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―――God bless Us, Every One!
*:*:*:*
No more champagne
And the fireworks are through
Here we are, me and you
Feeling lost and feeling blue
It's the end of the party
And the morning seems so grey
So unlike yesterday
Now's the time for us to say...
Happy new year
*:*:*:*
Vol.1:【いちばんに】
アムロ・レイ連邦軍大尉をしてネオ・ジオンへと身を投じさせたその主たる最大の理由は、言うまでもなく現役ネオ・ジオン総帥であるシャア・アズナブルその人であった。
正攻法で誘ってもはねつけられるだけ、と分かっていたのかどうか、搦め手も搦め手、シャアがまず始めに落としに掛かったのは、連邦軍の中でも微妙な位置づけに常に配置されている、旧ホワイトベースのクルーの面々であった。
ブライト・ノア大佐の首を総帥自ら出向いて頭を下げるという形振り構わない方法で縦に振らせた時点で、シャアの足は嘗ての仇敵で、一度は轡を並べて戦った事もあるアムロ・レイ連邦大尉の元に向かっていた。
+*:*:*+
丁度、霙混じりの雪の降る、凍えるような寒い夜のことだった。
年末の休暇を貰ったものの行くあてもなく、帰る家族もないアムロは自宅のマンションに独りで帰り、入り口のエントランスを抜け、マンションのフロントに挨拶をして、中に入ろう…としたところで、応接のソファから立ち上がった人影に絶句して、硬直するはめになった。
「やあ、アムロ」
「あ、あ、あ、あ、…―――!!!」
「どうした?感激で言葉もでない?」
「あなた、なんでこんな所に居るんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜???!!!」
「なんで、とは酷いな、アムロ」
言いながら男が目深に被った帽子の下のサングラスを僅かにずらし、青い瞳を露出させる。変装とも言えない変装がまかり通ったのは、年の瀬の忙しない雰囲気の為か、外気の寒さに皆他人のことなど気にも留めていなかった所為か。
どちらにしても、先に相手から発せられる感覚でシャアだと悟っていたアムロは、慌てて相手の手を引いて人の居ない方へと引っ張り込む。
「聞くだろう、普通!あなた今、連邦軍が血眼になって探し回っている相手だぞ?!」
「しかし、私はもう、半年かそこらは確実に滞在しているがね。一度も逃げも隠れもしたことはないぞ?」
「そういう問題じゃないだろう?!」
「アムロ、君に会いに来た」
「だから、そういう問題じゃ……って、え?」
突然言われた言葉に、アムロが息を飲んで目を丸くする。
「会いに来たって」
「暫く厄介になる」
「お、おい、そんなこと、誰が決め…!」
「しかしね、君の所に行くと言って出てきてしまったのだよ、私は」
どこか楽しそうに言うと、シャアはぽんぽん、とアムロの肩を叩く。
「まぁ、とにかく家に入れてくれないか。こんな寒いロビーで年越しをする気か、君」
「あなたが突然現れたりしなきゃ、今頃部屋でぬくぬくテレビでも見てるよ!」
「そうか、では是非そうしよう」
「って、なんであなた着いてくること確定なんだよっ!!」
文句を言いながらも、目立つことは避けたかったアムロが慌ててシャアの袖を引っ張る。
「とにかく、分かったから俺の部屋に来いよ、じゃあ!…話はそれからな」
「ああ、君と飲もうと思ってワインを持ってきたんだ。新年に会わせて開けようじゃないか」
アムロの話など聞いていないように、シャアが手に提げていた紙袋を嬉しそうに見せる。
ちらりと見えたラベルに、アムロの心が僅かに動いた。
「うわ、ラフィット…」
「どうかな。好きだろう?」
「あなたに覚えさせられた所為で、高いワインしか飲めなくなって困ってるよ」
そこでやっと、アムロの方も笑顔を見せる。
「立ち話もなんだし、ワインが空くまで置いてやるよ。ほら、来い」
言いながら、電子施錠を解除するアムロに続いて入っていきながら、シャアが背後からアムロの耳元に囁く。
「とりあえず、今年いちばんのおめでとうは私に言わせてくれたまえ。一度、言ってみたかったんだ。君に」
「マジかよ……」
思わず天を仰ぎながらも、カウントダウンするんだろう、と金髪の男の手を引いて自宅までの僅かな距離を急ぐ赤味がかった鳶色の髪の青年の口元は、少しだけ微笑んでいた。
++++++++++++++++++++++
Vol.2:【今年こそ】
「アムロ・レイ大尉ですか?」
呼びかけられ、アムロは振り返った。
そこには、栗色の髪の美女が思い詰めた表情で佇んでいた。
「貴女は…」
「失礼、私はネオ・ジオンの戦術士官、ナナイ・ミゲルと申します」
此処ではなんですから、場所を移してお話しませんか、と言われ、アムロは有無を言わせぬ彼女の調子に戸惑いながら首を縦に振った。
+*:*:*+
「ええと、ナナイ・ミゲルさん、でしたっけ」
未だ正月休みの雰囲気を引きずる町中で一件のカフェに落ち着き、注文のコーヒーが手元に来てからアムロは切り出した。
「はい」
ナナイと名乗った女性が生真面目そうな表情で頷く。
「お話って言うのは、シャアに関する事なんですよね?」
アムロが『シャア』というところだけ声を潜めて聞いた。件の金髪の男は年末にいきなりアムロの家に押し掛けてきてからすっかり居着いてしまって、多分今頃は部屋の片付けでもしているだろうが。
ナナイも素直に頷く。その後で、徐に切り出した。
「もうご存じかもしれませんが、大佐はこの度ネオ・ジオンの総帥として就任なさることが決定いたしました」
「それは……」
「今年こそ、我々は真にスペースノイドの解放に向けて動き出すつもりです」
「―――…」
アムロは思わず息を飲んだ。それでは、シャアは遂に地球連邦を仮想敵国として組織の長となることを受け容れたというのか。エゥーゴでクワトロを名乗っていた頃は、あんなに組織の頂点に立つことを渋っていたあの男が。
アムロの内心を見透かしたように、ナナイが但し、と続ける。
「ご就任にあたって、大佐はひとつだけ条件を示されました。―――アムロ・レイ連邦大尉、あなたを組織に迎え入れることです」
「―――…俺?!」
あまりの事に、アムロが唖然として手にしていたコーヒーカップを取り落としそうになる。
