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呼吸がひどくざらついて不愉快だった。
夜半も遙かに過ぎて、静かな部屋には最早月光すら差し込んでこない。
響くのは、ただ、愛される音、だけ。
唐突に、羽織っていた白いシャツの袖を引かれ、グラハムは目をぱしりと瞬かせた。
「おま、……脱げよ、それ」
「ん?」
「俺だけ、剥かれたん、じゃ」
いやだ、と組み敷かれたままの男が抗議を重ねてくるのに、苛立ったように袖を引っかかれて、金髪の男は小さく笑った。決して彼だけを解き放ちたかった訳ではなく、自分だって十分に彼の後を追っていたと思っていたのだが。
上がりきった熱は既に彼の胎内をこんなに深く浸食しているというのに。わざと、ゆっくり身体を起こしてやると、身体の下で鳶色の癖毛が耐えきれないように跳ねた。
「姫のお望みの儘に」
「っ、ア、やっぱ、脱ぐな」
誰が姫だ、と小さい舌打ちと共に言われて、グラハムは苦笑した。まあ、自分にだ。
こういう風にからかうと怒るのなんか分かり切っている。それでも言わずに居られなくなるのはこと彼に関してだけ現れる悪癖だった。
甘いことばかりを囁いて真綿でくるむ位なら、ざらりとした感情で引っ掻いて傷を付けてやりたい、等と。
「どっちなのだね?」
「あんたの、望まない、方で」
短く言い切って挑むように見上げてくる視線に受けて立ちながら、グラハムは指先だけで胸元に触れる。
「それでは、私は、」
「待て」
「またか!」
「……」
はあ、と荒い息を吐いた男は、腕を伸ばして奥襟を掴み、ぐいと金髪の頭を引き寄せる。
「なんであんた、……そんな俺好みの顔してんだろな」
「それは、どうも」
何を言い出すのかと碧眼をぱしぱし瞬かせる男の、微かな月光を弾く重たそうな黄金の睫毛を間近で見て、ニールは思わず舌で口唇を湿してしまった。
「夜の部屋なんか嫌いだ、あんたを見失いそうで」
声に潜んだ甘い響きが信じられず、グラハムは思わず問うていた。
「だったらどこで君と愛し合えばいい?」
昼の光の中では互いに相見えない者として振る舞う、朝が来ると別れる二人には。
少なくとも、グラハムは秘密の逢瀬などどれ程にも負担に思っていなかった。
「俺は、」
困惑したような、切羽詰まったような。そんな言いかけた言葉を指先で塞ぐ。
「愛していない、などという哀しい嘘は無しだ、ニール。君は理屈はなくとも感情が伴わなければこんな事を他人に許すなどあり得んよ」
まして、男などに。
強がりも嘘も全てをあるがままに受け流すという己の決意は告げず、それだけを言ってグラハムは微笑む。
「……っ、く」
言いながら揺すり上げてやると、悔しそうに呻きながら、男が腕にぎりぎりと指先を食い込ませた。頑なに革手袋を脱がない、幾多の硬い殻に阻まれた、それでいて触れると酷く脆い彼の心のような。
(見えない指先が、いつか、私の身体に痕を残す日が来れば)
ふとそんな幻想を抱きそうになったのを頭を振って拒絶する。そんなことは、考えることすら彼に対して失礼だ。
全身全霊で、その掲げた目的さえねじ伏せてグラハムの独り善がりの愛情に付き合ってくれている「彼」に対して。
だから、ただ。その傷つきやすい心をほんの一時、この哀しいばかりの現実から逸らしてやりたい。
世界がまだ、彼を愛しているのだという美しい夢を。
(でも、……ああきっと、それすら私のエゴなのだろうな)
そんなことを考えていたら、動きが鈍くなっていたらしい。腰に鈍い痛みを感じて、グラハムは思わず呻いた。
「こら」
「……っ、なに、を」
「何を、はこっちの台詞だ」
器用な踵がごんごんと背中を蹴りつけてくる。ぶっちゃけ、地味に痛い。萎えるから止めたまえ、と言うと、だったら出て行けとふてくされたように言われた。
「俺を抱いてるときくらい、目の前の俺を見ろよ、バカ男」
あァ? と凄まれて、その深い青色の瞳の奥に確かに燃える嫉妬の色を見付けたグラハムは、にっこりと嬉しそうに笑った。途端、組み敷かれている方は焦った表情になる。
「わ、バカ、でかく、すん、」
「申し訳なかった、今からこのグラハム・エーカー、全身全霊を賭して君を愛させて頂く!」
高らかな宣言に、ニールが絶望のうめきを漏らす。
「そ、んな、気遣いは、いらねェ!!!」
バカ止めろ、手加減を知れ、と喚く鳶色の髪の男の脚を抱え上げ、もう遅いと言ったグラハムが最後に、と手を伸ばしてニールの胸を押さえる。
「……私の愛を、思い知れ、とでも?」
言えば、と言いかけると、殺意を含んだ視線で見上げられた。
「なんで疑問系だよ、蹴り倒すぞ……」
ああもう、いいから早く来い、と絡まってくる脚を心地よい束縛に感じながら、グラハムは秀麗な顔に微笑みを浮かべ、全て姫の宜しいように、と囁いて。……結果として嫌がらせのように締め上げられて、些か焦ることになるのだった。
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+++END
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