未来の破片-The Insanity of War-




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【2】過去の呼び声



 翌日から、グラハムは主にビリーやイアン、ティエリア達とのミーティングで忙しなく予定をこなすことになっていた。

 なんだかんだで一ヶ月近くなるらしい滞在予定の間、絶対機密の筈の仕事にほいほいくっついてきたニールは、部屋割りの際にバックパックだけを持ってグラハムに手を上げる。

「俺、弟の所転がり込むからいいわ」
「なんだと?」

 眉を顰めるグラハムに、折角のあんたとガンダムの逢瀬を邪魔する趣味はないんでね、とニールが肩を竦める。グラハム・エーカーがガンダムという機体に心奪われ、恋い焦がれていることは一部では周知の事実であった。

「俺は言われたとおり、遅すぎる家族サービスに努めてくるよ」
「……巡回予定かい?」

 ライルの所ばかりにはいないだろうという暗黙の問いに、ニールは微笑みで答えた。

「寂しくなったら戻ってくるから、それまで良い子で順番待ちしてろよな、ダーリン?」
「言ってくれる」

 まあ、私もその方が気が楽だ、どうしても君を一人きりにしてしまうだろうからな、と苦笑するグラハムに見送られ、ニールは早速弟の部屋に転がり込んで、盛大に嫌な顔をされた。

 シングルの狭いベッドに180クラスの大男が二人……、とぶちぶち零すライルに、俺は今夜は床でいいからとニールは笑った。

「明日はお前が床な」
「なあ、この部屋、俺の部屋なんだけど!?」

 意味がわからないよ、とぼやきながらライルは仕方なく寝袋を引っ張り出してくる。

「よお、何がそんな嫌なんだよ?」
「兄さんがずっと居たら、俺どこでアニューといちゃつけばいいんだよ!」

 恋人いねえ奴の所に行け、と尤もなことを言われてニールは口を尖らせる。

「んだよ、刹那かティエリアか二択になるじゃん」

 ああ、とライルが思い出したように言った。

「刹那もなあ、フェルトが気にしてるんだけど、刹那自身が全く気付いてねえしなあ」
「フェルトが?」

 驚いた顔のニールに、ライルがにやりと笑う。嘗て、フェルトがこの兄に仄かな思いを寄せていたことはよく知っていた。

「あれ、ちっとは残念だった?」
「……いや、良かったよ。申し訳ないけど、ホッとしたな」

 ニールは微かに笑い、じゃあそのうちに刹那の所にも行ってやろうかなと付け加える。そんな兄に向かってライルは問うた。

「それで兄さんに聞きたいんだけど」
「ん?」
「ティエリアって……」

 ティエリアがニールを慕っているのは周知の事実である。恋愛と言うよりは、ひな鳥のインプリンティングに近い親愛の情のようだが。

「言うな。俺もティエリアの部屋に押しかけるのはちょっと抵抗がある」

 かくりと項垂れるニールに、折角広い客室を割り振ってやったのに、とライルが呆れた顔をした。

「エーカー少佐と一緒に居ればいいじゃないか」
「……」

 押し黙る同じ顔の兄に、ライルがため息をついた。

「オーケィ、兄さんの見栄っ張りは今に始まったことじゃないからな、好きにしろよ。ただ、俺が出てけ、つったら出てってくれよな」
「サンキュー、ライル」
「どう致しまして」
「でも、本当に……いいのか? ライル」

 静かに聞いてくる兄に、弟は俺ももう子供じゃないから、と首を振った。

「兄さんを取られて寂しいなんて言わないさ。……むしろ、よく生きていてくれた」
「ああ」
「それにさ、エーカー少佐逃したら兄さん一生チョンガーだと思うね」
「……それはグラハムも同じだと思うけど」
「積極的なのと結果としてってのは違うと思うんだよね、俺」

