甘い罠

-痛っ-



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「なぁ、平次。」

 呼びかけられて浅黒い肌の少年が振り返る。自分を呼んだ人間の顔を見ると、途端に気が抜けた表情になる。

「なんや、和葉かいな。なんやねん?」
「なんやてなんやの。ご挨拶やなぁ。」

 ぷぅ、と膨れてみせるポニーテールの少女が、少年の手元の漫画雑誌をひょいと覗き込む。
「あ、このサンデーあたしまだ読んでないやつや。次貸して?」
「……終わったらな。」
 素っ気なく言い放つ少年に、いつもの対外用の愛想の良さは欠片もない。
 なんやのあんた、関西人の癖に愛想ないやつー、と和葉は心の中で思ったが、敢えて何も言わなかった。

「な、隣空いてる?」
「ん。」
 返答はこれだけである。流石の和葉もあたしちょっと切れてもいいかしら、という気持ちになってくる。
 大体、可愛い幼馴染みがこんな一生懸命話しかけているのに漫画雑誌に夢中で相手にもせぇへんなんて、そんなバチ当たりが許されてなるものか。

 よいしょ、と取りあえず平次が腰掛けている屋上の打ちっ放しのコンクリートの台の隣に腰を下ろす。スカートが白うなれへんかな、と少し気になったが、まぁ仕方がない。
 平次なんかもともとそんなことには拘らないし。

 午後の日差しが降り注ぐ青い空を見上げた。
 ああ、ええお天気やなぁ。
 今度のお休みとか、どっか行けたらええのになぁ。…このええ天気に隣で漫画読み耽っとる不健康など阿呆と二人で。

「…は、和葉!」
「なに?」
 不意に名前を呼ばれて、和葉は隣を振り返った。午後の授業開始まではまだ少し間がある。やっと話をしてくれる気にでもなったのだろうか。
 しかし、この女心を解さないこと東の名探偵の如しな幼馴染みは、良く知るはずの彼女が少年漫画雑誌を実は読んでいるという自分の鋭い観察眼が逃していた新たな事実が気になっただけらしい。

 尋問が来た。

「何が好きなんや?」
「へ?」
「やから、和葉はなに読んでんのや?サンデー。」

 不意を付かれた和葉が一瞬絶句する。
「え、そら…犬夜叉とか?」
 平次が顔を顰めた。
「犬夜叉おもろいけどなぁ、お前お化け嫌いやんか。…モンキーターンとかMAJORとかガッシュとかちゃうのん?」
 犬夜叉は怖くないだろう、と内心ツッコミつつやっと自分を見てくれた平次が嬉しい和葉が首を振る。
「ん、からくりサーカスやったら好きやけど?鳴海が。」
「鳴海って、お前贔屓のキャラまでおるんかい…。」
 オタクやなぁ、とがっくりと肩を落とした後、平次がにやにや笑いながらぱたんと漫画雑誌を閉じ、和葉の膝に放り出した。

「ほら、お前の愛しい鳴海ちゃんがどないなったか気になるんやろ?はよ読めや。先回したるから。」
 和葉がむかっとして顔を上げる。大体、平次の気が逸れたら漫画よりも平次なのは分かっているだろうに。
「ええよ、別に。そない読みたいわけやないもん。」
「なんやて?お前なぁ、折角俺が先に回したるいうてるのに…。」

 一瞬ムッとした表情をした平次が、直ぐに陽気な笑いを閃かせる。
「待てよ、今この名探偵がお前の心情当てたるから。」
「はぁ?アホちゃう?」
 全くいつまで経っても子供じみてんのやからと呆れかけた和葉の目前に、微笑みを含んだ黒い瞳が迫る。


「当てたろか。…ちゅーしたいやろ、今自分。」
「なっ……。」


 和葉が真っ赤になって絶句した。
「あ、アホ!そんなんしたいことあれへんわ!急になにいいだすのん、バカ平次っ!!」
「嘘やん。照れたらあかんでー、ほーらあなたはちゅーがしたくなーる、したくなーる。」
 戯けて言う少年に、蹴りいれたろか、と和葉が赤くなって睨んだ。
「……この、アホ平次。」
「お互い様やん。」

 笑って寄せてくる顔が心底むかついたので、最後にちょっと噛み付いてやった。

「痛っ。…なにすんねん!!」
「お返しや、阿呆。」

 構って欲しいのをすっかり見透かされていたと言うことがめちゃめちゃ腹立たしい。

―――ああもう、なんでこないな性悪の男好きなんやろ、あたしも大概趣味悪いわ。

 むかつきながらもまだ下がらない頬の熱を持て余す和葉の横で、平次がぼそりと呟く。

「あーあ、退屈やなぁ。東京行きたいわ。工藤は今頃なにしとるんかなぁ。」
「……。」

 やっぱりあたしこいつなんか嫌いや、と乙女心に誓う遠山和葉十六才であった。





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end.

 

 

痛いのはお前だ服部平次!というツッコミ可。(笑)
リクエスト頂きました平和編、今回は一応出来上がってます(笑)
気取らない(?)男服部平次。彼女が相手の時だけ素のまま対応。
でもまぁ…新一とか快斗より…彼氏としてはやりやすいかなぁ…(笑)

なんにしてもヒナキさん、みなっちゃん、リクエストありがとう、お待たせ!!

 

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