未来の破片-The Insanity of War-




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【1】再会の食卓にて



 今日は、と本日が料理当番のライル・ディランディがハロマークの散ったエプロン姿で盛大にふんぞり返る。

「俺が食事当番なんで、シチューにさせていただきました」

 それを聞いた操舵手のラッセが何かを思い出したらしく、微かに皮肉っぽく片眉を上げた。

「なんだ? アイリッシュ・シチューか」
「残念、違います。兄さんのワンパターンなレパートリーと一緒にしないで貰おうかな」

 その言葉に、黙って助手を勤めていたディランディ兄弟の兄貴の方がひくりと眉を吊り上げる。

「偉そうに、ただ単に赤ワインぶちこんだだけだろうが!」

 ふん、と双子だけに全く同じ顔の男が勝ち誇った表情になる。憎たらしさ二倍といってもいい。

「あっ、そんな風に言っちゃうか? 手伝ってて分かっただろ、負け惜しみか?」

 ぐぐっとニールが言葉に詰まった辺り、弟の言い分に利があったらしい。正直、食べられればなんでもいい残りのマイスター達は、黙って配膳係を手伝うことにしたが、しかしライルの手元の寸胴鍋からはそれなりにいい香りが漂ってくる。

「ええと、美味しそうだね、ロックオン」
「サンキュー、アレルヤ。兄さんと違って俺は真面目に男の一人暮らしを突き詰めてたんでね」

 付け合わせを皿に乗せながら言うと、ニールがすかさず噛みついてきた。

「作りっぱなしで片付けも出来てなかったじゃないか!」
「それは後から彼女と一緒にやるからいいの! まさか、作る側から几帳面に片付けてたのか? 兄さん、それじゃ、もてなかっただろ?」

 ニールが狙い撃たれたように心臓を押さえる。アレルヤにやや同情の眼差しまで向けられて、むしろ乱れ撃つぜ! の弟の決め台詞が聞こえてきたような気分にさえなる。

「大体、今日は俺が作るって言ったのに……」

 折角帰ってきたんだから、とぶちぶち言いながら刹那の渡してくれるシチュー皿に鍋の中身をよそっていると、全く同じ顔の弟が呆れたような声を出した。

「兄さん、バカか? ........折角できた恋人にみすみす逃げられる未来が見えるね、俺には」
「んだと、俺だってな、あいつの好物の一つや二つ……」
「で、出来るようになった料理がマッシュポテトだけとか、ほんと兄さんて応用できない人な」
「なんだよ、俺、家の手伝いはよくやってたぞ?」

 家に居なかったお前より、お袋の味の再現率は俺の方が、となかなかレベルの低い主張をする兄に、弟が眉を吊り上げた。

「待てよ兄さん、うちの母さんはそんな料理下手でもなかったぞ!? それじゃあディランディ家の嫁として認められないね!」
「お前が! なんで俺の小姑なんだよ!」
「だって、兄さんが嫁に行ったって聞いたし」
「だからって、俺にだけ当たりきつくないか!?」

 びしびしと包丁の持ち方から特訓されたニールが、狙撃手の大事な指先に怪我でもあったら、と言い出すのより先んじて、ライルがため息をついた。

「……兄さんさあ」
「なんだよ」
「いい年してテロリストしかやったことなくて、狙撃手なんて経歴、釣書にも履歴書にも書けないし。もしも連邦軍のエースパイロットの嫁の座無くしたら、後の人生どうするつもりだよ?」
「……っ」

 そう。今回、実はニールは、こちらにやってくることになったグラハムにくっついてのソレスタルビーイング訪問である。

 ついでに言うと、二人は現在、色々あったものの平和的に共存している、有り体に言ってしまうならば恋人同士であった。

 今更過ぎる再会にかなりニールの腰は引けていて、来るまでにも既に、いい機会だから絶対に来た方がいいというグラハムとの間で一悶着はあったのだ。

 様々な事情があったとはいえ、今の今まで全く生存報告ができていなかった上に、しかも現在は敵対関係とはいえないとはいえ、連邦軍属のグラハム・エーカーと一緒に暮らしていますなど、どの面下げて、というのがニールの言い分であった。ものの見事に却下されたが。

 恐る恐る古巣の仲間達に、連邦軍の制服のグラハムの斜め後ろくらいで思い切り私服のTシャツにベストの出で立ちでこそこそ見切れていたら、目敏く発見したライルに首根っこを捕まれて連行された次第だ。

 その後、ライルに修正してやると一頻り怒られ、ティエリアに叱られ、刹那に無言で詰られ、ラストにアレルヤにお帰りなさいお疲れ様、でも自業自得ですよね、と笑顔でとどめを刺されたので、ニールのライフはややゼロに近い。

