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「・・・クマ?」
連邦軍大尉、アムロ・レイはある朝出勤しようと玄関のドアを開けた瞬間に蹴り飛ばしたものの正体を見て、思わず呟いた。
そこに転がっていたのは、どこからどう見てもぬいぐるみの、赤味の勝ったピンク色のクマだった。
「誰だよ、燃えないゴミ分別せずにこんな所に捨ててったの・・・」
ぶちぶち言いながらアムロがぬいぐるみを拾い上げようとしたとき。
「誰が燃えないゴミだ、失礼な!」
「うわぁっ???!!!」
突然むくりとぬいぐるみのクマが起き上がってしゃべり出し、アムロは驚愕のあまり尻餅をついてしまった。
「気持ちよくひとが眠っている横で、失礼なことを言わないでくれないか、君。」
「く、くくくく、クマが喋った!!」
俺、熱でもあるのか?!仕事のしすぎで幻覚見えてる?!くらくらと目眩を覚えながら今日は帰って寝るってブライトに言おう、と呟くアムロの前で、クマがよっこいしょ、と立ち上がる。
「さっきから聞いていれば、クマクマと、私には『キャスバル・レム・ダイクン』というきちんとした名前があるのだがね。」
昨今の若者は本当に礼儀というものを弁えんな、と眉間に皺を寄せながらクマが溜息をつく。
思わずアムロは本音を洩らしてしまった。
「クマのぬいぐるみの癖に偉そうな名前・・・」
「何を言うか!両親から貰った由緒正しい名前だぞ!君こそ名を名乗りたまえ。私は名乗ったのだから。」
「あ、スイマセン。俺、アムロ・レイっていいます。連邦軍人で、大尉やってます。」
憤然とクマが叫び、そのあまりの非日常っぷりに、これはもしかしたら夢かもしんない、うん、夢だ、夢に違いない、と決めつけてみたアムロはなんだかかえって落ち着いてしまった。
キャスバルと名乗るクマが、ふぅん、軍人にはみえないがな、と呟きながらアムロを頭から足までとっくりと検分する。
「胸の記章によると、モビルスーツ乗りか。・・・見えないなぁ。」
「放っておいてください。」
「その若さで大尉ということは、士官学校か?」
キャスバルの問いに、アムロはいや、違いますけど、とだけ答え、キャスバルもふん、そうか、と言うとそれ以上は追求しなかった。
「・・・じゃあ、そのキャスバルさんにお聞きしますけど。」
「なんだ。」
「あなた、なんだって俺んちの前で寝転がっていらっしゃいましたんで?」
尋ねると、ふむ、とクマは腕組みをした。
「私はつい先日まで、ハマーンという少女のところのクマだったのだがね。彼女が引っ越しするときに、間違えて捨てられてしまったのだよ。仕方がないから次の保護者を求めて旅をしていたんだが、昨日可愛がってくれそうな少女を見つけたのでね。後を付けて来たのだが、見失ってしまって……。疲れたからそのままそこいらで眠ってしまったのだ。」
どうだ、可哀想な身の上だろう、と威張ったように言うクマに、ちょっと待てよそれって押し掛けぬいぐるみかよ、しかもプチストーキング?とアムロが眉を顰める。
「いや、あんまし感心できないんじゃないですか、キャスバルさん。」
「うるさいな、君はいちいち。じゃあなにかね。心優しい少女に拾われる以外に、無力なぬいぐるみがこの厳しい世間の荒波を一人乗り越えてゆく手段があるとでもいうのかね。」
「い、いや・・・デパートのオモチャ売り場に並んでみるとか。」
「それは何度も試みた!しかし、腕白小僧に破壊される危険を冒すくらいならば、デパートの玩具売り場で無為な日々を過ごすよりも、己で果敢に運命を切り開くため撃って出た方がまだマシだとは思わんかね、君。」
「はぁ・・・」
なんてーか、なんでこんなエバった話し方するんだろうこのクマ、とアムロがしげしげとキャスバルを眺める。