「だ、だって俺が、なんで?!」
「そんなことは大佐にお聞き下さい」
ナナイが突き放したような物言いをしたので、アムロはふっと眉を顰めた。
「―――…でも、失礼ですが貴女は自分のことを歓迎していらっしゃらないようですね?」
「それは、もう大佐と一緒に来られることを決めた、ということですか?」
「いやいや」
問いかけたつもりが切り替えされ、アムロが手を振ってナナイの言葉を否定した。
「第一、自分はまだシャアからそんな誘いの言葉一つ聞いてさえいない。彼の本心がどこにあるかさえ知らないんですよ、そんな、急にネオ・ジオンへ行くかどうかなんて、考えたこともない」
「そうですか?貴方の同僚の、ブライト・ノア大佐はもう御決意なされたようですが」
「―――ブライトが?!」
思わずアムロは腰を浮かせた。ナナイが僅かに眉を吊り上げる。
「その様子では、本当にご存じないようですわね?」
「だって、そんな…あなた方よってたかって俺を担ごうとしているんじゃないですか?!」
でなければ、あの生真面目なブライトが連邦軍を裏切るなどということは考えられない。しかし、ナナイは首を振った。
「残念ながら、でしょうね、アムロ大尉におきましては。真実です。既に奥様とお子さまはホンコン・シティから脱出され、月のネオ・ジオン勢力の土地へと移られております」
「ミライさん達まで……」
自分が知らされていなかった、というショックで呆然とするアムロに、ナナイが続けた。
「ブライト大佐だけではありません。旧ホワイトベースの乗組員…コバヤシ夫人やお子様達、カイ・シデンと名乗っているジャーナリスト、全て大佐がお一人でネオ・ジオンへと口説き落として来られたようです」
そこで言葉を切り、そうえば、と続ける。
「私はニュータイプ研究所の所長も兼務しているのですが、先日大佐によってカミーユ・ビダンという青年とジュドー・アーシタという少年の二人のニュータイプが手伝いに、と寄越されましたが、そちらもアムロ大尉の旧知の方でいらっしゃいますわね」
「………」
アムロは既に呆然と言葉も出なかった。包囲網というか、アムロの既知の人間は、それでは全てシャアに取り込まれているということか。自分だけを残して。
「な、なんで、どうしてみんな、シャアに」
「それは大佐しかご存じないことです。全ての説得は大佐がお一人で出向かれましたので」
まじかよ、とアムロは低い声で悪態をついた。そういえば、再会したときにもう半年かそこら地球に滞在し続けていると言っていた。地球の重力をあんなにも厭うあの男が、何の目的での来訪なのかちらりとも聞いてみなかった自分にも嫌気が差す。なにを考えて居るんだ、あなたは。
「それでは、シャア・アズナブルは、自分をネオ・ジオンに勧誘するために地球へ来た、と」
ナナイがそうです、と頷く。
「就任にあたって、大佐は古くからのネオ・ジオン幹部と約束をなされたのです。アムロ・レイ大尉の説得には自分が行く、方法は一任して貰いたい、もしもアムロ・レイ大尉がネオ・ジオンへ来られる事が決まれば、大佐はご自分の思う方向にネオ・ジオンを導いて行くことが出来る、けれども失敗した場合―――…権限は全て、旧幹部の方々に預けたままでお飾りの総帥として甘んじる事を受け容れる」
「な、…!!」
それじゃ、賭じゃないか!アムロは腹の中で叫んだ。同時に、視線を上げてナナイの顔を睨む。
「それで、貴女は旧幹部の方々のご意向を受けて直々に俺の説得に来た訳ですか」
「いいえ、私は大佐の側近のつもりです」
案に相違してナナイは苦笑した。
「では、なぜ」
「大佐は、もしもご自分でお好きになされるとしたら、自ら戦場へ出向かれる方ですわ」
「それは組織のトップとしては奨励される行動なのでは?」
皮肉を込めてアムロが言い放つと、ナナイが首を振る。
「あの方は、死地であろうとご自分で赴かれるお方。幾ら大佐でも、あれではお命が幾つあっても足りません」
「しかし、シャア・アズナブルが戦場に出てきたら、相対するのは俺です。だったら、俺を味方にする方が得策なのではありませんか?」
「戦力だけならそうでしょう、しかし」
ナナイが冷めきった紅茶から視線を上げ、アムロを見つめ返す。
「あなた達が側にいれば、大佐はあなた方に捕らわれる」
「買いかぶりすぎですよ」
「いいえ、貴方の過小評価です、アムロ・レイ大尉」
きっとナナイの視線が鋭さを増した。舌鋒にも棘に似たものが混じる。
それで、アムロは―――ああ、この女性はシャアの事が好きなのか、と悟った。
「本当ならば、貴方を殺してしまいたい。けれど、大佐はそれを望みはしない。ですから、お願いです。ネオ・ジオンには参加しないで頂きたい」
言葉の毒に当てられたように、アムロが絶句した。
「ナナイ、ミゲ……」
しかし皆まで言わせず、ナナイが被せるように言い放つ。
「貴方が大佐を迷わせる。貴方が大佐を地球に縛り付ける。―――あの方の魂をも、」
そこで言葉を切り、ナナイは深々とアムロに向かって頭を下げた。
「お願いです。私個人の勝手な行動です、大佐にはお叱りを受けるかもしれません。けれど、どうか、どうか…―――ネオ・ジオンには来ないで頂きたい」
+*:*:*+
年を改めても気温は低くなる一方で、町中は幾分暖かいにも関わらず、霙混じりの雨が降り続いていた。
家に帰れば、あの金髪の男がお帰りアムロ、とか何とか言いながら何もなかった笑顔で青年のことを迎えてくれるだろう、いや、そろそろ夕食の時間だし、帰れコールがかかってくる頃かもしれない。しかし。
ナナイ・ミゲルが帰り際に注文した、冷めてしまった一杯目の代わりの置かれたテーブルの前、一人きりでアムロは呟く。
「あなたはなにをやっているんだ、シャア」
アムロは温くなってしまったコーヒーを前に、ぽつりと呟くしかなかった。
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Vol.3:【挨拶】
「貴方がアムロ・レイね」
呼び止められてアムロは振り返った。本当に今年は新年から良く他人に呼び止められる年だ、と内心思いながら。
それもこれも、現在未だ持ってアムロの家に居候中の金髪の男が全て元凶なのだが。そこまで思って、今朝方雑煮に入れる餅の事でシャアと喧嘩をしたアムロがまた思い出してむかっ腹を立てる。―――餅は焼くだろう、普通!なんだあの軟らかい餅は!大体、俺の実家は澄まし汁だったんだ、入れる餅は焼くだろう、ちょっと考えれば分かるだろう!なんだ、自分の家の雑煮が白味噌だからって嫌がらせしやがって!何でも好きなもの作るって言ったじゃないか、ありゃ嘘か!
