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正体を暴いてしまったが為に、目が覚めて、王子は娘の元から消えてしまいました。
大昔に図書館で借りて読んだ童話集にそんな話があった。
バカだなと思って居た。
黙って耐え続けていれば贅沢な暮らしと、美しい夫が手に入っていたのに。
しかも、たった一年のこと。
苦難の旅の末、風達の協力を得て、娘は王子を取り戻して二人で旅に出る。が、その苦労だって本当はしなくて済んでいたはずなのだ。
だから、話の方は早々に忘れてしまっていた。
むしろ夫を失って嘆く娘の、ロマン主義を濃厚に映し出したほぼ半裸に見える挿絵のエロティックさの方に、子供心にドキドキしたことを覚えている。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ロックオンは、今何を読んでいるのとフェルトに聞かれ、ロックオンは視線を落としていた文庫本から顔を上げた。
「んー、金枝篇」
「きんしへん?」
少女は、気になる男の読んでいるものなら何でも気になるものらしい。ロックオンは少し肩を竦め、なんていうか、と要約の言葉を探した。
「地球のあちこちの昔話を集めて研究した本、かな……」
「そう、昔話だなんて、ロックオンはロマンティックなものが好きなのね」
私も読めるかしら、と言われてロックオンは言葉に詰まった。ロックオン自身が少々持て余し気味のなかなか難解な本である。
そもそも、手に取ったのも内容より、やたら有名なタイトルと、表紙の惜しげもなく上半身を晒したグラマラスな美女が原因だ。
ちなみに、グラマラスな美女の方は完全に表紙詐欺であった。これなら、この間借りたノンフィクションの方が楽しかった。内容についてはお子様も居るので守秘義務を貫かせて頂く。
「まあ、……ある意味じゃ、神秘と言えなくもないね」
女体の。フェルトが思考を読んだら赤い顔で引っぱたかれるようなことを呟いて、ロックオンは本を借りたいというフェルトの控えめな願いを笑顔だけで受け流した。
☆ ★ ☆ ★ ☆
人には言えない秘密の恋人ができました。敵方です。ロミオとジュリエットです。ウエストサイドストーリーです。
古今東西、本の中にはそんなシチュエーションなどうんざりするほど在ったはずだった。なのに。
(なんで俺、そんなよくあるシチュエーションに捕まってンの)
しかも男同士で。大事なことだから二回言う。しかも男同士で。
ロックオンはため息をついた。金髪の恋人は、そんなロックオンに気付いているのかいないのか、うきうきと先に立って歩いている。
あれがなあ、か弱いお姫様とかだったらまだ俺だって納得するんだけどよ、とロックオンはうんざりして生命力に無駄に満ちあふれた金髪碧眼の、黙っていれば完璧な容姿の恋人を見た。
この、黙っていたらというのがなかなかのくせ者だ。
「君が休暇とは嬉しいな! ニール!」
テンション高く言いながら振り向いてくるところなど、まるで子犬かなにかのようだ。
俺の理想のたおやかでグラマラスな年上美女は何処に消えたと自分で自分にツッコミを入れたい。長男気質の自分を甘やかしてくれる年上の包容力のある恋人を求めたつもりがなんでこんな手の掛かる。
(年上、ってとこしか正解ねえじゃん)
ぼやきながらロックオンは手を振った。本名であるところのニール・ディランディという情報まで与えてしまって、一体自分はこの男とどうなりたいのか。
まあ、ロックオン・ストラトスなんて名前、とても教えられないが。
「あー、違う違う、失業中だつったろ。面接は受けてるから、決まったらそっこー、そこ行って働くけどな」
勿論、嘘だ。自由に動くための方便。
ミッションの合間にマイスターに与えられる長い休暇、傷つく心身を癒やすためのそれを、今回ロックオンはユニオン領で過ごすことにしていた。いや、本当はアイルランドにある両親と妹の墓参りと思って居たのだが。
なのにどうしてこうなった。
自問自答に答えなど出ないことは知っている。
アイルランドへ向かうため、AEU領の軌道エレベーターに乗ろうと思ったら、何故か着いたのはユニオン領だった。話はそれだけだ。
