未来の破片-The Insanity of War-




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【7】ゼロミッション・ゼロミッション



 呼び出しを受けてニールの居るホテルにとって返し、スレーチャー少佐の娘の子供を逃がす話についてティエリアと粗方と詰めた後で、グラハムは再び単独でホテルを出た。正直、グラハム自身子供を預かった後のことは無策に近かったので、紫紺の髪の青年の申し出は素直に有り難いものであった。ついでに言うなら、子供に好かれる自信も無い。

 ティエリアと腹を割って話した内容と、その前の夜に刹那がデータベースをチェックした末に、彼女と共に居た男が、国際的な犯罪組織の末端構成員であることをとうとう突き止めたのを総合して、連携して一気に事態に追い込みをかけるつもりだった。

 スレーチャー少佐の娘とは、ラック・ローズの近くで待ち合わせをして、そこで子供達を預かり、グラハムは二人を連れて連邦軍に戻り、ユニオン領内の彼女の縁者の所まで二人を連れて行く、頼まれたのはそれだけだった。その事はティエリアに包み隠さず話してあった。逆に、出て行くときに連絡用の新しい携帯端末を渡される。GPS機能付きでヴェーダ経由で直接ティエリアと連絡が取れるというそれを、グラハムは有り難く着替えた夏用のスーツの内ポケットに落とし込んだ。

 彼女の夫は、この土地での利益の上納分を誤魔化したのだという。グラハムなどに言わせると、そんなところで少々の利益を惜しむよりも身内の安全を買えばいいのにとは思ったが。得体の知れない相手を向こうに回して、よくぞそんなことをする気になったものだ。まあ、グラハムは職業柄、危険に関する嗅覚はずば抜けて鋭いものを持ってはいるが。

(スレーチャー少佐、貴方ならきっと、それでも彼女たちを守ったのだろう)

 過ちを犯そうと、相容れない思想を抱いていようと、何かがあれば助け合う、それが家族というものなのだ、とグラハムはあの事件から十数年が経過して、やっとあの時の少佐の気持ちが分かるようになっていた。それには、自分も彼と同じ階級まで昇り、家族に等しい相手を手に入れる事が必要であったが。

 嘗て、彼女の父がその全てを賭けて守った家族だった。グラハムは別に彼女の家族ではないが、それではあまりにスレーチャー少佐が浮かばれないと思ったのだ。できる限りのことをしてやるのが、偶然とはいえ彼女にここで出会ってしまった自分の責務だと思った。

 きっと、意味の無い出会いなど存在しないのだから。

 こんな風に考えるようになったのも、今傍らに寄り添うように居てくれる男の影響なのだろうか。彼の存在によって変わった自分が、グラハムは不愉快だとは思っていなかった。

 側に居ることがこの上なく自然な、こんな相手に出会える僥倖など、果たしてこの宇宙で何人が手に入れる事が出来るものだというのだろう。

 しかも、自分のようなある意味肉親の情とは全く無縁にやって来た男が。

 グラハム・エーカーが飛び立っていく場所はいつだって無限の大空だ。それは間違いが無い。補給も無しで飛び続けられると、嘗ては本気で思っていた時期もあった。地面との、他人との関わりが一番希薄だった頃の話だ。

 しかしながら、地図もなにもなしで舞い上がる空でたった一つ心に決めた止まり木が彼だというのなら、逆にグラハムはジャイロスコープもバーニアもなにも無くとも、いつまでも迷いもせずこの空を羽ばたけそうな気分すらしていた。

 スレーチャーの娘との待ち合わせ場所まで行くと、相手はまだ来ていないようだった。待つつもりで薔薇色に揺らめく湖面を見ていると、現地の人間らしい男に声を掛けられる。

「あんた、グラハム・エーカーか?」
「そうだが、君は?」
「これを、グラハム・エーカーっていう金髪の男に渡せって言われた」

 メモのようなものを差し出され、グラハムはありがとうと微笑んで男の手に幾ばくかの金を握らせる。途端に男の舌は滑りを良くしたようであった。

「渡したのは、どんな奴だったか覚えているかね?」
「ごつい黒髪の男だったよ、傷と入れ墨だらけだった」

 握らされた紙幣を確認して満足そうにしながら男は答えた。その後で、サービスのつもりなのか、一人じゃ無かったぜ、と付け加えた。

「俺にそいつを頼んで急いでどっか行ったんだけどよ、車には似たような男が何人も乗っていたな」
「そうか、了解した」

 言いながら、グラハムは再び財布を取り出す。こういうときに金を惜しんではいけない、と昔から叩き込まれている。これは礼金だ、と追加の札を握らせ、グラハムは礼を述べる男を去らせると、メモを開いた。直に整った眉根に皺が寄る。