「ちょっと、返事はないの?アムロ・レイじゃないの?」
そこで思考を中断するように呼びかけられ、一瞬以上違います、と言ってやろうかと思ったアムロだったが、相手を見ると未だ幼い少女だったので何とか自分を抑えた。
「そうだけど。君は?」
少女は二つに分けて括った髪の毛を揺らしながらにこりと微笑んだ。
「ん、あたしの名前はクェス・パラヤ」
「クェス…」
そのファミリーネームの方に聞き覚えがあったアムロがはたと顔を上げる。
「パラヤ議員の娘さんか?連邦の行方不明者リストで回ってきていた…!」
途端にクェスが鼻の頭に皺を寄せて顔を顰める。
「昔、ね。元、でもいいわ。もうあんな人、親子でもなんでもないんだから」
屈託無く少女が笑い、ふぅん、と言いながらアムロの顔を覗き込んだ。
「なんかさ、大佐があんまりアムロに執着しているから、あたし、腹を立てていたんだ。だけど、会ってそれもそうかな、って思っちゃった」
もう既にアムロ呼ばわりである。少女の天真爛漫ぶりに多少辟易しながらもアムロが改めて尋ねた。
「大佐、って、もしかしてシャアのことか?」
「そう、シャア・アズナブル。なんだ、やっぱり大佐は貴方の所にいるのね」
言いながらくるんとした大きな瞳で下から上目遣いにアムロの顔を覗き込む。
「ね、貴方は大佐の恋人?」
「はぁ?!」
アムロは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。全く、シャアの関係者というのはどうしてこう、どいつもこいつも突拍子もない人間ばかりなのだろう。類友とか言ってやるぞシャア・アズナブル、と内心でまた金髪の男の株を暴落させながら、アムロが慌てて首を振った。
「そ、そんなわけがないだろう?!第一、俺は男なんだけどっ?!」
「そぉ?」
クェスが首を傾げ、ぽん、と手を叩く。
「じゃ、言い方が悪かったのね。大佐の『運命』、これでどう?」
「……どっちにしてもご遠慮申し上げたい称号なんだが」
振り回されっぱなしのアムロががっくりと項垂れた。全く、シャアの関係者は以下略、と腹の中で三度毒突く。勿論、クェスは何処吹く風だ。そうかぁ、等と勝手に納得したように頷いている。
「今までずっと、大佐はアムロを手に入れることを最後の目標にしているのかと思ってた。でも違うんだね。大佐は、アムロが一緒に居て、やっと始まるんだよ」
なので、クェスに言われた言葉の意味がアムロには分からなかった。
「…始まる?」
首を捻っているアムロの腕を、クェスが取って子供のように引っ張った。
「ね、一緒にお出でよ。楽しいよ?みんな温かい人ばっかりで」
その仕草に苦笑しながらアムロが尋ねる。
「ナナイ・ミゲルと云う女性にはシャアに近づくな、と言われたが」
「ああ、ナナイ」
クェスが顔を顰めた。どうも、少女はあのナナイという女性は苦手にしているらしい。
―――もてすぎるのも罪だよな、シャア。
等と暢気なことを思っていると、クェスが軽く溜息をついて肩をすくめる。
「ナナイはバカだから、大事なこと見えてないのよ。あなたが居なきゃ、大佐は完成しないのに」
言いながら、ついと顔を上げる。アムロが他人のことをそんな風に言うものではないよ、とつい諭す口調になった。
「あたしだってアムロに会いに来るまでは、どんな人だろうって思ったわ。大佐を惑わせる人間なら許さないって。でも、貴方に会ってまだそんなことを言っているからバカだって言うの」
その後で、何処か悲しげな表情を浮かべる。
「大人って、みんなそう。言葉がないと分かり合えないって、不幸な事ね」
「ああ、でもクェス、それは相手の罪科ではないよ」
「そうかな?地球の引力の呪いだって、大佐は言っていたわ」
「シャアは地球に心を捕らわれ過ぎて居るんだ」
言った後、アムロは顔を伏せて表情を曇らせる。
「求めるものはもう、どこにもいないのに。俺とシャアの中にしか」
ふぅん、と言いながらクェスが話題を変えた。つい引っ張られて内心を吐露しそうになっていたアムロが聡い子だ、と少し微笑む。
「貴方の他にも、あたし、ニュータイプを見たわよ。カミーユもジュドーも、とってもいい人だった」
「あの二人は…純粋だからね」
アムロが笑う。カミーユの顔は確かにもう一度見たい気がした。持ち直したと聞いていたけれど、元気にやっているのだろうか?
「元気も元気、とっても元気」
またもアムロを見透かしたようにクェスが答える。
「会いにくれば良いじゃない。別に難しい事じゃないんでしょ?」
「難しいよ、大人にはね」
「ふぅん。大人って本当に不便で厭な生き物」
「それでも、大人になるしかないんだよ、人間は」
言いながら、何を説教臭いことを言っているのやら、とアムロも自分で自分が可笑しくなってきた。俺、これじゃまるで昔のブライトじゃないか。
クェスはアムロの言葉に一瞬顔を顰めたが、すぐに気を取り直したようにアムロの側に寄る。
「ね、アムロ。アムロの中に、大佐の居場所はないの?」
「は?なんで俺の中にシャアの居場所が必要なんだ?」
「だって、大佐の中にはいつでもちゃんと、アムロの為だけの場所があるのに」
「だからって、俺がシャアを受け容れる理由にはならないはずだ」
「アムロも、苦労しているのね」
「…は?」
「大人でいようって」
分かるわ、沢山あたしの中に入ってこようとするときは、あたしだってパンクしそうになるもの、制限したくなるわよね、と納得したように頷かれ、アムロが脱力した。どうも、このクェスという少女とは会話が成立しない。どこかの誰かさんのように、『これが若さか…』と呟きたくなる衝動と戦いながら、アムロが顔を上げた。
「とにかく、俺は君のことを捕まえたり連邦軍に引き渡したりはしない、けれど、あまり無闇やたらにあちこちでシャアの名前を連発するんじゃないぞ」
どうにかこうにかそれだけを言葉にすると、クェスははぁい、と悪戯っぽく微笑んだ。
「じゃ、安心して大佐を預けていいっていうことね」
「だから、なんでそうなるっ…!!」
「大佐をお願いね、アムロ」
にっこり笑ってぽんぽんと肩を叩いてだめ押しされ、アムロはあのなぁ、と呻いて頭を抱えた。最近の若い女の子の考えていることはさっぱり分からない…。
―――自宅に帰ったら、シャアの奴をとっ捕まえてどこでこんな若い女の子誑かしたのかとっちめてやらなくちゃ。
殆ど逆恨みのようなことを考えているそんなアムロを置き去りに、じゃああたし帰るね、とクェスが手を振って踵を返した。その後、何か思いだしたようにそうだそうだ、とアムロを振り返る。
