|
**********
今日は、特に風が強いのだとここまで案内してくれた土地の少年が言っていた。
ありがとうと言って余分のチップを渡し、車を返してしまうパートナーを、金髪の男は未だ納得しきってはいないような表情で見つめていた。
「どうしてここに来たいと……」
「まあまあ」
濃いグリーンが広がる丘の上で、鳶色の長めの髪の毛を風になぶらせている男が、煩げに靡く髪の毛を掻き上げながら穏やかに微笑む。
「しっかし、嘘みてぇだな。あれから何年だ?」
「あの後直ぐに太陽光発電の施設が建設されたからな。……人間の、こうだと決めたときの進化する力は、常に想像を凌駕するものだ」
金髪の男は言い、そういえばさっきの少年が、車の中で怪しんでいたよ、と続けた。
「心中でもされたらどうしようか、悩みがあるなら聞いてやろうか、とね」
「……悪趣味だな、読んだのか」
金髪の男は答えなかったが、普段は新緑のような色を湛える翠色の双眸がきらりと一瞬玉虫色に煌めいたので、直ぐにそうだと知れる。
「無論、あの少年の思考が私達の方にベクトルを向けていたから読み取れたのだぞ? 君は何か、他のことに夢中だったが」
イノベーターといっても、結局は個人の感覚に左右されるものなのだな、と続けられて、鳶色の髪の男は子供のように頬を膨らませた。
「うるせえ。相変わらず、ああ言えばこういう……」
「……ところで、どうしてここに来ようと?」
金髪の男が、静かに話題を変えた。昨日の夜にいきなりこの場所に来たいと言い出して、夜明けに慌てて支度をしてルートを調べ、国境を越えて一番近くの都市まで移動し、最後は金髪の男の持って居るコネで飛行機を借りて、最寄りの街まで飛ぶことになった。
その後で、街で雇った少年に目的地の場所を教えて貰い、案内してもらった訳である。
神業とも伝説とも言われている金髪の男の操縦の腕は、借り物の小型飛行機でも遺憾なく発揮され、予定より遙かに早く辿り着けたのではあったが。
未だに、鳶色の髪の男の方は、なぜここに来たがったのかの理由を口にしていない。
金髪の男の方も、問い詰めても良かったのだが、珍しく楽しそうにしているパートナーを見ていると、それ程強引な気持ちにもなれなかった。
「ん、……なんていうかな、勘?」
「勘?」
「よく、わかんないだけど。どうしても来なきゃいけないって気がして」
同時に、緑がかった青い双眸がきらきらと虹色の光彩を放つのが見て取れた。……全く、何を感じ取って居るのやら、と金髪の男が肩を竦める。
不思議なことを言いながら、なあ、あんた覚えてる、と鳶色の髪の男が言った。
「何を、だね」
「この場所。……今はこんな風に俺の故郷みてぇな色になってるけど。……ここは、俺が、あんたと初めて出会った場所になるんだよな」
「……そういえば」
金髪の男が初めて気付いたように辺りを見回したが、喚起される記憶の中にある風景とは、どこも合致すらしなかった。
「アザディスタン、か……」
流石に、金髪の男の口調が感慨深げなものになった。
「俺はあれ以来だけどな。あんたは?」
「さあ、軍の仕事の時に派遣されたことはなかった気がするな、そういえば」
懐かしい、と呟く金髪の男に、鳶色の髪の男が少し意地悪い表情をする。
「あん時から強引だったよな、あんた。狙撃手のプライドをいいように傷つけてくれてよ」
「何を言う、私とて君への求愛で精一杯だったとも」
「よく言うぜ、あのトンデモ空中変形みた瞬間、肝が冷えたっつーの……」
言いながら、鳶色の髪の男は地平線の彼方まで続くような蒼天を見上げる。
「同じなのは、空くらいだな」
「そうだな」
「俺はもう、モビルスーツにも乗ってねえし」
「……」
金髪の男、連邦軍パイロットであるグラハム・エーカーは、傍らの男に何か言いたげに口を開いたが、結局は何も言わなかった。
ここは、彼と初めて出会った場所であり、初めて剣を交えた場所でもあった。
……そう、敵同士、ユニオンのエースパイロットと、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして。
あれから、半世紀以上もの時間が過ぎ去ってしまっている。
それぞれの事情でイノベーターとしての力を手に入れ、今では共に居る間柄とは言え、過去の出来事の書き換えはできない。
未だパートナーの真意を測りかねるグラハムが次の言葉を探していると、鳶色の髪の男がはっとしたように蒼穹の一点を凝視した。
「……あれ、は……!!」
