未来の破片-The Insanity of War-




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【4】ラヴィアン・ローズ



 数日後、グラハムはニールとビリーと連れだってダカールの街を歩いていた。ポンピドゥストリートの綺麗に整備された町並みを眺めながら、物珍しそうにグラハムが言う。

「ダカールの街は初めてだな」
「ここさ、ラック・ローズっていう有名な湖があるみたいだぜ?」

 既にここ数日で色々な事を諦めたニールが、ガイドブック片手に暢気なことを言った。

 ちなみにグラハムもニールもそれぞれに色つきのサングラスをかけてラフなシャツを身に纏い、贔屓のサッカーチームだのベースボールチームだののキャップを被っている姿は、どこから見ても観光客にしか見えない。二人より少しこましな格好とは言え、ビリーも麻のジャケットの中はTシャツだった。

「ほら、見てみろよ、湖面が薔薇色なんだってよ。すげえな。写真だけでこんなに綺麗だ」

 サングラスをずらし、ニールの指し示すガイドブックを横から覗き込んだグラハムが、確かに素晴らしい、と感嘆の声を上げる。だろ、とニールは嬉しそうに笑う。

「どうせなら、空から見たかったな」
「仕方があるまい、ガンダムは目立つ機体だ」

 他のガンダムマイスター達はそれぞれに周辺の砂漠などに機体を隠してからダカールの市街にやって来て、予め示し合わせているポイントで落ち合う手筈になっている。

「ガンダムって言うな。不用意だぞ」

 現役時代に戻ったように生真面目な表情でグラハムに釘を刺すニールも、実はソレスタルビーイングの面々から重要な役目を与えられている。

 まあぶっちゃけ、グラハムのブレーキ係という役割だった。まるで死地に送りだすように兄さん頑張って、とライルに言われ、刹那とアレルヤに無言で肩を叩かれ、ティエリアにまで気の毒そうな顔をされたあの日を忘れない。

「おや、君と一緒で浮かれているのかな、私は」

 グラハムの手が伸びてきて、日焼けするぞ、とニールの被っているキャップを直した。そのまま頬に触れてこようとするのをニールがやんわりと押し戻す。

「こら、まだ昼日中だぞ?」
「ついでに僕も居るけどね……」

 ぼそりとビリーが呟いたので、ニールは慌てて飛び退いて咳払いをした。グラハムは余裕綽々で、しかし、どうしてブレイヴを持って来させてくれなかったのだね、等と聞いている。

 ダメ、ゼッタイ! とビリーがおぞまし気に身体を震わせた。技術顧問的になにやら許せないものがあったらしい。

「砂漠とかであんまりモビルスーツ使わせたくないんだよねえ。砂の粒子が細かいから駆動部分に不用意に入り込んじゃうし、なんせきったないんだよねえ砂漠の砂! 知ってる? 黴菌だらけなんだよ! もしも帰ってきたら、後で全体クリーニングかなあ」

 他の子達可哀想だよねえ、あ、可哀想なのはイアンさんか、と呟くビリーに、こっちにもぽんぽん不用意なことを言うなと釘を刺した方がいいのかと考え込みながら、ニールは隙あらば近付こうとする街頭物売りを華麗にかわす。

 ちなみに、きょろきょろと物珍しそうに周囲を見回して歩いているようでもグラハムも綺麗に物売りを回避しているのだから、実にただ者ではない。バナバナと呼ばれる売り子から怪しげな仮面を売りつけられようとするビリーの腕を引っ張りながら、ニールは待ち合わせポイントである一番の繁華街、サンダガ交差点へ向かった。