「あ、でもね、最終的に大佐を手に入れるのはあたしだからー!それだけは覚えておいてね!」
「なんだよ、それは!」
「アムロを手に入れて、完全になった大佐をあたしが手に入れるの。良い計画だと思わない?」
それを聞いて、思わずアムロは笑いだしてしまった。
「打算的だな」
アムロの言葉に、クェスが当たり前じゃない、と微笑む。
「そうよ。女の子はいつだって計画的で欲深いものなの」
++++++++++++++++++++++
Vol.4:【年賀】
ブライト・ノアが年始の休暇から帰ってきたのは、アムロの仕事始めの数日後のことであった。
休暇は久しぶりに家族水入らずで過ごしてきたと屈託無く笑うブライトに、別に変わった様子は見られない。
それでも、アムロは胸の内の一抹の不安を拭いきれずに、ブライトが一人になった隙を捕まえた。
「な、ブライト。ちょっと話があるんだけど」
「なんだ?アムロ」
「人目のある所じゃ、ちょっと…」
その言葉に、ブライトも何となくピンと来たようだった。
「今行く、俺の部屋で待っていろ」
「分かった」
軽く返事をしてブライトの部屋に行って勝手知ったる室内のソファに腰を下ろしていると、五分ほど遅れてブライトがやってきた。
部屋に入ってアムロの顔を見るなり、ブライトは単刀直入に切り出す。
「―――…シャアのことか」
「そう」
取り繕っても仕方がないのでアムロもそのまま頷いた。
「一緒に行くって決めたって本当なのか」
尋ねると、ブライトはやや躊躇ったような表情を浮かべたが、すぐに「そうだ」と頷いた。
なので、アムロもブライトの躊躇いは行くかどうかを迷ってのことではなく、アムロ相手に認めて良いものかどうかの揺らぎであった事を知る。
想像以上に固そうな決意を前にして、アムロが困惑したような声をあげた。
「何故だ?ブライト」
「言葉の通りだ。―――一度くらいは俺だって、自分が理があると思った方の陣営で戦ってみたい」
「ミライさんは納得しているのか」
「ミライは、俺の好きにしろといつでも言ってくれているよ」
言いながら、多少照れ臭そうに微笑む。
「寧ろ、決断が遅い、と叱られたがな」
いざ本当だ、という真実を突きつけられ、アムロがはぁ、と息を吐いて両手の平の中に顔を埋めた。
「全く、なにが起こってるんだ?俺の知らないところで」
「知らないわけがないだろう」
ブライトが眉を顰めた。
「シャアは、俺の所に来た後次はお前の所に行くような事を言っていたぞ」
「……来たのは、来た」
渋々ながらアムロが認める。ブライトが黒目がちの小さな目を見開いた。
「俺は、お前はもうてっきりシャアに勧誘されているものだと思っていたが」
「うーん、どうなんだろう」
「なんだ、その相談じゃ、なかったのか」
ほう、とブライトが息をついた。どうも、彼はアムロがシャアにネオ・ジオンに誘われたことを相談に来たと思っていたらしい。
アムロとしては、そちらも気になるところではあるのだが。
もう幾日も一緒にいるのに、シャアの口からは一向にネオ・ジオンの単語は出てこない。ただ、アムロの家の居候として楽しそうに家政婦まがいの仕事をしているだけだ。時々、気晴らしといいながら出かけて本を買ったり服を買ったりしてくる事はあるが、それもごく短い時間で、後はひたすらアムロの家に居着いてしまっている。アムロの仕事が始まっても、気にする様子もない。まぁ、家に帰ると食事もあるし、洗濯も掃除もシャアがやってくれているので、アムロとしては特に差し障りも無いのだが。
逆にシャアの側近と思しいネオ・ジオンの人間達が入れ替わり立ち替わりやって来て、アムロに来いと言ったり来るなと言ったり、シャアよりも周囲の方が余程かまびすしい。
アムロも何故か問い詰める気にもなれなくて、そのままにしているのだが。
シャアの方からも、全くアムロを同志に、とかそう言った野心や下心のようなギラギラしたものは窺えなくて。
何となく、中途半端で生煮えで…アムロは、ジリジリと焦れて来ても居た。
こんなに生殺しの状態で放っておかれて、アムロには決定打もないまま迷う時間だけが続いていく。
思わず爪を噛みたい思いを抱え、アムロは上官でもあり、戦友でもある男を見つめる。
「ブライトは」
「うん?」
「ブライトは、どうしてシャアと…?」
何処か思い詰めたような表情で聞いてくるアムロに、ブライトが苦笑した。
「まぁ、思うところがあったからあちらに行くことを同意したんだが」
「聞いてもいいか、その―――理由」
「なに、お前からしたらつまらんことかもしれないが」
ブライトが一言言い置き、続ける。
「平和が欲しいんだ」
「そんなの」
連邦でも同じじゃないか、と続けようとしたアムロを、ブライトが制する。
「そんな、大それた恒久の平和じゃなくて、束の間の平和が」
「―――?」
ブライトの言うことが咄嗟に理解できなくて、アムロが首を傾げた。
「シャアは、アースノイドとスペースノイドの共存の方向性の一つを指し示す、と言っていた」
「ああ、地球に住む人類を完全に宇宙に移民させて、無理矢理適応させようっていうのだろ」
アムロが苦い顔をする。
「そんなことしたって、ニュータイプになんてなれやしないのに」
「違う、ニュータイプになることが目標ではないんだ。少なくとも、俺は」
「…どういうこと?」
視線で促すと、ブライトが続けた。
「今のままでは、数多の不穏分子を広大な宇宙に抱えた連邦から、小競り合いの消える事はそうそうないだろう。ジオンの残党だけでも、どの位居ると思っている?力業で抑え付けても、結局は違う勢力がまた、沸き上がってくる」
「ああ、それはそうだな」
「連邦軍内部だって、今でもいいとこバラバラだ。尤もだよ、今、地球にも宇宙にも、核となるような存在がないんだから」
言って、ブライトは軽く息を吐き、つかえが取れたように雄弁になる。
「英雄を欲している時代に、シャアの存在の占める割合は大きい。彼が望むなら、地球連邦の大統領の地位も得られる可能性はある。現にカイは、そうしたいようだったが」
「ああ、そんな話は聞いたな」
「生粋のスペースノイド初の連邦要人、しかもシャアはバカじゃない。…どういうことだか、分かるか」
「いや?…分からない」
「シャア自身が抑制力になるんだ。お互いの間の争いの」
最も、最大の火種でもあるが、とブライトは苦笑して補足する。アムロが唖然としながら口を開けた。
「でも、でも―――、そんなの、シャアが生きている間しか通用しないじゃないか!」
