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15:そんなんじゃ足りない
「あんたさ」
ベッドに入る前に脱ぎ散らかしたシャツの袖に手を通していると、シーツの中で微睡んでいたはずの恋人から声を掛けられた。
「? 私が、どうかしたのか」
不思議に思って振り向くと、恋人は青い目を眇めるようにして、じっとこちらを眺めていた。その視線にどことなく居心地の悪いものを感じつつ、グラハムはシャツのボタンを留める。
「あんた、いつ会ってもそのスーツとシャツの組み合わせだよな。まさか、軍服とそれしか持ってねえなんてこと……」
言いかけたニールは、ネクタイを手にしながら僅かにぎこちなくなった恋人の動きにため息をついた。
「あるんだな」
「……考えるのが面倒でね」
ぼそりと呟かれた言葉には多少の照れも入って居るようだったが、金髪の男は確かに秀麗な見た目の割に、己の服装にはあまり関心を払っていないようだった。
どちらかと言えばトラッド系が好きそうには思えるが。そんなことを思いつつ、ニールがゆっくりと身体を起こす。
「あんた、今日も休みだって言ってたな」
「ああ、それが……」
折角の素晴らしい素材を持って居るのに、金髪碧眼の無駄遣いだ、とニールが呟く。
「買いに行くぞ、服。あんたになんか見立ててやりたくなった」
言うと、ニールは驚くグラハムを余所に、起き上がって脱ぎ捨てていたジーンズを拾い上げたのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
そこまでは、良かった。恋人達らしい休日の過ごし方だと言えなくもなかった。なのに、一体何がどうしてこうなった、とグラハム・エーカーは内心で冷や汗をかきつつ独りごちる。
「……ニール、これは私には無理だ」
さしもの剛胆なグラハムの声も、僅かに震えている。
「無理とか言うな、まあ着てみろって。絶対似合うから」
「断固拒否する!」
ニールが薦めてくる服は、色合い的にはアースカラーで大人しいように思うのだが、仕上がりが一体どうしてこうなった、と言わざるを得ないようなものばかりだ。
というか、ここのショップの雰囲気自体がそうだ。服を買うといえばエディー・バウアーの通信販売が精々のグラハムが今まで一度も足を向けたこともなければ、聞いたこともないようなブランドだった。
「やかましい、脱がすぞ!」
「やめたまえ!」
流石にグラハムの笑顔も引き攣るというものだ。さっきからニールに着てみろと言われているぴっちりとした革のパンツ、シルバーフォックスのファー、どれもこれもグラハムの普段の服装の趣味からはほど遠いものばかりだ。
グラハムは必死で抵抗を試みていた。この手のものを童顔の自分が着たりすればどんな悲劇が待っているかは想像に難くない。
「も、もう少し、大人しい服はないのかね、こう、鎖などついていないような……」
「は? あんたな、迷うな! 悩むな! 俺という正解だけを見ろ! フェロモンマイスター! って感じの癖に」
怪しげなキャッチコピーを口にしつつ迫ってくるニールからじりじり逃げながら、グラハムは首を横に振った。
「いや、それは正解とはかなりほど遠いと、私は思う!!」
もっと他に何かないのか、と言われてニールは首を傾げた。また、この恋人の方も嫌がらせではなく本気で薦めて来ているのが手に負えない。
「何だよ、何が気に入らない? 底抜けに優雅でクレイジーじゃねえか」
「いや君、それえは一体何に毒されているのかね! 私はもっとこう、大人しめの、敢えて言うならばチェック柄のシャツのような……」
必死の提案は、にこやかな笑顔の前に一蹴される。
「よう、あんた、そんなドメスティックなファッションで満足か?」
無論だ、とグラハムは答えたかったが、どうやら発言権はなかったらしい。
「俺は、……嫌だね」
即座にどこかで聞いたような台詞で自己完結されてしまった。世界の悪意が見えるよ、というのはこういうときに使えば良いのか。
