沈默の塔

-スライトキス-



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そして最近、私は悪魔がこういうのを聞いた。
「神は死んだ。人間への同情のゆえに死んだのだ」


"Also sprach Zarathustra" Friedrich Wilhelm Nietzsche





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「クワトロ大尉。」

 アーガマの暗い廊下で呼び止められた金髪の男は、振り返つて照明の落ちた廊下に佇むほの青い髪の毛の少年を認める。

「どうした、カミーユ君。」

「大尉に以前もお聞きしたのですけれど、もう一度聞きたいことが有るのです。」
 云われて、クワトロは一体何が有るのだらふかと首を傾げた。

「なんだね。」
「大尉は何故軍人なんです?」

「以前、君には言つた筈だが?」
「聞きたいものです、もう一度。」
「他に食べる方法を知らんからさ。だから未だに嫁さんも貰えん。」

 再びDeja vuさえ覚えながら金髪の男は同じ台詞を吊り込まれるやうに紡ぐ。くつくつと嗤いながら少年は何処か愉しげに男を呼ぶ。

「大尉、大尉。」
「なんだね。」

 背筋にうつすらと寒いものさえ覚えながらクワトロは返事を紡ぎ出す。酷く居心地が悪くて不安だ。何故だらふ。此の少年は見知らぬ他人では無く既知の、とても良く知つてゐる人間の筈なのに。

「命を奪うことでしか食べていかれないなんて、随分と業が深いですよね、大尉も、僕も。」
「ああ、さうだな。」

 クワトロが自嘲気味に微笑む。ゆつくりと薄い唇が同意の言葉を紡ぎ出した。
「本当に、さうだ。」

 カミーユの青い瞳が熱を帯びた。極上のAquamarineのやうにきらきらと熱に浮かされて煌めく。
「誰が殺しますか。いえ、誰が殺させるのでせう、僕達に。」
「違うな。仲間同志で殺すのだよ。」
「なぜ。」
「分かり合えないからだ。人は分かり合うために生まれ、分かり合うために死んでゆく。命はその為の炎だよ。」
 違います、とカミーユは首を振る。
「命は力なんだ。命はこの宇宙を支えてゐるものなんです。それが、簡単に失われて逝く。何故だと思います?どうしてこんなに酷い事が?」
「決まつてゐる、人類が革新しないからだよ。」

 それは誰によつて与えられる啓示ですか、とカミーユが問いかけ、さあ、神様とやらぢやないかとクワトロはおざなりに返事をした。カミーユがその言葉尻をしてやつたりと捕らえる。

「ぢやあ、大尉の中の神様は誰なんです?」

 虚を衝かれ、クワトロは絶句した。淡く微笑むカミーユに、恐怖にも似た薄ら寒さを感じる。

 此は。

 誰、だ?

「何が言いたいのだね、カミーユ君。」
「今の云い方だと大尉の中にも神様は居るんでせう、それは一体誰なんです?大尉を何時までも軍属、いえ宇宙に呼び寄せてゐるのは。」

 ぐつとクワトロが言葉に詰まる。カミーユが薄く嘲笑するように唇を歪める。

「当ててあげませうか。否、当てる間でもなく大尉は先刻ご承知の筈。希望の星、First-New Typeの、彼の人なのでせう?」
「確かに私の夢ではあるが。」

 歯切れの悪くなる男を醒めた目つきで眺めたカミーユはふん、と鼻を鳴らした。

「アムロ・レイはもう此の宇宙には居ないんです、分かるでせう?」

「な、カミーユ!!」

 図星だつたのだらふ。クワトロが驚愕の声を上げる。驚くも何もそんなもの、十やそこらの小娘にだつて分かるだらふに、と内心カミーユは毒突いた。Screen-Glass越しのクワトロの双眸を凝視し、はつきりと言い聞かせるやうに言い放つ。

「彼の人はもう死んで仕舞いました。人類を哀れんで、地球の重力に呪はれて。貴方の神様にはなつてくれないのです。」

「言うな、カミーユ!!」
 珍しく、クワトロが乱れた。その機に乗じてカミーユが追い打ちを掛ける。
「何故です?アムロ・レイは貴方の手を拒んだのでせう?決して絶対貴方の物にはならないのです。」

―――何故なら彼は人類のものだから。地球が彼を欲しているから。

 言い切るカミーユに、では私の救いは何処に有るのだ、と何処か呆然とした問いが投げかけられる。カミーユの感じた虚無と絶望感は、クワトロ・バジーナ大尉でさえも捕らえられる程深かった様だ。

 否。

 相手が虚無も絶望も嫌という程熟知してゐる、シャア・アズナブルであればこそ、か。

 薄く微笑み、カミーユがクワトロに向かって一語一語を区切るようにはつきりと言葉を並べる。

「この世には、神も仏も救いすら無いのですよ、クワトロ大尉。」
「だつたら、私達はどうするとゐうのだ?」

 微笑みが、華の様に満開になつた。艶やか過ぎる少年の美貌に見惚れたクワトロが息を呑む。

「僕が、成つてあげます。」
「カミーユ君?」
「僕が、貴方の新しい神様に成つてあげます。」

 鉄壁の心の守りが揺らぎ、守り通した芯が傾いだのを肌で感じた。

 感応させて、追い落とす。New Typeの戦争と云うのはこういう風に仕掛けるのだ。

 少年は赤い唇で婉然と嗤う。妖艶に光る妖しい氷青の双眸が、ひたりと金髪の男を捕らえて離さない。

「渡しません、今更焦つても駄目ですよ、アムロさん。貴方は一度ならず、又その手を離したのですから。」

―――僕が貰つても良いですよね?