「それでいい。シャアになにかあるまでに、次の方法を考えればいい」
「そんな、その場凌ぎな!」
「アムロ、その場凌ぎでいいんだ」
ブライトが顔を上げ、エースパイロットの怒りに些か紅潮した顔を見つめる。
ふと、そういえばブライトはシャアとさほど年齢が変わらないのだ、ということをアムロは思いだした。
「たいして長い平和じゃなくていい。けれど、一定の期間戦争がないということは、本当に大きな事だと思うんだ」
「ブライト」
「俺は、ハサウェイとチェーミンが成人して、結婚して。―――その位の平和でもいい。創り出したいんだ」
その程度が俺のキャパシティの限界だよ、とブライトが小さく微笑む。
「それでも、宇宙を平和にすることはできる」
「欺瞞だ!」
「ああ、欺瞞かもしれない。だからお前はお前の信じる道を行けばいい。シャアが間違っていると感じるならば、立ちはだかればいい。お前にだけはそれが許されている」
「なんだよ、その言い方!」
カッとしてアムロが叫んだ。
「それじゃあ俺は、裁きの天使か?俺が正しいと認めれば、シャアの行いは正しいのか?!違うだろう!」
「落ち着け、誰もお前にそんなことを求めてはいないんだから」
「落ち着いていられるか!自由だ平和だニュータイプだ連邦だネオ・ジオンだシャアだって、もう沢山だ!よってたかって、俺を…俺をなにか素晴らしいもののように縛り付けて!」
がりがりと収まりの悪い鳶色の髪の毛を掻きむしる。
「本当は俺が一番、自由に好きなようにしたいんだよ、畜生!!」
思わず叫んでしまって、アムロは不意に言葉を止めた。
「…俺、今なんて言った?」
「アムロ」
ブライトが不器用な青年に苦笑する。アムロは本当に困惑したように、動揺してブライトを見ている。
長年の付き合いの上司でもあり親友でもある男は、アムロに一枚の名刺を差し出した。
「セイラの所へ行ってみろ」
名刺を受け取りながら、アムロが震える声で呟く。
「セイラ…さん?」
「なにか分かることがあるかもしれない。俺の所に来る前に、シャアはセイラの所に行っていたようだから」
セイラから兄が行きます、よしなに、という連絡を貰ったんだからな、俺は、と言うブライトに、アムロはただ、頷くしかなかった。
苦い思いを胸に抱えたままで。
++++++++++++++++++++++
Vol.5:【夜明け】
「待っていたわ、アムロ」
「お久しぶりです、セイラさん」
ブライトの所を出てその日の勤務を終えると、アムロはシャアに暫く帰れないとだけ連絡を入れ、その足でブライトに教わったセイラの住所へ急いだ。
未だ地球で独り暮らすセイラの元にアムロが着いたのは、翌々日の夜明け前のこと。
広大なマス家所有の屋敷の前で、アムロは訪問して良い時間帯かどうか迷いながらも、聞いていたアドレスに連絡を入れた。―――応答はすんなりと行われ、アムロは時期に門内に迎え入れられる。
セイラはアムロの来訪を予期していたようで、微笑みながら出迎えてくれる。
ガラスで温室のように囲われたテラスに通され、アムロはセイラの暮らす屋敷の豪奢さに目を剥いた。視線に気付いたセイラがほろ苦く笑う。
「息が詰まってしまわないかしら?」
「いえ」
シャイアン基地で同じように有閑な生活を余儀なくされていたアムロが苦笑めいた微笑みを浮かべる。
シャアとは立場が違うが、この女性もまた、鳥籠の中で生きていくことを余儀なくされている一人なのだ。
セイラが白磁のティーポットから香り高い紅茶を注ぎ、アムロの前に置いた。
兄妹揃って紅茶党なんだな、と思いながらアムロが手を伸ばしたとき、絶妙のタイミングでセイラが口を開いた。
「ブライトから連絡があったの。大体の事情は聞いていてよ。―――兄のことね?」
「はい」
「今回ばかりは兄も形振り構わないほど、本気のようね。カイからも聞いたわ」
「カイさんからも」
オウム返しに言いながら、カイがまだセイラと連絡を取っていたことにアムロは少し驚く。
「アムロは、ブライト以外と殆ど連絡を取らないでしょう?」
見越したように言いながら、セイラが苦笑した。
「もっとも私の所には、兄からはメッセージが届いただけだけれど」
「…メッセージ?」
「それが、兄らしいの。『逃げろ』とそう、言うのよ?」
言うと、セイラはお茶請けにと出したケーキを勧める。
「バカにして、とは思わなくて?私はもう、自分がどうしたいかくらい自分で決められるのに、兄の中では私はいつまで経っても『可愛いアルテイシア』。認めたくなくて、ずっと私の所には姿を見せない癖に、ね」
肩をすくめながら一気にそれだけを言い切ったセイラに、アムロがはぁ、と曖昧な相づちを打った。考えなくてもアムロにさえ分かる。他のホワイトベースのクルーを口説き落としに行ったシャアも、血を分けた妹のことは今回も特別扱いしたのだ。―――係累が及ぶ前にどこかへ逃げろ、と。セイラはそうは言わなかったが、あの男のことだ、メッセージとやらには方法も資金も手段も手配してあったに違いない。
「だけれど、…ね、アムロ」
言いながら、セイラが顔を上げた。
「これは、私と兄の間の話。―――あなたの話は、違うのではなくて?」
水を向けられ、アムロは頷く。
「実は、この年末から、シャア・アズナブルはずっと俺の所に居座って居るんです」
「なんとなく知ってはいたわ、ブライトの所に行ったら次はアムロだ、と言っていたもの」
セイラが微笑む。アムロは笑い事じゃありません、とかつて淡い思慕の念を抱いても居た姉代わりの女性に向かって少年のように唇を尖らせた。
「それで、来て居着いたのはいいですけど、だからって俺を同士になれとか誘う訳じゃないし、毎日楽しそうに部屋で遊んでるだけで、いや、俺も家事はして貰ってるんですけど、なんか…周囲だけが騒いでいる感じで、気持ち悪いっていうか」
それを聞いて、金髪の女性が首を傾げる。
シャアよりやや色素の薄い、プラチナブロンドと薄氷の輝きの瞳に、アムロは何処か懐かしい温かさと共に見惚れた。
「何も、言わないのね」
「ええ。―――なのに、俺を連れて帰らないと、シャアはネオ・ジオンの実権を幹部連中に渡す約束をしているそうです」
お手上げだ、分からない、と首を振るアムロを暫し見つめていたセイラが、やがて表情を緩める。
「そうね、馬鹿馬鹿しいもの。―――勧誘などしないでしょうね」
「セイラさん?!」
シャアの妹の、突拍子もない台詞にアムロが目を白黒させた。
この兄妹、外見ではなく、本当は中身も絶対に似ている。