 一刀両断されて、ニールは暫く鼻の頭に皺を寄せていたが、弟に口で敵うとは思わなかったらしく、切り替えたように首を振って立ち上がる。

「なあ、申し訳ないついでに」
「?」
「あれやらない?」

 きらきらした少年のような瞳の兄をつくづく見て、社会人になったことない人マジで手に負えない、とライルは内心で独りごちる。

「……兄さん、あんた今年で自分が幾つになったか勘定した方がいいぞ」

 むしろこの年になっても似過ぎている方がおかしいのか。そんなことを考えつつ、ライルはロッカーの中から予備の制服を取りだしたのだった。



☆ ★ ☆ ★ ☆




 その頃、プトレマイオス2改の進路について話し合っていたスメラギと刹那は、部屋に入ってきたティエリアに声を掛けられた。

「……スメラギ・李・ノリエガ、刹那、少し話がある」
「どうした」
「なにかしら、ティエリア」

 顔を上げた二人に、臙脂色の瞳の眼鏡の青年が紫紺の髪の毛を揺らしながら近づいた。見てくれ、と端末を立ち上げて二人に見せる。

「ヴェーダから新たなミッションが届いた。……AEU領内の、大規模武装テロ組織がきな臭い動きを見せているそうで、その内偵だ」
「あら、それは……」

 無論遂行するわと言いかけて、スメラギが表情を引き締める。

「エーカー少佐とビリーの事ね」
「そうだ。流石に連邦軍人をソレスタルビーイングのミッションに付き合わせる訳には行かないだろう」

 どうしたら良いと思う、と相談してくれるティエリアに、スメラギはそうねえ、と真剣に腕組みをした。そこで、刹那が口を開く。

「言ってしまえばどうだ」
「……正気か?」
「二人とも馬鹿ではない、自分の身の処し方を考えるだろう」

 言った後で、刹那がティエリアを振り向く。

「お前もそう思ったから俺たちに確認に来たんだろう、ティエリア。違うか?」

 真剣な目で刹那を見ていたティエリアの口元が少しだけ緩んだ。

「来たのがあの二人で良かった、と言うべきかな」

 それも全てヴェーダの意思かも知れないが、とティエリアが感慨深そうに呟く。

「まあ、届いた推薦状が連邦軍のマネキン准将からだったからな。彼女の推薦ならば間違いはないだろう」
「そもそも、エーカー少佐を送ってくれたのが、マネキン准将だそうね。有り難いわ……」

 カティ感謝してる、と微笑んだスメラギは、当のカティが連れ合いの暴走を止めるために敢えてエースパイロットを指名したという裏事情をこのときはまだ知らなかった。

 ちなみに、ニールはニールで、行きづらいから行かないと散々駄々を捏ねたのを、弟に会える二度とない機会に、君ほどの男が何を怖じ気づいた事を言う、と殆ど首根っこ引っ掴む勢いでグラハムが引きずってきたという事情も当然知らない。

「あ、居た居た」

 そこに、ドアが開いて緑色のソレスタルビーイングの制服を着た男が入ってきた。刹那がそちらを向いて声を掛ける。

「どうした、ロックオン」
「いんや、兄さんを見失っちまってさ」

 見かけなかったか、と言われて、スメラギが首を振る。

「知らないわ、ごめんなさい」
「まあ、別に急ぎでもねえから」

 そこで、ティエリアが手にしている端末を見て、ふっと眉を曇らせる。

「ミッションか?」
「ああ、全員で向かう事になるだろう。ロックオン、事に寄ったら君は折角の兄弟の再会がふいになってしまいそうだ」
「……ああ」

 分かった、と短く言うと、鳶色の髪の毛を緩やかに低重力に舞わせながら男が部屋を出て行く。その後ろ姿を見送って、刹那がぼそりとティエリアに漏らした。

「……ティエリア、良かったのか」
「残るかどうかは自分で決める、ってさっき言ってたじゃないか、刹那」

 ひそひそと囁き合う二人に、一人だけ分かっていないスメラギが不思議そうな顔をする。

「何のこと?」
「今のロックオンは、兄の方だったってことですよ」

 事も無げにティエリアが言い、スメラギは驚いた顔になった。

「うそ、分からなかったわ」
「そうですね、長い付き合いのマイスターはまず騙せないでしょうが」
「ティエリアも人が悪くなったな」
「刹那こそ、どうして言ってあげないんです?」
「……さあな」

 ロックオンの兄の方はああいうちょっと子供っぽい所があるのが弟と違うという統一見解を話し合っている優等生の弟分二人を見ながら、スメラギは内心でニールに少しだけ同情してしまったのだった。



☆ ★ ☆ ★ ☆




 その頃、休憩を取っていたグラハムは、案内されたベンディングコーナーでコーヒーを飲んでいた。その隣に、緑のTシャツとジーンズの男が何気なく腰を下ろす。

「何、飲んでるんだグラハム」

 ひょこりと顔を覗き込まれて、グラハムは翠の目を瞬かせた。

「コーヒーだ。君は好きなのかな?」

 ならば買ってくるが、と腰を浮かしかけるグラハムの手を、男が掴んだ。

「好きなのかな、だって? 水くさいぞ、そんなことも知らないのかよ、恋人の癖に」
「そうだな、もっとゆっくり話をしておくべきだった。……茶目っ気のある弟君の事も」
「そうかな、あいつは生真面目な方だぜ?」