その内、元々手先が器用で、メカニックマン顔負けの知識と技能を有するアムロのこと、観察しているうちに段々このぬいぐるみというか、生きぐるみ?・・・のクマに対して興味が湧いてきた。
「・・・じゃ、なんだったら、うち来ます?男所帯だけど、良かったら。」
「御免被る。」
しかし、アムロの招待をキャスバルがぴしっとはねつけた。
「え、なんで。だって、今夜の宿も困ってるんでしょ?」
「今夜の宿には不自由しているが、君の目は珍しい昆虫を見つけた腕白坊主の輝きそのままだ!私は解体されるのは御免だ。まだ死にたくはないからな。」
「死ぬんですか?」
「・・・例え死ななかったとしても、四肢が分解される様な体験は御免だ。」
ふん、とキャスバルは腕を組んで顔を背ける。アムロはああ、そうですか、と短く言うと、さっと腕を伸ばしてピンクのクマを抱き上げた。
「じゃ、実力行使ってことで。」
「な、なにをする!離したまえっ!!ぬいぐるみ拉致は立派な犯罪だぞ!!」
ええい離せ、離さんか!とアムロの両腕の中でピンクのクマはじたばた暴れたが、所詮はぬいぐるみの非力、軍人にしては華奢な方のアムロの腕さえ振り解けない。
「誰か、誰か助けてくれたまえ!クマ攫いだ、ひとごろしだ!!」
「殺しゃーしませんって。」
短い手足でぼふぼふ叩かれるのを、いやー、可愛いなぁ、昔幼馴染みのフラウ・ボウがこんなの持ってたよなそういや。
ICチップ組み込んでメカに改造しようとしてぶち怒られたけど、などと懐かしく思いながら、アムロはばたんと自宅のドアを閉めたのだった。
◇◆
「寄らないでくれたまえ。」
「そんなこと言ったって、・・・俺んち以外に行こうにも、ちょっと汚れてますよ、キャスバルさん。」
不機嫌極まりない口調のクマの足を、アムロは苦笑しながら蒸らしたタオルで拭ってやる。キャスバルは深い溜息をついた。
「不自由なものだな、ぬいぐるみというのは。」
「・・・あなた、生まれたときからぬいぐるみなんですか?」
これでどっかにぬいぐるみ王国とかいうのがあるとか言われたらそれこそSFじゃなくてファンタジーだよな、と思いながらアムロがのほほんと聞いた。キャスバルは肩をすくめる。青いボタンで出来た瞳が、一瞬だけきらりと輝いた。
「君の好きなように想像してくれてかまわんよ。」
「まぁ、そう言わずに。」
身の上話をお聞きしましょう、と言いながらことんとアムロがキャスバルの前に茶碗を置く。
「どーぞ。粗茶ですが。」
「構わなくていい。ぬいぐるみだからな、私は。」
「あ、そうですか。」
中のワタに染み込んじゃ拙いか、と呟くアムロをじっと見つめたキャスバルが、唐突に呟いた。
「ところで、さっきから敬語を使っているが、君は幾つだ?」
「・・・29ですよ。」
「どこが?!」
「・・・ほっといてください。」
童顔で悪かったですね!とむくれるアムロに、キャスバルは案外素直に済まなかった、と謝った。
「では、私の方が年下だ、敬語は使わなくて構わない。・・・私は今年で二十歳だからな。」
了解、とアムロが頷いたその後で、続ける。
「・・・ついでに、笑うかもしれないが、実は呪いをかけられたさる国の王子、というオチなのだが。」
その言葉に、アムロがはぁ?と首を傾げる。
「・・・誰が。」
「私が、だ。」
言われ、アムロはしげしげとちんまり行儀良く座るぬいぐるみを見つめた。
「・・・オチなんだ?」
「笑うしかないだろう?」
クマは軽く肩をすくめる。生まれたときは人間だったのだよ、これでも、とその後で呟いた。
「・・・一体全体、何があったんで?」
「話せば長い事ながら、荒れ地の魔女に呪いをかけられたのだ。」
「いやいや、短いじゃないかっ!!」
思わずツッコミを入れてしまうアムロに、キャスバルが憤然としたように言い放つ。
