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※世界はSRW設定です。
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目を覚ますと、そこにいる男は、「シャア・アズナブル」でも「クワトロ・バジーナ」でも「キャスバル・レム・ダイクン」でもない、只の「シャア」。
なかなか目覚めない長い金色の睫に少し見惚れながら肩に手をかけると、とろとろとコバルトブルーの瞳が開く。
男の寝起きは、颯爽とした外見に反して余り良くない。低血圧なんじゃないかと思うくらい。
一時期は同衾した女と朝を迎えない事で有名な色男の浮き名を流しまくっていたが、きっとこれが原因に違いない。
そういう風に考えると一瞬むっとしたが、逆に史上初めて自分だけが独占しているのだ、と己に言い聞かせる。
雲かかった青い水の星のような、くすんだ蒼は、未だはっきりとした光を湛えていない。
もうそろそろ起きろよ、と声をかけると、甘い低い声は上手く発声できないようで、掠れた響きが、伸ばした腕と共に名前を呼ぶ。
「―――…ア、」
ぞくっと、背筋に震えが走った。
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「心理テスト?」
何となくミーティングを兼ねて集まっていた食堂で、トレイに食物を満載させたままコウ・ウラキが首を傾げた。
「そう、ちょっとやんねぇ?」
ジュドー・アーシタが目をきらきらさせながら話題を一段落させた面々に言い放つ。
「くだらないよ。」
とぼそっと呟いたカミーユ・ビダンには、机の下で綺麗な蹴りを食らわせながら。
「どっからそういうの思いつくんだかねぇ。」
アムロが苦笑しながら手つかずだった簡易食のパックを開ける。同時に、手を伸ばして隣の少年の肩を叩いた。
「…逃げちゃ駄目だからね、ヒイロ。」
「……。」
黒いタンクトップの少年は、有無を言わせないプレッシャーに負けて浮かせかけた腰を下ろした。
集まっているのはガンダムチームの面々で、気安さも手伝ってか、混ざっているこの艦の事実上の艦長であるブライト・ノアも苦笑するだけで何も言わない。
ジュドーは、ぐるっと周辺を見渡すと、徐に尋ねた。
「えーとね、自分が一番人に見せたくない表情だよな、と思うのはどんな顔?」
面々は一瞬考え込んだが、幾人かは反射的に返事を返す。
「アレだよな、真剣に怒ってる時の顔って、後からすると間抜けだよな。」
とデュオ・マクスウェルが苦笑すれば、隣でカトル・ラバーバ・ウィナーも
「そうですよね、それに、泣いているところも嫌ですよ。」
と続ける。その背中をどん、とドモンが叩いた。
「男が泣くなよ!そりゃ、弱って落ち込んでいるところは嫌だな、最も、俺にそんなことはないけどな!」
と高笑いする。冷めた目で彼等を見ていたヒイロは、フンと鼻を鳴らしただけで何も答えなかった。
そのやりとりに苦笑していたシャアにも、じゃあクワトロ大尉は?とお鉢が回ってくる。
シャアも一瞬言葉に詰まった。最も、三倍速の男らしく、答えは淀みなかったが。
「ふむ、…悩んでいる所は、人に覗かれるのは余りぞっとしないな。」
あー、なるほどねぇ、などと言う声が一通り聞こえ、他にも笑顔だの果てはアノときの顔だの言いたい放題言い合った挙げ句、矛先は一人にこにこと状況を見守っていたエースパイロットに飛んだ。
「アムロさんはどうなんです?」
「俺?」
アムロは簡易食の最後の一口を口に放り込み、コーヒーのパックで流し込むと、ふむむ、と暫く考え込んだ。
そうだなぁ、と唇に指を当て、視線をたっぷり一分ほど泳がせた後、徐に答えを口にする。
「寝起きの顔、かなぁ。」
「…マジですか?」
ジュドーが実に嬉しそうににやりと笑った。
