紅い花
-L'amour-





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恋は小鳥のように
馴らそうったって馴れないわ
無駄に終わるわ、呼んだって
いやよと言ったらいやなのよ
おどしや、すかしも聞きはしない
あちらが喋ればこちらは黙る
こちらの方に気があって
言いはしないが好きになる

恋は根っからボヘミアン
法もなければ掟もない
好かれなくても好いてやる
私が好いたらご用心!



*:*:*:*




「本日はリクエストは聞かないぞ、アムロ。」

 そう言ってシャアは微笑んだ。アムロがいつにない強引な様子に目をぱちくりさせる。

 折しも地球は満月で、中空には綺麗にぽっかりと大きな月が浮かんでいる夜だった。


*:*:*:*



 ピアノを置いているリビングのフローリングで大きめのクッションを敷いてごろごろしていたアムロが、言い放ってピアノの方に歩いていく男の背中を見送る。
 さっきまで月見と称して二人で飲んでいたのだ、アムロの身体には程良く酒精が回っている。シャアはアムロよりは格段に酒に強いのでこんなワインなんかでは酔いはしないだろうが、それでも雰囲気や…相手に酔うと言うことは十分にあるのだ、と大きめのクッションに再び頭をぽすんと落としながらアムロは普段より幾分とろりとした糖分過多の思考の元で考えた。

 今夜は満月だよとデジタル世界を徘徊していたアムロが嬉しげにモニターから顔を上げながら言い、それはいい、月など久しぶりに見るようだとシャアが答え、どちらからともなく月見をしようと話がまとまればアムロが干し果物やチーズを皿に盛ってつまみを用意している間にシャアが地下のセラーから赤ワインを探し出してきて、一番大きな窓のある部屋で即席観月の宴が始まったのだ。


*:*:*:*



 シャアがコルク抜きを探してくる間にアムロは床につまみの皿とグラスをさっと並べていく。この辺りのコンビネーションはそう長くもない共同生活の合間にも自然に身に付いている。まもなくシャアが目当ての物を手に帰ってきてアムロの隣に座り込み、ワインのボトルに手を伸ばした。

 ワインの銘柄などとんと興味のないアムロだが、シャアが選んできたワインのコルクをゆっくりと長い指が開けていく様子はとても様になっていて、彼と葡萄酒を楽しむのは好きだった。
「ね、それ高そう。なんて言うワインだ?」
「うん?…シャトー・カロン・セギュールだよ。本当はバレンタインデーに開けようと思っていたのだが、時期を逸してしまってね。来年まで置いておいても良いのだけれど…。」
「へぇ。美味しいの?」
 シャアは何も言わずに微笑むとコルクを抜栓してアムロの前のグラスに少しだけ紅い液体を注ぐ。さぁ、とティスティングを促されてアムロはグラスを手に取った。以前に教えられたとおりに香りと味を試す。正直よく分からなかったが美味しそうだと思ったのでシャアを見上げて微笑んで見せた。
 一番は相手と分け合う感情。味と名前はコミュニケーションの手段として、後から付随する物に過ぎない。…教養など本来はその程度の物だ。

 ふと気になって聞いてみた。
「シャアってさ、こういうのどこで覚えてくる訳?」
「…聞きたいのか?」
「ううん、結構です。」
 自爆しそうなので地雷原へ突っ込むのは止して自分の分の改めて注がれたグラスを持ち上げる。

「それじゃ、綺麗な地球の満月に。"Cheers!!"」

 戯けて言うとシャアも苦笑しながら応える。かちんと微かな音を立てて、紅い液体が僅かに波紋を広げる。…静かな時間が始まった。


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 満月だし、たまには浮かれるのも良いよなとアムロが薄く切ってトーストしたパンに蜂蜜とチーズを乗せながら微笑みかける。シャアは黙ってグラスを傾けていたが、青い双眸は月光を受けてきらきらと金を交えて嬉しげに煌めいていたからそれが何より雄弁な返事になった。最も、シャアは別に無口な方ではなくて十分饒舌なのだけれど。アムロに関しては更に。
 ふと嫌な予感を感じて"Here's looking at you, kid."などと言われる前に慌てて話題を変えた。ニュータイプの勘は当たる。きっと五分後くらいにシャアは想像通りの台詞を口にするだろう、そういう男だし。