そして気付いたら、前に出会ったときに貰ったきりだったグラハムの番号に連絡していて、何故かオーバーフラグッズ隊(のことをニールが知っているのは内緒だが)の発足と自身の昇進(こっちは聞いていた)で死ぬほど忙しいはずのエースパイロット殿は、尻尾を振って今すぐ行く、と言って文字通り駆けつけてきた。
ロックオンは呆れた。
バカかこいつ。いや、バカは自分か。
ティエリア・アーデ辺りに聞かれたら百万語を費やして罵倒されそうだ。そういやあいつ、人を罵倒するときの語彙もヴェーダから引っ張り出して来てンのかね、とやくたいもないことを考える。
そう考えるとあの時代がかった言葉遣いも納得できなくもない。
ぼんやり思って居たら、グラハムに引き戻された。手を取られて、困惑したように目の前の金髪に視線を移す。グラハムは、悪戯っぽく微笑んで言い放った。
「そうか、……お互い会える時間は限られているかも知れないが、なに、身体の距離など心のあり方で幾らでも埋められるものだ!」
さあ、何処に行こうとぴかぴかした笑顔で問うて来る男は、やや引き気味のロックオンの腕を少しばかり強引に取る。
「ノープランならば、ブロードウェイ程ではないが、ミュージカルなどどうだろう」
正統派のデートコースだと言い放つ男の会話の内容のおかしさには敢えて突っ込まず、ロックオンは敢えて一点だけを狙い撃つ。
「ミュージカル?」
「うむ、デートだと言ったら、同僚から余っていると言ってチケットを貰ってな!」
胸ポケットからグラハムの取りだした二枚のチケットを見て、ロックオンは思わず顔を顰めた。そんなもん、絶対、余ってないに決まっている。
「……サロメかよ、よりによって」
恐らくはオペラをミュージカルに脚色したのだろうが、お前、同僚に誰か妙な女に誑かされてると思われてんじゃ、とロックオンは腹の中で呟いた。グラハムは分かっているのか居ないのか、この演目は気に入らなかったかね、などと暢気なことを言っている。
「聞くが、誰に貰ったんだ?」
「ん? 地上オペレーターの一人だ」
「女だろ、それ」
「ああ、……妬いてくれるのかい、ニール」
くすりと笑うこんな時ばかり勘のいいグラハムに、さっとロックオンの頬に朱が昇る。
「アホか」
グラハムが軍に勤めていると知ったときには、もう恋に落ちた後だった。
「私の恋人は本が好きで、文学などをよく読んでいると言ったら勧められたのだが」
なかなか文学的な芝居らしいなと言うグラハムに、ロックオンは半端な微笑みを浮かべた。
「あー、うん、七つのヴェールの踊りだけなら見てもいいけどよ」
きょとんとするグラハムに、ロックオンはサロメの大体の話を掻い摘んで話してやる。大人しく聞き終わって、グラハムは眉を顰めた。
「なんと!」
「だから、悲劇なんだよ」
分かったか、と優しく言ってやる。
「悪女が、身の程を知らない恋なんぞしたから、破滅する羽目になっちまったのさ」
言いながら、自らを省みてぞっとした。身の破滅を招く身の程を知らない恋。一体どの口が偉そうにそんなことを語れるというのか。ロックオンのそんな内心を知っているのか知らない振りか、グラハムは大仰に続けた。
「しかし、何故男の方も大義名分など振りかざしたのだろうな」
「そりゃお前、聖人だからだろ」
「しかし、好みでないならそうと、はっきり告げるべきだったとは思わんかね? 個人ではなく教義など引き合いに出すから、話がややこしくなる」
「あんたがヨカナーンなら、そうなんだろうけどよ」
自分を破滅させると分かっていても尚、コケティッシュなサロメの誘惑に屈さずには居られない。きっと男は、断ち切ろうと思った時点で只の男だったのだ。だからこそ、死をもって償う羽目になった。
(……ほんと、洒落にならない話だぜ)
考え込むロックオンの愁いを帯びた横顔に、グラハムが優しく微笑んだ。
「我が姫君は優しい心根の持ち主だ、このような話を見ると、心が張り裂けてしまうかもしれないな」
「いや、それは大げさ」
大体、悲劇ならサロメなど比肩にもならないような現実に嫌になるほど対峙してきている。今更、古典の悲劇一つや二つで心を動かされる訳もない。