 暫くその交差点にある市場の中をうろうろしていた三人だったが、やがて見慣れた黒髪を見付けてニールが駆け寄る。

「おう、刹那、アレルヤ、ティエリアにライルも!」

 アレルヤが手を振り返した。マイスター勢は既に集合していたようだ。

 サファリシャツ姿のライルが、兄さんそんなちゃらい格好だと学生みてえとニールを茶化す。ちゃらいのはどちらだと言ってやりたい。

「うるせえよ、お前こそなんなの、そんな決めてさ」
「俺はダンディズムってやつを大事にしてるんでね」

 ぴしっと襟を正すライルに、ニールがやれやれと呟いて肩を竦める。

「無事会えてよかった、ロックオン、エーカー少佐」

 ホッとしたように胸を撫で下ろすアレルヤに、グラハムが苦笑する。

「ここでは階級は止して頂きたいな。グラハムでいい」
「……」

 アレルヤはなかなか複雑そうな顔をして、分かりましたグラハム、と言った。そこに、長髪で眼鏡の技術顧問がねえねえねえ、とデート中の女子のような声を上げる。

「ねえ、とりあえずなにか飲もうよ、喉が渇いた」

 マイスター達も呆気にとられたが、グラハムも眉を顰める。

「ビリー・カタギリ……」

 だってさ、と実は朝からグラハムとニールに引っ張り回されている技術顧問は休息の必要性を主張する。

「僕は所詮、技術屋だもん。君たちの体力とは一緒に行かないんだからね!」

 もっとお姫様みたいに扱ってよ、わざわざ来いって言うから来たのに! 半舷休息希望! と言われたグラハムが、困った様子で傍らのニールを振り返る。

 そもそも、ビリーを伴ってきたのも、この地に政府のけっこう高官になっている学生時代の知り合いがいるという話があったからだった。

「……いいんじゃね? とりあず、この後何処に行くか決めようぜ」

 ニールが手に持ったままのガイドブックを翳しながらにっと笑う。

「なんせ、俺たちは気楽な旅行者なんだから、なあ?」

 言いながら振り返るニールに、刹那が仕方ないな、と素っ気なく同意する。そのまま七人は連れだって手近なバーに移動した。昼間は酒以外のものも出しているらしいそこで適当に注文をし、ビリーが安堵の息をついた。

「ほんとにね、グラハムは一見優男なのに体力バカだし、ニール君はそれにホイホイ付いてくし、僕どうしようかと……」
「悪かったよカタギリさん」

 ニールが済まなそうに言うが、グラハムは首を竦めてみせただけで、注文したコーヒーに口を付けていた。瓶ビールを飲んでいたビリーが、あ、と声を上げる。

「どうした」
「そういや僕、両替してないかも。電子マネー系って有効かなあ?」
「気になるというのなら、私が行ってこよう」

 そう多くはないだろう、というかどうせガラクタを買いたいんだろう、と呆れたように言いながら腰を浮かせたグラハムに言われ、ビリーは照れ笑いをする。

「うん、プリィミティブアートのちっちゃい奴みたいなの、欲しくて」
「じゃあ、グラハムさんが帰って来たら出発ってことで」

 ライルがへらりと手を振り、グラハムは両替をするべくバーを後にした。

 その時、出て行くグラハムを見た窓際席の女性が、連れの男性を置いて、急いで立ち上がるのがニールの目に留まった。

「……?」

 意識が、微かに何かに引っかかってざらつく。女は、間違えようも無く金髪の男の名前を呼んだ。

「グラハム!!」

 入り口近くで呼び止められたグラハムが立ち止まって女性の方を振り向き、そのまま驚いた顔になった。

「ーーーーー貴女は」
「ああ、こんな所で貴方に会えるなんて!」

 女性は感極まったように言い、グラハムの腕を引く。薄暗い店内ではあったが、なかなかの美女であることは分かった。

 おい、なんだその態度、とニールの眉間に皺が寄る。ニールの視線を追って一部始終を同時に見ていたライルが、あれ、ナンパか? と軽口を叩いた。

「美形だもんな、あの人。顔の傷がちょっとあれだけど」

 ニールの胸がイヤな予感を感じてざわめく。ただ声を掛けてきただけの女性に対するグラハムの冷淡さはニールが一番よく弁えている。そうではない、あれは知り合いに対する表情だ。しかも、かなり近い。

「……ナンパじゃない、あれは」

 ニールが何か言おうとしたその時、同じ光景を見ていたビリーが、思い出した、と呟いて呆然とした表情になった。

「間違いない、スレーチャー少佐のお嬢さんだ……」

 長髪の技術顧問は低い声で呟いた。聞き慣れない名前に、ニールが首を傾げる。

「スレーチャー少佐?」
「ああ、うん。……あー、僕も顔知られてるんだよね。どうなんだろ。ばれちゃっていいのかな、わかんないな、ちょっと隠してよ、ライル君」

 ニールとライルの長身の兄弟を壁にして、彼等より実は背の高いビリーはひっそり身を屈めた。

「だって、知り合いなんでしょ?」
「……いや」

 弟のその疑問には、ニールが呟いた。

「グラハムがこっちに向けてた意識をわざと切った。……関わるな、ってことみてえだな」

 そのまま、グラハムはその女性と、連れの男性も一緒に店を出てしまった。残された面々は顔を見合わせ、勘定を済ませてからそのバーを出て、宿泊予定のホテルのロビーにばらばらと集まることにした。