「そうだ、あなたのピアノ聞きたいな。」
「今、ここで?」
「そう、今ここで。」

 少々不本意そうな金彩の男を酒精で潤んだ甘い瞳で見上げてみる。おねだりの台詞だけは子供のような口調で。

「…な、俺がお願いしてんだからいいだろう?」

 無論、シャアがアムロの見せるこのギャップに弱いことなど先刻承知の内だ。無意識にやっているときもあるが、実は結構確信犯も多いのだ。
 思惑通りシャアが思わずワイングラスを手から滑らせそうになりながらアムロに視線を奪われる。月明かりの下、他に光源らしい光源もない中で淡い暖色の月光に照り映えるアムロの同じ色目の肌は、しっとりと象牙の色に染まって触れればシャアの肌に吸い付きそうだ。

 ぶるりと首を振って頭をもたげてきた昏い感情に蓋をし、シャアはアムロから無理に視線を逸らすと満月を見上げた。

「他ならぬ君の願いだ、聞き入れよう。さて……。」

 頭の中では既に幾つもの旋律が出番を待っている。ベートーベンはどうだろうか、ドビュッシーはアムロには眠いかもしれない。
 アムロは気付いているのか居ないのか、今夜は随分と扇情的だ。お陰様ですっかりその気になった自分は折角苦心して雰囲気を盛り上げているのだ。これで切ない曲など聞かせてクッションにいい気持ちで沈没されては元も子もない。大体今まで渡り歩いた花畑の中の花のどれ一つとしてシャアがここまで手をかけた花はない位なのに。

 ふと軽快な旋律が頭を回り、シャアは微笑むと心を決めた。グラスを床に置き、立ち上がる。

「本日はリクエストは聞かないぞ、アムロ。」
「え?…まぁいいや、俺別に曲名なんか詳しくないし。」

 それでもシャアの強引な宣言に目を見開いたアムロの前でシャアはゆったりと椅子に腰掛けてピアノの蓋を開ける。鍵盤の感触を確かめると、徐に指を動かし始めた。

――――――‐‐‐‐‐‐‐♪

 アムロは目を見開いた。

 シャアが弾き出したこの曲は、前に一度アムロが他ならぬシャアの演奏によって聞いたことはある曲ではあったが。


"L'amour est un oiseau rebelle, Que nul ne peut apprivoiser,"


―――アムロには何語なのかよく分からなかったし、当然歌詞の意味など分かるはずはなかった。

 ただ、シャアが歌うというその一点にのみ驚いて言葉を失う。ワインの酔いなど頭から飛んでしまった。意識しているのだろう、最初は軽快だったメロディーが情熱的なのにどこか艶を帯びた物にどんどん変化していく。時々ちらりちらりとアムロの方に向けて流される視線に、アムロは思わずごくんと喉を鳴らした。

 艶やかな低い声舌の中で転がすような含みのある発音。…甘いと言ってもいいかもしれない。上手なのか下手なのかは分からない。

 だけれど。


"Et c'est bien en vain qu'on l'appelle, S'il lui convient de refuser."


 アムロをその気にさせるだけなら十分以上にその目的を果たしている。視線も逸らせず、瞬き一つ出来ないで居るアムロの目の前でシャアは最後の一節を歌い上げる。


"Si tu ne m'aimes pas, je t'aime; Mais si je t'aime, prends garde a toi !"


 溶けるような粘質の声で原曲より甘くなってしまった演奏を終えると、シャアは鍵盤から指を名残惜しそうに離す。白黒の鍵を最後に愛おしそうにひと撫でするのを、アムロの琥珀色の瞳がどこか物欲しそうに追っているのを十分に意識した行動だった。

 そのまま身体をアムロの方に向け、ゆっくりとまだ床に腰を下ろしたままの彼の元に歩み寄って膝をついた。手を取り上げ、その掌に唇を付ける。…アムロが微かに引っ込めたいような、焦燥の混じった表情になった。

「曲名はね、ハバネラという。歌詞ならば改めてアルテイシアにでも聞いてみるといい。」

 今は歌詞などに興味はないだろう、と自分を見上げてくるシャアの深青の瞳に輝いている物の正体を探り当てて、まずいと目を閉じた瞬間自分の中にも確かに同じ物を見つけて。アムロは動揺して思わず目の前の男の胸に縋り付く。耳元で今夜は随分と大胆じゃないかと囁かれ、煩いと言い返したときにはもうさっきまで抱えていたはずのクッションに背中を預けている。

 腕の中に自分を閉じ込めた男は月光を背後に背負っていた。

 月の雫を含んで豪奢な輝きを放つ金の髪はまるで後光か何かが差しているようだ。眩しくて目を細めればその睫毛にゆったりとした口付けが降ってくる。瞼と額で暫く受け止めていたそれが唇まで降りてくるのにそう時間は掛からなかった。