ロックオンはさばさばと言い捨てると、無駄にするのも勿体ないなと逆に男の腕を掴んで歩き出したのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
そんな、日もあった。
コックピットの中で、ロックオンは静かに息を落ち着ける。単独ミッションで潜入したユニオン領の一国は、とにかく治安が悪いことで有名だった。
麻薬、売春、強盗、人身売買、数え上げれば切りが無いリストの中、ロックオンが阻止を命じられたのは地元マフィアの少々規模が大きすぎる武器取引だった。
恐らくはテロ組織の一つが関連している。大量虐殺兵器のリストに、ロックオンの胸中で昏い炎が燃えた。
首尾良くミッションは終えたのだが、そうは問屋が卸さなかった。現場空域を離脱しようとするデュナメスのモニターが、新たな敵機影を捕捉する。
蒼天を駈けて近付いてくる黒色の機体に、ロックオンは深いため息をつく。識別番号は一瞬でモニターに映っていた。
ユニオン軍所属、機体はフラッグだ。ロックオンは眉を顰める。
フラッグとは、あまり戦いたい理由がなかった。
(あいつが乗ってたらどうすんだよ……)
モニターを見る限りは、単機。このままGN粒子を散布して全力で逃げようかと思った瞬間に、もの凄い勢いでフラッグが特攻をかけてきた、のだとロックオンには思えた。
「!?」
慌てて回避しようとするその横で、黒色の機体は空中で唐突な変形を遂げる。身構えるのも間に合わない。うそだろ、とロックオンは口だけで呟いていた。
この芸当を成し遂げるパイロットは、一人だけ知っている。ユニオンのエースパイロットだ。……そう。
このマニューバに、燦然と己の名前を冠する男。
「会いたかった、会いたかったよガンダム!! 私は君を攫いに来た!」
「せめて鹵獲って言えよな、……くそっ」
俺は接近戦は苦手なんだよ、と近付いては役に立たないGNライフルを投げ捨て、ビームサーベルを抜きながらロックオンはぼやいた。
「君のことがもっともっと知りたいぞ、ガンダム! さあ、私の前で七つのヴェールの踊りを踊りたまえ!」
「勘弁っ……!」
がっ、と音がしてサーベルが噛み合った。力押しで決して負ける筈がないのに、何故か一瞬ごとに追い詰められていく。
背後に岩壁が迫り、ロックオンは内心で慌てた。退路を断たれて追い込まれている。
とうとう、機体の背中が岩に触れそうになった。抑え込むように両腕を岩壁に付き、フラッグがガンダムに肉薄する。
拡声器でも使っているのか、機体の中の人間の名乗りがロックオンの耳に響いた。
「さあ、このグラハム・エーカーが君の素顔を暴こう、ガンダム!」
ああ、やはり、とロックオンは思った。
「……グラハム」
とうとうこのときが来たのか、とロックオンは瞑目して拳を握った。……いつかは、対峙する日が来ると思っていた。それが今だっただけだ。
ロックオンは目を開け、決意を浮かべてコンソールに指先を這わせる。
「光通信……?」
グラハムはコックピットで首を傾げた。目の前の碧色のガンダムからは、一つの回線番号が発せられていた。直接コンタクトを取ろうというのか。グラハムは一瞬逡巡した後、コンソールを操作してその回線を受信することにした。
ボイスレコーダーが作動しているのを目で確かめていると、機械を通したのか、合成音の声がまず、ロクオントメロ、ロクオントメロ、と伝えてきた。グラハムの口唇が上がる。
「……眠り姫は狭量だな。それとも自惚れていいのかな、君の肉声を聞く栄誉に私だけが預かったのだということを」
ああ、この声、とロックオンはしばし目を閉じて、どっちかっつーと、後者だな、と自分の声でゆっくりと話し始める。
『録音してもいいけどよ、……あんた、後悔することになるぜ?』
はっと回路の向こうで男が息を呑むのが聞こえた。
暫くの沈黙の後、やや掠れたような声がロックオンの真実の名前を呼ぶ。
「……君の望み通りにしたぞ、ニール・ディランディ?」
「ニールじゃねえ、俺はニールじゃねえ」
ロックオンは首を振って、目の前に金髪の男が居るかのように目を細めながら言い放った。