「仕方がないだろう?!君、今までの私の辛酸の旅路をどう語ったところでただのほのぼのとした童話だぞ、私が主演した時点でっ!!」
ご自分のことは弁えておられるんですねー、とアムロが感心したようにぱちぱち手を叩いた。
「そんな賞賛などいらん。・・・ともかく、端的に言うと、私は人間に戻るために旅をしてるんだ。」
だから邪魔しないでくれないか、と言われ、アムロはついでに尋ねてみた。
「で、そのぬいぐるみの旅のクリア条件は一体なんなんだ?・・・キャスバル・・・君。」
「キャスバルでいい。・・・人の苦労をゲームのように言うのはやめてくれないか、アムロ君。」
物凄く嫌そうにキャスバルが眉間の辺りに皺を寄せ、その後で不承不承、といったように口を開く。
「・・・その。・・・古来から変わらぬ方法だよ。こんな姿の私でも真に愛してくれる人間からの口付けに決まっている。」
アムロは思わずうわぁ、ベタ!と呟いてしまい、キャスバルが苛々と足を踏み鳴らした。
「笑い事なのは自分で分かっている!ああ、だから君みたいな男になんか言いたくなかったんだ・・・」
メルヘンの対極に居るような人間じゃないか、君は!!・・・冷たく言われて、アムロがゴメンナサイ、と謝った。
「や、笑ってすいません。・・・でも、他に戻る方法は?」
「ない。・・・まぁ、新月の夜なら一晩だけ魔力が弱まるから、月に一度だけ元に戻れるのだが・・・」
ぽそりと呟いたキャスバルに、アムロがカレンダー代わりのモバイル端末を覗いて検索する。
「それって、三日後じゃないか。」
「だから焦っているのだよ!この姿ではどうしようもないが、本来の姿なら或いは私にうっかり真実の愛を誓う少女の一人や二人や三人や四人、居るかもしれないじゃないか!」
こんな所で君の相手で時間を潰している暇はないのだよ!と言われ、アムロがそれちょっとかなり自意識過剰じゃ・・・とつくづく二頭身半くらいの愛らしいぬいぐるみを眺める。
可愛いとは思うけれど、まともな人間が惚れるか?ぬいぐるみに。人形に恋をする話なら聞いたことはあるけれど。
そんなアムロの思考が伝わったのか、キャスバルがびしぃ!と丸太のような手でアムロを指し示す。
「君、今『そんな姿で恋愛を語るな』と思っただろう。・・・私の本当の姿を見て、吠え面をかくなよ。」
「や・・・あはは。」
図星を指され、アムロが苦笑した。キャスバルがまた溜息をつく。
「ああ、本当はハマーンを落として元に戻る予定だったのに・・・」
「・・・あの・・・協力しようか?」
あまりに憔悴した様子につい絆されたアムロが恐る恐るそう声を掛けると、キャスバルが顔を上げて本当か!と詰め寄った。
「君、女性の知り合いは多い方かね?」
「いや、あんまり・・・」
「使えない男だな!・・・まぁ、いい。同僚の妹かなにかでも構わない、なるべく世間知らずそうな少女に私を押しつけてくれ。宜しく頼む。後は私が自力でなんとかするから。」
「・・・・・・・・・・はぁ。」
自力でなんとかって、どうするつもりだよほんとにこのクマ・・・と思いながら、アムロはとりあえず上官のブライトに急病を偽って休みを申請したのだった。
◇◆
その夜、アムロがキャスバルの寝込みを襲って解体しようとして失敗するのと、翌朝起きてみてやっぱりピンク色のクマが動いている現実に愕然とするのと。
結局のところ要領の悪いアムロが、キャスバルを誰にも押しつけられずに新月の夜を迎えて、『本当の姿』とやらに戻った金髪碧眼の超美形のキャスバル・レム・ダイクン青年にこれまたうっかり心を奪われてしまうのは、また別の場所、別の時に語られるべき話である。
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end.
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