「…アムロ?」

 名前を囁かれて、堅く閉じていた瞳を開ける。間近に迫る金箔を散らした青い光にぞくりと背筋が震え上がった。

「…やっぱりあなたと大人しく月見になんてなるわけがなかったんだ。」

 精一杯の虚勢を張りながら憎まれ口を叩いてやると、シャアは笑いながら二人分のワイングラスとボトルを届かない辺りまで遠ざける。

 長い指がゆっくりとアムロの素肌の上をなぞり始めた。

「立派な月見じゃないか。月を見ながら極上の美味を味わうという趣向だろう?」
「あ…なたはっ!俺は、ワインとか…そういうものの事を言っているんであって…。」

 尚も言い募ろうとするアムロの泳ぐ視線と条件反射としか言いようのない照れを軽いキスで塞いで一言。

「あれは君の分だ。私の月見は今から始まるのさ。」

 ぬけぬけと言い放たれ、それでももう息の上がり始めたアムロには月なんて見ちゃ居ないじゃないか、という台詞は頭には浮かんでも唇を割らせることは出来なかった。

 シャアの薄い唇が象牙の肌に触れていくと、そこには点々と鮮紅色の華が咲き、アムロの身体を飾り始めた。



―――月が見ているのに、と言ったような気がする。


*:*:*:*



 後日の話になるが。

 観月の肴に美味しく頂かれてしまったアムロがその後暫くしてシャアの台詞を思い出し、これまた馬鹿正直にセイラの所に問い合わせてみて。


―――好かれなくても好いてやる、私が好いたらご用心!


 等というその歌詞の意味を改めてセイラから聞かされて、あの野郎折角気障な台詞は遮ったと思ったのに、と悔しいやら恥ずかしいやら落ち着かないやらでアムロが赤くなったり青くなったり白くなったりしたのは、その夜から数日後の出来事であった。

 ついでにまた月見をしような、と耳元で囁かれてうっかり頷いてしまったような記憶もあってそちらもアムロの不安を煽ってはいたのだが。



 それが本当に不安なのか期待なのかは、未だにアムロの首筋に残るあの晩に咲いた紅い花達だけが知っていることである。





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+++END.

 

 

えーと、ゆうさん、こんな感じで良かったのですか…?(聞くな)
総帥とピアノシリーズです。畏れ多くも(滝汗)
感じとしてはフィリッパ・ジョルダーノが歌ったハバネラくらいで(笑)
総帥やりたい放題です。っていうかすっげーまめに盛り上げてますけど!(笑)小道具とか満点ですけど!
お陰様でアムロもかなり絆され気味です。ピアノじゃ駄目ならワインで蘊蓄語る気だったらしいですが、総帥(笑)
でなきゃカロン・セギュールなんて持ってこないよなぁ…(ハート形のエチケットが特徴の口説き専門ワイン(笑))
アムロが恐怖を覚えた作者でさえ日本語でよう書かなかったシャアの台詞は…「君の瞳に…以下略」です。


えー、原歌詞と訳はこちら。↓ビゼーの「カルメン」からです。歌詞はフランス語です。

恋は小鳥のように馴らそうったって馴れないわ
無駄に終わるわ、呼んだって、いやよと言ったらいやなのよ
おどしや、すかしも聞きはしない、あちらが喋ればこちらは黙る
こちらの方に気があって、言いはしないが好きになる

恋は根っからボヘミアン、法もなければ掟もない
好かれなくても好いてやる、私が好いたらご用心!

小鳥捕ったと思っても、羽があるから飛んで行く
恋が遠ければ待つけれど、待つことないわ、ここにいるもの

あなたの周りをひょいひょいと、来たり行ったり戻ったり
捕らえたはずが逃げている、逃がしたはずが捕っている

恋は根っからボヘミアン、法もなければ掟もない
好かれなくても好いてやる、私が好いたらご用心!

L'amour est un oiseau rebelle,
Que nul ne peut apprivoiser,
Et c'est bien en vain qu'on l'appelle,
S'il lui convient de refuser.
Rien n'y fait, menace ou priere,
L'un parle bien, l'autre se tait;
Et c'est l'autre que je prefere,
Il n'a rien dit; mais il me plait.

L'amour est enfant de Boheme,
Il n'a jamais, jamais connu de loi,
Si tu ne m'aimes pas, je t'aime;
Mais si je t'aime, prends garde a toi!

L'oiseau que tu croyais surprendre
Battit de l'aile et s'envola;
L'amour est loin, tu peux l'attendre;
Tu ne l'attends plus, il set la!

Tout autour de toi, vite, vite,
Il vient, s'en va, puis il revient;
Tu crois le tenir, il t'evite;
Tu crois l'eviter, il te tient!

L'amour est enfant de Boheme,
Il n'a jamais, jamais connu de loi,
Si tu ne m'aimes pas, je t'aime;
Mais si je t'aime, prends garde a toi!

 

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