☆ ★ ☆ ★ ☆




 程なくグラハムと連絡を付けたニールがマイスター達と待っていると、グラハムはやや慌てた様子でやって来て、いきなり部屋には入れるか、と聞いてくる。

「ああ、……念のためばらばらに宿は取ってるけど、ここは刹那とティエリアの部屋がある」

 それでは、と既にチェックインを済ませている刹那の部屋は、大の男が七人も入るには少々手狭だったが、グラハムはそれどころではなさそうであった。ビリーに律儀に幾ばくかの現地通貨を握らせると、あまり時間がない、とせかせかした態度で言う。

「ニール、皆、すまない。私はここで少し急用ができた。内容は今はまだ言えない。必ずいずれ合流するから、先に行動を開始しておいてくれたまえ」

 それだけ言うと、ニールに定時連絡はする、と言って入って来たばかりのドアノブに手を掛ける。流石に、ティエリアが厳しい声を掛けた。

「早速の説明無しの単独行動ですか、随分とお偉いことですね、ライセンサー」
「……」

 グラハムはその声に応えず、黙って部屋を後にした。ばたんとドアが閉じる音と共に、あーあ、と声を上げてビリーが手近にあった椅子に座り込んだ。

「スレーチャー少佐のお嬢さんとか、……凄いの出てきちゃったねえ」

 何気ない口調でニールが聞く。

「一体、誰なんです、それ」
「うーんとね、端的に言うと、グラハムが昔袖にした上官のお嬢さん」

 ヒュウと横で聞いていたライルが口笛を吹いた。

「昔の女系?」

 問われて、ビリーは首を傾げた。

「うーん、どうだろ。僕はその辺りまだグラハムとは知り合いじゃなかったんでねえ。詳しくは聞いてないけど、付き合ってはなかったんじゃないかな? ただ、グラハムにモビルスーツの操縦のイロハを教えた恩人のお嬢さんだから、ちょっと特別ではあるんじゃないかな」

 ビリーの話を聞いて、興味深そうにライルが身を乗り出してきた。ニールは急に心を閉じたように素っ気ない表情だ。こういう所が双子でも全然違う、とビリーは今更感心したように兄弟を見比べた。

「それ、親に内緒で付き合ってました、じゃなくて?」
「うん、少佐がグラハムをお嬢さんの婿に、って見込んでたみたいだね」

「あ、じゃあ、エーカー少佐のご両親が反対した」
「ああ、……ええっと」

 ビリーが微かに言葉を濁して、ニールの方をちらりと見る。ニールは弟の腕をそっと触り、あいつは孤児なんだ、と耳打ちをした。ふうん、と頷いたライルは、話を続ける。

「へえ、なのに結婚しなかったんですか? 軍隊ってそういうの煩そうなのに」

 聞くのは、会社勤めをしていた過去があるからだろう。人間関係の柵の鬱陶しさが分かっている感じだった。

「グラハムは基本的に空を飛ぶこと以外に興味がない男だからねえ……今でこそニール君が側に居ることで落ち着いてるけど、若い頃はそれがもっと顕著だったから」

 ストイックでねえ、とビリーは言いながら頷いた。その言葉にも、ニールではなくライルが反応する。

「据え膳スルーするくらいストイックだったらそりゃもう逆に問題児……」

 言いかけて、ビリーの何とも言えない表情を見たライルは気付いたように言葉を切った。

「つまり、とびきり問題児だったと」
「むしろ問題児じゃないグラハム・エーカーとか想像できないよね、僕なんか」

 でも、好きな人はグラハムのこと、めちゃめちゃ好きだったよ、とビリーが言い添えた。ああ、とライルが手を打つ。

「裏を返せば、嫌いな奴は徹底的に嫌いだったと」

 ビリーが苦笑した。否定はしない。親友の癖のありすぎる性格のことについてはよくよく弁えていた。

「ライル君ライル君、もうちょっとオブラートお願い」
「俺は兄さんは凝った趣味だとは思いますが、あの人自体は嫌いじゃないですけどね」
「おいライル、凝った趣味だけ余計だ」