そんなアムロの思惑を余所に、セイラがだって、考えれば分かるのではなくて、と続けた。
「一ヶ月も、あんなに兄が執着していたアムロの所で過ごす自由時間を貰ったのよ?」
「ええ、俺を口説き落とす為ですけどね」
「そのことに関しては…兄はアムロ以上にあなたのことを分かっていてよ」
「…は?俺はシャアが黙っているからって考えを変えたりなんかしないですよ」
「違うわ。でも、ね、アムロ―――兄が今まで自分だけのために使える自由な時間を貰った事なんて、あったのかしら?」
「……え?」
思いがけないセイラの言葉に、アムロがふと動きを止める。
アムロの前に置かれた皿の、半分に減ったケーキの断面を見つめながら、セイラがどこか切なげに呟いた。
「兄にとっては多分、人生で最初で最後の自分の為だけの時間だもの。勿体なくてそんなことには使えなくてよ」
「セイラさん」
「アムロ、その時間を、ただあなたと過ごすために使った、という兄の気持ちを分かれとは言わない。でも……」
そこまでで、セイラは言葉を切り、深々と頭を下げる。
「これは、セイラ・マスではなく、アルテイシア・ソム・ダイクンとしてのお願い。―――兄を、よろしくね」
アムロが暫く呆然としたまま、狡いやセイラさん、と小さく呟いた。
「貴女までシャアの味方だなんて」
「だって、私は」
そこで、セイラは初めてにっこりと、華のように微笑む。
「私は彼の妹ですもの」
アムロに勝ち目はなくてよ、と言いながら勧められる紅茶のお代わりを、苦笑しながらアムロは貰うことにした。
+*:*:*+
「ただいま」
声を掛けて自宅のドアを開ける習慣は、ついこの間からのことだ。奥からお帰り、と出てきた男に、アムロが土産代わりのこれだけは今でも地球産の方が人気のある、チーズの袋を押し付ける。
「お土産。年末のワインは残ってないんだっけ」
「私が持ってきたのは君と抜いたが、あの後買い足したものは残っているはずだが」
袋の口を開けて物色し、おや、君チーズの趣味も良くなったなと嬉しそうに言いながらシャアがアムロを奥に促す。
「さっき電話をくれたから、夕食の支度はしておいた。これはデザートにしよう」
「うん。あ、そのモンドーロ俺のだから。シャアはそっちのミモレットと、ブリーと……」
「一番美味しそうなの持って行く気か、君?!」
「なんだよ、美味いじゃん、ミモレット。俺好きだよ」
「もしかして君、結構癖のあるチーズが好きなのか?」
「山羊のはあんまり好きじゃないけどね」
「………田舎風のパンを買ってきておけば良かったな」
「黒パンとドライフルーツなら買ってきたよ。蜂蜜あったっけ?」
「でかした、君にしては気が利く」
一通り軽い言い合いをしながら、ダイニングも兼ねたキッチンに入っていく。
「着替えてきたまえ、すぐに用意するから」
「ああ、うん」
ふと、『何処に行ってきたかとも聞かないんだな』と言ってやろうと思ったが、シャアのことだ、なんとなく見当くらいは着けているのかもしれない。―――饒舌な癖に、もどかしいくらい自分のことは語らない男だから。
思いながら、アムロは自室へと姿を消した。
+*:*:*+
「今日は冷え込むから、ポトフを作ったよ」
「あ、俺ジャガイモ多め!」
「分かっている」
ことりと小さな音を立てて、湯気の立つ皿が前に置かれた。どうぞ、と促され、アムロはいただきます、とすぐにカトラリーを手に取る。
「あなたさ、結構家庭的だよな」
「嫁の来手がなかったもので、必要に駆られてね」
「選り取り見取りだったんじゃないのか?『赤い彗星』ともあろう人が」
「言っておくが、私が一回結婚する間に君だったら二回は出来ているんじゃないのか、安定した連邦軍人の『白い悪魔』殿」
すかさず切り替えされ、アムロが妙に真剣に違いない、と頷く。
「俺ってどこが駄目なのかな」
「駄目も何も、そもそも結婚に向いていないんだろう?」
「……なーんか、あなたにだけは言われたくない」
「お互い様、と言っておこうか」
陰険漫才の後、アムロが先に溜息をつく。
「結局は、女はきゃあきゃあ言う割に、最後はしっかりブライトみたいな男を選ぶんだよな」
「結婚前の火遊びの相手に選んで頂いただけでも重畳、と言うものだよ。女性は男より余程合理的で打算的さ」
「…つまり?」
「君や私は『将来性がない』んだよ」
「……どーせ飼い殺し名誉職ですよ〜」
ははは、と乾いた笑いを浮かべるアムロに、シャアが何気なく続けた。
「けれど、それでもそんな地球連邦に君は籍を起き続けている」
さっ、とアムロの体に緊張が走った。―――来た、と本能が告げる。
「そうだな、居心地は悪くない。少なくとも、カネは貰えるね」
あえて軽口を装って言うと、シャアは更に言葉を重ねた。
「本心とは思えないがな。君は、口で何を言おうと、いつも何処か不満そうだ」
「そんなの、あなたに分かるのか?」
挑戦的に視線を睨み付けるように送ると、シャアがしらりと微笑む。
「私どころか、誰にでも。―――君を連れだしてくれとフラウ・コバヤシに言われたりもしたが…」
そこで言葉を切り、夕食が冷めてしまうぞ、アムロ、と話題を変えた。
逃げ腰の姿勢を感じ取ったアムロが慌てたように追いすがる。
「なんだって?フラウに?」
「ああ。…だけど、―――まぁ、良いじゃないか。食卓の話題じゃない」
「今更TPOを言っても仕方がないだろう!なんて言ったんだ?俺をネオ・ジオンに連れて帰れと、まさかそう言いでもしたのか?」
「アムロ―――…」
シャアが窘めるような声を出した。
「本当に、言うほどのことじゃないんだ。説得に行ったときに、君がいつまでも燻っているようなら、尻を叩いて宇宙へ連れだしてくれと、そう頼まれた」
「フラウ…―――」
「幼馴染みなの、だろう?人妻とはいえ、妬けることだ」
「未亡人だぜ?」
意味ありげに微笑んでも、シャアはそうだな、と軽くいなすだけだった。その後で、さらりともう一つ爆弾を落とす。
「なんにしても、私は明後日には出ていくのだし。君をこれ以上困らせはしない」
―――――青天の霹靂。アムロが唖然として口を開けた。
「なん、だって?」
「うちのお偉方と約束をしていてね、明後日にはその期限が来る。帰らないといけないのだよ」
そして、シャアはどこか晴れ晴れと微笑んだ。
「楽しかったな。―――長い休暇だったが…あっと言う間だな」
ちょっとまてちょっとまてちょっとまて、とアムロが口の中で繰り返す。
青年は軽いパニックに陥っていた。
もう、帰るって?シャアが?ネオ・ジオンに?自分に来いとも言わずに?
