々ネオ・ジオンまでやって来たのだ。本気で拒めるほど嫌なわけではない。
そして、使用人達の三時のお茶会に混ぜて貰ったついでについうっかり本音の欠片のような事を洩らしてしまったのが運の尽き、今ではすっかり使用人達のチームが出来上がっているようだ(本当のところはアムロももう怖くて聞けない)。
一応、執事や年輩の使用人達は当人達の話だからと見守ってくれているだけのようなのだが、時は宇宙世紀、同性愛に関しても気風はかなり大らかである。しかも女性達の関心は今も昔も一番はやはり他人の恋愛沙汰と言うことで、特に年若い女性使用人達は、かなり真剣にアムロの応援を買って出てくれている。そして、そんな自称「恋のキューピッド」隊の面々は、びしっとアムロに最終通告を突きつけた。
「とにかく、アムロ様、確か来週から長期出張って仰っておりましたよね?!」
「それまでに、少しでも仲を進めておいてくださいね、でないとお留守の間の責任は持ちませんからね?」
「そうですわ! まぁ、他の女なんてお屋敷内に入れませんけれど」
ぴしぴしと言い切られアムロは首振り人形のようにただ首を縦に振るしかなかった。元々他人の意見に割合に流されやすい性格の上に、幼馴染みのフラウ・ボウを筆頭に、セイラ・マスやベルトーチカ・イルマと、気の強くて押しの強い女性にはからきし弱いアムロである。なんでこんな綺麗どころに捕まって他に用事がないんだろう俺、男としてもう終わり?などと黄昏つつも口先はいいお返事を返した。
「……気合い入れて頑張ります」
女性使用人達に詰め寄られてたじろぐアムロの姿を、その時コーヒーのお代わりを頼むついでに部屋から上着を取ってこようと居間のドアを開けたシャアが偶然目にして、少し驚いた顔をして眉を顰めたが、取り立ててなにも言うわけでなく、そのまま部屋の中に入ってしまった。
その後数日間に渡ってシャアがどことなく不機嫌だったのを知っているのは、残念ながら仕事先の哀れな側近の面々だけであったことはいうまでもない。
―――オハナシハツヅク。
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