Wild Blue Yonder

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12:指先で脈打つ鼓動



 シャワーの最中に歌を歌っているようだと気付いたのは最近のことだった。

 二人で入っているときは大概相手に夢中なので歌など混ざり込む余裕はないが、一人の時はどうもなにやら上機嫌に歌っているのが微かに聞こえる。

 まあ、浴室で歌うと三倍上手に聞こえると言うし、ニールだって身に覚えがなくもないからそれがどうこう言う訳ではないが、気にならないと言ってしまえば嘘にはなる。

 あまりに気になったので、ニールは好奇心に任せて突入してみることにした。

 その頃、グラハムは髪の毛を洗い流しながら正に上機嫌に鼻歌を歌っていた。

「Off we go into the wild blue yonder……」

 その時、がちゃっと音がしてバスルームの扉が開く。歌の続きは当然のように引っ込んだ。

「なんだかご機嫌そうな歌だな」

 顔を覗かせたのは、鳶色の髪のパートナーだった。グラハムは丁度髪の毛を洗い終わった所で、男の名前を呼びながら振り返る。

「……ニール!」
「ソープ切れてただろ、もってきてやったぜ」

 ほい、とボディーソープのボトルを手渡され、グラハムはありがとうと言って受け取った。

 銘柄はニールが愛用している見慣れてきたものだった。ニールはこの手のソープ系は無臭のものが好きなので、特に拘りのないグラハムも合わせている。

 きつい香水やボディローション系の香りには気分が悪くなるというニールは、むしろグラハムの身体の匂いが勝つくらいの方を好むという理由もあった。

 抱き合っているとき、あんたのにおいがすると安心する、などという殺し文句を言われてしまえばグラハムに否やがあろう筈がない。

 で、とニールがソープのボトルを受け取ったグラハムの顔を覗き込む。てろりと濡れた黄金の髪から雫を滴らせながら、グラハムは首を傾げた。

「何か、まだあるのだろうか」
「うん、その歌は?」

 問われて、グラハムが視線を彷徨わせる。明らかに歌のことを聞かれるなどと思っていなかった体だ、というか歌っていた意識さえ怪しい。

「いや、……うん」

 僅かに口籠もったのは、自分が歌っていたものを思い出したからだった。

「空軍の……うたで……」

 流行歌など知りもせず、興味もなく、またクラシックなどを嗜む趣味もないグラハムが唯一歌えるのは無骨な軍歌か、猥雑なミリタリー・ケイデンス程度だった。どう考えてもニールに聞かせたら、歌詞だけで半眼で睨まれそうなものばかりだ。

 その事がグラハムを珍しく躊躇わせたのだが、ニールの方も珍しくグラハムの領域に踏み込んできた。

「そっか。や、あんたってどんな歌とか歌うんだろうって、気になってさ」

 なんだったら、聞かせてくれてもいいんだぜ、とにやにやしながらその場に居座るつもりらしいニールを、グラハムが趣味が悪いぞと睨む。

「わざわざ鼻歌を聴きたいなどという君の気が知れない」
「いいじゃん、愛しい人の事は何でも知りたくなるもんだろ?」

 その台詞を聞いた瞬間、君にだけは言われたくない、という言葉が危うく喉元まで出かかったが、グラハムはなんとかそれを堪えた。

「……私は寛大な男だからな、恋人が一つや二つ秘密を抱えていても気にはしないぞ」

 代わりにそう言い放ったが、ニールはどこ吹く風のようだった。

「あんたの声さ、いい声なんだよ。……もうちょっと歌ってくれたら、その気になっちまいそう」

 な、リサイタルやってくれよ、俺のために、と胸元に掌を押し当てながら言うと、指先に感じる鼓動が一気に早くなった。

「君の方は歌ってはくれないのかな?」

 服のまま、濡れるのも構わず抱き寄せられて、ニールはくすりと笑いながら濡れてしまった手でグラハムの手からソープのボトルを取り上げた。

「そっちの方は、あんた次第かな」

 早く歌って、と強請られて、グラハムの口唇がゆっくりと歌の続きを紡ぎ始める。

 ごとん、というボトルが床に落ちる音と同時に、ニールの口唇は引き寄せられるようにグラハムの歌に重なっていた。



 






>>>END.



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