スパイダー

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 久々にガモン共和国を訪れた一文字隼人の姿に、いいことではないと思いながらも、真美はどうしても心が弾むのを抑えきれなかった。

 世界が平和になった後ならば歓迎もできるが、今現在、人類の敵と戦っている仮面ライダー二号である隼人がこの国に来たということは、何かしら不穏な動きがこの地にあるということに違いない。そんな風に思った真美が気遣わしげに自分に何かできることは無いかと尋ねると、隼人は少し困ったように笑った後、そう来たか、と呟いた。

「……いや、実は、京都でちょっとしくじっちまって。みんなが戦っているのに病院に縛り付けられるのは業腹だし、だからって絶対安静とかって監視の目も厳しいからさ、完全看護の病院に転院させてくれって、逃げてきたんだけど」

 おずおず、というか恐る恐るという風に切り出された隼人の来訪理由を知った真美はまず呆れた。その次に、きっと眉を吊り上げて男を睨む。

「隼人さん、完全看護って、まさかこのキャンプの事じゃないでしょうね」
「察しがいいな、流石は真美センセ、宜しくお願いします。あ、白衣の天使がいいとか贅沢言わないからさ」

 ぱちんとウィンクをされて、真美は大きく息を付き、次いでじろりと隼人を睨み付ける。

「語尾にハートつけても可愛く言っても駄目! もう、信じられない、本当に病院から抜け出してきたの!?」
「だって〜、俺の口に合う輸血用の血液がなかったんだもん」
「いい歳して、妙な口調で喋らないでくれる? ほら、見せて、怪我」

 言いながらいやんエッチ!と騒ぐ隼人の着ているシャツの合わせを開いて、真美は正直に眉を顰めた。

「……これ」
「頼むよ、一日そういう顔ばっか見て暮らすくらいなら、ここで子供達と遊んで治るのを待つ方がマシなんだ」

 な、と首を傾げられ、真美は深い溜息をついた。隼人は怒れば顔に傷跡さえ浮かぶ、全身改造された仮面ライダーなのだと、頭では知っていたが、その現実を目の前に突きつけられたのは実は今回が初めてだったのだ。治療というよりは修復を施された痕にそっと触れて、真美は痛々しい表情を精一杯見せないように勤めながら男の顔を覗き込む。

「……そこの不良患者さん、よく聞きなさい? 治りたいのなら、まずはゆっくりすること」

 静養、なんですからね、分かっている?と念を押した後で、真美は徐に腕組みをして隼人に向かって言い放った。

「それでは、仕方がありません。治療の一環として、子供達と遊ぶのを許可します」
「……サンキュ、真美さん」

 隼人はちょっと照れ臭そうに笑うと服を直して立ち上がり、真美の肩にぽん、と手を置いて楽しそうに部屋を出ていった。その後ろ姿を見送りながら、真美はぽつりと呟く。

「だって、私にはこの位しか、してあげようがないじゃない……」

 隼人の傷は思ったよりもずっと深そうだった。時間が経てば治るという種類のものではない、部品が揃うのを待っているのか、或いは改造された隼人の身体の修復技術を持つ者がいないのか―――、どちらにしても、素人目にも隼人の怪我には応急措置しか施されていないように思えた。

 それでも、隼人はきっと求められれば直ぐに戦いに出ていくだろう。仲間達を、人々を救うために。与えられた任務は正義だ、と隼人がいつだったか言ったことがあった。
 それでもその前に、自分が以前に心を寄せた子供達の笑顔を見に来る隼人の或る意味では弱さとも言える人間的なところを、真美はとても好ましく思い、そして直ぐに口唇を噛んだ。
 じっと真美は自分の両手を見る。医術を極めようと志した彼女の手は、薬品や様々な日常の雑用の所為で同年代の女性と比べるとずっと荒れていたが、その手で自分を助けてくれた男一人、真美には直してやることはできないのだ。

 想いを寄せている相手一人、すら。

「真美センセー、みんながこっち出てきて一緒に遊ぼうってさ!」

 その時、部屋の外からそんな風に呼ぶ隼人の声が聞こえたので、真美は沈みがちだった思いを振り切るように快活な声で返事を返した。

「分かった、すぐに行くわ!」

 ぱちん、と両手で頬を叩いて気合いを入れ、部屋の外に出ると、隼人は子供達に日本の遊びを教えている真っ最中らしかった。

「真美センセ、花いちもんめ、ってやったことある?」
「馬鹿にしないでよ、知ってるわ」

 隼人に呼ばれ、真美は遊びの輪に加わった。子供達と一緒になって遊んでいる内に、向かい側の組にいる子供から、真美先生が欲しい、という声が掛かる。結局ジャンケンで負けた真美は相手方に加わる事になり、一番端で手招きする隼人の隣に並んだ。

