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【6】QUANTUM OF SOLACE
明け方まで、お互いを離すことがどうしてもできなかった。最後は意識を失うようにして、耳元だけでお休み、という声を聞いたような気がする。
翌朝ニールが目を覚ますと、既にグラハムは部屋を出た後だった。身体を起こそうとしただけで、腰の辺りにわだかまる違和感に顔を顰めることになる。
「くそ、年甲斐もないこと、しやがって……」
記憶にある限り、向こうの方が三つ年上だった筈である。殆ど同い年か、場合によってはニールの方が年上に見られることが多いのが悔しいが。
「……」
幾ら向こうの方が負担は少ないとはいえ、明け方まで同じように睦み合っていて、あちらは早々に元気に出かけていったというのは基礎体力の差分なのだろうか。
何故かそれを悔しいと思いつつ、ニールはシャワーを浴びようと起き上がり、備え付けの内線電話を手に取った。ホテルが同じなのはアレルヤとライルで、内線で連絡を取って朝食を食べに出かけることにする。
食堂を覗く直前でティエリアから連絡が入り、三人はミーティングも兼ねて、刹那達のホテルの方に出向くことになった。
ダカールの気候はモンスーン地域であることもあり、それ程暑さが酷い訳でもない。まして、元々寒い国出身のニールにとってはそれでも真夏のように感じるほどだ。
朝のまだ低い気温を楽しむように、薄着のニールが長めの髪をまとめながら歩いていると、後ろからアレルヤにTシャツの袖を引かれた。
「……あの、ロックオン、言い難いんですけど」
もごもごと、もともと控えめな所にある青年が益々身の置き所がないようにしながらニールに向かって呟く。
「うん?」
「……首筋、髪の毛で隠した方が」
そう進言してくるアレルヤの頬が心なしか赤い。ニールはきょとんとしてアレルヤを振り返る。
「へ?」
「あの、……キスマーク、ですよ」
「!?」
さあっと赤くなって首筋を押さえる。少し離れた所を歩くライルはこちらを見ていないが、明らかに視線を逸らしている感じがぷんぷんする。気を遣われている。明らかに。
「や、あの、……えーと、む、虫に、刺された、かな」
口から紡ぎ出された言い訳は最低だった。アレルヤですら困ったようにため息をつく。
「もし、それが本当なら抗生物質を飲んでください、結構大きいので」
「……うああ」
「ティエリアに見つかったら、僕たちの心臓が危ないから、ほんと気をつけて」
「お、おう……」
慌てて髪をまとめていたゴム紐を取っ払い、首筋にわたわたと髪の毛をまとわりつかせるニールに、ライルがボソッと兄さんは不用意すぎる、と呟いていた。
なにより、情事が家族に露見したことが恥ずかしくて、ニールは穴があったら入りたい気持ちになる。こうならない為に今まで自制していたというのに、なんということだ。
しかも、ニールは所有印を嫌がるため、普段はグラハムはこんな風な狼藉はしない。それだけお互い夢中だったという証明に他ならないのだが、他ならないのだが。
なにもこんな時に限って見つからなくとも。
(あいつ、こんな時に限って……いっつも殆ど付けたこともねぇ癖に……! 帰って来たらシメる)
ニールが心の中で半ば逆ギレにも近い昏い決意を固めたのは言う間でもない。
☆ ★ ☆ ★ ☆
刹那達のホテルに到着すると、ロビーでは丁度ビリーが一人でコーヒーを飲んでいる所だった。あ、カタギリさんだ、と目敏く見つけたライルが近付くと、僕はこの後知り合いと会うから構わずに行って、みんなは食堂、と告げられる。
「了解しました、宜しくお願いします」
それだけを言って立ち去ろうとする三人の、ニールだけをビリーが呼び止めた。
「アーうん、ちょっと待って、ニール君ちょっとこっちに来よう」
ちょいちょいと招かれて、ニールは長身の男の側に寄った。ニールも背は高い方だが、ビリーは小柄な人間も多い日系だというのに彼より更に背が高い。
「なんスか、カタギリさん」
「んーあのねえ、話せば長いことなんだけど」
「はい」
まだ何か自分の知らない新事実が出てくるのか、とニールは心を引き締めた。昨夜、グラハムの口から粗方の事情は聞いたつもりだったのだが。
ところが。
「何があってもグラハムはグラハムだから」
「短っ!」
「それだけ分かってれば大丈夫だからオールオッケイだからねえお願いだよ宜しく頼むね?」
