|
**********
寝ているとき、無意識に時々自分の右側に腕を伸ばして探るのは癖のようなものだった。
地球に降りてきてからこっち身に着いた習慣ではあるのだが、腕を伸ばしてそこに温かくて血の通った物体、いや固まりがあることを確認しないと安眠できない。ライナスの毛布じゃあるまいし、子供か私は、と思うのだが。
多分、そんな、幼心に大好きな毛布を抱きかかえて眠った頃のような―――実際の所、私にはそんな経験はなかったので想像に過ぎないのだが―――そんな安らぎとも安息とも言える感情を、瞳を閉じて眠りの翼に身を委ねるときに抱くこと自体が初めてだったからなのだろう。
けれども、今はもう。
夜に眠るときに、いっそ明日という日など明けなくても良い等と願うこともない。
今では共に在って恋人とも半身とも呼べる相手だけが、自分にとってただ一つの小さな真実で、そして莫迦な男はこの蒼い水の星全てを破壊する寸前でやっと、自らの望みが、正に自分にとどめを差そうとしている因縁めいた相手ただ一人をもって完結する掌に収まる程の小さなありふれたものであったことに気付いたのだ。
今更遅いか、と諦めたのだ、一度。けれども、どんな運命の女神の僥倖か、男は結局、今此処に在る。
世界を無くし、代わりに腕の中で同じように眠っている青年一人を手に入れて。
この相手だって、今までの人生を築き上げてきた絆ごと全てばっさりと切り落とし、手放してまでこの小さな世界で共に在る事を是としてくれたのだ。残してきたものの中には、断ち切りがたいものや忘れがたいもの、愛しいものもあっただろうに。
もしも君を愛することさえ間違っていたら、神はまた私から君を取り上げるのだろうか?
それでも、その時にはもう、この命を差し出してもその運命と差し替えようと密かに決めているが。欲しかったものが与えられたものだなんて、話が上手く出来過ぎている気がしてならない。最近は完全に幸福すぎて、そんな心配ばかりしている。
夏の間は流石に少し相手が隙間を欲しがった眠るときの位置関係も秋を半ばを過ぎる頃には息苦しいほど密なものになり、冬の間はほぼずっと寄り添ったまま過ごして、そうして。―――また、春が巡ってきた。
君と私が、この世界から消えてしまった日も、また。
人の心の光を全てのかなしい人に見せたいと思った君が、私にもその光を分け与えて消えてしまったあの日。確かに満たされた筈の私という男も消滅し、この世の何処からも君と私は居なくなってしまった。
後に残ったのは、ただの男が二人だけ。
笑ったり怒ったり泣いたり傷ついたり愛し合ったりしながら生きている私達が居るだけだ。
先週、漸く心待ちにしていた花が咲く光景を目にしたので、盛りももう直かと楽しみにしていたのに今日は、一年前の私が祟ったかのような低気圧の天気予報で、機嫌を損ねた私は花の代わりに彼を共に昨夜はさっさと不貞寝を決め込んだのだ。
案の定朝になっても寒気は続いており、大体地球に5thルナなんて落とした莫迦は何処の何奴だとぼやいてあんたが言うなと彼に思い切り良く背中から蹴られ、本格的に機嫌が下向きになってきた私はもう起きようという青年に起きるなら一人で起きれば良いだろうと言い放って背中を向けた。
「子供みたいだぞ」
「子供なんだ。生憎去年生まれ変わったばかりなのでね」
「幾ら赤が好きだったからって、還暦にはまだ時間がなかったか?」
「そういう嫌味は好きじゃない」
ごそごそと布団の奧に潜り込んで未だ残る熱を追うと、もしかしてまだ身体が本調子じゃないのか、と気遣われた。確かに、大怪我を負って生死の境を彷徨った躰は完調とは言えない日もあるが。
「『春眠曉を覚えず』と言うだろう」
「……曉どころか、世間じゃ夜は明けてる時間だぞ?」
寝たまま焦点を暈かした返事をすると、呆れたような声が降ってくる。
「やけに絡むな。私が寝たら襲うんじゃないのか?」
「あなたじゃあるまいし、誰が」
寝ろ!春眠より深く!いっそ永眠でもよし!と喚く声を心地よく聞きながら、私は密やかに笑い続け、気付いた青年にからかっているだろうともっと怒られても未だ、止まらずに笑い続けた。
次は拳骨が飛んでくるかもしれないが、構うものか。
あの刻に君から分けて貰った光は、未だ私の胸の内に消えずに輝き続けている。
空翔る白き流れ星を掌に受け止めたあの日から。
**********
+++END
|