ノスタルヂヤ

-首-



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「神は残虐である。人間の生存そのものが残虐である。そして又本来の人類が如何に残虐を愛したか。
神や王侯の祝祭には、いつも虐殺と犠牲とがつきものであった。
社会生活の便宜主義が宗教の力添えによって、残虐への嫌悪と羞恥を生み出してから何千年、
残虐はもうゆるぎのないタブーとなっているけれど、
戦争と芸術だけが、それぞれ全く違ったやり方で、あからさまに残虐への郷愁を満たすのである。」



『残虐への郷愁』江戸川乱歩




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 首筋を赤く太く流れて居るであろう動脈の血流に歯を立てて食い破ってやりたいと思った。

 けれどそれは叶わないので仕方なく紅い痕を残す。

 全身の色彩が紅いのは知っている。精神さえも。けれど、血液までちゃんと紅いのだろうか。

―――流してみれば、痛みと共に分かるのだろうか、この理由のない焦燥感の正体も。

"直接、刃物をもって殺さないからさ。手に血がつかない人殺しでは痛みがわからんのだ。"

 思い出した男の台詞に少し不快になった。

 その後ではたと思い当たる。

 そう言えば。

 自分は何処でこの台詞を聞いたのだろうか。

…何処で。

「アムロ、そろそろ自由にしてもいいかね?」

 動かないで居ることを厳命されている金髪の男が微かな吐息と共に問うて来る。青い双眸を睨み付けるように見上げながら、アムロは唸った。
「…まだ、だめ。」
「しかし、このままでは…君を味わえん。」
 不満そうな色を声に滲ませ、眼下のアムロの頭に柔らかく口付けを落とす。そのキスさえ振り払うように緩く首を振りながら、アムロはひたすら拒否の意志を表した。

「いいから…今はまだ俺があなたを感じてるんだから…だから、駄目。」

 囁くと諦めたように軽く肩をすくめ、青い瞳がそれでは君は何が出来るのだというようにアムロを煽る。応えるように身体に手を伸ばす。体勢を入れ替える。大柄な男を組み敷いて、挑むように瞳に白い炎を煌めかせた。

 首筋に。命の鼓動への熱い奔流が流れている場所に、執拗に口付ける。…シャアも同じ場所に痕を残すのが好きだった。一時期は外から見える情事の痕跡にこの場所への口付けを嫌がったものだったが。

―――誰に知られても今更構うもんか。

 そう思う辺り、アムロも相当神経が焼き切れてきている。消えても消えても直ぐに次が残されるので、今や面倒くさくて隠すことさえしなくなってきた位だ。宇宙へ還ってから後、シャアに対するアムロの執着は自分でも呆れるほど貪欲で底を知らない沼の様で、アムロ自身さえ泥濘に捕られて身動きが取れなくて窒息しそうで。

 今、この赤い彗星がこの手からすり抜けでもしたら自分はきっと最後の精神のバランスさえも崩してしまうのではと不安になる。其程シャアに縋って居る自覚もあるし依存の度合いも高い。彼に求められているときしか自分を自分だと感じられないのだからもう手遅れどころか病膏肓も末期に近い。

―――喰い切って、動脈から溢れる血液にこの身体を浸しでもしたら俺は満足するんだろうか。

 この焦燥感も飢餓感も少しは収まるのだろうか。…シャアを完全に手に入れて…駄目だ、それじゃ触れられもしないじゃないか。

 そんなのは嫌だな。

 ”私だって嫌だ。”

 頭の中に急に割り込んで入ってきた思考にはっとして組み敷いている男を見下ろすと、青い瞳は愉快そうに揺れている。完全に、ではないが時々こうやって人の頭の中身を覗いて楽しんでいるに違いない。

 剥き出しの思考に触れられた気恥ずかしさで赤くなって噛み付く。

「覗きなんて悪趣味じゃないか?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。…覗かないでも十分見えるさ、そんなに想われたら。」
「うるっさいよ。…たまにはあなただって黙って喰われやがれ。」
「君が今まで一度として黙って喰われた事があったか?」

 口の減らない金髪の男を睨み付け、アムロは自分の快感に没頭することに決める。どうせ口では敵わない。大人しくしていてくれる内に事を進めておくに越したことはない。どうせシャアがその気になれば直ぐに、それこそ一瞬で…形勢など逆転されるのだし。

 眉間の傷から緩く波打つ金の髪の毛に唇を這わせていると、突然はっと答えが頭に浮かび上がった。

……どこで、聞いた?

 聞いてなんか、いない。

『地球デ。何処カデアナタガ言ッタ言ノ葉ナノデショウ?重力ニ捕ラワレテイテモ俺ノ心ハズットアナタヲ。』

―――コイシテイタ。

 脳裏に響いてきた楽曲にも似た心の叫びは、腹が立つので気付かないことにした。

 地球にいた頃は毎日の様に胸の中で唱えていたというのに、あなたの名前を。

 『シャア・アズナブル。』

 それは宇宙への憧れと郷愁。アムロの故郷で原点だ。破壊し尽くしてやりたいほどアムロは彼に焦がれている。

 甘くなってきた感情は行き場を無くして焦りと苛立ちになり。

 アムロは遂に、認めるものかと白い首筋に噛み付いてまた一つ跡を残した。






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end.

 

 

えーと。折角色っぽい題を選んだので色っぽくしてみようとして。
見事に滑りました。(号泣)所詮私に色気のある文章が無理だと言うことなのね…。
アムロが攻めっぽく見えてそうじゃないのよというオハナシ(いつものことだ)
で、アムロの方がメロンメロンという話(それも実は結構いつものこと)

冒頭のは乱歩のエッセイ(エッセイ?!)かな。

 

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