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05:もっと妖しく誘ってよ
ニールは携帯端末を立ち上げたまま、凍り付いたように動かなかった。
「……正気か」
一言だけ小さな声で呻く。……何があったかというと、まずは生まれて初めて、同性の恋人が出来た。
まあ出会いから両想いに至るまでのごたごたは思い返すだけで頬が緩みそうになるので危険すぎるので割愛するが、まあ、何が言いたいかというと。
つきあい始めて、三ヶ月。
十代や子供の恋愛ならともかく、いい年をこいた大人としては、そろそろ身体の関係が欲しい頃合いである。
キスは当然の如く恋人同士のそれだし、キスからベッドインまでの一連の流れのその直前までは既に何度か到達している。
なんというか、同性とはいえ、惚れ抜いた相手とのことだ。その場の雰囲気に押し流された感じも若干あるが、とても気持ちよかった。
それはまあ、あるべきものがなかったり見慣れたような見慣れないようなものがついていたりしたけれど、もそもそとベッドの中や着衣越しや着たまま直に触れたりしていた今のところ気にはならなかった。
しかし、最後の一線を越えるとなると、そうそうは易しいことではなかったらしい。
数日後に、久しぶりの逢瀬の予定が入っていた。今回は数日間は一緒に過ごせる予定だ。
そろそろだな、と砂糖がかった思考で思い、何となく、しか知らなかった男同士の情事についての情報を仕入れようと携帯端末を立ち上げてみたのだが。
結果は「知らなきゃ良かった」である。こんな事なら相手のリードに任せてしまっておけば良かった。
突っ込む方がいいのか突っ込まれる方がいいのか、どうもまずそれを決めるところからのスタートのようである。
いやでもこれ多分、俺が突っ込まれそうだなぁ、という予感だけはしているが。
相手のあんなところに(以下略)して気持ちいいように(以下略)して、更に(以下略)(以下略)そして(以下略)。
最早ノリは発禁本もかくあるやという状態になってきた。
ニールが趣味の読書で培ってきたそこそこの想像力も途中で枯渇する、そこは広大すぎるフロンティア、未知の世界ワンダーランドである。
こうなったら、多少痛かろうが苦しかろうが、黙って横になって突っ込まれた方が色々精神的に楽かも知れない。
いやもうそうしよう、マグロでもいい、気持ちよかったらそれはそれで儲けものだし、グラハムは忠実な恋人だから、きっといろいろ頑張ってくれるはず、くれるはず……たぶん。
(だって俺、グラハムをあんあんいってよがらせる自信なんてねえぞ!?)
向こうは絶対演技なんかしてくれない。天地神明に賭けて公明正大この上ない男だ。
ということは、ニールがあの男を抱こうとするのなら、それ即ちニールの男としてのベッドの中での技量の如何が問われるわけだ。何だその大人の夜の実力テスト。
必死で頑張って、腕の中であの真っ直ぐ真実を見抜くようなエメラルドの瞳で、今どこか気持ちよかったのだろうか、みたいな顔できょとんとして見上げられたら死ねる。恥ずかしさで死ねる。
(俺はそんなことしない、演技でも気持ちいいって言ってやれるぞ、きっと、多分、……たぶん、うん、愛があれば)
だったらここは大人しく下を選ぶのが得策ではなかろうか。ダメだったらダメで、心の準備が、とかなんとか言って仕切り直せばいいだけのこと。
そんな見切り発車と共に、ニールは携帯端末で調べた知識を黒歴史としてマウンテンサイクルの向こうに放り投げることにした、のだが。
☆ ★ ☆ ★ ☆
それは、二人きりの夜の初めに、既に兆候としてあった。グラハムが妙に物言いたげなのだ。……ああ、やっぱり今夜なんだな、と思った。
そろそろベッドに入ろうという頃合いになって、グラハムは遂に意を決したらしく、切り出してきた。
「ニール、実は……男同士の性交について、その、私なりに調べたのだが」
あんたもか。ニールは心の中だけで声に出さずに絶叫した。
「無論、私は君とそういう関係になりたいと望んでいる。……しかし、さすがに、大変、そうだな」
グラハムがこの男にしては珍しいくらいに自信のなさそうな表情になってそう呟いた。
その瞬間、ニールの脳裏に敢えて言うならばニュータイプの共感のような白い光がぴきーんと閃く。ここは西暦で宇宙世紀ではないけれど、こういう場合の表現はどっちにしてもお約束だ。
あっ。この展開もしかして。
それは、スナイパーというかハンターというか、殆どもう本能のようなものだったのだと思う。グラハムの言葉を聞いた瞬間、ニールはしおらしく目を伏せ、困ったような顔をして頬を染め(今となっては、自分でも惚れ惚れするような演技だったと思う)、小さな声で呟いた。
「でも俺、……あんたになら、許してもいいぜ」
一瞬口唇を噛みしめて耐えるような仕草もついでに付け加えてみた。もうなりふり構っている場合ではない、今このとき、この瞬間に二人の未来が掛かっているのだ。きっと多分。
「ニー、……っ」
金髪の男が一瞬以上絶句したのは、絶対に感動からではないはずだ。
「だから、……いいぜ、抱いてくれて」
決定的な一言を口にすると、グラハムが言葉を失うのが分かった。明らかに動揺している。
しかし、ニールだってここは譲るわけにはいかないのだ。
無理です色々無理ですごめんなグラハム、でも俺あんたのこと信じてるから! 絶対俺のこと気持ちよくしてくれるって!
そんな期待を万感の思いに込めて自然潤んできた青い瞳で、長身を無理に縮めるようにして、屈み込んで上目遣いにグラハムのやや強張った顔を見上げる。
新緑の色の瞳が、困惑を湛えてこちらを見下ろしてくる。見つめ返すと、ふらりと揺れるのが分かった。
(いける、あと一押し……狙い撃つ!)
あざとい等とは百も承知、ここに自分の未来が掛かっているのだ。頼む絆されてくれ、グラハム、あんた不屈のフラッグ・ファイターだろうが!
「……誠心誠意、努力、させて、いただく」
暫く見つめ合った結果、グラハムが殆ど唸るように呟いて、かくりと項垂れた。
よっしゃ勝った! 心の中でガッツポーズをしつつ、ニールはぎゅっとグラハムの手を取って握りしめる。
「……優しく、してくれよな?」
囁くように言って、握った手を頬に当てて微笑むような不安なような微妙な表情を見せる。
なんかもう、きっと女の子がこうやって言う時って、不安なんじゃなくてプレッシャーかけるときに使うんだな、覚えておこう、という本音は成層圏の向こうに放り投げ。ニールはそっと顔を寄せて、僅かに強張るグラハムの頬に口唇を押し当ててやったのだった。
>>>END.
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