ニールに連れてこられたショップの試着室で十分に尻込みするグラハムは、迫り来る伊達ワルの恐怖と戦っていたのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
その後、ソレスタルビーイングとの二度目の決戦を終えて、ミスター・ブシドーと呼ばれていた修羅の存在からグラハム・エーカーとしての自身を取り戻した金髪の男は、ずっと自分の事を心配してくれていたであろう恋人の元に帰り着いた。
「ただいま、ニール」
連邦軍の軍服姿のまま、自宅の玄関先で腕を広げると、涙を浮かべながら鳶色の髪の恋人が抱きついてきてくれる。
衝動のまま抱き締めると、温かな体温が心の奥まで染み入るような気がした。恋人の匂いを感じるのすら、久しぶりだった。
生きていることは連絡を入れてあったが、戦後処理その他に忙しく、帰ってくるまでには暫くの時間を要した為だろう、待ち疲れたニールの感情の防波堤は一気に崩壊してしまったようであった。
「ばっか、やろう……! やっと帰って来たか……!」
「すまなかった、ニール。一人にしてしまって」
この家を出て行くときには、もう二度と帰らないつもりだった。……生きろと、二個付きガンダムのパイロットの青年に言われるまでは。
感慨を抱きながらニールの身体を強く抱き締める。
「もう、君を置いてどこにも行かないと誓わせていただく」
「口ばっかり……態度で示せよな」
「そうだな」
そんな会話を抱き合ったまま交わし、口付けを交わしながら家のドアを潜ると、グラハムは軍服の襟元をくつろげながら言った。
「君を抱き締めていたいのは山々だが、激務続きで碌に風呂にも入っていない。……シャワーを浴びてくるから、何か着替えを用意して貰えるか」
ベッドに二人して潜り込むのは前提としても、流石に戦場の埃を洗い流してこざっぱりしてから恋人の身体を抱き締めたい。
言いながらクローゼットを開けると、中はものの見事に空っぽになっていた。一瞬硬直した後で、まだ大人しく腕の中に収まっている恋人の方に視線を向ける。
「……ニール、あの、私の服が、ないようなのだが」
言われて、犯行の唯一の容疑者である恋人は事も無げに笑顔を浮かべた。
「ああ、あんたが無事で帰ってくるって聞いたから、俺の嫌いな系統の服は捨てといた」
にこやかに微笑みながら言われて、グラハムの背中を冷や汗が伝う。俺の嫌いな系統、ということはグラハムの手持ちの私服ほぼ全て、ということだ。
まさか彼を置いて出て行ってしまったことで、そこまで怒らせていたのか。急激に反省を覚えつつ、グラハムは鳶色の髪の男に尋ねてみる。
「しかし、……これでは私の着るものが、な」
「十分だろ」
被せるように言われて、グラハムは止せばいいのに聞き返してしまう。
「十分とは、何が……」
「軍服と、あと精々寝間着でもありゃ、暮らすのには十分だろ。あんたまさか、この後で服着てられるとか、思っちゃいないよな?」
口唇と、喉元に触れてくる指先と熱を感じながら、グラハムは自分が完全に進退窮まっているのを感じる。ターゲット・ロックオン、という台詞が脳内を横切った。
「いや……、私はその、今帰って来た、ところで」
「俺さ、気付いたんだ。あんたは何も着てないのが一番好きだって」
俺のこと長いこと放置してたのを死ぬほど後悔させてやる、と期待に満ちたというよりは、明らかに肉食系捕食者の微笑みに告げられて、グラハムはなんとか、お手柔らかに、とだけ言葉を紡ぎ出した。
そういえば、そもそもこの恋人がただ従順に大人しく待っていてくれたこと自体がおかしいと思うべきだったのだ。
(私はこの後、一生彼に頭が上がるまい……)
ニールの真意がグラハムへのお仕置きだったのか、ただ単に趣味が合わない服を処分したかったのかの答えを聞くのは、まだ当分の間は無理なように思われた。
>>>END.
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