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【8】Now and Then, Here and There
ここか、とグラハムは呟いて、足を止めた。渡されたメモであらかじめ指定されていた時間は正に移動時間ぎりぎりで、余計な寄り道などできないようになっている。
指定された住所にあった建物は、コロニアル様式の古めかした屋敷だった。グラハムが時間を確認しつつ玄関で案内を請うと、中から粗野な男が現れて、嫌な笑い顔をする。
「おやおや、随分と男前が来るもんじゃないか」
しかし、グラハムはそんな揶揄には頓着すらしなかった。
「グラハム・エーカーという。ここの女主人の古い知り合いだ。取り次いで貰えば分かる」
ふん、と男が鼻を鳴らし、尊大な仕草で顎をしゃくった。
「入れ」
「……失礼する」
グラハムは臆すことなく男の脇を通り、屋敷の中に足を踏み入れる。男は、グラハムを応接間のような所に案内した。
部屋の中には数人の男がたむろしていた。何人かは銃器を携帯しているが、ざっと見回してもスレーチャーの娘の姿は見えない。
やはり罠だったのか、といっそ冷静に思うと同時に、戦闘の算段を始めた。武器らしい武器はスーツの内ポケットに入っている護身用のハンドガンが一丁のみだ。
いざとなれば格闘戦だな、と単純に覚悟を決める。グラハムは優男に見られがちだが、訓練の時は大の男一人分くらいの雑嚢を抱えて走り続けることも造作でもない。
まして、耐Gの過酷な訓練に常に耐え続けることを義務づけられているパイロットだ。そんじょそこらの一兵卒とは鍛え方が違う。
実際、グラハム・スペシャルの逸話を取っても分かるとおり、普通の人間の耐えうる最大Gである9Gを遙かに超え、常人なら内臓破裂を起こして死亡するはずの16Gという異常な加圧にも耐えきってしまうのがグラハムという男だった。
訓練でどうこうなるようなものではなく、これはもう、天賦の才能に近い。
それに、グラハムは表立って口にはしないが、アロウズ時代に日本の武芸を一通り習得し、元々の素養もあってそれなりの腕前になっているそれの鍛錬を、そのまま今も続けている。黙って殺されてやるつもりは毛頭無かった。……しかし。
男達の一人が、にやにやとした好色そうな笑みを浮かべてグラハムを頭から爪先まで検分するように眺め回す。
「なんだ、男前だな。ここの夫人の愛人か?」
「口を慎み給え、彼女の父親の知り合いだ」
きっぱりとグラハムは侮辱の言葉を訂正した。下卑た笑い声が続くが、気にせずに口を開いて話を続けた。
「どうか、私の話を聞き届けては貰えまいか!」
「やかましい、大体、あの女の愛人でもないというのなら、誰なんだ、貴様は」
部屋にたむろしていた男の一人に問われ、グラハムは胸を張って朗々と己の身分を名乗った。
「私は地球連邦軍所属、ソルブレイヴス隊長、グラハム・エーカー少佐だ!」
グラハムの名乗りを聞いて、部屋の中の男達の間に動揺が走った。どうやら、彼らはグラハムの関与を知らされては居ないようだ。
(ということは、黒幕は別か)
ここに居るのは端の人間ばかりらしい。ならば手加減は無用、とグラハムは内心で密かに牙を研ぐ。
「ソルブレイヴスだと? ユニオン領の花形戦闘部隊じゃねえか、そこの隊長とやらが何をしに来た」
男達のまとめ役をしていると思しき黒髪の巨漢が口を開く。この人間ならば少しは事情が分かるかもしれない。グラハムはすう、と息を吸い、胸を張って答えた。
「話し合いに来た!」
一発目の発言でそう言い切り、そのまま真っ直ぐに言葉を続ける。
「我が恩人の娘さんと、その子供達を私に渡して頂こう!」
「恩人の? へえ、あの奥さんの父親は軍人か。道理で気丈な筈だぜ」
アンタみたいなのを巻き込むとはな、と言う男の横で、別の男が聞いたことがあるぞ、と笑った。ざっと視線をそちらにやったグラハムが、男の風体を見て軍人崩れか、と眉を顰める。
「なんでも、模擬線だか何だかで仲間にやられて墜落死したんだろ? 大したことねえよなぁ」
