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今日も、地球の敵と戦う正義の艦隊(…の、筈である、多分)ロンド・ベルは、旗艦ラー・カイラムを中心に、宇宙の辺境を流離っていた。
「すいません、こちらの艦に、アムロ・レイ連邦大尉という方はいらっしゃいますか?」
地球から遙々やってきた遠来の補給艦が到着したときにそんな風に名前を呼ばれ、丁度新作のモビルスーツのパーツが届いたと聞いてやって来ていたアムロはそれは俺ですけど、と手を挙げて、補給艦のクルーに歩み寄った。クルーが良かった、と胸を撫で下ろす。
「お届け物があるのですが、受け取って頂けますか?」
「届け物?」
何か頼んだだろうか、と暫く考えたが、思いつかなかったので、アムロは取りあえず頷いた。すると、そのクルーからばさり、と一抱えもあるような花束と、包みを手渡される。
「なっ、…なんなんだよ、これ!」
周囲から半ば呆れたような視線で注目されたアムロは、居心地の悪さもあって、やや詰問口調でそのクルーに尋ねた。
「地球からです、ミス・ベルトーチカ・イルマ様からのお届けになりますね」
「ベルのやつ…!!」
真っ赤になりながら絶句し、腕にピンクの盛大な花束を抱え、アムロは添えられたカードを開いた。ピンクと赤のハートが飛び散った、見た目にもカラフルで艶やかなカードには、可愛らしい字でメッセージが書かれている。“You're smart, sexy, witty, kind, incredible. My perfect match! Will you be my Valentine. xoxoxoxoxo”というそのカードの文句に、アムロは赤みが差した顔を益々赤くして、「ベル…」と唸る。
「恥ずかしいことするなって言ってるのに、あいつ!」
地球を離れ、家族や恋人と別れているのは皆も同じだ。余計な刺激を与えないように、連絡するときはなるべく目立つなと言ってあったのに、ベルトーチカと来たら!アムロは、バレンタインデーなんて日があること自体忘れていたというのに。
こうでもしないとアムロはイベント事に興味がなさ過ぎるわよ、と事ある毎に自分を引っ張り回してくれていた金髪で青い瞳の快活な恋人の姿を思い浮かべながら、アムロは溜息をついてバラを抱え、周囲から盛大に冷やかされつつ、そそくさとデッキを後にした。
ブリーフィングルームで一人、カードをぼんやり眺めていると、扉が開いて、クワトロが中に入ってきた。
「…と、失礼、先客が居たのか」
クワトロはアムロの存在に気付いていなかったようで、軽く詫びて出ていこうとするのを、用があって居る訳じゃないから、と引き留める。
「使うなら出ていくよ」
「いや、少し資料を見たかっただけだから、座っていてくれたまえ」
手振りで立ち上がろうとしたアムロを制したクワトロは、机の上に置かれたピンクのバラの山を見て、微かに口元を緩めた。
「そういえば、子供達が騒いでいたぞ、アムロ大尉に地球からラブレターが届いたと」
「ベルだよ、あなただってもう知っているだろう。…ったく、バレンタインデーだなんて、忘れてたよ、完全に」
ルール違反だろう、普通は匿名で送ってくるものだろうに、これは目立ったでしょう、ってお返しとか法外なの吹っ掛けられそうだなぁとぼやくアムロの隣に腰を下ろし、クワトロはそっとバラの花束の中から一本を引き抜くと、その柔らかな花弁でアムロの頬に触れた。
「妬けるくらいの睦まじさだな、相変わらず」
「それ、皮肉か?俺が、この艦に乗る前にベルと別れたの、あなただって知ってるだろうに…」
アムロはぼやき、クワトロの手からバラの花を取り上げた。手持ち無沙汰になったクワトロは、差出人くらい黒々と記さねば、君を想う人など星の数ほどいるからね、控えめな六等星では紛れてしまうさ、と苦笑する。
「それでも、一等星でもシリウスほどの輝きを持てば漸く君の目に映るかという体たらくだ」
「あのな、あなた俺のこと、買い被り過ぎだろう、いくらなんでも」
アムロは呆れたように言い、いいから仕事しろよ、と金髪の男を肘で小突いた。
ベルトーチカは、宇宙に出ていくアムロに待たないからねとすっぱり告げて、帰ってきてお互いがまだ必要ならそれから考えましょうと付け加えたのだった。どうして、と尋ねる暇もなく私はいつも側にいてくれる人がいいの、と言われ、アムロは首を縦に振ることしかできなかった。―――昔のことを思い出していると、クワトロが手袋越しの掌を伸ばして、アムロの手を取る。
「どうした?」
「ベルトーチカ君には悪いがね。彼女が断腸の思いで手離してくれたからこそ、今度は私が、やっと捕まえることができたのだ。暫くは離さんつもりだよ」
「…そんなこと、改まって言うなよ、恥ずかしい奴」
恋人と別れたばかりのアムロの寂しさにつけ込んだのだと言外に自嘲の色を滲ませたクワトロに、俺が応えたのはそもそもそればかりでもないとは性格的に口にできないアムロは再び顔を赤くすると、さっとクワトロの手を振り解き、花束に添えられていたプレゼントを開封することにした。
丸いピンクのボックスの中身は、チョコレートのようだった。珍しい、薄いピンク色の丸いチョコレートを見て、シャアが彼女らしいな、と感心したような声を挙げる。アムロは箱の中に入っていた商品の解説が書かれた小さなカードを読み上げた。