「あーあ、負けちゃった」
「意外とジャンケン弱いんだな、真美さん。ほら」

 言いながら差し出された隼人の手は、珍しくグローブをはめていなかった。手を伸ばして隼人の手を握ろうとした真美は、ふと先程眺めた自分の手の荒れ具合を思い出してしまう。
 カメラを構え、一度仮面ライダーに変身すると赤い手袋に包まれて邪悪を殴り飛ばす隼人の手は、意外なほどに綺麗なものであった。
 そう思った途端に、普段はどちらかというと誇らしく思う己の手を恥じて、真美は隼人が自分の荒れた手に眉を顰めませんように、と内心で祈りながら極力隼人の手に触れないように軽く男の手に触った。

「それじゃ、続きからね」

 子供達を急かしながら、真美はひたすら、早くこの手を離したいとばかり心の中で願っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆



 隼人に一頻り遊んで貰った子供達を昼寝の時間だと追い立てた後、真美は一足先に机に座っている隼人の前にコーヒーの入ったカップを置き、お疲れさまと男を労った。

「保父さんは疲れるでしょう」
「いやー、楽しかったぜ? 子供ってやっぱり飲み込み早いよな」

 屈託無く隼人は笑い、コーヒーのカップから中身を一口口にすると、真美の方を見ないまま普段と変わらない口調で言った。

「なぁ、真美さん。……俺の手は、そんなに怖い?」
「え?」

 隼人の言葉の意味が真美には一瞬分からず、思わず間抜けな顔で聞き返す。隼人は真美の方を見ないまま、普段通りの笑顔を浮かべたままで続けた。

「真美さん、全然俺の手に触ろうとしなかっただろう? やっぱり、『紅い拳の悪魔』の掌なんて、触るのは怖いかい?」

 そこで漸く隼人が何を言わんとしているのか気付いた真美は、ぎょっとして隼人の方を振り返った。

「違うわ!」

 しかし、言った後で自分の言葉の説得力の無さに気付き、困ったような口調で続けた。

「違う、の……」
「……分かった、ごめんよ、真美さん、変なことを言って」

 忘れてくれ、と謝罪を口にした隼人に首を振り、真美は暫く躊躇った後で、本当のことを口にした。

「私の手、とても荒れていて、隼人さんの手を傷つけるんじゃないかって、思って」

 哀しげに言いながら、かさついた手を隼人の目から隠すように擦り合わせると、不意にその手首を掴まれ、真美は身体ごと男の方に引き寄せられて、思わず焦った声を上げた。

「ちょっ……」
「馬鹿だな、どうしてそんな風に思うんだ。綺麗な手じゃないか、俺は……好きだ」
「隼人さ……」

 真摯な声と視線で言われ、真美の顔がみるみる赤くなっていく。隼人もその辺りで自分の発言の大胆さに気付いたのか、照れ臭そうに一瞬笑い、だってホラ、俺の手は改造人間の特別製だからと言い訳を口にしかけたが、途中で思い直したのか、真美に向かって本当だからな、と念を押した。

「素敵な手だよ。現実と、ちゃんと向き合って一生懸命になっている、真美さんの手だ。それでも、真美さんは、俺がここに来た理由とか、何も聞かないな。でも、きちんと分かって、待っていてくれる。……俺は、この手に癒されに来たんだよ」

 変な同情もされず、求めるだけでなく、何かを、例えば子供達の笑顔を与えようとしてくれるこの場所だからこそ癒されに来るのだと言外に告げた隼人に、真美は不意に目頭に込み上げるものを感じて、堪えようと俯く。
 隼人が怪我を押してまで時間を作り、子供達の顔を見に来るなど、不吉な予感がしてならない。恐らくは、本当に最後の戦いが近付いているのだ。

「当たり前だわ、だって、あなたに貰ったものに比べたら、返せるものなんて、少なすぎて……」

 その前に隼人の心残りを無くしたいのか、それとも本当は彼を引き留める心残りになりたいのかすら決めかねて、真美はただ心にあるままの言葉を隼人に告げた。

「そんなことはないよ、……泣かないで欲しいな、俺が悪者みたいだろう?」

 正義の味方が女泣かせたとあっちゃ、滝辺りに知られたら怒られるよ、と優しく頭を撫でられ、真美は白衣のポケットから取りだしたハンカチで涙を抑えながらそうね、と顔を上げて微笑んで見せた。その真美の精一杯の笑顔を見た隼人が、指を伸ばして涙を拭いながら囁く。

「……どうせなら、もっと傷が速攻で治るようなもの、貰おうかな」
「え、それ……」

 言いかけた真美の唇がとても人工のものとは思えない温かい熱で塞がれる。意外と素早いんだから、と呆れたような感心したような気持ちで目を閉じて、真美は気遣うように握ってくる手を、自らの荒れた手で強く握り返した。

 もう、隼人が好きだと言った自分の手を恥じる気持ちは一欠片たりとも残っては居なかった。







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+++END.

 

 

仮面ライダーSPIRITS、すっかり出来上がってますよこの二人(笑)
京都編の後なので、もんじは本当は病院に担ぎ込まれたままだと思いますが。
ムリムリにでも真美さんを出す辺り……

キスについての20のお題
11:「泣かないで」より

 

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