WANDERERS

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 あえなくなるなんて、想像もしていなかった日々のことを、思い出す。

 かしゃん、と音を立てて玄関の門を閉めると、アムロはポケットから鍵を取りだした。
 連邦軍からの退職金で中立コロニーのサイド6に買った古びた一戸建ては値段に見合ったオンボロさで、特にこの錆びた鉄製の門扉は開閉する度にギイギイと軋む音を立てる。
 少し時間に余裕が出来たらペンキを塗り直して油を差して、と考えながら、アムロはガレージからエレカを出して少し離れた町にある職場に向かった。

 アムロ・レイは嘗てはモビルスーツに乗っていた軍人だった。退役して軍関係の仕事に就いて暫く経つが、それは最後に参加した戦争で重傷を負い、モビルスーツには二度と乗れないと宣告された故であった。
 彼は生粋のモビルスーツ乗りとして軍に存在していたのだ、飛べなくなった鳥になど、飼われる意味はない。

 なので、当然のように傷が治ると同時に彼は軍を去った。それきり、戦場と縁がある場所には戻っていない。彼は所謂エースパイロットと言われる人間だったため、時折取材などの話が舞い込むことはあったが、今のところそれらをアムロは全て拒否し続けていた。
 彼は一般に英雄と呼ばれる類の人種であり、彼をその地位に押し上げた戦争の後、先の戦いで再び英雄扱いされるようになっていたが、その呼称をアムロは頑なに拒んでいた。

『俺は英雄じゃない。人殺しと呼ばれる方が、まだ気が楽だ』

 軍を退役して直ぐ、旧知の間柄であるブライト・ノア大佐にだけ、アムロはそう洩らしていた。自分が先の戦いで葬った人間の価値を知らないアムロではなかったし、彼をこの世から消してしまったその責は当然自分が追うべきものだと考えていた。
 いや、むしろ自分以外の誰にも追わせたくはなかった。何故ならアムロは未だ、自分ですら自分自身を許してはいなかったから。

 あの日地球上に燦然と輝いたサイコフレームの共振の呼ぶ光の中、ただ自分だけがこの世に留まることを許された。アムロ自身は、連れて行かれることを強く望んだというのに。

 職場に定時ギリギリに着くと、アムロは殆どルーティンワークのみの単純な仕事を淡々とこなし、定時に職場を辞す生活を続けていた。嘗てはモビルスーツの設計や製造に関する仕事を望んでいた時代もあったが、今はむしろモビルスーツや軍関係の仕事からは少し距離を置きたいとすら思っていた。もう沢山だ、というのがアムロの正直な気持ちでもあった。

 帰り道に街のデリで簡単な食事を買い、少し本屋に寄って雑誌などを立ち読みするのも既にアムロの日課になっている。雑踏と街並みを走るバスを眺めながら、アムロはふと呟いていた。

「オヤジと同じように俺もここで朽ちていくのかな。なんか、笑えるな」

 言った後で疲れたように拳で自分の肩を叩き、その仕草が昔己の父親がよくしていたものであることを思いだして、もう一度苦笑した。アムロはここで、想い出だけを追いながらこれからも暮らしていく。それだけでもいいではないかと何よりも自分自身に言い聞かせるように、彼は低く呟いた。

 日の落ちた帰り道を自宅まで運転して帰っていると、前方からやや乱暴な運転で飛ばしてくる車があった。やや蛇行しながら近付いてきた車を避けようとして、アムロは先日の雨でできたと思しい路肩の泥濘に突っ込んでタイヤを取られてしまう。相手の車は気付かない様子でそのまま走り去ってしまったが、アムロは暫くその車の後ろ姿をバックミラーで追い続けた。

「……」

 声を出さずに呟き、彼は車から降りると、車を押すこともせずにただそこに突っ立って、走り去った車がブレーキを踏んで戻ってくるのを待った。

 彼は待った。待っている間に数台の車が横を走り抜けていったし、その中には車を止めて佇んでいる彼に親切に声をかけてくれる人間もあったが、アムロはやんわりと微笑んでその全てを辞退した。待ちたかったのだ。赤い軍服を颯爽と着た将校と、クリーム色のワンピースを身に纏った少女を乗せた車が戻ってくるのを。

 日が暮れて周囲がすっかり冷え切り、道路を通りかかる車影すらまばらになってから漸くアムロはのろのろと足を動かした。泥濘に填り込んだタイヤはアムロが後ろから車体を押してやると、呆気ないほど簡単にそこから抜け出すことができた。あの頃とは、アムロも体型や腕力も違うのだ。その事に気付いてアムロは乾いた表情で笑い、ぶるりと体を震わせた。

 それでも、と再び車の中に乗り込み、凍るような冷たさの座席に辟易しながらエンジンをかけてヒーターのスイッチを入れながらアムロは思った。それでも、この過去の想い出があるから自分は生きていられるのだ、と。

 しかしながらその考えは少しもアムロを温めてはくれなかったので、彼はただ座席に丸まるように座り、じっと温かい想い出だけを何度も何度もリフレインさせ続けていた。マッチ売りの少女が最後のマッチが燃え尽きるのを惜しんだように、固く体を抱きかかえながら。

 ただ、遙かに過ぎ去った夢だけを想い続けていた。







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+++END.

 

 

"HAPPY BIRTH-DAY Amuro RAY"
全然祝ってるように思えないとか言っちゃダメです。今はこれが精一杯・・・

 

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