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03: 「おいで」とその目に導かれ
瞳の色が変わるんだ、と初めて気付いたのは、喧嘩の最中だった。
所謂ヘイゼル・アイとかカメレオン・アイと呼ばれるやつなのだろう、本やなにやで聞いたことはあったが、実は見るのは初めてだった。
あんまり劇的に変わったので、気付いた瞬間に好奇心に駆られて口論を止めて男の瞳にじっと見入ってしまい、君は本当に挑戦的な男だな、と苛立たしげに腕を掴んでベッドルームまで引きずられて、まあそのまま喧嘩がウヤムヤになってしまったことはいう間でもない。
それからちょくちょく、俺は男の瞳の色の変化に気をつけるようになった。流石に、気持ちが悪いと本人からはクレームが付くくらいに。
本人はヘイゼル・アイの自覚なんて、ちっとも無かったらしい。まあ、お綺麗でど派手な顔立ちの癖に、自分自身に興味がない性質らしいのは見ていれば知れる。
金髪碧眼、絵本の王子様でも今時ここまで整ったのはそうそう居ないというのに。
そして今現在、俺は男の家で、持ち帰りの仕事だと携帯端末に視線をやっている男の顔を、というか正確には重たそうな黄金の睫毛の奥をひたすら覗き込むという非生産的な作業の真っ最中だった。
「ニール、あまりじっと見られては居心地が悪い」
もぞりと動くのは本当に落ち着かないからだろう。俺は綺麗に微笑んでその主張を却下する。
「気にするなよ」
「なるとも」
ふうん、と呟き、俺はソファに座ってなにやら小難しそうな書類を読んでいた男の腿の上に向かい合わせに座り込み、携帯端末を取り上げる。
「……じゃ、俺の顔も見てていいぜ」
端末はソファの前に置いてあるローテーブルの上にわざとらしく閉じて置く。こっちに興味はありません、って印だ。
まあ、実際グラハムの仕事内容になんか興味は無い。知ったって、俺自身のマイナスにしかならないことくらい承知している。
ロミオとジュリエットってのは、とどのつまりそんなもんだ。
「何になるというのだね、それが」
言いながらも、金色混じりの翠の色がさっと澄んだように透明になっていったので、なんだよ嬉しいんじゃねえか、とすこし上機嫌になる。
なので、いい気分のまま金色に輝く髪の毛に指先を滑り込ませた。
「恋人同士の時間の過ごし方としては最高じゃねえか」
言うと、少しだけ不満そうに唇が尖る。無論、瞳の色は透き通っているままだが。
「見つめ合うだけで?」
「時間の経つのも忘れる、ってのがセオリーだろ、こら、悪戯禁止だ!」
服の合間に潜り込む不埒な手をぴしっと弾いてやると、悪戯がばれた子供のような顔をしている。
「見つめ合うとキスがしたくなる、そして愛しい君に触れたくなるのは道理だとは思わないのかい?」
そんな男の鼻先に子供にするようなキスをして、俺はそのまま耳元に唇を寄せる。
「……我慢弱いあんたがこのまま耐えられたら、今夜はうんとサービスしてやってもいいぜ?」
どうする、と不敵な笑みを浮かべながら聞くと、自称・我慢弱い男はほんの少しの間悩んで、視線を合わせてくる。
「卑怯だぞ、挑発してくるとは」
「どうとでも……受けて立つだろ?」
囁いてやると、不承不承そうな表情ながらこっくりと頷く。瞳の色はオールグリーンだ。実に優等生な奴だ。
(それはそれで、面白くねえよなあ)
煌めくグリーンの中に時折閃く黄金にも見える色彩がどんな感情を示しているのか気になって、少し上の空だったのだと思う。
あれだけ透き通ってエメラルドもかくやという色合いだった瞳が、徐々に色を濃くして中心の方から金色に変わっていく。
おーおー、分かりやすいね、と思った瞬間に名前を呼ばれた。
「ニール」
「なんだ?」
きょとんとすると、腰に回されている腕がだだっこをあやすように揺さぶられる。
「見ているだけだというのなら、せめて私のことだけを考えていろ」
「考えてるぜ? 今のあんたの事じゃなかっただけで」
茶化すように言ってやると、益々色が深くなって、金色の輝きは失せ、ヘイゼルの実のような明るい茶色を宿す。
「君は! 過去の私にまで嫉妬させようと、そう言うのか!」
「あんた、言ってること無茶苦茶だぜ」
笑いながら、俺は自分でもどうしようもない衝動に駆られてしまっていた。つまり、この瞳の色の最終変化が見てみたい。
「……なあ」
「うん?」
蕩けるような甘い声で囁いた後、俺はグラハムの顔を覗き込みながら、小さな声で囁いた。
「俺が一体いつのあんたのこと、考えてたのか……教えてやろうか?」
言いながら、瞳を合わせたまま、視線がこちらに集中しているのを確認したままで、手の平を上げて左手の中指をグラハムの口に当てて、そっと中に押し込んだ。
「……っ」
「ン、まだ、あの時ほどそそる顔じゃねぇなあ?」
言った瞬間、ぐいと腰が引き寄せられて、俺はソファの上に仰向けに押し倒される。
目を開けたまま笑い出すと、何が嬉しいのかね、ともの凄く低気圧な声が口付けと共に降ってきた。
「賭は無効だ、君は少々ルールを侵し過ぎたようだよ、ニール」
呟きながら服を捲り上げられても、俺は笑い出しそうな気分のままだった。
うん、つまりは俺は、俺と同じ色になったあんたの瞳が見てみたかっただけなんだ。……一瞬だったが、確かに青白い炎が瞳の奥に揺らめいて、グラハムが愛して止まないスカイブルーがその双眸に宿る。
殆ど捨て身だったが、その結果がどうなるかは、もう俺だって知ったこっちゃない。
肩口に、というか首筋に噛みついてくる勢いの男の頭を抱え込みながら、部屋は明るいままで頼むぜ、と俺はそれだけを注文につけたのだった。
>>>END.
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