その言葉に、グラハムは反論しようと顔を上げた。
「スレーチャー少佐は我がユニオンの歴史上最も偉大なパイロットの一人だ! 根拠のない侮辱は止めて貰おうか!」
男達が顔を見合わせ、一斉に笑い出す。顔に激戦を物語る大きな傷を残すものの、どちらかといえばベビーフェイスの部類に入るグラハムは些か以上に侮られているようであった。
「おい、兄ちゃん。悪いことは言わない、諦めたらどうだ?」
「そうだそうだ、あの女の旦那が俺たちの言うことさえちゃんと聞いていれば済んだ話だったんだがなあ?」
「細君と子供達には関係が無い話の筈だ、違うかね?」
グラハムは話が通じる相手ではないと知りつつも敢えて言葉を重ねる。当然のように男達はにやにや笑うだけでグラハムの言葉など取り合おうとしなかった。
男の一人が、態とらしく小銃の遊底をガチャガチャと鳴らしながら口を開く。
「さて、言いたいことがあるなら冥土の土産に聞いてやる、連邦軍の少佐殿」
「知れたこと。貴様達の本意はこの国の開放などには無いはずだ、なぜ無辜の市民を争いに巻き込む」
真っ直ぐに問われ、男達が口を噤んだ。只の犯罪組織にしては所持している武器の類いが玄人過ぎる。しかも、軍人崩れの男が何人か居る。
つまり、とグラハムはすぐに結論を出していた。犯罪組織というのが、イコールゲリラ組織だったわけだ。
期せずして、ソレスタルビーイングのターゲットの方を引き当ててしまった。
珍しく、腸が煮えるようだった。……別に、ニールや彼の仲間達に感化を受けたとは思わないが、モビルスーツに乗っているわけでもないのに、高揚したような長い弁舌を振るい始める。
「君たちは知っているだろうか、このダカールは、嘗て奴隷貿易で栄えた街だった。もう四世紀以上前のことだが」
いきなり歴史のことを語り始めたグラハムに、男達は呆気にとられて顔を見合わせた。
彼らが自分の事を鹵獲して来いと言われているのか消せと言われているのかは知らなかったが、グラハムにはもうそんなことは些細な問題でしかない。
「人が人を売り、人に値段を付ける。そんな悪習に捕らわれていた過去を、この国は消せたのか。……否、このコロニアル様式の秀麗な建物自体が、過去の人類の罪のオベリスクだ」
屋敷を見回しながらグラハムは言っていた。人と人とは畢竟わかり合えない、けれどもわかり合う努力を惜しむべきではない。
軍人である私が敢えて君たちに問おう、とグラハムは炯々と光る翠の双眸で男達を睨み付ける。
「貴様達が戦うのは、何のためだ」
手にしているのは玩具ではないと言い捨てて、グラハムは歯噛みをした。
「なぜ、啀み合わねばならないのか、何故、ただ生きると、……生きていたいというそれだけのささやかな願いすら叶わないのか!」
叫びは、これまでの戦いの中で生きるということを模索し、その意味を追い続けた男の魂の真理とすら言っても良かった。
屋敷の上空で、パイロットが降りたため無人のダブルオークアンタの護衛をしながら待機していたライルのサバーニャのコックピットで、内部を伺うための集音器でグラハムの演説を聞いていたニールが、その言葉に思わず動きを止める。
「……兄さん」
ライルが振り返り、さっと表情を柔らかいものに変えて、なんて顔してんだよ、と立ち尽くすニールに向かって苦笑する。
「いい男だな、惚れるのも分かるよ」
「……」
ニールは黙って弟の肩に手を置いた。ぐっとその手に力が籠もる。ライルは兄の好きなようにさせて、スピーカーから聞こえてくる声に耳を澄ませていた。
「戦争など、私のような戦争屋に任せておけばいいのだ、貴様達のような半可な輩が弄ぶべき行為ではない!」
は、とリーダー格の男が鼻先で笑う。少しばかり顔色を無くしているのは、グラハムの言葉の意味は分からなくとも、その伝えようとする真意が僅かでも届いたのか。……否、そうであればいいとグラハムは本気で思っていた。
「何を訳の分からない御託を、お偉い少佐殿は抜かしやがるのかね」
グラハムは静かに返事をする。