ほぼ全員の答えが出揃った所で、先ほどから告げたくてうずうずしていた答えを発表する。
「じゃじゃーん、今答えてくれたそれはズバリ!『恋人の一番色っぽいと思っている表情』です!」
ええー、とあちこちで声が上がる。シロー・アマダなど、何を言ったのやら青ざめている。
ぽん、とその肩を同情するようにウッソが叩いていたが、気安めにもならないようだ。
ブライトはそういえば用事が、とかなんとか言いながら立ち上がってしまう。
悩んでいるところ、などと言ってしまったのがバツが悪いのか、シャアもそういえば艦長、次の作戦だが…とか何とか口の中でもごもご言いながら後を追って部屋から出ていった。
そんな悲喜こもごもな男達の中で。
アムロも愕然と自分の解答を反芻した。勿論、シャアが気にしている彼の解答の方など意識の端にも留めてはいない。
寝起き、の。それがつまり、アムロにとっての。
―――『恋人の一番色っぽいと思っている表情』。
ぼんっ、と爆発音さえ立てそうな勢いでアムロの顔が赤くなる。とてもじゃないけれど人には言えないだろう、朝の情景なんかを思い浮かべたりなんしたりして。
うーわー、と音に出さずに唇だけで呟いてみる。この間の朝なんか、余りにあいつが艶っぽかったから、思わずもう一回その気になってお互い寝坊してえらいことになった、などとどんどん思考には余計なオプションが雪だるま増加していく。
くっそ、これが狙いだったなジュドー、と思っても今更のこと。
ニュータイプの勘など余所にしても目敏いジュドーが、我が意を得たり、とばかりにアムロに攻撃を仕掛けてきた。
「アムロさ〜ん。」
「…なに。」
思い切り不機嫌そうに言ってやっても堪える様子はない。むしろ楽しそうにジュドーは食い下がってきた。
「アムロさん、恋人の寝起きがそそるんですか?いやー、なかなか色っぽいですよねぇ!」
「…ジュドー、黙れ。」
睨み付けるように言っても効果はない。
アムロの恋人が先程出ていったジオン公国亡国の皇太子兼元・ジオン軍大佐兼エゥーゴの大尉兼ネオジオン総帥などというなかなかややこしい立場の金髪の青年であることはいつの間にやらすっかり周知の事実になっていて、(アムロは言い触らした覚えはないのに、といつも不思議がるのだが、シャアの執拗なまでの執着とアムロから時折出る桜色の幸せプレッシャーが揃えば何をか況わんや、というところである。)すっかり若いパイロット達の冷やかしの対象になっている。
別に艦内恋愛禁止というわけではないのだが、皆それぞれ恋人や家族を国元に残して来ている人間も多いので、肩身が狭いと言えば狭い。(シャアは全く気にしていないが。)
そんなこんなで余り強く出られないアムロに向かって、ジュドーは更に追い打ちをかける。
「やっぱりアレですか、ジオンの赤い彗星は寝起きも三倍速なんですか?」
「…黙れというのに…。」
アムロの声が一段と低くなる。
「起き抜けからしゃきしゃきしてそうですよね、クワトロ大尉。アムロさん、目が醒めたら彼が見つめていていや〜んみたいな感じですか?すげぇなぁ、赤い彗星。見てみたいなぁ。」
「………。」
ジュドーはこの前の時点くらいで気付くべきだった。
アムロの背後当たりでシーブック・アノーが真っ青な顔で手を振って制止のサインを送っているのを。さり気なくカミーユやヒイロ、カトルといった触らぬ神にナントヤラ系の人間達が潮が退くように戦略的撤退を始めているのを。
しかし、気付かないまま道化は踊る。
いっそドスが効いたと表現しても良いくらいの声音でアムロが呟いた事にも。
「見たい、だって?」
「ええ、見たいです。」
ぴくん、とアムロの眉毛が吊り上がった。
俗説に男の嫉妬は女の五十倍と表現されるが、シャアのアムロへのちょっとライトストーカーの入ったしつこい執着的愛情表現のお陰で普段目立たないだけで、実はアムロも相当に嫉妬深い。
