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ーーーーーーHAPPY BIRTHDAY, Neil Dylandy !!
手に馴染んだ感覚のある銃をばらして手入れをしながら、ニールはぼんやりと今夜の夕食のことを考えていた。
『やれと言われたことを、可能なかぎり実行したまでだ』
稀代のスナイパーが戦いの最中で殺した人間について問われたとき、彼の返事はそれだけであったという。
まだ職業狙撃手だったころ、そんな話を小耳に挟んだ。……スナイパーは基本、”One shot, One kill”を目指す。消費した銃弾の数だけ、屠った命があるのだ。
ソレスタルビーイングに入る前のニールなら、同じように答えたと思う。世界に向けて引き金を引いたあの瞬間までなら。
誰かに言われて命じられて引き金を引くのではなく、紛れもなく己の意思一つで引いたあの日の指先の微かな震えを言い表す術を、ニールの豊富でもない語彙は持たない。
ひとごろしの道具を手に持って、この上なくドメスティックな事を考える。ニールの、少々悪趣味と言えなくもない癖であった。
(冷蔵庫の中に、赤キャベツ残ってたよな? あれに、まだ残ってたシチューに、……マッシュポテトがないと拗ねるかな)
考えて鼻に皺を寄せる。
(……やっぱり、却下)
残り物続くのもなんだし、何か食いに行こうとでも誘うか。近所のダイナーなら彼が帰って来てもまだ営業しているだろう。
(んー、でもいまいち)
乗らないんだよなあ、と思いながらがちゃりと音と立てて組み立て終わった銃の照準を調整する。そもそも、ジャガイモの皮を剥くのが非常にめんどくさい。
(俺も助手になる弟子を探してきたい)
あれは確か悪い魔法使いだった。ジャガイモの皮を剥くのだけは魔法でうまくいかないから、子供を攫ってきてひたすらジャガイモを剥かせる。
子供心に、なんて酷いことをと弟と二人で憤ったものだ。……ニール自身は母親の手伝いを殊勝に申し出た一回目以降、あのジャガイモの皮というのは難物だと思って居たので。
大人になっても相変わらず苦手意識は僅かに残っている。人間に食べられないために奴らの皮ってのはあるんだとピーラーで剥きながらぼやいたら、皮なしジャガイモの品種改良でもしたまえと手伝ってくれていた相手に言い放たれた。
(いいな、それ。大金持ちじゃないのか、俺)
ごろんとバケツの中に剥き終わったジャガイモを放り込みながらそんな事を言い合ったこともあった。大体、マッシュポテトにするのじゃなかったら、皮がついていてもいいのに。
呼吸をするより速やかに正確に、ニールの手の平の中でばらばらのパーツが銃の形に組み上がっていく。惚れ惚れするような腕前だが、本人の意識はそこにはない。
スコープを付けないって主義の奴もいたなあ等とぼんやり思いながら。
旧世紀の映画、スコープの煌めきで気付かれて撃ち抜かれるなんてシチュエーションがあった。
いいスナイパーはハンターをしていた者も少なくない。
犬が居れば、鳥撃ちをするのも悪くない。散弾で撃ってしまうと弾が取り出せなくて食べられないから、一発で。
散漫な思考の中で、結局夕食のメニューはジャガイモの皮のイメージを残したままどこかに行ってしまった。
「……」
ハンドガンもライフルも手入れを終えてしまったので、ニールはたちまちすることを失ってぼんやり天井を見上げる。
昨日読みかけの本は、昼食の時にキッチンに置き去りにしてきてしまった。……まあ、大して読み進んでもいなかったが。
(……私の慈悲深い沈黙、)
伴侶をそう表したのはシェイクスピア、と直ぐに脳内は回答を導き出していたが、ニールはそんなことを口にはしなかった。
ニールは本が好きだが、グラハムは本を読まない。決して無教養なのではなく、読む習慣がない。
その生い立ちからして、ナーサリー・ライムズ系のものとは全く無縁に来てしまったのだ。今更取り返せるものでもないと本人は気にもとめていないが。
しかし、眠り姫と言われて俺は茨の城になんていねえぞと言い返してやったら、それは一体何のことだと瞬きをされた方はなかなか地味にショックだった。
(学校で習うような本の中身はすらすら出てきやがる癖に)
読んだのでも感動したのではなく、ただ覚えていて必要なときに出てくるだけ、という感じだが。言葉に酔いやすいニールとは根本的に違う。
その代わり、グラハムが捧げてくれる愛の言葉は、全て彼という詩人が創造した独創的なものだが。
(詩的とはほど遠いのが難点だな)
恋をして恋を失ったほうが、とテニスンの愛の詩を読んで欲しい訳ではないが、もうちょっと不協和音をどうにかして欲しい。
(それでも、”一度も恋をしなかったよりもましである”、か……)
そんなことを考えていると、沈黙をかき乱すようなチャイムの音がした。
ほらな、と思って立ち上がる。慈悲深い沈黙で居てくれたことなど実際殆ど無いに等しい。
「はいはい、今開けますよ、っと」
ガチャリとドアを開けると、白と緑を基調にした花束が視界に飛び込んできた。
「誕生日おめでとう!」
同時に高らかに宣言されて、思考が着いていかなかったニールはひたすら瞬きを繰り返す。おや、と花束を抱えていた男が首を傾げた。
「君、今日は確か誕生日だと言っては居なかったかね」
黄金の髪の毛の下で、碧色の瞳がニールの姿を映して、ふにゃりと微笑んだ。
ああ、俺の死神はここに居た、とニールは悟った。
(A horse! a horse! my kingdom for a horse!……)
ガンダムのことを思い出す。ここから連れ出してくれるあのモビルスーツと、この腕を引き替えに。
(助けてくれ、俺はもう、瀕死だ)
忘れていたことを思い出させないでくれ。感じやすい事など、傷つくことなど思い出したくはないのだ。
あんたみたいになりたいのに。それなのに、そんな事は許されず、無慈悲に美しく死は笑うのだ。
「誕生日おめでとう、ニール・ディランディ。私は君と出会えて幸いだ」
金髪碧眼の秀麗な顔で笑った死神は、何か食べに行こうと言ってニールの腕を取ったが、ニールはもう連れて行かれるがままになることしかできはしなかった。
こいつとなら三途の川を渡っても悪くないか、などと思ってしまったので。
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