虹の解体




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 恋人に不満があるとすれば、文字に酔いやすいと言うことだ。

(私の告白よりも、そんな何百年も前の知らない男の書いた愛の言葉の方がいいとは)

 グラハムには分からない。だけれど恋人は、分からない自分の事が好ましいという。

「あんたは死人の声になんか惹かれそうもない」

 だから安心すると笑っていた。その後で、付け加える。

「俺は、あんたみたいにはなれないから、他人の言葉を借りるんだ」
「そうなのかね?」

 他人の言葉を借りるという感覚は、グラハムには分からない。己の心境をぴたりと言い表す言葉は全て詩人が知っていると言われてもだ。

 だから、素直に分からないと言うと、ニールはまた嬉しそうに笑う。

「あんたに似た奴は、この世には他に誰も居ないだろうと思っているよ」
「ニール」

 言った後で、切なそうに青い瞳が細められた。

 あの青い瞳が、空のように地球のように自分だけを映したりはしないことをグラハムは知ってしまっている。例え、どんなに情熱的に潤んでいても、だ。

 なのに、勘違いさせるような言動をしてくるのだから、グラハムのファム・ファタルは随分と罪作りだ。

「そして、あんたに少しでも似ている奴なんて、全部この世からいなくなってしまえばいいと願ってる」

 だって、俺はあんたを見つけちまった、と言われると、それ以上グラハムには何もいうことができなかった。

 言葉で人を打ちのめしてくれるのはどちらなのだと言いたい。暴れる胸がざわめき、彼の耳に届きはしまいかとそんな心配ばかりさせられてしまう。

 もしもこれが全て借り物の言葉だと言うのなら、彼はどれだけ卓越した唄い手であるというのだろうか。

「……、」

 口唇だけで、ニール、と呼んだ。

 俺だけだ、あんたを独占していいのは、と赤味がかった鳶色の髪の毛を行儀悪く掻いて、男は呟きを漏らす。

「過去も、未来もなにもかも」

 同時にかたん、と椅子を引くように、ニールは行儀悪く後ろに反り返った。

「他の誰かにあんたの面影を見付けてその度振り返るなんて、一体女々しくて、俺は、嫌だね」

 紛い物も代理の品もいらない、ただ真実いまここにあるグラハム・エーカーのみを欲しているのだと。

 そんな熱烈なことを言ってくれるのに、合わせてくれようとはしない視線を求めることは、諦めていた。

 たまさかにからかうように姫などと呼ぶが、相手は女ではない。従順になってもいけないし、従わせようなど以ての外だ。

 彼は闘士だ。

 この果てない矛盾と戦おうと腕を伸ばし、共闘を求めた方がずっとか彼の意には沿っているのだろう。男としてのもう本能で、グラハムはその事を知っている。

(告げれば同じだけのものを返してくれようとする)

 逡巡には許容を。逃避には沈黙を。

 だから、グラハムは静かに言うだけだ。己の為に彼が捨てるもの、彼の為に自分がねじ伏せたもの。

 そんなことが存在することなどをおくびにも出さずに。

「君が戦っている原因の一つが、私であるのならば光栄だ」

 嫌だ、という理屈だけで戦うのは、とてもとても苦しいだろう。それでも。……一緒に居られないのは嫌だと、まるで子供のような理屈を彼が捏ねるのならば。

(素直な我が儘を聞き届けてやりたい)

 静謐に自分を見つめ返すだけのグラハムの態度に焦れたのか、は、と鼻先だけでニールは笑った。

「セックスだけでできあがってりゃ、もっとずっと簡単だったんだぜ?」

 苦しくもなく、絶望することもなく、ただ気持ちが良いだけで。

 露悪的に言うニールに、グラハムは苦笑した。その道に立ち入り禁止の標識を立てたのはどちらの責任とも言いがたい。解け合う快楽と情熱だけで終わってしまえば物事は複雑にならなかった。

「言えよ、腰だけ振ってりゃいいって」
「私は、君を抱き締めたいだけだ」

 静かに言って、グラハムは翠色の瞳に宿る光を強めた。

 二人で居るときのグラハムのテンションはこんなものだ。戦場でのあのとんでもない言動しか知らないものは、仰天するだろうが。

 ふと、刹那に言ってやったら、という想像が脳裏を掠めたが、一瞬で打ち消した。随分と惚けた話だ。

「ああ、嫌だ嫌だ」

 些か芝居がかって言うと、恋人は立ち上がって、未だ椅子に姿勢正しく座ったままのグラハムの腕の中に身を投げ出してくる。

「なあ、……何にも分からなくしてくれよ」

 俺があんたしか感じないでいいように。

 囁きながら、耳殻を囓られた。たまさかに硝煙の香りを漂わせる器用な指先が、手袋をしたままシャツの中に潜り込んでくる。

「……」

 グラハムは口を開きかけた。嘘をつくなと言いたかった。何が何も分からないように、だ。傷口を抉って欲しくて仕方が無い顔をしている癖に。

 懺悔して胸の奥を切り裂いて心臓を取りだして白日に晒せと、青い瞳が訴えかけてきている癖に。

「私は生憎、浪漫というものを解さない男だ」

 だから、グラハムは静かに告げた。

「信じているのはこの腕と、心が触れる感触のみで」

 呟きながら、ニールの薄く開かれた唇に触れる。

「ニール、この温もりを知ってしまったからには、私には君を殺すことはできない」

 罰することも、裁くことも。それ程優しい男ではない。呟くと、知っているとほろ苦い声で笑った。

「あんたも俺も、……ただ、与えられるものは嫌だと戦うだけだ」

 そうだなとグラハムは応じた。何故、与えられたものだけでは満足できないのか。

 そんな答えは魂に聞けと放り投げて、ニールの身体を引き寄せる。



 どうして私だったのか。

 なぜ、君にこんなにも惹き寄せられるのか。

 その答えは明白にそこに存在しながら、今もどちらも触れられずに居る。











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+++END

 

 

誕生日の白い死神話のアンサーというかグラハムサイド。
リリシズムなど欠片もないところで紡ぐ愛の歌。
「俺は、嫌だね」が大層好きな私です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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