しかも、焼き餅妬きなだけではなく根に持つタイプだから、シャアの十倍タチも悪い。
と、いうことを心得ているカミーユは、呆れた顔で安全地帯から黒鹿毛の髪の色の少年を眺める。
「知らないぞ、ジュドーの奴…。」
「アムロさんの怖さを知らないにも程があるよな。」
同じく避難民のシローに耳打ちされ、全くだ、と深く頷いた。
「クワトロ大尉に絡むのと訳が違うよな。大尉は大人気ない所はあるけど、やっぱり大人だけど…。」
「アムロさんは子供っぽく見えて、マジ子供だからなぁ…。」
カミーユがぽん、と手を叩く。
「上手いこと言うね、シロー。」
「カミーユこそよく見てるよな。」
「別に好きこのんでよく見たくなんてないんだけど、嫌でも人生クロスしちゃったからなぁ…。」
聞きようによってもよらなくてもかなり失礼な会話を繰り広げる外野を余所に、アムロがにっこりと微笑んだ。
「そんなに見たいか?ジュドー?」
「へ?」
流石にこの返しは予想していなかったジュドーが目を見開く。じゃあ見せてやるから代わってくれよとか言われたら力一杯拒否だよな、等と身構えた彼に、アムロは更に想像を絶する言葉を続けた。
「そうだよなぁ、たまーには惚気るのもいいよな、惚気るのも、うんうん。」
「ア…アムロさん?」
ここへ来て、やっとジュドーも虎の尻尾を踏んづけた事に気がついたらしい。
背中に流れる冷や汗を意識するジュドーに、アムロは更に満開の(しかし周囲を固まらせるには十分な)微笑みで言い放つ。
「まぁそう言わずに聞いて行けよ、惚気。」
嫌です、という間もなかった。
瞬間、濃厚にとろけた密度と質量のプレッシャーが一同を襲う。
ニュータイプは瞬時に赤くなって突っ伏し、そうでなくても薄ぼんやりと頭の中に形作られたイメージに絶句する。
―――散った、柔らかな金色の髪。光を弾いて、波打って輝く。
―――霞んだ蒼の眼差し。地球みたいな、深さと優しさ。
―――掠れた、声の響き。呼ばれる名前。
―――脊髄の、一番根本の部分がぞくぞくと反応する。
部屋の隅で、刺激が強すぎたらしい五飛が逆上せたようにひっくり返った。ニュータイプの上に感受性の強いカミーユなど、真っ赤になって机に突っ伏してしまっている。
言葉などより遙かに雄弁な極甘のイメージに、皆がこの超弩級の惚気に対してコメントするより早く。
「〜〜っ、アムロっ!!!」
遠くで敏感に同じ感覚を感じたらしい金髪の男が、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。胸ぐらを掴みかからないばかりの赤い服の男に、アムロがしゃあしゃあと声をかける。
「おや、シャア。早かったね。」
「早かったね、ではないっ!!きき、君はなにを…!!」
口をぱくぱくさせる珍しく取り乱した様子のシャアに頓着した様子もなく、アムロが全ての状況を一言で説明する。
「ん、惚気。」
「惚気なものか、こんなものがっ!!」
特大のプレッシャーを辺り周辺一帯に撒き散らしておいて、よくも言える!とシャアが盛大に怒鳴り返した。
「うるさいなぁ、耳元で怒鳴らないでよ、鼓膜おかしくなっちゃうじゃないか。」
ほんとにもう、と顔を顰めるアムロにほんとうにもう、と言いたいのはこっちだ!とやり返したい気分を抑え、シャアが深く溜息をついた。アムロ相手に本気で怒れないのは惚れた弱み、という奴だ。
「まぁ、いい。君が気に入ってくれているのなら不本意だがプライベートの一つや二つ、切り売りしよう……。」
アムロがくるりと目を回して戯けてみせる。
「すっごい妥協だね、あなたにしては。心配しなくてもこれ以上は制限かけて見られなくなってるから安心して。」
シャアが苦笑混じりの微笑みを浮かべた。
「見えてたまるか、と言ってもいいかね?」
「僕じゃないから。」
