殺人事件




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ーーーーー Oh, God, behold this!(かみさま、どうかごらんください)



 暴漢に囲まれたのは一瞬のことだった。二人で飲んでいた酒場から着けられていたらしい。

 財布だけ渡したところで勘弁してくれなさそうだったのは、酒場の看板娘が系統の違った男前二人連れのグラハムとニールの側を動こうとしなかったからか。

(別に、俺たちが頼んだわけでもなかったんだが、そんな理屈が通じる相手じゃねえか)

 証拠に、人当たりのいいニールとは違ってグラハムの方はその娘のことなど観葉植物に毛が生えた程度の関心しか払っていなかった。

(なんつったら、余計怒らせるな)

 できれば手を庇いたいので、殴り合いは、と手近な一人を蹴り倒したところで迷っていたニールとは真逆に、グラハムは実に見事な立ち回りで残った人間を地面に沈めていた。

 鮮やかすぎる手並みに思わずヒュウと口笛を鳴らしてしまう。

「強いな、あんた」
「知れたことさ、場数が違う」

 全く正統派の格闘術でもない、確かに場数なのだろうなと思わせるグラハムは秀麗な外見からは想像も付かないラフ・ファイターぶりを発揮していて、その癖服の裾すら汚していなかった。

 本当に強ええこいつ、とニールの背中に戦慄が走る。

 ニールとて一時はアンダーグラウンドな組織に身を置いていたことがあるが、ニールはあくまで狙撃手だった。気配を消すのと忍耐力には自信があるが、こういう瞬発力はない。

「夜中の坂道なんて、おっかないもんが出るかもしれねえんだから、気をつけなよ、兄さん達」

 ニールはそんな軽口だけを叩き、行くぞ、と先に立って歩き出したグラハムの後を追う。
 ただのチンピラに見せかけた方が後腐れがなくて良かったし、ニールは必要とあればいくらでもそう見せることができた。

「な、通報されたりしねえ?」
「しないだろうな。見えたところに目立った外傷はなかっただろう?」

 暗に見えないダメージを示唆する金髪の男にニールは顔を顰めた。

「怖い男だな、あんたって」
「手錠で手が後ろに回るようなへまはしないさ。……ニール」

 呟いて、男の翠の瞳が真っ直ぐにニールを射貫く。

「怖じ気づいたかね?」
「……」

 一瞬ぽかんと口を開き、ニールは直ぐに笑い出した。

「いや、まさか。女じゃあるまいし」
「女でなければ余計にだろう。私とて見た目通りの男ではない」

 低い声で呟く男の声の底にある冷えたものを感じ取って、ニールは立ち止まった。

「グラハム」
「なんだね」

 静かな答え、今ならまだ引き返せると分かっていたが、ニールは敢えてその一線を踏み越えた。

「なあ、結局あんたが裏切ったのはなんなんだ?」

 俺か、それとも自分自身か。

 真っ直ぐに切り込んでくる男に、いい覚悟だ、と愉快そうに笑って金髪の男は手を伸ばす。

「確かめるがいい、君の手ならば私は拒みはせんよ」

 だから暴いて欲しいと求められている気がして、ニールは思わず唾を飲み込んだ。

「……なあ」
「ん?」
「俺の部屋、……来るだろう?」

 無論、ととても綺麗に男は笑う。

「明日の朝、例え屍體になっていても文句はいわんよ」
「抜かせ」

 スーサイド・ノートを書く羽目になるのは果たしてどっちだろうなと独りごちながら、ニールはこっちだ、と男を先導して宵闇の中を歩き始めた。












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+++END

 

 

※冒頭の一文は谷川俊太郎「よしなしうた」より。
グラロクさんは、「夜の坂道」で登場人物が「裏切る」、「手錠」という単語を使ったお話を考えて下さい。 」という診断より。

ろくな結果ひかない。
タイトルは萩原朔太郎の詩より。
とほいそらでぴすとるがなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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