「その辺、弁えといた方がいいと思うけど」

 そして、相変わらず双子の弟は容赦が無い。実に十数年ぶりの再会だというのにだ。

「……うっ」

 ニールは微かによろめいた。そこに、ドアの開くエアの音がして食堂に人が入ってくる気配がする。姿を現したのは、連邦軍の軍装も凛々しい金髪碧眼の男と、長身で長髪のインテリな眼鏡の男性だった。特に金髪碧眼の方は人目を惹くが、只の美形と言い切ってしまうには少々覇気が強すぎるきらいがある。

 ちなみに、初めてグラハムを見た双子の弟には、兄さん実はど面食いだったんだなと言われてしまって益々ニールのライフはゼロに近づいている。

「すまない、食事にまで招いて頂いて」
「いえいえ、グラハム・エーカー少佐殿、ようこそ、ソレスタルビーイングへ!」

 人なつっこく微笑んで顔を上げたライルが言い、この外面よし子ちゃんめ、と不満そうに口を尖らせた兄の足を踏みつける。

「痛っ!」
「どうしたね、ニール?」

 不思議そうに聞いてくるグラハム・エーカー連邦軍少佐は現在、連邦軍からの申し出による太陽炉とガンダムの技術提携についてソレスタルビーイングと話し合うため、軍部から送られてきた特使、という身分だった。後ろで同任務の技術顧問としてくっついてきたビリー・カタギリが、そそくさとスメラギの隣の席を確保している。

 最高機密扱いのガンダムの情報を共有するのはいかがなものかという意見もあったが、結局の所ヴェーダが長期的に見ればそれが人類の為になると言い切ったので、ティエリアが折れた。そうすると後はなし崩しである。

「少しの間だけど、君と仕事が出来るなんて夢みたいだな、クジョウ」

 うれしいよ、と笑うビリーに、スメラギは悪戯っぽくくるりと目を回す。

「あら、あなたは技術屋、あたしは戦術予報士よ?」
「手厳しいよね……変わらないけど」

 そんな気安い言い合いをしながら和やかに食事の席に着いたビリーとスメラギだったが、皿のシチューを口に運んだスメラギはあら、と目を見開く。

「美味しいじゃない、ロックオン!」
「どう致しまして。だってよ、兄さん」

 ライルは非の打ち所のない笑顔を浮かべると、俺九割方なにもしてないと言いそうなニールを肘で突いて黙らせ、前菜のカニとマッシュポテトのサラダを配るように言う。

「それ持って、エーカー少佐と先に食べて来ていいぜ」
「……いちいち指図すんな、ライルの癖に」

 二つトレイを持ったニールが後の配膳をアレルヤとマリーに任せ、グラハムを誘う。

「あっちで食おうぜ、グラハム」
「ああ、ありがとう」

 ニールの手からトレイを片方受け取り、グラハムは示された席に着いた。

「……どうだ?」

 まずはサラダを口にしたグラハムに、自分の分をフォークで突きながらニールが聞く。グラハムはにっこりと秀麗な顔で微笑んだ。

「世辞抜きで美味いな。これは、普通のマッシュポテトではないな、軽くて食べやすい」

 そっか、とニールが嬉しそうに笑った。

「ジャガイモがベースに、林檎とさ、繋ぎに少し山芋が入ってる。バターもクリームも入ってなくて、ヘルシーだろ?」
「そうだな、君が考えたのか?」
「いや、違う。ライルのレパートリーだよ」

 嘘をついても仕方が無いので素直に認めると、いい弟君だな、と言ってグラハムは笑った。それを切っ掛けにニールが弟たちを振り返る。

「おい、刹那もこっち来いよ、ライルも、ティエリアも!」

 声を掛けると、呼ばれたガンダムマイスターは顔を見合わせた後でそろそろと近付いてきて、ニールとグラハムの周りに座った。何となくニール寄りになるのはご愛敬である。

 グラハムが、隣に腰を掛けた刹那ににっこりと笑って声を掛けた。

「少年、君とまさかこうやって話が出来る日が来ることがあろうとはな」
「……生きていればこそだろう」

 ぼそっと刹那が零した言葉に、グラハムは目を見開いて、次の瞬間、その翠の瞳が柔らかい光を湛えた。

「ああ、……そうだな、その通りだ」
「もう、見失うな」

 刹那も真っ直ぐにグラハムの視線を受け止めてそう告げる。

「そのつもりだよ」

 二人で和やかに会話を成立させるグラハムと刹那に、残りのマイスターは呆気にとられた顔になる。マリーを誘ってティエリアの隣に座ったアレルヤが、刹那がなんだか楽しそうですね、と微笑んだ。