「……これは、あまり宜しくない傾向だな」

 呟いてしばし考え込むと、グラハムは普段使いとは違う真新しい携帯端末を取りだし、メールを打ち込み始めた。



☆ ★ ☆ ★ ☆




 グラハムが出て行った後、マイスター達が調査を終えて三々五々と帰ってくるのに、ビリーも合流した。部屋に帰って来るなり、ただいま疲れた、と椅子に座り込む。

「いや、慣れない腹芸なんかするもんじゃないね、僕は政治家には向かないってつくづく思い知ったよ」

 お疲れさん、とニールがコーヒーの入ったカップを渡してやる。ビリーはありがとう、と伏し拝みながらそれを受け取った。

「インスタントだけどな」
「いやいやいやいや、有り難いよ。何が入ってるかとか思っちゃうと、怖くて出されたもの全然食べられなかったし。こういう潜入とかやってる人凄いよね、尊敬した」

 あーもうほんっとお腹空いた、とぼやくビリーに、苦笑しながらライルが持っていたテイクアウトのサンドイッチの箱を回した。

「ここの二人の晩飯用に買ってきたやつだけど、どうですか?」
「うわ、感謝!!」

 目を輝かせて箱を開け、もぐもぐとハムサンドをほおばりながら、ネクタイを解いたビリーがあのねえ、とティエリアを見ながら報告を始めた。

「えーっとね、結果から言うと真っ黒だね」
「真っ黒?」

 ビリーの発した穏やかならぬ言葉に、ティエリアが整った眉を顰める。

「そもそも、政府の上の方が完全に腐ってるね。犯罪組織と癒着してる。金の匂いが凄くて、吐き気がしそうだったよ」
「カタギリさん」

 まさかそんな台詞を叩き付けては来ていないだろうが。心配そうな顔をするニールに、大丈夫僕もこれでも大人だからとビリーが苦笑する。

「まあなんとか飲み込んだけど。その政権を倒そうとしているのが、多分みんなが追ってる武装テロ組織なんだけど……」
「?」

 奥歯に物が挟まったような言い方に、マイスター達が顔を見合わせた。僕の見た感じの勘なんだけどさあ、とビリーがコーヒーを飲みながら言う。

「多分。ここも結託してるんじゃ無いかな」
「結託? それは、政府と犯罪者組織とテロリスト集団が、ってことですか?」

 アレルヤが身を乗り出した。そうそう、とビリーが頷く。

「緊張感っていうの? なんかこう、あるじゃない、敵が居るときのピリピリした空気。ああいうのが無い割に、警察とか軍が動くとか動かないとか、そんな話ばっかりが飛び交ってるんだけど……」

 うーん、と言葉を探すようにしながらビリーが言った。伝える言葉に淀みがなく、表現も的確だ。相手の中身を見抜く力も併せ持っているに違いない。

 この男の他人の警戒心を溶かせるような笑顔と飄々とした態度の裏に、明晰とも言える知性の煌めきが隠されていることを感じ取って、マイスター達が感心した瞬間だった。

「どれも、実態がない気がするんだ。分かるかなあ、わざと聞こえよがしに言っている、っていうか」
「分かったような気はする」

 端末にビリーから聞いた情報を入力して行きながらティエリアが言った。

「僕も、妙だ妙だとは思っていた。相手の輪郭が茫洋としているんだ。そもそも、武装テロ組織の内部調査に来たはずなのに、そんな気配が見えない。ヴェーダが間違えたとも思えないのにだ」