一気に言い切って、ビリーはね? と駄目押しをするようにぱんと手を合わせる。そんなに可愛く首を傾げられても、とニールは困惑した。
実際、ビリーはとてもグラハムの親友だと思う。思考回路のすっ飛ばし方がほぼ同じだ。しかもトランザム機能付きだ。常人にはなかなか追いつけない。
「えっと」
「うん」
まあいい、取り敢えず彼は過去の因縁を話してしまったことを含め、グラハムとのことを心配してくれているのだ。それだけは分かる。
「……前向きに検討します」
「ありがとう! お礼に、今度美味しいドーナツショップ教えるからね!」
あーやっぱこの人グラハムの友達だ、話が早いって言うかショートカットし過ぎ。ニールは苦笑して、弟たちに呼ばれるまま食堂へ向かい、朝食の席に着いたのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
刹那、ライル、アレルヤのマイスター達はそれぞれヴェーダが割り出したテロリスト達のアジト候補の場所を探りに出かけ、部屋には連絡役のティエリアと、作戦から中途半端に外れているニールだけが残った。
「そういえばロックオン、グラハム・エーカーの方の動きはどうなんです?」
ティエリアは、ニールに対してはまだ完全に敬語が抜けきっていない所がある。もっと懐いてくれてもいいのになぁと見当違いなことを思いつつ、ニールはすぐに口を開いた。
「ああ、なんかあのスレーチャー少佐の娘さんって人から、子供を国外脱出させるように頼まれたとか聞いたぞ」
「……子供?」
ティエリアが眉を顰めた。ニールは格段隠すつもりもなく、昨日聞いたままのことを眼鏡の青年に告げる。
「この国での商売で、やり過ぎた……つうから、犯罪組織の利益と当たったんだろうな」
「組織の全貌は?」
問われて、ニールは知らないと首を横に振った。
「まだ掴めてないって、今朝も早くから出て行ったよ」
「そうですか。……では、そちらはあなたに任せていいですか、ロックオン」
ティエリアの台詞に、ニールは驚いた顔をした。ティエリアの性格的に色々口出しをしてくると思っていたし、まさか全権委任が来るとは考えもしなかったのだ。
「おいおい、任せるって」
「連絡役はいずれにしても必要です。ビリー・カタギリはまだこちらの思惑に乗ってくれるつもりがあるようですが、グラハム・エーカーは底知れない」
きっぱりと言い放たれた台詞に、ティエリアは的確に二人の差分を見抜いているとは感じつつ、ニールは恋人の弁護に動いた。
「……ん、まあなあ、見た目ほど分かりづらい奴でも」
「惚れた欲目、という諺を知っていますか、ロックオン」
的確すぎる反撃を喰らい、う、と呟いて沈黙したニールは、つい首筋を押さえてしまう。ティエリアは幸いにしてキスマークにはまだ気付いていないようだった。
ということは、あの金髪の男のお守り役は事実上ニール一人だけと言うことになる。そいつはなかなか任が重いな、とニールは腹の中で独りごちた。
なんせ、暴走を始めたら刹那のダブルオーガンダムでも持ってこないと止めきれないような男なのだ。
しかし、ブレイヴは持ってきておらず、ガンダムマイスター達は基本的に己のミッションが優先だ。そうすると、グラハムが子供を脱出させるときにどうするつもりだろうと考えていたニールが、はっと思いついたように顔を上げる。
「そうだ、ティエリア」
「どうしたんですか、ロックオン」
振り返ったティエリアに、ニールは真剣な顔でたった今思いついた考えを口にする。
「折り入って、頼みがある。……俺に、ガンダムを貸してくれ」
「ガンダムを?」
流石に、ティエリアが秀麗な眉を顰める。そりゃそうだろうな、今の俺は部外者だし、と思いつつもニールは青年に対して話を続けた。
「ライルの専用機、ガンダムサバーニャと別に、まだソレスタルビーイングにはデュナメスが残っていると聞いた。無論、太陽炉なんていらない。頼むよ」
ティエリアはじっと眼鏡の奥の臙脂色の瞳を深くして、ロックオンを見つめた。暫くして、ゆっくりと口を開く。
「それは、グラハム・エーカーを助けるため、ですか」
静かすぎる問いかけだった。
「……」
ティエリアの、責めるでもなくただ、ニールの内面に問いかけるような瞳を見て、ニールは我に返る。
さっと背筋に冷水を浴びせられたようになって、ニールは首を振り、自らの頬を叩いた。
(アホか、……アホか俺は!?)