さらりと言い放つアムロに向かって、いつの間にやら抗議が口説きに換わっているのはもう流石としか言いようがないシャアがその顎に手を当てて顔を上向かせる。
「独占したい、とは思ってもくれないのか?」
「独占?」
けらけらと笑いながら、アムロが腕を伸ばしてスクリーングラスを外し、青い瞳を露出させる。そしてその蒼を上目遣いに覗き込むようにしながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……今これ以上、俺以外のひとになんか分け与えられるものがあるの、あなたに?」
シャアが目元を緩める。
「見栄もプライドも捨てて正直に言わせて貰うと、そんな余裕はこれっぱかりもないな。」
「当たり前だろ?そうじゃなきゃ許さないよ。」
満足げに満開の笑顔で言ってのけると、スクリーングラスを持ったままの腕をゆるゆるとシャアの腰に回す。
「…そうだよ、俺はあなたの寝起きの顔に酷くそそられてね?人前で寝るなよ、扇情的過ぎるから。うっかり会議中に居眠りとかしないように頼むよ。」
「肝に銘じよう。」
シャアの返答に満足したのか、それとも日頃の鬱憤を思う存分発散させてすっきりしたのか、アムロは彼にしては珍しい機嫌の良さで背伸びをし、シャアの口元に軽いキスをした。
「…じゃ俺、νガンダムの整備し残したところがあるから。」
「ああ、また後で、な。」
にっこり笑ってシャアの胸元にスクリーングラスを差し込んでやると、上機嫌で手を振ってアムロは部屋を後にした。
彼個人の性格からするとあり得ないくらい柔らかな視線でそれを見送って、シャアが肩をすくめる。
「…やれやれ全く、大人なんだか子供なんだか分からんな。」
その後で、きっと鋭い視線でちびっ子一同(と、ブライトやシャア達は影で彼等を呼んでいる)を振り返る。
「で、誰だね、アムロに身の程知らずな質問をした宇宙一の莫迦者は。」
ソドムとゴモラの例えでは無いにせよ、目の前で繰り広げられていた有る意味非常に見るに耐えない男同士の熱い光景に塩の柱と化していた一同が、のろのろと指を上げて、一人を指さす。
シャアがアムロから取り返したスクリーングラスをかけ直しながら、ニヤリと笑った。
「ふむ、ジュドー・アーシタか。そんなに寝起きの私が見たければ、今夜から私の部屋にでも下宿してくれて構わないが?」
ぶんぶんぶん!とジュドーが大きく首を振る。
「構います、思いっきり。」
「すまないが君の相手は出来そうにないが、部屋の隅の方で邪魔にならないように壁と同化していてくれれば構わんさ。」
「いや、そういうことじゃなく。」
「そうだな、よくよく考えたら私も君に夜のアムロを見られるのは気が進まないな。」
「人の話、聞いてくだ…。」
「それとも、見せつけられたいのか?」
にっこりと微笑む、色眼鏡の向こうの瞳はちっとも笑っていない。
虎が去ったと思ったら今度はライオンの口の前に飛び出しました、という状況だ。
「……勘弁してください…………。」
何とか答えたジュドーの声はもう泣き声になっていたらしい。
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かくしてその後数日間に渡って艦内に漂い続けたアムロ発の濃厚なラブラブプレッシャーフィルターに当てられたのかそうではないのか、男前度五割り増しに見えたらしいクワトロ大尉への女性達(男性も)の人気が一時爆発的に急上して、アムロは別の意味で落ち着かない日々を過ごし。
カップル部屋ご招待を辛くも逃げ切ったジュドーは、もう二度と艦内に心理テストは持ち込まなかったという。
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END.
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