 なんだ、みんなグルなのかよ、とニールが呟く。

「政府も犯罪組織もテロリストも癒着してなんかやってるってことか。気持ち悪いな」
「ああ、目的が見えない」

 ライルも兄の言葉に同意する。

「……おい」

 その時、何かに気付いたように刹那が立ち上がる。全員の視線が一斉に刹那の方を向いたが、青年は頓着せずひたりとニールを見据えた。

「ロックオン、グラハム・エーカーはどうしている?」

 ぱしり、とニールは青い瞳を瞬かせた。グラハムの別行動については、帰って来て直ぐにティエリアから皆に説明があった筈だが。

「さっき、子供の脱出の話はしたろ? その子供を受け取るって、スレーチャー少佐のお嬢さんって人の所だけど」
「その話だが、本当なのか」
「何?」

 ニールではなく、横で聞いていたティエリアが刹那に鋭い視線を向けた。刹那が厳しい表情で言葉を続ける。

「グラハム・エーカーを疑っているわけではない。あの男が聞かされているその話が、本当のことだという確証はあるのかと聞いた」

 刹那が投げかけた言葉で、場がしんと静まりかえった。

「彼女自身が囮で、ターゲットがグラハム・エーカー少佐ということはないのか。あの男は連邦軍の有名人だろう」

 ううん、と俄然真剣味を帯びた表情でビリーが呟く。

「連邦軍のエースを血祭りに上げて、宣戦布告の代わりにする、か……テロリストが噛んでいるなら、あり得ない話じゃないね」

 ひゅうとニールの喉が鳴った。そんな可能性、考えもしなかった。その事が、今更に悔やまれる。もっと考えてやらなければならなかったのに。

「……んだと」

 ビリーが眉根に皺を寄せながら言った。

「グラハムも、あれはあれでエースの金看板下げて歩いているようなもんだから、目立つよねえ。連邦軍人でグラハム・エーカーの名前を知らない奴なんて一人も居ない」

 しかし、とアレルヤが話しに割って入る。

「それでも、目的は? 連邦軍に最悪の形で喧嘩を売って、それが何の得になるんです!」

 基本的に、とライルが腕組みをしながら言った。

「ヴェーダの目的は、戦争行為の殲滅だな」
「アフリカの一国だけが世界に反旗を翻したところで……」

 言いかけて、アレルヤは口を噤んだ。商業目的、それしか考えられない。

「……ゲームですか」
「支援物資の搾取と、武器の密輸、……戦争特需を狙っているのか、やり方が姑息だな」

 アレルヤが首を振った。マリーを連れてこなくて良かったと心の底から思う。

「戦争が国の商売になるなんて……」

 どこか切なそうに聞こえるその声を聞きながら、ティエリアが場を纏める。

「僕は一度、プトレマイオスのスメラギと連絡を取って作戦を練り直す。君たちはグラハム・エーカーの身柄を確保に向かった方が良さそうだな」

 ああ、と刹那が頷く。

「場所を知っているか」

 それには、直ぐにニールが頷いた。

「ラック・ローズの近くだって」

 その時、その場所からは変更になった、と端末の画面を見ていたティエリアが口を挟んだ。

「なんだって?」

 ニールが振り返るのに、ティエリアがたった今、グラハム・エーカー本人から連絡が入った、と画面を指差しつつ、厳しい表情で言った。

「新しい待ち合わせ場所は、少し海に出たところにある小さな島にある屋敷だそうだ。彼女の別荘だと言っているらしいが……」

 グラハム・エーカー自体もそんな話は信じていないらしい、と暗号通信の短いメールを指し示す。操作して立ち上げた別画面に座標が点滅し、ティエリアが出がけに渡したGPS付きの携帯端末に電源が入っていることが分かる。危ないと思ったら電源を入れろと言い含めて渡してあったものだった。

 GPSは、ゆっくりとだが確実にラック・ローズの湖畔から移動を開始している。

 真っ先に動いたのは、やはり刹那だった。

「ティエリア、ダブルオークアンタに正確な座標を送っておいてくれ」

 言いながら、刹那が部屋を早足で出て行こうとする。全員の間に緊張が走り抜けた。確かに一番それが早い、が、問題は刹那がガンダムを持ち出すほどの事態であると見積もったことの方であった。

「……ガンダムを出すつもりか!?」

 流石に咎める口調になったティエリアに、それが一番手っ取り早い、と刹那は呟いた。

「無論だ、威嚇にもなる」
「ソレスタルビーイングが、連邦軍の軍人を助けるのか?」

 やや押さえた口調でライルが腰を同じように浮かせた兄を抑えるようにしながら言った。刹那は、静かな表情でそちらを振り返る。

「あの男は、ただの連邦軍の軍人ではない」
「まあ、ただ者じゃないな」

 ライルが茶化した口調で言ったが、青い瞳は真剣だった。刹那はその視線を真っ直ぐに受け止め、次にニールに視線を移す。

「ロックオンの想い人だ。それだけで俺には十分に思えるが?」

 部屋に、再び沈黙が降りた。ニールだけがいたたまれないように視線を彷徨わせている。

「……分かった、気をつけて」

 真っ先に言ったのは、ニールではなくティエリアだった。アレルヤが、僕のガンダムの方が機動力は高いよ、と言って立ち上がる。ニールはただ、呆気にとられたような表情で皆の迅速な変化を眺めていた。