 クワトロは、シャアはNew Typeというには人間に余りに近過ぎる。自らが理解したいと感じた相手としか感応できない。

 後の想いは、全て一方通行。

 クワトロは奇しくも再びアムロに拒絶され、言い様のない底知れない孤独と共に宇宙に還つてきた。自分も運命の邂逅を果たしたフォウと引き裂かれ、挙げ句戦火の元で彼女は死んだ。出会った半身をもがれてしまつたカミーユは、もうバランスを取って宇宙を巧く渡る事など出来ない。

 代償が必要だつた。早急に、この欠けた部分を埋める誰か。条件を満たす人間は、案外に手近な場所に。

 今なら獲れる。自信は有つた。クワトロという或る意味完全な存在を傷つける事が出来る唯一絶対の神であるアムロが再び彼を見放したのだ。

―――貰いますよ、アムロさん。

 傷ついた孤独な魂が引き合うのは、必然。

 カミーユは魂が抜かれた様なクワトロから離れると宇宙空間に面した窓に手を着き、硝子にこつんと額を当てた。思念を送るように、呟く。

「逆転しましたよね、アムロさん?最も、宇宙に居ないあなたなんて元々敵ぢや無かつたですが。」

―――悔しかつたら取り返しに来たら如何ですか。僕達New Typeにとってこそ人類との架け橋の様な、『神』であるこの人を。

 其の後で、絡め取つてしまつた哀れな獲物を振り返つて婉然と微笑んだ。

「ねえ、神様に、愛情と服従の敬虔な信徒のキスはして頂けないのですか?」

 囁くように強請ると、クワトロが躊躇つて返事を返す前に素早く唇を掠め盗つた。

 誰かが『シャア』を呼ぶ声は、もう遠く遠く遙か彼方になつて仕舞つて、彼には聞こえない。

 沈黙が、塔のやうに宇宙に聳え立つアーガマの艦橋を包み込んだ。


『あれはなんの塔ですか。』
『沈默の塔です。』


 口付けは契約の証。



 神の声も啓示も、もう耳には届かない。






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終劇

 

 

はーい、カオリンリクエストの「カミクワ」ですが…。
やばい、やばすぎるうちのカミーユ…(汗)←カオリン命名「黒カミ」
黒いっていうかもうなんていうか、「悪魔」と化してますけど…(汗)
ニーチェのツァラストゥラとか引用している場合じゃないだろう!!(大爆笑)
カミーユとアムロのクワトロ争奪大合戦ということで(違)

「フォウの身代わりに俺からシャアを奪うなんて!!」

とこれで地球からアムロが慌てて出てきたりしたらたーいへん…。誰がってブライトが。(合掌)

もうちょっと泉鏡花とか(高野聖ね)安吾(桜の森の〜)とかそーゆー風に書きたかったな…むーん。難しいです。
読めなくてもしょうがないしねぇ。半端に文語調(苦笑)
クワトロはもうちょっとこっち側ぽくしようとしてなんか更に半端に。いやーん…
内面描写この半分以下というかゼロ近くに刮げ落とさなくっちゃ駄目っすね(笑))
しっかしカミーユさん既に人外魔境の人となってますよ(爆笑)

作中の文章とタイトルは↓から引っ張ってきました。
ニーチェの入門書です(ちょっと違う)

「へんな塔のある處へ往つて見て來ましたよ。」
「Malabar・hill《マラバア・ヒル》でせう。」
「あれはなんの塔ですか。」
「沈默の塔です。」
「車で塔の中へ運ぶのはなんですか。」
「死骸です。」
「なんの死骸ですか。」
「Parsi《パアシイ》族の死骸です。」
「なんであんなに澤山死ぬのでせう。コレラでも流行つてゐるのですか。」
「殺すのです。又二三十人殺したと、新聞に出てゐましたよ。」
「誰が殺しますか。」
「仲間同志で殺すのです。」
「なぜ。」

(中略)

芸術も学問も、パアシイ族の因襲の目からは、危険に見えるはずである。
なぜというに、どこの国、いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺(うかが)っている。
そしてある機会に起って迫害を加える。ただ口実だけが国により時代によって変る。
危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった。

マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣(たけなわ)である。

『沈默の塔』森鴎外

 

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