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携帯端末の画面を弄って通話を終了させる男をぼんやりと見ていて、ニールはふと衝動的にその手から端末を取り上げた。
「ニール?」
「……」
取り上げた端末をどうこうする訳ではなく、青いその表面をじっと見つめる。こちらは、軍で使う官給品の筈だった。
グラハムの私用の携帯は、そんなもの必要が無いから持っていないという男を無理矢理に近く引っ張って行って買わせた。……これがいいとグラハムが指し示したのは素っ気ない黒い携帯で。
なんかもっと格好いいのとかねえの、と言うと君と同じのがあれば良かったのだがと言われた。
それは無理だ、ニールのは深いグリーンの色が好きで買ったもので、旧世代機になるのでショップでも探して取り寄せないと存在しない。
ショップの店員の可愛いお姉さんにも困った顔をさせてしまい、ニールは少々思いつきで行動した自分を悔やんだ。
まあ、男がお揃いとかねえだろと照れ隠しに言って、真新しい携帯に自分の名前と番号だけ登録させた。
(こいつの私人としての世界って、ほんと狭いんだよなぁ)
公人としてもそうそう広いとはいえない。空とモビルスーツとガンダムと、精々その位で終始しているはずだ。シンプルすぎて羨ましいとも思う。
言うと、私がそんな風に生きていられるのは、戦うためだからと短く言われた。
戦って、死ぬ。……大切な誰かの、何かの代わりに戦って死ぬ。
その為に人生をシンプルに片付ける。そんな生き方があるなどと言うのはグラハムに出会うまで露程も知らなかった。
(しかし、……ここへ来て敢えて人生を複雑にしても構わないのかな、という気持ちになりつつあるよ)
君に出会えて、と囁かれたのは昨日の夜のことだ。
複雑に。ニール自身の人生がもう相当複雑だというのに、そこにあの風通しのいい男を巻き込んでしまってもいいものなのか。
(俺のものにしたい、でも、できない)
風向きが少しずつ変わってゆくのを感じながら、それでもニールは悪あがきのようにこのままではいけないと、何かに縋るように思って居た。
男の手に自分を預けてしまえば楽になれるのは分かっている。
受け止める度量はあると示されている。
それでも。
今まで、自分は人に与えるばかりで、こんな風に与えられて甘やかされることになど、ちっとも慣れていないので落ち着かないのだ。
もう少しグラハムが押しつけがましかったら、馬鹿にするなと腹を立ててそれきりだっただろう。
強引な癖に、駆け引きだけはやたら上手い。ニールの戸惑いも逡巡も受け止めて、包み込んでしまっている。
(だって、俺は知らないんだ。甘えるって、どうすればいい?)
ぼんやりと取り上げた携帯端末を眺めているその横顔が既に隠しきれない独占欲を現しているとも気付かずに、ニールは黙って携帯を握りしめる。
「な、もしも、……もしもの話だぜ?」
「うん」
金髪の男は少しばかり首を傾げてニールの方を見た。仮にも軍務の携帯端末の筈なのに、返せの一言も言われない。
信用されているというよりも、もっと根底からのように預けられているものが、ニールにはとても重かった。
「俺のものになって、……って言ったら、どうする、あんた」
「私達は既にお互いのものだと私は認識していたが」
さらりと返されて、ニールは赤くなって何か言おうと口を開いたが、結局そこから否定の言葉は出てこずに、悔しそうな呻き声が漏れただけだった。
「しかし、改めて確認されるのは嬉しい、勿論」
「やかましい、仮定の話だ、もしもだ、IFだ!!」
赤い顔のまま、ニールはそう喚いて挑戦的に開き直ったようにグラハムを睨み付けた。
そんな顔をしても我慢弱い私を煽るだけなのに、と苦笑しながらグラハムは口を開く。
「そうだな、君がそう言ってくれたならば、私は君を抱き締めて、キスをして、そして好きだという」
「……それで?」
「それで?」
まさか聞き返されるとは思って居なかったグラハムがぽかんとするのに、ニールは何故か思い詰めたように再び聞いてきた。
「好きだって、言って。……その後は?」
グラハムがゆるゆると首を振り、どうしようもないというように肩を竦める。
「ニール、君ともあろう人がこの手の話の結末を知らないとは」
呆れたような声音に、鳶色の髪の男の負けず嫌いが食いついた。
「なんなんだよ」
翠色の双眸が、澄んだ光を宿したまま、真っ直ぐにニールを射貫きながら言葉を落とす。
「And then, They lived happily ever after !! ……他に何か言葉が必要かい?」
「……」
自分は余程間抜けな顔をしていたのだと思う。グラハムに何度か名前を呼ばれ、ニールはようやくのろのろと首を左右に振った。
そうだ、そして二人はいつまでも幸せに。おとぎ話の結末は、大概その言葉で結ばれている。
「忘れてた、あんたってそういう男だった」
「そういう?」
「豪放磊落、急転直下、唯我独尊、支離滅裂……」
知っているだけの単語を並べてやる。悔しい。なんだかとても悔しい。
「酷いな」
苦笑するグラハムの腕を掴み、ニールはとりあえず、先程男が言っていた内の二つまでは実践してやることにした。
抱き締めて、キスをして。…………
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+++END
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