「ハルートを出そうか」
「……いや」

 その時、ライルが何かの決意を固めたように立ち上がった。

「アレルヤの機体の方がいいのは分かってる、けど俺を行かせてくれ」

 はっきりした口調に、いっそアレルヤは驚いた表情を見せる。

「ロックオン」
「俺が行く。俺じゃなきゃいけない理由がある」

 言いながら、ライルは抑えるように掴んでいたニールの腕を引っ張る。

「……兄さん、来い」
「ライル」
「狭いけどな、コックピット。知ってるだろうけど」

 兄さんが居なきゃ、いざというときにあの男の暴走を誰が止めるんだ、と付け加えたライルに、ビリーが苦笑しながらそうだねと言い添える。

「グラハムのお守り代わりだから。ニール君の言うことなら、あいつも聞くと思うし。頼むねライル君」

 指を立てて了解、と敬礼するライルの横で、やっとニールが固まって居た表情を緩めた。自分の足で、自分の意思で弟に向かって口を開く。

「連れてってくれ、ライル。お前の邪魔はしねえよ」
「よし!」

 朗らかに笑うライルを見ながら、ティエリアは僕は残る、と言ってアレルヤを見る。

「じゃあ、アレルヤは現場近くで援護のために待機しておいてくれるか、何かあればハルートに飛んで貰う」

 ガンダムが三機も出るなんて、豪華だねとビリーが呟いた。

「グラハムのやつ、興奮して鼻血出さなきゃいいけど」

 それを聞いてもやっぱりどこか困ったように笑いながら、アレルヤは言った。

「分かったよ、ティエリア、作戦が決まったら直ぐに連絡して。気をつけて、ロックオン……あ、二人とも」

 頷いて刹那やライルに続くアレルヤに、ライルが肩を竦めた。

「しかしまあ、刹那もアレルヤもティエリアも、二人まとめてロックオンロックオンって、俺たちが聞き分けられてるからいいけどな?」

 ライルがやや呆れたような声音で僚友達を見回す。ティエリアが僕たちは別に不便を感じていませんので、と済まして言った。声音と向いている意識でどちらを読んでいるかは大体区別が付いているはずだ。

「ちゃんと区別して欲しいか?」

 ははっ、とライルが意外なほどあっけらかんとした表情で笑った。

「いや、もういいわ。慣れる。俺は諦めた。行くぜ兄さん」

 ライルに促され、ニールも力強く頷いて一緒に走り始めた。それを見届けて、ティエリアとビリーは回線の向こうに呼び出されたスメラギと作戦会議を始める。

 事態は、急速にきな臭い方向へ向けて走り出していた。



☆ ★ ☆ ★ ☆




 きつい夕方の太陽の中、赤く染まる砂漠の中で、玲瓏な青い光が煌めく。

 白と青の機体が、赤い砂の中からその勇姿を現した。離れた場所で、緑色の機体と橙色の機体もリフトアップされてくる。

 コックピットの中で、パイロットスーツに着替えた刹那が立ち上がる計器を見ながら口を開いた。

「ガンダムダブルオークアンタ、刹那・F・セイエイ、目標を駆逐する!!」

 凜とした声が静寂を破った。それを聞きながら、ライルは二機のハロに座標軸は受け取ったな、と確認する。モチロン、ロックオン、フタリトモ! とハロが歌うようにご機嫌な声で応答した。

 ライルの後ろに立ったままで同乗しているニールが、調子がいいな相変わらずハロは、と苦笑する。

「ガンダムサバーニャ、ロックオン・ストラトス、狙い撃つぜ!」

  コントロールを全てアレルヤに、と二人乗りの機体の中で人工音声がパイロットの青年に告げた。普段はマリーが使っているシステムを解除したアレルヤが、琥珀の瞳を金色混じりに光らせる。

「アイハブコントロール、ガンダムハルート、アレルヤ・ハプティズム、介入行動に移る」

 エンジンに灯が点る。太陽炉から放出される緑の光を煌めかせながら、三機のガンダムは闇の中に浮かび上がって、それぞれに旋回して散っていったのだった。














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+++END

 

 

事件、スタート。
どうあってもモビルスーツを出して来ます安心のアメトリクオリティ。
ゼロミッションは殲滅作戦のことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++ back +++