「って、あなた、ここに何しに来たんだよ!」
アムロのその叫び声に、不思議そうにシャアが首を傾げる。
「初めに言ったじゃないか。『会いに来た』と」
「いや、いやいや、会いに来たって、でも、その目的は?!」
「会いに来ることが目的ではいけないのか?」
「や、悪かないけど、そこに普通は何か……!」
そこまで言いかけたところで、すかさずシャアが「ネオ・ジオンに一緒に来い、とか?」と意地悪く聞いてくる。アムロがそうだ、とばかりに大きく頷いた。
「そうそう、それそれ!それ言わずに帰るのか?」
「…言って欲しかったのか?」
「いや、言って欲しかった訳じゃ」
「だったら良いじゃないか。お代わりは?」
「あ、頼む」
すっかりシャアのペースで空になった皿を差しだしたアムロが、その後でだからそうじゃないって!と台所に立つ男に食ってかかる。
シャアが流石に苦笑混じりの微笑みを浮かべた。
「そうだな、初めは確かに君を口説くために来たような気もしたのだが、もうそんなことはどうでも良くなっているのだよ」
「どうでもいいって」
ぽかんとするアムロに、言っておくが君がどうでもいいということじゃない、誤解するな、とシャアが釘を差しながら言葉を紡ぐ。
「だって、君は…君という精神は、誰にも強制されることも縛られることもない。私が少々策を弄したところで、来たいときは私の元に来るだろうし、来たくなければ何があっても決して来ることはないだろう」
「…俺はそんなに自由でご大層な人間じゃない」
「君が知らないだけだ」
シャアはアムロの反論を一刀両断し、だからだね、と続ける。
「一ヶ月間、虚しく君の説得に費やして何になるというのだ?馬鹿馬鹿しい。私はね、アムロ」
にこりと、邪気のない子供のような笑顔を浮かべる金髪の男。
「私は、生まれて初めて、『自分の為の時間』を貰ったのだよ。この後の人生全てと引き替えても、惜しくはない。―――実に楽しかった。ただ生きていく、ということは」
「シャア」
「どうせなら、共に在るのは君がいいと決めていたから、―――」
そこで言葉をまた、切ってしまう。なんで最後まで言わないんだ、とアムロが焦れたように掌を握り締めた。
「おい、シャア。―――想い出だけを糧にして、この後傀儡の人生を送ろうっていうのか?」
詳しいな、とシャアが苦笑した。
「君の所に、誰か行ったか?大方、ナナイかクェスかジュドーか…ギュネイはここまで来る度胸はないだろうから、カミーユか?」
「半分だけ、当たり」
素直に認め、アムロがシャアの青い双眸を睨む。
「俺にはあんたに審判なんか下せないよ」
ふ、とシャアが微笑んだ。
「知っている」
「なら、選べなんて言うな。俺に、そんなでっかい負い目負わせる気か?」
「負い目などと。私が勝手に選んだ道だ。君には関係ない」
「周りはそう思っちゃくれない」
「―――…まぁ、そうだな」
「あなたが出てきたら、対峙するのは俺。―――たとえ、独りでも」
シャアは何も言わず、小さく微笑んだ。まるで、微笑むこと以外を忘れたように。
「迷惑をかける」
「本当だ」
大袈裟な溜息をつき、アムロは顔を上げた。
「俺はそんなの、嫌だからな」
「…?」
「俺だけ悪者みたいに、あなたを追い詰めただの誑かしただの道を踏み外させただの、まるで人が原因みたいにさ」
「仕方があるまい。因縁の相手とはそういうものだ。それまで否定しないでくれないか」
しかし、アムロは即座にそれを切って捨てた。
「いいや、否定してやる」
「アムロ」―――流石に、シャアが些か硬い声を出す。
がたり、とアムロが椅子から立ち上がり、シャアの真正面に回り込む。
「俺は、ネオ・ジオンに行く。―――あなたと一緒に」
思いがけない言葉に、シャアが瞳を驚愕で極限まで見開く。
「アムロ」
肩の荷が降りたように、アムロの体から力が抜けた。
「あなたの為じゃない、俺の為だ。なんで、わざわざ意地つっぱらかってまでしんどい思いして、あなたと戦わなきゃならない?」
言いながら、ふぅ、と大きく息を吐く。
「そんなのは、ゴメンだ」
「だったら、私がもし、道を踏み外したら?」
「甘えんな。知るかそんなん。誰かに止めてもらえよ。連邦には俺以外にもゴマンと将兵がいるんだから」
「アムロ、しかし…」
言いかけるのを、片手で制する。―――そのまま、不意に儚げな微笑を口元に浮かべた。
「一晩眠ると、また不安になりそうだから…夜が明ける前に、このまま連れてってよ」
言った後、冗談めかしてデザートはあなたの船で食べようか、と続けた。
「あなたのワインコレクション、楽しみだな」
「いや、それは…しかし」
焦ったようにまだ何か言葉を探しているシャアに向かって、あなたの妹に不肖の兄を頼まれたからね、とは言わず、アムロはただ微笑んで続ける。
「来年の正月には、俺の方からあなたに一番に言ってやるよ、おめでとう、ってな」
―――ネオ・ジオン士官『アムロ・レイ』誕生の瞬間、だった。
伝説は、ここから始まる。
*:*:*:*
Happy new year
Happy new year
May we all have a vision now and then
Of a world where every neighbour is a friend
Happy new year
Happy new year
May we all have our hopes, our will to try
If we don't we might as well lay down and die
You and i
*:*:*:*
Vol.Extra:【キス】
「シャア、用意できた?」
コンコン、という軽いノックと同時に総帥執務室のドアを開けたアムロは、その瞬間に僅かに体を硬直させて立ち止まった。
「―――やぁ、アムロ。君が呼びに来てくれたのかい?」
「ナナイさん以下、走り回っているもんで、一番暇な人間が来たんだよ。しかし、相変わらず詐欺みたいに男前だよね、あなた」