「俺はロックオン・ストラトス。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」
回線の向こうの男の怒りと罵声を思って、ロックオンはそのまま再び目を閉じた。現実と向き合うのが、少しばかり辛い気がした。
ああ、それなのに。
「貴様がガンダムであったのか! ならば私が惹かれるのも当然と言うことだな!」
聞こえてきたのはまず、そんな台詞で。
あいつ、大物にも程がある。コンソールの上に突っ伏さなかったのだけは、ロックオンは己の精神力を褒めてやりたかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ややあって気を取り直し、ロックオンはせいぜい強がった声で相手に向かってそれで、と切り出す。せめてもっと動揺して欲しかったという本音は心の底に仕舞い込んでみた。言っていいことではない。
「どうする、俺の首を銀の盆に乗せて持ち帰るか」
「ははっ、まさか。私は冷たい口唇に口づける趣味はないのでね」
「なら……」
ロックオンの片手が無意識に腰の銃に伸びた。ロックオンの知るグラハム・エーカーならば、次はハッチを開けてこちらに来ようとするはずだ。
そこを。
(狙い、撃つっ……)
既に、ここまでの経緯だけでも帰還したらティエリアに絞め殺されそうだが。恋人に正体を知られ、……いや、恋人がユニオンのエースだった時点で既にアウトか。
自分にできるだろうかと思いながら、ロックオンは手袋越しのトリガーの感覚を掴もうと必死になる。しかし、グラハムの反応はロックオンの予想を遙かに超えていた。
「君がサロメであるのならば、このヨカナーンは君を拒絶などはしないぞ!」
「……はっ?」
思わず、青い目をまん丸に見開いてしまった。ハロがロックオン、カタマッタ、ロックオン、カタマッタ、と無邪気に騒いでいる。
「死んでいった者達の為、生きて償え、ガンダム」
「……グラハム」
さて、と呟くと、グラハムのフラッグが抑え込むようにしていたデュナメスの上から身体を起こした。一体どうした、とロックオンが不審に思って顔を上げる。
「……おい?」
「我が大切な姫を守り通せよ、ガンダム!」
グラハムの言葉を聞き、一体何を言われているのかとぽかんとするロックオンの耳に、ハロの鋭い警告が届いた。
『ロックオン、ロックオン、テキシュウ、テキシュウ!』
「!!」
愕然としてモニターを見ると、国籍不明の機体が数機こちらに近付いてきている。慌てて、デュナメスのモニターに意識を戻した。
「……あんたのお迎えじゃないのか、隊長さん」
「オーバーフラッグズなら、……」
そこでグラハムが言葉を切ってしまったのにロックオンは気付いた。近くに居るはずがないということだ。ということは、グラハムは単機で出てきているのか。とんでもない話だ。
がっくりと項垂れた。もう嫌こいつ、ほんと嫌、と独りごちると、ハロがロックオンキヲシッカリ、と慰めてくれる。
「お前さん……ほんっと、世話が焼ける……」
人のこと言えた義理じゃねえけどよ、とぼやいたが、ロックオンは単独行動でも、スメラギの立てたミッションプラン通りに動いている。
「ゲリラか、治安維持部隊のなれの果てか」
グラハムは呟き、次の瞬間に、地面に転がったままのロックオンのGNスナイパーライフルをフラッグの左足で蹴り上げた。高く舞い上がったライフルは、狙い過たずデュナメスの手の中に落ちてくる。
「!?」
「背後からの銃口に己を晒すのは慣れているのでね!」
ソニックブレイドを構えたままのグラハムは言い放つと、地面を蹴って舞い上がった。そのフラッグに、問答無用でモビルスーツが斬りかかってくる。
「……チィ、」
呟くと、ロックオンは照準を合わせながら戻ってきたライフルを構えた。照準器の視界を一瞬だけフラッグが掠める。
「ハロ、狙撃体制に入る、サポートを。……狙い撃つぜ!」
「ドッチヲ、ドッチヲ」
ハロに尋ねられ、そんなもん、と口の中だけでロックオンは呟いた。
「決まってん、だろうが!」
言葉と共にビームが放たれ、正確にグラハムのフラッグの背後から襲いかかろうとしていたモビルスーツを射貫いた。