「ピンク・シャンパンの入ったトリュフチョコレートだって。ワイルドベリーのピュレが入ってるから、ピンク色なんだってさ」
「素晴らしくファンシーだな、こんなものをベルトーチカ君はどこで発見するのだろう」
「甘いもの好きだからさ、やっぱ女の子だし」
女子供の食い物だよ、とやや的外れなことを言いながら、アムロは眉を顰めて丸いボックスを差し出し、一つどうだい?とクワトロに勧めた。クワトロは赤い手袋をした手を振っていらない、と手振りで伝える。
「君宛のチョコレート消費の片棒を担いでベルトーチカ君の不興を買うのは御免被りたいな。カミーユあたりにでも分けてやってくれ」
「なんだ、甘い物は駄目なのか?」
「中身のクリームだけでいいな、どうしてもというのならば」
戯けた口調でクワトロが言うと、アムロは一つ摘み上げたトリュフを囓って、半分になったそれを差し出した。
「ほら、クリームだけ」
「…君ね」
言いながらもクワトロは首を伸ばしてアムロの指先から半分囓っただけのチョコレートをぱくりと一口に口に含む。
「甘いな」
「そりゃ、チョコレートだからな」
当然だろう、というアムロにそれもそうだと言いながら、クワトロはふとアムロが手元で広げていた色鮮やかなカードに目を留めた。
「随分と情熱的だな」
「社交辞令だろ、こんなもん」
照れ臭いのも気まずいのもあるのか、素っ気なく言いながらカードをクワトロの視界から遠ざけるアムロに、それはいくら何でもベルトーチカ君が可哀想だろうと助け船を出しつつも、当面のライバルに塩を送るつもりもないクワトロはありきたりではあるがね、と昔の恋人からのメッセージを評した。
「“Be my Valentine”ではあまり芸がないな。どうせなら、”Fairy tales can come true, Valentine. Be mine and we'll live happily ever after.”…こんなものでどうだ?」
クワトロが口にしたほぼ口説き文句の台詞を耳にした途端、アムロが眉を顰める。
「長いよ、しかも気障ったらしい上に甘ったるいね、俺としては却下だな」
「手厳しいな。それでは…”"If I know what love is, it is because of you, my Valentine.”」
耳元で囁かれ、思わずアムロは飛び上がりそうになった。
「分かった、分かったって!!合格でいいよ、それで」
「そうか?まだ後二十くらい聞いて欲しいフレーズがあるのだが」
「余所で言え!」
「言っていいのか?」
「今日に限り許可する、許可するから!!」
「Alas, alas, who's injur'd by my love?」
「いや、俺は困ってる!」
端から見るとじゃれているだけにしか見えない掛け合いを繰り返しながら、アムロはふと気がつくと、自分が笑わされていることに気付いた。ベルトーチカから盛大な花束を貰い受けて、子供のように焼き餅を妬いたりはしないだろうが、いい顔はしないだろうと少なからず不安に思っていたのに。
いつもそうだ、クワトロは、アムロの気分を解すことを第一に考えて、それで。
そこまで考えて、アムロはクワトロの服を引いた。金髪の男が、真面目に書類に落としていた視線を再びアムロに戻す。
「シャア」
「なんだね?」
「あの、…あなた、今から時間は?」
おずおずと聞かれて、君からの誘いは非常に珍しいし、とても嬉しいのだが、とクワトロは困った顔になる。
「今からブライト艦長と、支援者団体のお偉方と、ついでに整備班にも呼び出しをかけられていて、トリプルコンボさ。今日中に部屋に無事帰り着けるかどうかも怪しい有様だ」
この書類を見たら直ぐ出頭しないと、ブライトがそろそろ苛立って捜索隊を派遣する頃だ、と肩をすくめたクワトロに、そうか、とやや残念そうに言ったアムロが、すぐに、じゃあ明日の晩は?と聞いてくる。
「知れたこと…バレンタインデーじゃないか」
恋人が居る人間で、この日を空けない奴はいないさ、と軽やかに言いながら、その実その晩を空けるために相当無茶なシフトを組んでいるに違いない(何故って、アムロもそうだったので、容易に想像が付く)クワトロは苦労も疲労も微塵も感じさせない秀麗な笑顔で、楽しみにしているよ、と言うと、アムロの額に軽いキスを一つ落として立ち上がった。
そして翌日の朝、アムロ目が覚めると、部屋のデスクの上には真っ白い封筒と、アムロが好きな銘柄の酒のボトルが置いてあった。
封筒を取り上げると、差出人の名前はない。封の所に、”SWALK”とだけ書いてある。
開けると同じように真っ白なカードが入っていて、そこには一言だけ、”You're all I want.”と記してあり、署名を見ると、”your Valentine”となっていた。
「あなたの台詞だって芸なんかないよ、バカ」
悪態をつきながら、アムロは封筒を持ち上げて、今夜はこの酒とアムロからのプレゼントを持って、自分からあいつの部屋に行こうかなと計画を立てつつ、嬉しそうにそっと封筒にキスをしたのだった。
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