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02:濡れた瞳は君のサイン
ーーーーーHAPPY BIRTHDAY, Neil Dylandy !!
(I think that I may find a faithful love, a faithful love.)
確かに、目というものは言葉ほど饒舌だと感じるときがある。ニールを見ていると余計に。
蕩けるように濡れた瞳は紛れもない情欲の存在を伝えてくるのに、絶対に自分からはこちらに近付いてこない。
今だってそう。ソファに並んで座っているけれど、膝の上に大きな本を抱えるニールの意識の殆どがこちらを向いているのが分かる。
(だって、出会った時に愛するのが私、愛されるのが君、というルールが暗黙のうちに決まってしまっている)
その事が既に息苦しくて仕方が無かったのだと今なら分かる。
ニールは根本的に愛情深い人間だ。与えられるだけでは徐々に満足できなくなって、自分でも与えたくなってくるのだろうということは容易に想像が付いたが、何故か彼はその事に対して躊躇いというか、罪悪感のようなものを持っているようにも感じられた。
二人きりがいい、というリクエストに応えてささやかな誕生日の夕食のテーブルを囲んだ後、デザートはリビングで、という流れになって、メッセージ付きのケーキとコーヒーの後、食後酒と一緒に渡した贈り物をずっと抱えて離さないのも。
グラハムからのプレゼントはどうやらニールのお守りのようだ。抱えている間は動けない。……寝室へは行けない。
本当はもうベッドに入ってしまいたいのだろう、と容易に想像は付くのに。
(今夜は、俺の方から)
してやるから、と言う代わりに万感の思いを込めて見つめてくる深い青色。くらりとする。
(君の瞳に溺れるのは容易だけれど、そう簡単では面白くないだろう?君だって、私だって。)
……こんな誕生日の贈り物だってあってもいい筈だ。
だから、ほんの少しだけ気づかないふりをする。焦れた瞳に籠もる熱が、真っ直ぐ直向きに自分だけに向けられる瞬間を。
「……おい、グラハム」
不機嫌そうな声が呼ぶが、態とらしく白々しい笑みで返す。
「どうした?」
ニールから口火を切れるように水を向けてやると、いや、とかなんとかもごもごした答えが返ってくる。
「その本は退屈かい?……進んでいないようだけれど」
手元にある本を示してやると、分かりやすく頬に血が上る。丁重に開かれているページが、暫く前から1ページも捲られていないのは先刻承知だ。
「いや、……そんなことは、ないぜ?」
ペーパーレスどころか、紙媒体自体が廃れて久しいこの時代に、旧式の革表紙の上製本だ。
本物の金箔が惜しみなく使われたボタニアカルアートのような表紙は、未だに輝きを失っていない。
本は、グラハムからの誕生日のプレゼントだった。ニールは、包みを開けた瞬間唖然としていたものだ。
まさかこう来るとは思って居なかったのだろう。
勿体ねえ、読むだけなのに、と口では言いながらも、完全に視線は表紙に釘付けだった。
中身は彼の故国の詩人のものだった。ポケットサイズのそれを大概荷物か服に忍ばせているのを知っていたので、ああ好きなのだろうなと常々思っていた。
ちなみに、ありとあらゆる伝手とコネを使って取り寄せた、正真正銘の初版本だ。
手袋をしたままの手で表面をそっと撫でて、微かにため息を吐いていたので、ニールも分かっているのだろうなと思った。
「こんなもの、持ち歩けねえだろ」
そもそも読むようなものでもないと言いたそうなニールに、グラハムは微笑みかける。
「では、置いておくといい。君の心が戻る場所に」
微かに赤く染まる目元、少しだけ眉が上がる。
「……まさか、ここだって言わせたいんじゃねえだろうな」
「聡い恋人は好ましいな」
短く言って、ニールが切り返してくる前にところで、とグラハムは続ける。
「読んではみないのかね?」
途端、ニールは困った顔になった。
「なんか、……勿体ねえだろ」
呟くニールは、既に黄ばんでしまっている中のページに直に触れて捲りたいという気持ちとずっと戦っているようだった。
もっと古い、それこそ蒐集家が珍重するような本なら、中も凝っているし色も付いているのに、とグラハムが古書を探していると聞いた人間からは言われたが、グラハムはこれが良かった。
この本でなければならなかった。
「そうかい? では、好きなだけ遊んでいたまえ。私ももう暫く自分の事をしていよう」
態とらしく言って微笑むと、ニールの眉間に皺が寄った。……そんな困った顔をしても駄目だ。
「どうした?」
「くっそ、意地が悪いよな、あんた、ときどき」
ニールはとうとう降参したように、撫で回していた本をそっと机の上に戻した。
「もう読書はいいのかね?」
「そうだな……」
最後に未練たっぷりに革表紙を一瞥した後、ニールは今度こそ真っ直ぐに青い視線をグラハムの方に向ける。
「なあ、グラハム、誰の目もない場所に連れて行ってくれないか」
「?」
生憎と、グラハムはニールほど引用は得意ではない。渡した詩集の一篇なのだろうが、咄嗟に反応できずに居ると、ニールがするりと首筋に腕を巻き付けて来る。
「……'Strike me, if I shriek.'」
耳元で囁かれ、これはとんだ詩人だ、とグラハムは苦笑した。
「それではお望みのままに」
「ああ、今日は俺がご主人様だからな、俺の言うことなんでも聞いて貰うかんな」
寝室に、と指示されて、抱き上げるようにして連れて行く。
ベッドの中に背中を沈めると、こちらに抱きついた身体が一瞬熱くなるのを感じた。……同時に、素っ気ない言葉が告げられる。
「……ところで、俺、今年は指輪が貰えるもんだと思ってたんだけど」
「指輪?」
普段手袋をしているニールが装身具の類いに興味があったとは意外だった、とグラハムが瞬きをすると、ニールは何故か益々赤くなって視線を逸らせる。
「いや、……いいけどさ!」
なんだよ、急に気障なことしやがって、どうしていいかわかんねえだろという文句に紛れて届けられた願いにグラハムが気付いたのは、間抜けなことに、翌朝左手の薬指にしっかり巻き付けられた、「Sold!!」とマジックで殴り書きされた絆創膏を見た瞬間だったのであった。
>>>END.
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