「偉いのは私ではない。軍人など、平和に暮らしている人々を保護するための只の番犬であるべきだ。違うかね」
「貴様などただの負け犬だろうが。あの女共々人質にすると聞いていたが、もういい。少佐殿は今ここで死ぬんだからな!」
同時に、銃口が一斉にグラハムの方を向いた。
「死なんよ。私は死ぬ訳にはいかないのでね」
きっぱりと言いながら、グラハムは油断無く周囲に視線を配り、ふとあることに気付いて口角を上げた。リーダー格の男が目敏く気付いて詰問調にグラハムを怒鳴りつける。
「何がおかしい!」
「……貴様達のトップが誰であれ、売ってはならん喧嘩を売ってしまったものだと思ってね」
屋敷の中では、一歩も退こうとしないグラハムに、既に沢山の銃口が向けられていた。その時、傍らから凜とした声が部屋に響き渡る。
「貴様達の信じ込むそれこそが、世界の歪みだ」
グラハムの前に、機銃を構えて、パイロットスーツ姿でヘルメットのバイザーを下ろしたままの刹那が走り出た。グラハムが思わず呟く。
「……少年」
刹那はグラハムを庇うようにしながら、男達に向かって名乗りを上げた。
「だからこそ、俺たちがその歪みを駆逐する。……俺たちは、その為のソレスタルビーイングだ!」
刹那の声で、闖入者の正体を知ったテロリスト達に動揺が走った。ソレスタルビーイングの名前は良くも悪くも世界中に響き渡っている。テロリストの一人が、刹那に向かって喚き散らした。
「ソレスタルビーイングだと!? 稀代のテロリストの貴様らが、軍に尻尾を振るのか!?」
怒鳴られても、刹那の瞳は揺るがなかった。
「違う、俺たちは紛争を根絶すると誓った。その為ならば、誰が相手でも闘う、そして平和を、生きることを願う者が居れば、誰であろうと護る、それだけだ」
朗々とした刹那の声が響き渡り、男達が沈黙する。その隙を逃さず、グラハムが少年、逃げるぞ、と刹那の肩を叩いた。
「今日の所は宣戦布告だけだ、大義名分はできた。後は暴れるだけだ」
「……やれやれ、やはり貴様を先に駆逐した方が良さそうだな」
呆れたように呟いて駆け出す刹那の後を追いながら、グラハムはその言葉、誉め言葉として受け取っておく、と言って小さく笑った。
☆ ★ ☆ ★ ☆
外に駆け出すと、待機していたらしいサバーニャが近付いてくるのが分かる。豪勢な出迎えだな、とグラハムが呟くのに、刹那が軽く肩を竦めた。
そのまま真っ直ぐダブルオークアンタに駆け寄る刹那の前に、サバーニャの開かれたコックピットから飛び降りたニールが姿を現す。
「刹那、グラハム!」
その声を聞いて、グラハムが大仰に喜びの声を上げた。
「おお、ニール、会いたかったぞ!」
「馬鹿、そんな冗談言ってる場合か!」
逃げるぞ、とニールがグラハムの手を取った。そのまま、グラハムの腕を引いて走り出しながら、一瞬だけ刹那を振り返って叫ぶ。
「俺たちは逃げる、後は任せた!」
「了解した」
刹那はダブルオークアンタのコックピットに飛び乗りながら短く返事をした。
屋敷から二人を追いかけて出てくる男達の前には、深い緑色の機体が立ちはだかる。
「おっと、そこまでだ。……ここは俺たちに任せて、張り切って逃げろよ、兄さん!」
「馬鹿野郎、張り切って、だけ余計だ!」
ライルに怒鳴り返したニールが、近くの湾岸に停めたモーターボートへとグラハムを誘導する。グラハムは最初驚いたような顔をしていたが、続いて嬉しそうな顔をして頷いた。
君は、と言われるより先にニールが振り返らずに早口で言う。
「どうせあんた、ガンダムには乗らないとかごねるんだろうが。ほら、とっとと行くぜ!」
「ニール……!!」
刹那も背後でガンダムを立ち上げている。上空を旋回するアレルヤに護られながら、ニールは金髪の男を乗せて、旧式なモーターボートのエンジンを回した。
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+++END
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