「……ったくよお、甘ちゃんでさぁ、嫌になるぜえっ!!」
あんたも俺も、とぼやきながら、ロックオンは正確無比な射撃で次々と機体を撃ち落としていく。目の前の一機を屠ったグラハムも、次の機体と組み合いながら、デュナメスの背後から迫ろうとする機体を体当たりで弾き飛ばした。
その最後の一機を、ロックオンが正確な射撃で射貫く。同時に、グラハムも己の敵を斃したらしかった。そのまま、空中に留まってデュナメスを見下ろし、叫ぶ。
「勝負に水を差されたな、ガンダム。行け! 仕切り直しだ!」
回線から、グラハムの吼える声が届いた。次に言われた言葉に、呆気にとられていたロックオンがかあっと顔を赤く染める。
「今は行くがいい、私は、どこまでも追って君をこの手に抱く!」
「……あ、」
あきれたね、とロックオンの口唇が言葉を発さずに動いた。ロックオン、ロックオン、カオマッカ、カオマッカ、とハロがはしゃいでいる。
シンパクジョウショウ、と続けそうになるオレンジの球体ロボットを黙らせて、ロックオンは地上から男の機体を見上げた。……秘密を暴いてしまった堪え性のない娘は、果たしてどちらの方だったのか。
「……じゃあさ、じゃあさあ、追ってきてくれよ」
衝動的に言った後で、暫く言葉を切った後で、付け加える。
「ーーーーー太陽の東、月の西まで」
もしも二人が結ばれる、そんな場所があるのならば。
はは、俺も大概ロマンチストだな、と胸の中だけで独りごちる。独り取り残されて森の中で嘆きにくれる娘。目の前のフラッグの中が、そんな相手であろう筈が……。
フラッグとの間に結んでいる直接回線を切ってしまおうとして指をコンソールに動かすと、微かに笑みを含んだような声が聞こえてきた。
「ニール、君が望むのならば。……例えそこに至る道がどんな修羅道であろうとも、喜んで」
気負う男が騎士のように胸を叩くのまで見える気がして、どうもおとぎ話とは同じにいかないもんだなとロックオンは思って苦笑を浮かべた。大体、コードネームまで教えたのに、頑なにニールと呼び続けているのがもう、……どうしようもなくくすぐったい。
「嘘、」
「嘘なものか、姫」
即答されて、ああ、役割が逆だ、とロックオンは呻いた。トロルばかりの国で眠り続けているのは王子、迎えに行くのが娘の筈だった。
互いに機転を利かせて、婚礼の日に化け物の群れからお互いを取り戻す。
「姫だけは、やめろ。……待ってるから」
必ず迎えに来て、と戯れに言うと、無論だと張り切って返された。
バカだよあんた、という呟きを落として、回線を一方的に切る。このホットラインは二度と使えないだろう。
通信データごと、ハロに伝えてデータを消去させた。不審なところがあるとティエリアに問いただされたら、……その時はその時だ。
ロックオンにとって、仲間で家族なのは今はあの金髪の男ではない。
「……帰投するぜ、ハロ。俺たちの居るべき場所に」
不確かな約束一つだけを、希望という願いにして。
デュナメスは最後に碧いGN粒子を一際派手にまき散らすと、一散に天に向かって急上昇していった。
地上では、グラハムがフラッグの中で苦笑する。緑色の機体は、基地に向かうグラハムが戦闘領域から出るまで、囮役を買って出てくれるつもりなのか。太陽炉の出すGN粒子に護られてなら、確かに楽は楽だ。
「義理堅いな、我が姫は……」
呟きながら、通信データを破棄する。ボイスレコーダーはガンダムと接触したショックで停止したと言い通すつもりだった。カタギリ辺りは何か気付くかも知れないが、単独行動が身上のグラハムに敢えて聞いてくることはないだろう。
「ならばニール・ディランディ、私は全力で。君の願いを」
悪夢の中から抜け出して変わりたい、という彼自身も気付いてはいないらしい心の奥底のニール・ディランディの真実が垣間見えたからには。
果たされなくてもこの胸にあればいい、と思って居た約束が、紆余曲折を経て思いがけず果たされそうになってロックオンが腰を抜かすのは、流石に数年後のことになるのであった。
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