 長身を屈めてにい、と笑う男の鳶色の癖毛を見下ろしながら、グラハムはやや表情を緩めた。

「だったら、迷惑を掛けているのはニールのようだな、改めて宜しくお願いする、ライル・ディランディ……それとも、ロックオン・ストラトスの方がいいかね」
「……」

 男は青い瞳でじっとグラハムの翠の双眸を見つめてくる。グラハムは、微かに首を傾げた。

「どうした? 私の顔に何か……」
「……いや」

 くすりと笑って、男はグラハムを離して立ち上がった。

「だーから止めようって、俺は言ったんだぜ? 二十年ぶりくらいなんだからさ、こーゆーことすんの」

 もう三十も超えて、よく入れ替わりやってたガキの頃と違うんだから、物腰だなんだで分かっちまうよなあ、とライルが頭を掻いた。

「甘えているのだよ、君に」

 すまないな、と苦笑するグラハムに、ライルは手を出した。

「じゃあ、ワビに紅茶を奢ってくれよ、お義兄様」
「無論だ」

 グラハムも立ち上がり、ベンディングマシーンにコインを入れるとライルが横に立ってボタンを押した。

「おや」

 ぽちぽちと追加のボタンを押す手元をグラハムが見るのに、ニールはカップを取り出しながら微笑んだ。

「兄貴はミルクを入れるけど、俺は入れない。代わりに砂糖は少し入れる。……覚えたか?」
「承知した」

 自分の分のコーヒーを片手にライルに並ぶグラハムに、ライルはなあ、と紅茶を口にしながら独り言のように切り出した。

「よく兄さんが引っ張り出せたな。どんな手品を使ったんだ」
「別に魔法などではないよ、君を餌にさせて貰った」
「ははっ、……だからごねたんじゃないのか」

 ライルはおかしそうに言い、なあ、とやや落とした口調で隣に並ぶ男に尋ねた。

「……兄さんが、こっちに残るって言い出すとか、考えなかったのか?」
「それも、ニールの選ぶことだ。私は彼に一点の曇りもない幸せは与えられない」

 さらりとグラハムは答えた。

「ニールは私の部下を墜としている。……互いの間に消せない過去がある以上、私は彼にとっては最良の相手ではない」

 淡々と言いさした言葉の内容の重さに、ニールは小さくカップに力を込めた。

「……へえ」
「しかし、私自身のエゴで、私は彼を選んだ。同じように、彼にも選ぶ権利があって然るべきだ」
「気持ちは分かるけど、うちの兄さんは考え出すとドツボにはまりやすいから、強引に引っ張るくらいで……」

 言いさして、ふとライルは隣に視線を移した。

「まさか」
「何だね?」
「全部選択肢を揃えた上で、あんたしか選べない状況に追い込む気かよ?」

 ははっ、とそれを聞いたグラハムが笑う。

「そこまで姑息なことは考えてはおらんよ。……まあ、少しばかり背中を押す人間が必要な所があるのは否定はしないが」
「めんどくさい兄さんだろ? 正直、兄さんが恋人を作るなんて思ってもみなかった」
「そうかね」

 もしもできたとしても、とライルは続ける。

「全身で自分からぶつかって行かなきゃいけないような、そういう恋愛は回避すると思ってたよ」
「年下に慕われそうだな」
「大正解」

 だから、実は安心したとライルは笑った。

「見栄っ張りで意地も張るんだからな。……ああ、俺の部屋で寝袋貸し与えてあるから安心しろよな」
「それはどうも」
「もう分かってるのに、あんたと幸せそうにしてるのを俺たちに見せつけるのが恥ずかしいんだろ……引き留めてくれて良かったのに」

 やや恨めしげな目つきで睨まれて、グラハムは肩を竦める。

「それでニールの自尊心が保たれるのならば」
「俺の迷惑は?」
「本当に困っているのならばニールは帰ってくるさ」
「うわ、余裕だね」
「それだけのことはあったのだよ」

 さらりとグラハムが落としたのが特大の惚気だと気付いたライルが、盛大に顔を顰める。その表情を見て、グラハムは小さく笑った。

「……んだよ」
「そういう顔をすると、流石に双子だな」
「普通、済ました顔をしてると兄さんに似てるって言われるんだけどな」

 あんた、どんだけ怒らせてるんだよと呆れたように言うライルに、グラハムが胸を張る。

「自慢ではないが、彼を挑発することに関してはなかなかのものだと自負している」
「……だから、自慢にならねえって」

 弾ける笑い声と、あんたなかなか気に入った、と紙コップで乾杯している二人の姿が当然通りかかった他のメンバー達の目にもつき、グラハム・エーカー少佐とニールはなかなか仲睦まじいようで何よりだという話題が艦のあちこちで盛り上がるのは、軽い気持ちで入れ替わりを提案した本人が全く予期しなかった結果であった。














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+++END

 

 

続きです。ニールが考えていたよりずっと周囲は大人でしたみたいな。
弟がなんでもぽんぽん言っちゃうのはお兄ちゃんが言ってって雰囲気を醸してるからですよ!
入れ替わりは書いてみたかったネタでござる。すぐばれるけど、みんな黙っててくれそう……

 

 

 

 

 

 

 

 

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