もう、ソレスタルビーイングに関われる立場ではない。自分はどんな形であれグラハムの傍らに居るのだし、グラハムには例えどんな形でも、彼の戦いには関わるつもりはないことをはっきり宣言もしてある。今更、個人の感情だけでそれを覆すのは良いことではない。
「悪い、忘れてくれ」
ばつの悪さに、今すぐ穴があったら入りたい気分だった。予期せず、あの金髪の男に根幹を揺るがされそうになっていることを見せつけられた気分だ。これなら、キスマークを見つかった方がまだマシだった気がする。
恋情を抱いたから、身体を重ねたからといって、彼の為に信念までも譲り渡したわけではない。
そんな男は、最早ニール・ディランディですらある価値がない。
そんなニールに、ティエリアは軽く肩を竦める。なんだか人間らしくなったな、とニールは柔らかなその変化を好ましいものとして受け取った。
「幸せそうで何よりです。だったらもう少しグラハム・エーカーに対する評価を甘くしてもいいかもしれませんね」
「……言うなよ、すげえ恥ずかしいんだから、今」
耳まで赤くなって顔に手を当てたまま俯くニールに、ティエリアは柔らかく首を振った。
「それに、あなたをガンダムに乗せると、きっと色々煩いでしょうしね」
「え?」
まだ恥ずかしさで熱を持った頬を抑えていると、ティエリアはくすりと笑いながら言う。
「まず、真っ先に当のグラハム・エーカーが怒鳴り込んで来そうじゃないですか」
「……つうか、落とされそうで怖ぇえよ、俺は」
それはそれでぞっとしない話だ。身体を震わせるニールに、ティエリアが言う。
「……あなたは愛されているから。皆に」
「はぁ?」
「もっと頼って下さい。あなたが生きていてくれただけでいいんですよ、僕達は皆」
その言葉を告げるときにティエリアは大して表情を動かした訳ではないが、ニールはその言葉を聞いただけで訳もなく泣きそうになって、ぐしゃりと前髪を掴み、俯いた。
「……そっか」
「無論、僕もですよ、ロックオン・ストラトス」
耳を打つ声は、嘗ての同僚が明らかに感情面での飛躍的な成長を遂げていることを示してくる。
「……こういうとき、ありがとう、だけでいいのかな、俺は」
ぱたん、とティエリアが開いていた端末を閉じてニールを向き直った。
「いいんじゃないでしょうか。……では、その子供のことはやはり僕が引き受けましょう」
「ティエリア」
ニールが驚いたように顔を上げるのに、脱出手段を講じるなら、よく考えれば僕の方が適任ですとティエリアが続ける。
「あなた方二人に任せて無茶をされては敵わない。詳しい情報をグラハム・エーカーから聞き取って来て下さい」
「サンキュー、……な」
どういたしまして、と言いながらティエリアが珍しく戯けたように肩を竦める。
「それに、あなたにはあの男の暴走を止めるという大きな任務があるでしょう、ロックオン。それを忘れないでください」
「……あー」
危うく一緒になって暴走するところだったニールが苦笑し、グラハムと連絡を取る為に携帯端末を取り出した。
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+++END
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