「詐欺とはなんだね」
最後に白い手袋をはめながらシャアが苦笑する。ネオ・ジオン総帥の華麗なまでに豪奢な深紅の礼装は、金髪碧眼の秀麗な美貌を誇るこの男に似合ってはいる…のだが。
目が眩むほどの様子の良い美形に、思わず蹌踉めきそうになってしまった面食いのアムロが、あえて憮然とした表情を作る。
「詐欺は詐欺だろう。総帥業なんて大してやりたくもない癖に」
「しかし、それが約束なのだ、仕方があるまい」
苦笑して、それにやりたい人間が居るからと言って易々とさせるわけにもいかない職業だからな、と肩をすくめた。
「私以上に上手にやれる人間が居たら、喜んで交代するとも」
「ま、祈るんだな」
揶揄するように締めくくり、男の首元の留め金がひとつ外れているのを目敏く発見したアムロが側に寄る。
「ほら、言わなんこっちゃない、外れてるぞ」
言って指を伸ばして留め金をかけてやりながら、ふとアムロの勘はどことなく浮かれ華やいだ男の思念を感じ取った。
「―――なんだ、随分嬉しそうじゃないか」
「嬉しくない訳があるかね?なんとか新しい年を迎えられそうで、私は特に変わったこともなく五体満足で、そして此処には君が居る」
望むべくものを全て手に入れて喜ばしくない男があるかい、と訊かれ、アムロが首を振った。
「俺は別にあなたのために此処に居るんじゃない、納得ずくだけどね」
「知っている。それもまた喜ばしい事じゃないか」
「?」
シャアがアムロの身に纏ったネオ・ジオンの軍装の襟の階級章を直してやりながら囁いた。
「君が、私のためではなく、他ならぬ君自身の為に私の側を選んだ、と―――…自惚れではなく自負して良いのならば」
その言葉に、アムロが僅かに頬を染める。
「口も達者だな、相変わらず。俺相手じゃなく、一般市民相手に弄せよ、そういうのは」
「君一人喜ばせることが出来なくて、どうしてネオ・ジオン市民を喜ばせることができる?」
「出来るだろ。…ああもう、いつか出会う恋人の為に取って置けよ、そういうのは」
アムロの言葉に深い意味はなかった。ただ、照れ臭いことを言の葉に乗せ続ける男が余りに面映ゆくて―――しかし。
「…―――――」
シャアが、何か言いかけて珍しく口を噤んだ。
「そうだな。そうさせて貰うことにする」
簡潔に言い切られた代名詞過多の言葉の意味が、アムロには咄嗟に理解しかねたが、ただ感覚でシャアが気落ちしたことだけを敏感に感じ取り、顔を上げた。
「どうした?」
「いや。―――別に?」
にこりと、あくまで綺麗にシャアが微笑む。見ようによっては完璧な仮面のその下に押し込められたものを、しかしアムロは見過ごすことが出来なかった。
「別に、じゃないだろう。さっきまで楽しそうだったのに」
「本当になんでもない。新年スピーチの前で、流石に緊張してきたのだよ」
白々しい嘘に、アムロが眉を顰めた。
市民相手のスピーチ程度でこの男がこんなにナーバスになるなどあり得ない。明らかに、アムロは何かを言ったのだ。
「おい、シャア」
「アムロ、私を呼びに来たんじゃなかったのか?」
被せるように言われ、刻刻と減ってゆく短い時間の中でアムロは焦れた。
本心を隠すことが得手で、他人に期待をしない男だ。けれど。
―――あなたが同じように幸せじゃなくちゃ俺達は納得しないって、何度言えば。
我慢するのが上手な鉄面皮をどう剥がしてやろうかと思案したところで、アムロはふと己の言葉を反芻した。
『いつか出会う恋人の為に取って置けよ、そういうのは』
まさか。―――琥珀の瞳が大きく見開かれる。
「行くぞ、アムロ。時間なのだろう?スピーチが終わったらお互い部署の人間達に捕まりそうだから、次にゆっくり話せるのはもう、来年だな」
よいお年を、とさらりと言い、離れていこうとする男の赤い服の裾を、アムロの指が捉えた。
「―――アムロ?」
アムロはまだ、躊躇していた。
お互いの気持ちにはなんとなく気付いていた。つられたのだと言い繕ってもごねてみせても、アムロの本心が何処にあるのか、ということだけは疑いようのない事実だ。
背中を押すものこそ無かったし、いつの間にか男と同じ位置まで押し上げられている自分の心に戸惑ったこともあったが、それでも渋々ながら認めざるを得ないくらい大きくなっていたそれは―――…
「シャア、俺達、今年限りで友達止めよう」
「???―――突然何を言い出すのだね?」
その言葉の意味が、シャアにはさっぱり掴めなかったようだった。それはそうだろう。今までの会話の流れからすれば、誤解しろと言っているようなものだ。見る見る曇っていくシャアの表情にそうじゃない、と言葉足らずを詫びながら、アムロがつっかえつっかえ続けた。
「えっと、だから、その―――…次に会うのは来年だし」
「?」
さっぱり分からない、という表情のシャアの為に、それでもこの言葉を此処で言うか言わないかでネオ・ジオン市民へのスピーチの加減が全く違うんだから、と自分に対する言い訳めいた理屈をつけながら、アムロが顔を伏せ、耳まで深紅に染め上げながら言い切った。
「来年からは、恋人ってことで、ひとつ―――――…」
言った瞬間、伸びてきた腕に手を取られて引き寄せられ、アムロは思わず顔を上げた。
「?!」
「了解した」
隠すものもなく晒した深青の双眸に満面に喜色を湛えた男が短く言い、アムロの背中に手を回してハグをすると、耳元で軽いキスの音がした。焦ったようにアムロが男の胸を押し返そうとする。
「おいっ、ちょ…!!」
「来年も君が幸せでありますように。―――最後の友人のキスだ、アムロ」
一息で言い切るとさっと青年の体を離し、にっこりと微笑む。
「来年初めて会ったときには、恋人のキスが出来るものと期待している」
「やかましい、また再来年、とか言うぞ」
どうにかこうにかそれだけ憎まれ口を叩くと、アムロは了承の代わりに急げ、早く、とシャアを急かすことで答えたのだった。