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まったくもって、おもしろくはなかった。
「……ああ、……そうだな。……全くだな、君の言うとおりだ。……うん?」
ニールは、ちらっとベランダで携帯端末を握っている金髪の男の方を見て、その後でさり気なくリビングの時計に視線を移した。
「……にじゅっぷん」
声に出さずに呟き、ソファの上で立て膝をしたまま、TVのチャンネルを変える。さっきからザッピングしまくっているが、どの番組も全く脳内に入ってこない。
およそ世俗の情報にとんと興味のない同居人を説得して、大型のTVを購入させて沢山の局が映るように契約もさせたのだが。
まあ、ニールも故郷のサッカーリーグが気になる、という位だったのと、読書好きが高じて映画の鑑賞も割合好むので、映画館に行くよりも自宅で二人で見たいだろ、等と言って説き伏せたのだけれども。
画面上では、仕事一筋に生きてきた男が、己の生き方を自省して、トランク一つを引いて飛行機に飛び乗ろうとしている所だった。
「ひとりで見たって、つまんねえだろうが……」
ぼそっと呟いてみたものの、そんな言葉が届くわけもなく、ニールは手を伸ばして自棄のように瓶のビールを呷った。グラハムの方のビールは殆ど減らないまま、かなり汗をかいてしまっている。
「ビールは冷えたもんの方が好きな癖に……」
濃い色の土地のビールを誇る国出身のニールだったが、時々無性にアイリッシュ・パブに行きたい病に掛かることはあるものの、こちらの国ではギネス程度で妥協している。
対してグラハムは、元々それ程飲まない質だということもあるのだろうが、軽い口当たりのビールをよく冷やしたものが好きだった。ニールにとっては「そんなものビールじゃない」と言いたいような代物だ。
「しかし、……誰なんだ?」
グラハムが長電話をするといえば精々同僚のビリー・カタギリくらいなのだが、こっそりビリーに今なにしてるメールを打ってみたら、今は美しい婚約者殿とデート中らしい。
なんだか浮気調査をしたような後ろめたさとビリーでは無かったという不安で、ニールは既にかなり腰が浮きかけているのだが。
「……いや、そこまでは。……ああ、……大丈夫だ」
その時、ベランダのグラハムが電話をしながら自分の方をちらっと見た気がして、ニールは思わずそちらを振り返ってしまった。
グラハムと正面から視線が合う。
「……」
何も言えないでいると、グラハムはにっこりと微笑んで、再び電話口の向こうの相手との話に戻ってしまった。
「……なんだよ」
少しだけ安心して、そしてちょっぴり腹が立った。ニールはこんなに心配しているのに。立っていっていい加減に長電話は止めろと言ってやろうか。
「できるわけ、ないのにな」
ニールは苦笑した。そんな女々しいことができるような間柄ではないし、ニールがそんな性格だったらグラハムとは続いていないだろう。
幾つかまたチャンネルを変える。ロマンス映画、スポーツ、歴史……どれもこれも、ニールの脳裏を素通りしていくだけに過ぎない。
正直、悔しい気もしている。贔屓のチームの勝ち負けよりも、見たかった映画の結末よりも、金髪の男の電話の終わりが気になるだなどと。
(友達なんて、碌にいねぇ癖して。……あんた、俺とだって長電話しないじゃねえか)
正確には、用件だけしか話さない。素っ気ないくらいに短い通話は、お互いの素性を知らない頃から変わらなかった。
顔を合わせると、酷く甘い台詞がずらずら並べられるというのに。
そう考えると、あのグラハムにあれだけ電話を引っ張らせる相手とは一体誰なのだろう。
(さんじゅっぷん。……三十分だ。それ超えたら、介入行動に移る)
デュナメス、目標を狙い撃つ、と心の中で薄暗い決心を固め始めたニールがミッションプランを練るより先に、金髪の男の電話の方が終わったらしい。
「ああ、……伝えておく。 では、また」
端末を手に部屋に帰ってきた男の方をやや胡乱な目で見つめながら、ニールはせいぜい平静に聞こえるように声を出した。
「映画、終わったぜ」
「ああ、……申し訳ない」
グラハムはさして悪いと思っても居ない風に謝罪を述べたが、ニールはふいとそっぽを向いた。
「誰から?」
……ああ。今俺、すげえかっこ悪い。
内心で思うものの、どうすることもできなくて、ニールは結局、ストレートの直球を投げた。受け止めたグラハムの方が、大きく瞬きをする。
「誰から、とは」
「で、ん、わ」
拗ねたような言い方は別に計算した訳ではない。くすり、と金髪の男が笑う気配がした。
「誰からだと、思う?」
「……知るか、あんたの交友関係なんて」
問い返されたのが気に入らなくて、ニールは素っ気なく言い放つ。無論、グラハムはいつまでも引っ張らず、あっさりと折れてくれた。
「今の電話は、ライル君からだ」
「…………」
「君の話で酷く盛り上がって……ニール?」
とりあえず、弟の方は明日の朝にでも締め上げてやることにして、ニールは上目遣いに立ったままの男を睨んだ。
「意地が悪いぞ、……妬かせよう、とか」
「そこまでは……本当に妬いてくれたのか?」
まさか、と目を見開くグラハムに、ニールは頬を染めてそっぽを向く。
「なんで、妬かないと思ったんだ、ばか」
「失礼、した」
相手がライル君だから、絶対にそれはないと思った、と言い切ってみせたグラハムは、本当にニールが妬いたとはまだ信じ切っていないようにも見えた。
「言ってねえけどな」
「うん?」
「俺、すっげえ嫉妬深いぞ。……頭に刻んどけ」
立てた膝に顔を埋めたまま呟いたニールの隣に腰を下ろし、グラハムが肝に銘じる、と囁きながらニールの肩を抱いてきた。
その腕を、ニールが軽く振り払う。
「見んな」
「ニール」
「今、顔見んな。……酷えから」
それは是非見てみたいものだな、とグラハムは呟いたが、強引にニールを振り向かせようとはしなかった。
思わず、唇を噛む。
その辺りの紳士的な許容が、益々ニールを煽ると知っているのか、この男は。
「いじわる、……」
「うん?」
ニールが呟いた言葉の語尾が聞き取れなくて、グラハムが繰り返しを促す相槌を打った。
「いじわる、……されたい」
「……!?」
一体、きみは、どこで、そんな台詞を、と殆ど口パクだけで伝えてくる金髪の男の動揺を感じ取りながら、ニールは精々不機嫌な表情を保ったまま、指先だけで隣に座る男の手の甲に触れてみたのだった。
(この先を望むなら、次のリアクションはあんたからだ、ばかやろう)
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