言うなり、いきなり全力で走り出した男に驚いて、グラハムも男の視線の先を見る。
その双眸が、大きく見開かれた。
「信じられん、ガンダムだと……!?」
抜けるような青い空の彼方から、まるで天使のように蒼い粒子を身に纏い、一機のモビルスーツが真っ直ぐに降下してくる。
全速力で走りながら、鳶色の髪の男はずっと胸の中にあったまま音にすることのなかった名前を、まるで封印を解くかのように呼んだ。
「せつな、……刹那ーーーーー!!!!!」
叫ぶ鳶色の髪の男……ニール・ディランディの遙か向こうで、青と白の巨大な機体は優雅に花畑の中に着陸をした。
まだ距離はあったが、ニールも花畑の中で足を止める。
遠目でも、コックピットが大きく開くのが見えた。
前を行っていたニールが足を止めたので、後から追ってきたグラハムもその側で立ち止まった。
「ニール」
「しっ」
コックピットから降りてきた人影は、そのままどこかに歩き去ってしまった。
着地した瞬間から、機体は煌めいて周囲の風景を映し、満開の色とりどりの花々が、無骨なモビルスーツの機体の表面に、まるで飾りのように映し出される。
ニールが息を呑む音が聞こえた。
「すっげえ、綺麗だな……ガンダムじゃ、ないみてぇだ」
金髪の男、……グラハムは、静かにニールの背中を押す。
「ニール、行かないのか」
うん、と静かに呟いて、ニールが男を振り返る。
「まあ、もうちょっと気を利かせようぜ、相変わらず野暮天な男だね、あんた」
「?」
不思議そうな顔をしたグラハムの前で、ニールがガンダムから降りてきたパイロットの歩き去った先を指差す。
「あっちの丘の上にある山荘さ、……元アザディスタン第一王女、マリナ・イスマイール姫の隠居所なんだよ」
「なんと、……あの興国のプリンセスか」
黒髪の、常に憂いを湛えたような、それでも真っ直ぐ前を向いて顔を上げて歩いて行く健気な亡国の王女は、とうとうこの国を花と緑の土地に変えて、早々に政治は後進に委ねて身を引いたと聞いている。
生涯独身のままだとは聞いていたが、刹那・F・セイエイと縁があったとは初耳だった。
「そうそう。近づいたら蹴り飛ばされそうだから、俺たちは先にガンダムの方に行ってようぜ」
嬉しそうに歩き出すニールの肩が、後ろから掴まれた。何を、と思うより先に、足下からすくわれて抱きかかえられる。
「う、わああ!?」
「ご挨拶というのなら、私達の関係を手っ取り早く少年に説明する必要があるだろう」
さあ行こうか、と囁かれて、ニールは一瞬で赤くなって暴れ出した。
「ねえよ!」
「ニール、照れなくともいい」
「照れてもいねえ! 下ろせ!」
じたばたと藻掻くニールは、所謂お姫様だっこの体勢に多分に文句がありそうだった。
「大体な、俺もあんたも幾つだと思ってんだ、ジジイだぞ、ジジイ!! 見栄えからして迷惑だ!」
「そんなことはない、君はいつだって、いつまでだって魅力的だとも」
さあっとニールの顔が赤くなった。もう人生の半分以上どころか四分の三は共にあるというのに、こちらが気恥ずかしくて逃げたくなるようなことをグラハムは相変わらず仕掛けて来てくれる。
「……あんたなあ、いっくら外見の老化が緩やかだからって、中身はちゃんと時間経ってるんだぞ、知ってんだぞ、時々あんたが座るとき「どっこいしょ」とか言ってんの!」
「君だってTV番組と会話する癖があるじゃないか。お互い様さ」
それでは姫君、あの場所まで運ぶ報酬を、と顔を近づけられ、そうはいくかとニールは男の顔を押し返す。
「おま……アレルヤの結婚式の時に俺がぶん殴ったので懲りてなかったのか!」
「こと君に関しては、私の辞書に妥協の文字は存在しない!」
「今すぐ書き加えてやるからあんたの脳内辞書を寄越せ!!」
結局そのまま、花畑の中のガンダムダブルオーエルスクアンタの側まで痴話喧嘩をしながら進むことになった二人は、先にコックピットから、一部始終はモニターで見せて頂きましたよ、と妖精さんよろしくふわりと飛び出して来たティエリア・アーデに言われてしまい。
「心配せずとも、地球に残っている皆の状況は、ある程度ヴェーダから届いています。幸せそうでなによりです、ロックオン・ストラトス。……そうそう、キスの続きをしたいのなら、僕は気にしませんよ?」
などと挙げ句に付け加えられて。
ニールはとりあえず、恥ずかしさの余り俺はもう死ぬと呟いて、青空の下、どこまでも広がる満開の花畑の中に倒れ込んでしまったのだった。
**********
+++END
|