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「ね、あなたがもし俺にキスをするならどこが一番好き?」
突然問いかけられた言葉にシャアは戸惑うような表情を見せた。
「…ひとつ聞いてもいいか?」
「なんなりと。」
「なんで私が君に口付けをしなくてはならない状況に陥るのか、まずそこから知りたいのだが。」
「…相変わらず理屈多い人だね。」
アムロがぷぅと頬を膨らませる。その表情に、こういう剥き出しの好意を直接にぶつけられていることに慣れていないシャアは僅かにたじろいだ。恋愛は駆け引きだと思っていたし、幾人か渡り歩いた花々ともゲーム感覚に楽しんでいた筈なのに。気がついたらシャアの人生のダンスホールで次のダンスの相手をと浮き浮きしながら待っているのはこの目の前のこの間まではむしろ好敵手であり恋敵とも呼べる存在だった青年の様なのだ。
頼むからこれがラスト・ダンスになるのは勘弁して欲しい、と内心天国のララァに祈りながらシャアは考えこむ。
「そうだな、もしも絶体絶命の状況に陥って君に口付けを与えないとコロニーはおろか地球すら破滅する危機が迫っていたとして…。」
「……待てよ、そんなにイヤなのか?シャア。」
「仮定の話だ。好きでするとでも思っているのかね?」
話の腰を折られたシャアが些かムッとした表情でアムロを睨む。アムロは軽く両手を上げてごめんと言った後、黙っているから言ってよと先を促した。憮然としながらもシャアは律儀に先を続ける。
「その場合、もしも一か所だけ好きな場所にといわれたら…私の場合、君は指先だろうな。」
言われたアムロは思ってもみなかった答えらしく、へぇと言いながら自分の両手を見る。
「指先、ねぇ?別に長い訳でもないし綺麗な訳でもないぜ?手の形だけなら爪の先まであなたのほうがよっぽど綺麗だ。」
「それはどうも。別に形のことを言っている訳じゃない。」
アムロの賛辞をさらりと受け流し、シャアは微かに口元に微笑みを浮かべる。
「君の手は純粋にモビルスーツ乗りの手の平だ。君の手が、中でもその器用な指先が滑らかに白い機体を操り、踊らせて…まるで魔法のように戦場で奇蹟を生み出すのを間近で見ているとね。一度でいいからコックピットで隣で見てみたいと思ってしまう程だよ。働き者のいい手をしている。私は好きだがね。」
「……ソレハドーモ。」
自分で言い出しながら真っ赤になって照れてしまったアムロががしがしと頭を掻く。そのアムロを暫く見守っていたシャアが、唐突に口を開いた。
「君は?」
「へ?」
きょとんとした顔をするアムロに向かって、シャアは再度同じ質問を繰り返す。
「私にばかりそんな質問を投げるが、君はどうなのだ?今後の参考に聞いておきたい。」
「今後の参考って…教えたらしてくれるの?」
「まさか。…避けようもあるというだけだよ。」
「…ああ、そーですか。」
しれっと鉄の笑顔でアムロの提案を受け流すシャアに軽く肩を落としながらアムロがその側に近寄る。
「俺はやっぱり…そこかなぁ?」
言いながらアムロの指、シャアが先程好きだと称したその人差し指が真っ直ぐにシャアの額を指差す。他の場所を覚悟していたシャアが、微笑ましいくらいの申し出に相好を崩した。
「…以外に子供っぽいな。」
「そうじゃなくて。…傷。」
分からない?と困ったような笑顔と共に聞かれ、シャアが青い瞳を開く。
「意外とロマンチストだな。…君はもっと現実的な人間だと思っていた。」
「うるさいな、一応これでも悪いと思っているんだぜ?…消えないし、いつまでも。」
思念籠もりすぎだよねその傷、と言った後で、直ぐに表情をくるりと悪戯めかしたものに変える。
「それとも、あなたが消したくないの?」
「………馬鹿を言うものではない。」
憮然と呟いたが、シャアも自分のペースを乱されかけているようで歯切れが悪い。反対に自分のペースを取り戻したアムロが片眉を上げて婉然と微笑む。
「ちょっと、かがんでよ。…キスしてあげようか?」
「御免被る。…舐め合いは趣味じゃない。」
首を振るシャアの腕を掴んで強く自分の方に引き寄せ、頭一つ大きい男に無理矢理耳元を寄せさせて。
「じゃあさ、俺の一番欲しいところにあなたのキスを頂戴?」
コバルトブルーの瞳が大きく見開かれ、直ぐに金の眉根が寄せられる。
「…なんでそう話が飛躍するのか理解に苦しむよ、アムロ。」
「だって、あなたは地球滅亡だっけ?それまであなたの好きな所にはキスしたくないんだろ?で、俺の好きなところにもキスさせてくれない。…だったら、俺の好きな場所にあなたがするっていうのが一番妥当な案だと思うんだけど。」
「…私は思わないが。」
「逆でもいいよ。あなたの好きな場所に俺がキス。」
強引すぎるアムロは何がなんでもシャアの口付けが欲しいらしい。諦めが悪い割に度胸と思いきりだけはいい赤い男ははぁと息をつき、さっさと不毛な舌戦を終わらせようと心を決めた。自分の好きな場所を提案してもアムロはどうせ聞きはしないだろう。だったら。
「……聞くが、どこなのだね?」
「ん?」
「君が私にキスをして欲しいというのは?」
出来うる限りリクエストにはお答えしようとどこか疲れた口調で言うシャアにアムロが嘘、本当に?と嬉しそうな満面の笑顔を浮かべ。
言い放った。
「…背中。」
「…せっ…。」
シャアが絶句する。
同時に服越しではない白い肌理の細かいアムロの直肌に直接唇を付けろというのだろうか、今此処で?!と微かに妄想混じりの混乱した思考が飛んだ。シャアの困惑を感覚で感じ取ったアムロがふわんと微笑む。
「だってさ、あなたにキスされたらそこからふわーって羽根が生えて飛べそうなんだもん。…駄目?」
「駄目だというより……。」
どうしようもないな君は、と言いながらシャアが遂に苦笑する。
柔らかく吹いている初夏の風に乱れて落ちかかる金糸の髪の毛を掻きあげながら、優しい眼差しで青年を見つめた。
「……そんなことをしなくても君の背中には羽根があるだろう?」
「飛べないよ。それじゃ。あなたが居てくれて、初めて二つ揃うんだよ……」
νガンダムを見ただろう?と甘えるように拗ねるように言われ、シャアは軽く息をついた。
「……此処では無理だな。」
「そう言ってくれると思った。」
じゃあ行こうか、二人っきりになれる場所にね、と軽やかにくるりと身を翻すアムロの後に着いて歩き出しながら、この無邪気で意地の悪い天使の翼の下で永遠にダンスを踊らされそうな予感を感じて軽く不安になるシャア・アズナブルであった。
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end.
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