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>>>【ウインド・シア】
深いブルーのカクテルは、たった一杯だけの筈が、グラハムになにやら魔法をかけたらしかった。
飲んでいたバーを出て、二人で並んで夜の街を歩く。会計は、いつの間にか金髪の男が済ませていたらしかった。
立つ間際に背後から沢山の女性の呪詛の声が突き刺さった気がしたが、ロックオンとしては聞こえなかったことにした。
こういうことは、早い者勝ちだ。
口唇を引き結んで早足で歩く男の後を追いかけながら、ロックオンは気になっていたことを訪ねる。
「あそこ、よく行くのか?」
「ん?」
「いや、……慣れてる風だったから」
店名が「SHAMROCK」だというのになんとなく惹かれて入った店だったが、特にアイルランドは関係が無かったようで、落ち着いた感じの普通の重厚なバーに過ぎなかった。
長居をすることも無い、出るかとウィスキーを傾けていたところに、カウンターの隅で一人佇むこの金髪の男を見かけたのだ。
孤高、などという気取ったカクテルを奢ったのは(結果として男が自分で払ってしまったが)、何も気を惹くためでは無い。
凜と張った美しい背中の線、隙のない佇まい、周囲の数多の視線を集めつつも、一顧だにしない厳しい雰囲気。
ロックオンがあの一瞬にタイトルを付けるとしたら、「孤高」しかないと思ったのだ。
誇り高い、孤高の狩人。
それは、ロックオンの心の奥底にいつもある、優れたスナイパーとしての嗅覚を酷く刺激した。
―――――この男を、狩ってみたい。
あの孤独を見霽かす緑柱石の瞳に、自分だけを映してみたい。そう思ったとして、誰が責められようか。
「つうかさ、あんた……結局アイス、殆ど喰わなかっただろ」
ロックオンが面白がって注文したアイスを、差し出されて一口だけ口にした男は、それ以降もロックオンが手ずから差し出しただけしか食べず、周囲の視線が流石に気になったロックオンとしては、残りのアイスを一人で片付けることになってしまったのだ。
「君が手ずから口に運んでくれたりしたのでな。……甘過ぎてどうにかなりそうだったのだよ」
「抜かせ、俺は胸焼けを起こしちまったぜ」
何も馬鹿正直に食べなくてもよかったか、と呟くロックオンの隣で、金髪の男が忍び笑う気配がする。
「可愛らしいな、君は」
「うるせえよ」
ふん、と拗ねたようにそっぽを向いたロックオンが、やがて気付いたようにグラハムの袖を引く。
「なあ、口直し、くれよ」
「……好きにするがいい」
どちらにしても、と金髪の男は囁くように告げる。
「我々は二人とも、とんだウインド・シアに出会ってしまったようだ」
ウインド・シア。……そんな言葉を知っているとは、もしかして。
「グラハム……」
あんた、もしかしてパイロットか。聞きかけたニールの言葉は、強引に塞がれた口唇の奥に消えてしまった。
腰に回された腕を引き寄せられ、力強い腕に逆らいきれずに首に両腕を絡める。
舌の上に残ったバニラアイスの味は、男の舌に拭い去られて忽ちの内に余韻も残さず消えてしまった。……腰を、擦り付けた。
こんな甘ったるい男だっただろうか俺は、と思っても、脳髄の奥が痺れたような感覚は消え去ってくれなかった。
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...end.
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