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誰かに呼ばれた気がして、ふいに振り返った。
そこには誰もいなかった。当たり前だけれど。
幻聴だとも思えなかったけれど、この手の類のものは大抵、誰に話しても分かって貰えないものだったので、彼は故意にそれを無視した。馬鹿にされたり気味悪く思われるのは後免だ。
その位の自己防衛が出来るほどは、彼も大人になった。
『分かるよ』
もうじき、彼はこの地球にサヨウナラを告げて、宇宙へ上がる。行った先で何が待っているのかは、この胸に渦巻く昏い予感ひとつが重苦しく告げている。
見送りに来てくれている人々。何処か現実感のない風景。見送ってくれた人とキスを交わした筈なのだけれど、口唇にはなんの温かさも感じなくて、その人のために残してゆく『約束』の言葉も紡ぐことが出来なかった。
『よく、分かる』
分かるって、なにがだろう。何処で誰に言われた言葉だったのだろう。思い出せないまま、中空を視線で探る。
宇宙へ近づくと、またあの少女が此方にやってくるのだろうか。そうして、その彼女に惹かれるように、『彼』もまた。
―――そこまで空想して、首を振った。自分はそもそも、その為に行くのだ。『彼』を誘き出す囮だか撒き餌だかは知らないが。
なんに、しても。
宇宙の何処かで待っているはずの『彼』には、アムロが何を見ているか、何を感じているかなど、本当は分からないのだろう。
『君の感じているものは、よく分かる』
あの宇宙一のペテン師はそんな風に何時でも理解を示し、お優しいふりをしてくれる。
あなたなんて只のなり損ないの癖にさ。小さく苦笑して、彼は目の前でまだ不安そうにしている人の肩を叩き、行ってきますと微笑んで告げた。
―――行ってきます。(ソシテモウココニハカエレナイ)
彼にだって、結局は相手のことなど何も分からないのだ。だって、知っていても理解してやる気なんて更々ないんだから。
あなたと俺は、永遠に続く時の流れの、ちょうどねじれた位置にいる二本の直線のようなものだ。
何処まで行っても触れ合うことも、交わることさえ有りはしない。そんなこと、俺だって分かっているのに、あなたにはまだ分からないんだな。
もう一度、誰もいない方を振り向いて、視線を凝らしてみた。赤い影が少しだけ、視界の端を横切った気がした。
それが何であるかなど、もう今のアムロにはどうでもいいことだったけれど。
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...end.
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