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I was a child and she was a child,
In this kingdom by the sea;
But we loved with a love that was more than love-
I and my Annabel Lee;
With a love that the winged seraphs of heaven
Coveted her and me.
"Annabel Lee" Edgar Allan Poe
*:*:*:*
「ね、大人のキスってなんだと思う?」
「…ハーマイオニー、僕質問の意図がよくわかんない…。」
午後の空き教室にチェス盤を引っ張り込んで一人ああでもないこうでもないと新しい戦術を研究していたら、
いつの間にかひっそりと部屋に入ってきていた栗色の髪の毛のクラスメートにローブをいきなり掴んで後ろから引っ張られ、
鳶色の瞳で真剣に覗き込まれて言い放たれた質問にロンは喘ぎながら絶句するしかなかった。
ハーマイオニーはきゅっと唇を噛み、少年の無自覚を糾弾する口調で問いかける。
「…ね、ロン。私とあなたがこの部屋で二人きりになって会うようになって随分経つわね?」
「う、…うん。」
話の方向が脇に逸れ、ロンはやっぱり展開に着いていけずに目を白黒させた。
「なんで?」
「…なんで?」
オウム返しにハーマイオニーの言葉を繰り返すロンに、ハーマイオニーはうんざりしたような表情を浮かべる。
「ひとつ聞いてもいいかしら。」
「もう幾つも聞いてるじゃないか。」
「口答えしないで!…ねぇ、ロン。私の記憶が確かなら、あなた私にガールフレンドになってって言ったんじゃないかしら。」
「…………う、うん。……言った、……よ。」
突如或る意味思い出したくない過去を暴き立てられ、
昼日中の教室でロンの顔は自慢の髪の毛の色と同じくらいの彩度に染め上げられる。
確かに数ヶ月前にふとした機会にハーマイオニーにずっと暖めていた思いを告げて、
それから時々こうして二人でひっそり逢うようになったのだ。
…今日はその予定ではなかったが、この教室で待っているといつの間にか二人揃っているというのは常のことだったから。
親友期間も長かったし、気心も知れている。
とはいえただ逢うだけの関係にさしもの奥手のロンも微かに焦れたものは感じていたのだが、
だからといって現状を打破する手段も思いつかず、時間の流れに任せるがままにしてあった。…ロン自身はそれでもいいかと感じていたから。
己の方から言い出した関係。…彼女も焦れていないとは誰が言った?
流石に迂闊さに困惑していると、固まったままの少年に苛立ったのかハーマイオニーが背後からその両肩に手を置き、耳元に口を近づけた。
「ね、…そんなに怖い?」
「怖い?」
何が怖いのだ、と問い直そうとしてロンは思い直して口を噤んだ。怖い要素は沢山思いつくことが出来る。
―――自分ほど彼女が想って居てくれるとは思えない、近頃とみに人気の出てきたハーマイオニー、誰にも…気付かれていない関係。
頭の回転に身体が着いて行かなくて、やっぱりロンは口籠もったままだった。
その、完全に虚になったロンの思考に。突如として聴覚から爆弾が投下される。
「…ハリーを置いていけない?」
「…?!」
愕然としてロンは背後を振り返ろうとして、ハーマイオニーの強い抵抗に会う。
しっかりと両肩を押さえられてしまうと無下に振り払いも出来ず、ロンは大人しくしているしかない。
ハーマイオニーの表情は読めない。
と、彼女が突然ロンの肩口に額を当てて、両手を前に回して強く首筋に抱きついてきた。
―――心臓が止まる。
呼吸さえ出来かねて荒い鼓動すら制御出来ずにいる青い瞳を大きく見開いて硬直したままの少年に、ハーマイオニーは囁きかけた。
「…キス、しましょうか、ロン。」
―――あなたがいつもしてくれる優しいキスじゃなくて大人のキスを。
囁きながら、ハーマイオニーはゆっくりと腕を解いて立ち上がり、ロンの正面に回り込む。
伏せられた表情は緩く波打つ栗色の髪の毛に隠されて完全には読み切れない。
突然、自分を取り巻く世界が色彩ごと理解不能なものになって、ロンは混乱した。…どうしてこんな事になってしまったのか。
現実はチェスではないとは言え、一体自分は何処で手を読み間違えてしまったのだろうか。
「…子供のキスは、これで最後よ。」
そう言いながら今まさに重ねられようという唇に。
ロンはただ、覚悟を決めきれなくてごくんと唾を飲み込んだ。
がたん、と肘がぶつかって椅子が床に倒れたが、そんなことは二人とももうどうでもよかった。
「…ただ好きなだけじゃ駄目なの?」
少年の震える声は、一体誰に対するものだったのか。
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end.
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