「いいことだよ。ねえ、マリー」
「そうね」

 アレルヤと顔を見合わせてにっこり笑うマリーに、ニールがなんだよ、アレルヤもすっかり落ち着いちまって、と肩を竦める。そんなニールを見て、ライルがぽんと手を叩いた。

「そうだ、兄さん。俺も恋人紹介しとかなきゃ」
「なんだと!?」

 こっち、とライルが丁度食堂に入ってきた鮮やかな藤色の髪の毛の美少女を手招く。深紅の瞳を恥ずかしそうに伏せて、その少女は初めまして、とニールに向かって笑いかけた。

「アニュー・リターナーです」
「そ、俺の恋人」
「も、もう、ライルったら……お兄様の前で」

 ぐい、と我が物顔に腕を引くライルに口では言いながら、アニューも満更ではなさそうにライルの傍らに立って肩に手を掛ける。ニールがぽかんと弟と美少女を見比べた。

「美人だな、……全く、隅に置けない、つーか……」

 呟いたニールに向かってライルは片目を瞑ってみせた。

「兄さんの恋人の金髪碧眼には負けるけどね? 俺にとっては宇宙一いい女だ」
「もうっ、ライル!」

 アニューが真っ赤になっているが、ライルは完全に緩んだ表情でなんだよ、いいだろ? などと言っている。

「……」

 いやいや、恋人の性別が女性の時点でお前十分勝ち組だろう、という喉元まで出かかった台詞をニールは飲み込んだ。

 カミングアウト大会をする間でもなく、ビリーとスメラギの間である程度ニールの話は先方に伝わっていたようで、そのあたりを自分で説明しなくて済んだのは非常に有りがたいことではあったが。

 別にグラハムに不満があるわけではないが、あのふっくらした紅い口唇と、柔らかい二の腕と豊満な胸となんだかもう花のようないい匂いがないだけで、なんかこう、なんとなく、ものすごーく負けた気持ちになるのは何故だ。ボウヤだからか。

 もやもやしているニールとは裏腹に、グラハムはディランディ兄弟の確執など気にも留めず、終始和やかに刹那やアレルヤ、あろうことかティエリアとまで話しながら食事を進めている。

「この肉は牛の頬肉かね? とても美味だ、レストランでもなかなかこうはいかんよ」
「ありがとよ、使ったワインが味噌でね」

 料理を褒められたライルが嬉しそうに身を乗り出す。話し始めた弟とグラハムの手元を見ていたニールが、思いついたように立ち上がった。

 キッチンに消えて暫くして、小さな鍋を片手に帰ってくる。

「グラハム」
「ん? 何だね」

 顔を上げる金髪の男のシチューの皿に、ニールは小鍋から木べらで白い塊を落とし込んだ。

「追いマッシュポテトだ、足りないんだろ?」
「……物足りなかった訳ではないが」

 言いながら、グラハムはシチューと一緒にマッシュポテトを口に運んだ。

「……」
「どうした?」

 黙ってしまったグラハムの顔を、自分も食事を再開したニールが覗き込んだ。途端、喜びに煌めくグラハムの翠の瞳と目が合う。

「君の味がする!! 先程までの余所行きの料理よりも、やはり落ち着くものだな」

 もしかしてこれが家庭の味と言うものなのだろうか、とグラハムが嬉しそうに言うのに、ニールは一瞬呆然とした顔になって、次いで赤くなってアホか、と呻いた。

「どこの家庭だよ、浮かれんな」
「コックは永遠に一番になれない、という言葉の意味が私にも今やっと理解できたぞ、ニール!」
「やかましい、黙れ、黙れって!」

 焦るニールの背後から、弟がため息混じりにご馳走様、と声をかける。

「兄さん……俺が言うことじゃないけど、末永く幸せにな」
「ちょ、ライル!?」
「お前もとうとう変わることができたんだな、ロックオン・ストラトス。……感慨深いものだ」
「刹那!?」
「ヴェーダからも祝福を。試算したけれど、君たちの新婚生活が美味くいく確率は限りなく百パーセントに近い」
「ティエリア、妙なこと言うな!」
「あー、えっと、もしかして結婚式、先越されちゃう?」
「アレルヤ……」

 弟と弟分からの総攻撃に遭って轟沈するニールに助け船一つ出さず、グラハムはただ、幸せそうで何よりだニール・ディランディ、とだけ言って笑いながら見守っていたのだった。














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+++END

 

 

そういう訳で連載ですが、シブでは完結しているものなのでさくさく行きます。
少しだけ加筆訂正してあります。
宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

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