 黙って聞いていたニールがそこで初めて顔を思い切り顰める。認めて貰っているようなのは有り難いが、家族に全く羨ましがられない恋人というのもちょっと切ない。ライルがめんどくせえな兄さんは、と前置きして言い直した。

「じゃあ奇特」
「……一週間くらい、お前さんのアニューと交換してやろうか?」
「イヤです結構です」

 俺アニューがいいですおっぱい大好きですアニキの硬い胸板勘弁してください、とライルは丁重に断りを入れ、双子の兄に小突かれる。

「なんで!? 家庭内暴力反対!」
「うるせえ、お前はもう少しお兄様を敬え!」
「お兄様っつーか義理のお兄様予定の人なら俺素直に凄いと思う。あれ落とせるとか、流石は兄さん、凄腕スナイパー」
「お前ちょっと外出ろライル」

 兄貴の威厳ってものを分からせてやる、拳で! と弟相手に憤慨するニールに、呆れたように刹那が声を掛ける。

「おい、ロックオン」

 名前を呼んだ瞬間に、鳶色の髪の毛の男が二人振り返り、合計で四つの青い目が刹那の方を向く。

「……同時に見るな、二人共だ。それで、介入しなくていいのか」

 刹那にそう聞かれて、ニールは目を瞬かせた。まさか弟分からそんな提案が出るとは露程も思わなかったのだ。

「介入?」
「あの女性と一緒に居た連れの男、家族ではなさそうだったから、夫ではない。明らかにどこかの軍人かなにかのように俺には思えた」

 もしも夫の同僚ならば、夫は軍人なのか、と刹那に言われてビリーが首を振った。

「違うよ、彼女はグラハムで懲りてもう軍人はイヤだって、民間の……たしか、外食産業系のけっこういい家の跡取りの所に嫁いだはずだけど」

 ビリーが遙か過去の記憶を引っ張り出しながら返事をする。グラハムもあの辺りのことはそれ程語りたがらないので、本当に遠い記憶だ。

「ならば、最近の外食産業はSPでも雇うのか? 違うだろう。護衛という感じではなかった。むしろ監視だな」
「……つまり」

 聞いていたニールの眼光にも鋭さが増す。そもそも、ここへ来た目的は武装テロ組織の炙り出した。刹那が静かに続ける。

「グラハム・エーカーは、彼女の周囲に看過できないきな臭さを感じ取って、某かの頼み事か、依頼を受けたのだと俺は考える」
「……なん、」

 大変じゃないか、と声を上げたアレルヤを、刹那が視線で制した。

「ただ、俺もあくまで勘でしかない。それは向こうも同じだろうと思う。俺がグラハム・エーカーなら、今はまず真っ先に裏を取りに行っているはずだ」

 介入しなくていいのか、ともう一度繰り返す刹那の横で、じっと聞いていたティエリアが動いた。

「刹那、男の顔を思い出せるかい?」
「ああ」
「……では、今からヴェーダとリンクする。現在この国に入り込んでいるテロ組織や過激派の構成員の顔写真ファイルを出すから、面通ししてくれ」
「じゃあ、僕は端末をお借りして、連邦軍のが引っ張り出せないか見てみるよ」

 同時にビリーも動く。即時にそれぞれの取るべき行動に移行するマイスター達を見て、ニールがばつが悪そうに刹那を向き直り、少しだけ口を尖らせる。

「……なあ、お前、俺よりあいつのこと、分かってるか? もしかして」
「妬くな。落ち着いて眺めていれば誰だって分かる」

 刹那は迷惑そうに顔を歪め、ティエリアの指し示すモニターに近付いた。言われたニールが口をぱくぱくさせる。

「……ば、ばか、や、妬いて、なんか」
「兄さん、顔赤い」

 今度こそ、ニールの容赦ない足払いがツッコミを入れた弟の足下に炸裂した。転倒するライルの巻き添えを食ったアレルヤが、酷いですよロックオンどっちも、と泣きそうな声で叫ぶのを聞き流しながら、刹那はじっと流れていく画面を見守っていた。













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+++END

 

 

ここから主題に入ってきました。グラハムの過去の話です。
CDドラマに出てきたやつね。
ニールとライル、グラハムとビリーの会話が可愛くて仕方が無いのでついつい……
刹那さん頑張って。

 

 

 

 

 

 

 

 

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